剣闘士 | shingo722のブログ

shingo722のブログ

ブログの説明を入力します。

 「剣闘士」
 
 コロッセオで闘う剣闘士たちはどんな気持ちだったのだろう。彼らはその鍛え上げた剣技を存分に発揮し、どちらかが絶命するまで闘った。そして時には猛獣の餌となるべく闘いの場に放り出されるものもあった。死は常に彼らの傍らにあった。
 僕は雨の降る窓の外を眺めながらぼんやりとそんなことを考えるでもなく考えていた。なぜコロッセオの剣闘士のことなど考えることになったんだろうな?
「ご飯が出来たわよ」
 彼女に声を掛けられて我に返るとキッチンテーブルの上にはすでに昼食の用意がしてあった。昨日の夜から降り続く雨が朝をしっとりと濡らしているのをずっと眺めていたのだ。
「どうしてそんなにぼんやりしているの?」
「コロッセオのことを考えていたんだ」
「コロッセオ?」
「古代ローマで剣闘士がお互いに闘ったり、猛獣の餌になったりした」
「ずいぶん物騒なことを考えていたのね」
 彼女は静かに微笑んで言った。
「皇帝は市民の人気を得るために度々この残酷な見せ物を開催した」
 僕は続けた。
「でもね、雨の日の朝なんかに外の景色を見ているとき、ふと我に返る瞬間はなかったのかな。たとえば自分の息子ぐらいの若者が命を賭して闘っているところや、自分が猛獣の前に身を晒している様子が頭を過ぎることがあったならどんな気分なんだろう?」
「そんなこと考えることがあったのかしら?」
「あるいは皇帝は忙し過ぎたのかも知れない。戦争や市民の人気取りや異民族の侵略なんかについて考えることが彼の想像力を奪っていたのかも知れない」
「可哀想な皇帝」
「まったくね」
「仕事が大変なのね」
「ローマ皇帝が?」
「あなたのことよ」
 確かに最近僕は職場の異動があったせいで慣れない仕事に少し疲れていた。
「たまに自分でも何をしているのか分からなくなることがあるんだ」
 僕は言った。
「僕は君に当たっているのかな?」
「気にすることないわ」
 彼女は言った。
「あなたが何かに当たりたいときには、それだけのものを抱えてるってことなんだから」
「申し訳ないとは思ってるよ」
「本当に気にしないで」
 彼女は優しく微笑んだ。
「あなたは充分に頑張ってるんだから」
「ローマ皇帝ほどじゃないけどね」
 僕は少し照れて言った。
 柔らかい雨が窓の外の景色を優しく濡らしていた。闘いに疲れた人たちを癒すように。