『言論における精神の自立性』 | 進撃の庶民 ~反新自由主義・反グローバリズム
水曜日は、みぬさ よりかず氏による経世済民・建築論です!


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『言論における精神の自立性』

東日本大震災から、この3月11日で5年が経ちます。月日が経つのは早いものです。その津波で発生した福島原子力災害の報道で、私が非常に懸念したのは、普段は反原発一色だったNHKが「直ちに影響は有りません」と繰り返していた点です。これには正直「本当は相当にヤバいだろうな・・・」と感じていました。

ところが事故から二週間程度経った頃でしょうか?NHKが急に原発を「危ない!アブナイ!」と言い出したのです。その変化が唐突だったので、アレっ?と感じると同時に、この平壌運転への回帰が「原発事故が最悪の状況を脱した」事を示すと考え安堵しました。NHKは逆の意味で最も信頼のおけるメディアです。

原発事故の当時、反原発運動の活動家は、数年後にフクシマは子供の甲状腺ガンだらけになる!と断言していましたが、このような事実は全く発生していません。NHKは相変わらず原発の危険性をアピールしている様なのですが、それ故に大丈夫だと考えています。と同時に私はある動画を見て福島は本当に救われたと確信したのです。

その動画は福島の警戒区域・避難区域の中を撮影したものですが、家畜やペットが野生化した姿が映し出されていました。特に印象的だったのは、高線量の中で家畜の乳牛が野生化し、しっかり子牛も誕生していた点です。心なしか逞しさを増した元「家畜」達は、人の姿を見ると警戒心を露わに吠えていました。

恐らく飼い主が避難の際に家畜やペットを不憫に想い、自由の身にしたのでしょう。これとは逆に鎖に繋がれた家畜達は、当然ながら野生化した仲間とは逆で、命を断たれました。これら白骨化した家畜の姿は報道写真で確認出来ます。

それに対して寄生虫とは哀れな存在です。つまり宿痾する母体が消えれば100%消滅する運命です。自らの考えで行動出来る可能性を持つ家畜とは、全く違います。この家畜と寄生虫の違いは、言論にも当て嵌まると考えられます。

ところで私が、ブログを開設したのは2014年の6月ですが、仮にその前からエントリーを投稿していたら、当然ながら、赤っ恥をかく内容を大量にアップしていたハズです。例えば、2013年の参院選挙では、赤池まさあき氏への投票を呼び掛けた可能性が大です。

抵抗勢力として期待された赤池氏の体たらくは説明不要な程、酷いレベルです。しかし私は人間がひねくれているので、仮に読者の皆様に赤池氏への投票を呼び掛けた場合でも、謝罪する事は100%無いです。何故なら、我々国民の期待を裏切ったのは、私ではなく政治家本人であり責任は100%赤池氏にあると考えているからです。

当時、赤池氏が特に懇意にしていたのは、水島総さんだと思いますが、確かに「頑張れ日本」などの運動で、朝日新聞や、読売新聞などのメディアに対して街宣を掛ける姿は「相当に気合いが入っているな・・・」と抵抗勢力への期待が高まりましたが、結局は彼も、営業ウヨク、保守ビジネスだった訳です。

しかし私も、彼の消費税増税容認などの無様な姿に激怒し、当時、赤池事務所に抗議文を送りつけたりしていました。正直、この政治家に「次」はありません。読者の皆様には、次の選挙時に、鉄拳制裁を加えて頂きたいと存じます。政治家と国民の信頼関係を裏切ったらどうなるか思い知らせる必要があるからです。

さて、こんな昔話を書いたのは理由があって、そんな方は絶対に、いないと思いますが、仮に赤池投票を呼び掛けた事に対して「アカイケに投票を呼び掛けた○○」などと今も連呼している方が、仮にいた場合どのように捉えるかです。アカイケ批判は良いとしても許せない政治家が山程いる中で赤池氏に執着する理由が不明です。

ネットで何年も前の事を書き連ねるくらい赤池氏に恨みつらみがあるのでしょうから、私と同様に抗議文を送りつけるのでは飽き足らず、毎日電話や、抗議の街宣、ビラマキなど熱心な反アカイケ運動を展開していると信じます。仮に、そのような事を一切せず、アカイケ!アカイケ!と連呼していたらヤバいです。

最近は「チャンネル桜」界隈にも顔を出していませんので、赤池氏などという政治家がいることも皆さん忘れていると思います。ですので、これは頭の体操くらいに捉えて頂ければ幸いです。しかし万が一、今後「アカイケ」というワードを見掛けたら、それを書き込んでいる輩は、誰かの「寄生虫」です。ご注意ください。

確かに私達は、著作を出しているような言論人や、国会議員ではありませんので、誰か贔屓にしている言論人や政治家について、あれこれ語る事も多いと思います。つまり、この状況は政治や思想において我々はユーザーの立場であり、これを極論すれば、誠に遺憾ですが、誰かにエサを貰って生きている家畜やペットみたいなモノです。

しかし、その依存度が極限まで達してしまうと、その政治家や言論人に取込まれてしまう。正に寄生虫に成り下がってしまうのです。だから我々は、哀れな寄生虫ではなく、せめてペットや家畜として自覚をした上で、更にフクシマで野生化した動物達の様に逞しく生きる覚悟を持つ必要が有るのです。

国民を貧しくする移民政策などを推進する安倍政権の現状に、目を瞑る自称保守派の姿を見ると、私達国民の自覚が非常に求められています。グローバリズムに大賛成の方が安倍政権を支持するのなら解りますが、それに反対する人々が、安倍総理を応援する体たらくは異常です。草の根の国民の覚醒が今、期待されています。



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