匿名の精子提供で生まれた子を考える | 【大阪,北河内,交野,枚方】 もう一人で悩まなくて大丈夫|妊活&不妊カウンセラーのブログ

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不妊を経験した妊活セラピストが、頑張っている女性やご夫婦に、寄り添います。
大阪府交野市を拠点にした『妊活 ゆるふわ ねっと』です。

今月大阪で行われた「第三者の関わる生殖技術で生まれるということ」

 第1部:専門家と当事者が語るAID
 第2部:「精子・卵子提供により生まれた人のためのライフストーリーワーク」
を体験するのセミナーに参加してきました。

 
AIDとは、非配偶者間人工授精の事で、
夫の精子では妊娠が不可能な場合、夫以外の精子で人工授精を行う治療法です。
 
まず、人工授精(AIH)の解説から。

「人工」って書くとかなり自然じゃない、
人の手が加わる感じがしますが、
子宮内に元気な精子を直接注入する治療で、
やってる事はたいして高度な事ではないと思います。

一般的にはタイミング法の次のステップとして行われる治療で、
世界の歴史を見ると、1700年代後半から試みられていたようです。
 
次に本題のAID(非配偶者間人工授精)について。

日本初のAIDで生まれたお子さんは、1949年生まれ。

戦後直後に慶応義塾大医学部で始まり、
すでに全国で2万人が誕生していると言われています。
 
私がこの事実を知ったのは、不妊カウンセリングの勉強をしていた時。

今でこそ不妊治療が盛んになって、
非配偶者間の生殖医療によって誕生する子もいるんだろうな、
くらいに思っていたのですが、
日本でこれほど前からAIDが行われていた事を知り、衝撃を受けました。
 
そして近年、AIDで生まれた方が「出自を知る権利」を求め声をあげている
とも知り、この問題に関心を持つようになりました。
 
当初、精子を誰が誰に提供したのかは、基本的に医師のみぞ知る、
という形で実施されてきたそうで、生まれてきた子の人権は
ほぼ無視されていたと考えられます。
 
『自分の存在価値を肯定できない』
『これまで積み上げてきた人生が土台から崩れてしまった』
 
と感じ、心身の健康を害し、心の葛藤を抱えながら
人生を歩んでおられる方々がいるという現実。
 
しかしながら、いまだ日本には生殖医療に関する法律はありません。
 
この講演では、AIDで生まれた当事者Aさん(女性)のお話も伺えました。
(Aさんのプライバシーがあるので、ここでは簡単にしか書けませんが)
 
Aさんが「自分は第三者の精子提供によって生まれた子」だと知ったのは
既に結婚をし、お子さんもいる年になってからの事。
ご家族のある出来事をきっかけに、お母様がAさんに打ち明けたそうです。
 
意外にも、それを聞いた時はそれほどショックは受けず、
お母様は泣いていたそうですが、ご本人は納得していたそうです。
というのも、それまで感じていた違和感があったから。
 
「父と似ていない」
「父と子の距離が遠い」 というもの。
 
その後お母様が亡くなってから、身体的不調に悩まされ、
憂鬱にもなってきたそうです。
そして少しずつ、お母様への感情と向き合う作業をされます。
 
「あんなに仲のいい母子だったのに、何でもっと早く言ってくれなかったの?」
「お母さんが私に隠し事をしてたなんて」
「せめて私が結婚する前に話してほしかった」
「何で私がここにいるのだろう?」
「お父さんはどう思っていたの?」
「どこでしたの?」
「本当は、お母さんが生きている間に色んな事を聞きたかった」
 
葛藤の中で前進も後退もできないモヤモヤ。
母が生前隠していたことへの怒り。
自分を否定する思い。
 
Aさん達のように、「出自を知る権利」が叫ばれるようになり、
最近の傾向として、AIDで生まれた子には
早めにその事実を伝えようという動きがあるようです。
 
養子縁組なども含め、早く伝えたからといってそれでいいとは
限らないけれど、ライフイベントごとに家族でそれに向き合う必要が
あるのではないかと、講師の油井秀樹先生が仰っていました。
 
Aさんはその後「ライフストーリーワーク」に出会い、3年半、
このワークを通して心の整理をされました。
 
「ライフストーリーワーク」については、次回詳しく書こうと思います。

 

 

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