おはようございます、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。
経験というのはとても大事。
プロフィールにも書いてある通り、僕は「てんかん」だった。
僕は昔、毎日のように痙攣発作を起こしていた。
まずは、口元が痙攣して、舌を噛み、全身発作になり意識がなくなる。
救急車に運ばれたこともあれば、気づいたら車が行き交う大通りの歩道を裸足のまんま
歩いていたこともあった。
まったく、記憶がない。
全身痙攣して、目が覚めると下半身が濡れていることもしょっちゅう。
自分が情けなくて、惨めでたまらなかった。
自分も苦しかったけど、いちばん苦労したのは親だ。
心配で仕方なかったに違いない。
僕が、何かするたびに心配する言葉をかけられたものだ。
人は、周囲から何かを言われた時、無意識のうちに自分の中に入り込んでいく。
そのうち、僕は自信の持てない、弱い人間になっていた・・・
勉強もしなければ、スポーツも続かなかった。
何も考えずに、親を安心させるために生きていた。
あの頃の僕に会えるなら言ってやりたい。
「大丈夫。焦るな、今の苦しさがお前の将来の宝物になる。これから先、何かうまくいかない時がチャンスだと思うといい。大丈夫だから・・・お前を待ってる人がいることを僕は知ってる。」
と。
僕にとって、あの時期は自分の人生の本質に気づかせてくれるきっかけだった。
今はそう思う。
今では障害者の支援なんて言ってるけど、障害を障害と受け入れられない、当の本人が僕だった。
受け入れられないなら、無理に受け入れる必要はないと思う。
それは今もそう思う。
世の中、きっかけやチャンスしか自分の周りには落ちていない。
だとすると、それが見えるように視点を変えるしか方法はない。
あの時の僕は、いろいろ試した。
どうやったら発作がなくなるのか?
どういう時に発作が起こってどういう時に起こらないか・・・
自分だけを信じていたあの頃。
絶対に治ると信じていたのは自分だけだった。
賛否両論あるだろうが、常識に囚われたくないという自分はあの頃から健在だったわけだ。