「交差点にて」
その日の午後、僕は大きな交差点で信号が変わるのを待っていた。もう10分ぐらい待ち続けているような気がする。それでもいっこうに信号は赤から青に変わる気配を見せない。次第に僕は焦燥のようなものを感じ始めてきた。ひょっとしたらこの信号は永久に変わることはないのではないだろうか。僕はどこかの間違った時間の中に迷い込んでしまったのではないだろうか?ばかげた妄想だ。夏の午後の太陽が僕にそんなことを考えさせたのかも知れない。
ふと僕は、交差点の向かい側で同じように信号が変わるのを待っている中年のサラリーマンに目を留めた。普段ならまず気にする事のない、どこにでもいるようなサラリーマンだ。スーツを着て、スマートフォンの画面を見つめている。昼食をとった帰りだろうか?彼はスーツの上着を肩にかけ、どことなく退屈そうな目をしている。そのとき唐突に、僕は彼にはおそらく家庭があるのだろうと思った。マンションの一室に居を構え、そこに帰れば妻と年頃の娘がいる。娘は最近ろくに口を聞いてもくれない。マンションのローンを返済し終えるまでにはまだ何年も働き続けなければならない。妻とは最近セックスはしたのだろうか?もししているのであればどれぐらいの頻度で?彼の妻はその性生活に満ち足りているのだろうか?
そんな普段ならまず考えることの無いであろう他人の生活のことが、なぜか無性に気になってきた。今すぐにこの横断歩道を横切って彼本人に尋ねてみたいぐらいに。
「あなたは普段どのような生活を送っているのですか?その生活に満足していますか?」
あるいはそれは、僕がいわゆる普通のサラリーマンの生活というものを知らないからかも知れない。僕のような30歳を過ぎてろくに定職にも就いていないような人間には、少なくとも実感を持って彼らの生活がどのようなものであるかということを知るすべはない。僕は彼の生活を通して、自分がごく一般的な社会人として生きていたらどうなっていたのだろうという仮説を体感してみたかったのかも知れない。
永遠のように思えた時間が過ぎ、信号は青に変わった。道路の向かい側にいたそのサラリーマンとすれ違うとき、僕はもう彼に対する一切の興味を失っていた。結局のところ他人は他人であり、僕は僕としては生きるしかないのだ。そのような一種の清々しい割り切った気持ちが、僕の中に生まれていた。