天地神明に誓って恥ずかしくないか。
お天道様は見ているよと教えられてきた。
この10年以上の社会道徳の低下を嘆き
五木寛之氏は
「お天道様は見ている」という教えを大切にする社会にしたいと訴えている。
早期退職前後からその思いを強めてきた。
今日、ますますその思いを強めるだけだ。
わたくしは今西博士のグループの方々から多くのことを学びました。
共生社会論、棲み分け論ともいうべき考え方です。
人類が自らの手で滅亡させかねない。文明と称するものはその危険を孕んでいるものと知ったのだ。
東海心理学会で活動している時、岐阜大学の先生にお声を掛けていただいた。今西先生がいらっしゃるところな らといった思いもわきましたが。
噴水の周りが散らかっているので片付けていたら
少年に声を掛けられた。
「大人が手本にならなくてはね。」というのだ。
それから、彼は一気にまくし立てた。
森友・加計学園問題に触れもした。
わたくしは、彼と別れて、色々考えされた。
日本の社会全体に染み渡り過ぎている社会のシミともいえるもの。
平気でそんな問題を、仕方のないこと、社会で通じてしまっている世間の常識と諦め、済ましてしまう社会の出来上がった仕組みを直そうというのではないか。
身近なムラにも、勤め先にも、政治の中心までも、そしてあろうことかこどもたちの学級まで、そんな常識が根付いてしまったのかと。
コロナ禍の中で、社会のシミを洗い出し、コロナとの戦いの戦後、子どもたちの未来に希望が持てる世界を築き、一掃したい、クリーンにしたいものだと思います。
CT撮影で順を待っていると撮影を終えた老人がわたくしの脇に座った。
音に気付いて脇を見ると立ち去って行った。妻が置いて行った手提げ鞄を漁ったようだ。
墓参りの駐車場での車上荒らし、ATMから待ち伏せ追跡されてのスリ、親が入院して困ったという寸借、あれやこれや様々に、虚しい体験を思い出してしまった。
一方、苦難の体験を乗り越えて、弱者のために働く教え子や教え子の子どもたちの存在に今は、安らぎを求め、すがりついている自分に気づいた。圧倒的に数は少ないけれども。
だからこそ・・。
棄てられる労働力があって成り立った今日の日本。
ほぼ同じ仕事しても棄てられる労働力か否かの勝ち組負け組の差別が
現に厳に ある社会。
年俸1億が役員にしがみつく限り続き
その同じ時、一方で雇止めが大量に行われていく。
公務員社会も企業社会と同じ様にシステムがつくられている。
外国人労働者は、制度の中で、借金を否応なく背負わされ、来日。
システムとして儲ける派遣業者・仲介業者。
この際、下請け労働、派遣労働も含めて
働くということを根本的に見直す一歩としたい。
まさかまさかというより、やはりというオチで結着。
相応しい終わりかたでした。
ありふれ過ぎた話で終わってしまいました。
すべて身近に聞きすぎる話と変わらないものとして
これで終わり決まり
とでもいうのでしょうか。
公務員社会も
企業社会も
地域社会も変わらない
身近で聞きすぎる話。
何年も聞かされ続けました。
いかにも日本社会らしさが露呈して。
今日も日本は良い国とわざわざ断ってコメントを言っている芸人がいましたが・・・・・。
こういう社会をホコリと考えないで誇りとするのか。