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福祉に関わる人たちへ

人生はどれだけ多くの気づきを経験したかで、如何様にもなるものです。誰かが言っていますよね。「人は思うようにならないと言うが、そう思っているという意味では、思い通りになっている」と。

こんばんは、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。 


勘違い。


この世の中には、していい勘違いとしちゃいけない勘違いがある。




最近、感じる。



たとえば、障害者の支援をしているというひとたち・・・

先日、聞き覚えのある支援機関から電話があった。

「もしもし、○○支援センターの××と申します。お世話になっております。
明日なんですが、夕方くらいに訪問させていただこうと思っていますが、
よろしいでしょうか?」



ちなみに、この方が見に来たい障害者は、おそらく支援者でも
わからないくらい仕事が出来る人だ。
お客さんでもこの人を障害者だなんてわからないと思う。


「なにしに?」とこころでつぶやきつつ、よくあることと、割り切った。

「明日は、私が不在でして、来週の水曜以降なら・・・」と言ったら、

来週来ると言って切ろうとした・・・


たまらず僕が、「(聞いたことのない人だったので)以前来られた方ですか?」と聞くと

「○○は別のところに移ってしまったので・・・」だと。



あなたは、このやりとりをどう取るだろう???



呆れるという言葉ですませたくない。



でも、これが今の日本の支援だ。
これが実状だ。




障害者をとりあえず、自分のところに登録させておいて、
たまに、意味もなく職場に顔を出す。



それで、私たちは障害者が働きやすいようにサポートしてます的な・・・

笑えない・・・




「そこに愛はあるのかい?」







おはようございます、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。 



就労支援者のひとたちへ


たまに、「○○さんは、その後どうですか?」と電話がくる。


「まったく問題ないですよ。とても助かっています。」と答えると、


そう言っても、訪問したいらしい・・・


来るのはいいけど、○○さん、あなたが来たところで何も反応しないよ。
仮に、問題があってもあなたが来ても何も変わらないよ。



それより、あなたの交通費・・・
安く見積もって、130円×2(往復)で1日260円。

1ヶ月に1回としても1年に3,120円。


○○さん以外にも行ってるだろうから、1、2万はかるくいってしまう。



安く見積もってもだ。




その無駄な交通費をみんなにあげてよ。
だって、そのお金も元は国のお金なわけだし・・・


最近、よく思う。



少なくとも僕が知る障害者は、あなたたちよりも社会貢献してるよ。



答えのないこの障害という世界で、さも答えがあるかのように振舞う支援者が僕は大嫌いだ。

そして、僕自身もそうだったことを痛感している。



障害、障害、障害・・・

そこまで言うなら、いっそのこと、ひとりひとりに付けちゃうか!?
血液型のように。









こんばんは、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。 


ある学校から、こんな依頼文書がきた。

「○○さんの時は、お世話になりました。また、実習をお願いしたいと思います。
○○さんと遜色ありませんので・・・」


遜色ありませんだ!
「あんたの商品かよ!」そう思った。

僕だけだろうか?

こうやって人生を操られてる生徒さんが哀れで仕方ない。

いろんな諸事情で断ったのだが、 何をどう思ってその仕事してるのか聞いてみたい・・・


まあ、この話はこれくらいでやめてと・・・



最近、書店に平積みになっている本。


ここをのぞくようなみなさんならご存知だろう・・・


その本にこんなことが書かれていた。



精神疾患を詐欺と呼ぶことに関しては、「善意の陰謀」という別のうまい造語を作った人がいる。

善意の陰謀という言葉は、イギリスで精神薬の薬害問題に取り組んだチャールズ・メダワーの

造語である。彼の邦訳された著書「暴走するクスリ?」には精神薬が開発されてきた経緯とか、

権威ある学会が善意を見せつけながら、利益誘導するやり方をとらえてこう皮肉っているが、

見方を広げれば精神科にかかわるすべての物事は善意の陰謀であるととらえられなくもない。

つまり患者を取り巻く家族、精神科医、心理士、福祉関係者、そのすべてがいい人のふりをして、

じつは裏では違うたくらみを秘めているということである。


「精神科は今日も、やりたい放題」 内海 聡著



「すべてがいい人のふり」、それは言いすぎかもしれない。
いい人のふりというよりは、この人たちも洗脳されてきたに過ぎない。

「これが正しいんだ」「これが障害者のためなんだ!」と信じているのだから、仕方ない部分もある。

この本の書き方を真似れば、いわゆる支援者も障害者だということになる。


薬も福祉施設もお金のため。

そう訴えるこの著者の思いはよくわかる・・・


ただ、こんな本がそれなりに書店に並ぶということは、「これにも訳があるのでは?」と
勘ぐってしまうところもある。



この本にも、どこにも真実なんて載ってやしないよ。



こうやって人生を操られてる福祉関係者が哀れで仕方ない・・・