金になりさえすれば

なんでもやる

なんでも引き受けるという

様々な業種・業界を見つめてきた。

例外はないと言い切ってよいような現状だ。

むしろ慣れ切ってしまっていると思われるほどです。

いじめたことを不問に

いじめたことに対する反撃だけを問題にさらに攻撃する特徴をもっています。

子どもや

その親だけでなく

政治やマスコミの世界にも蔓延していること

当たり前といえば当たり前ですが

悲しく虚しいいことです。

品格・品性のなさが国のリーダーに問われている。

しかし、米国どころか日本でも

それが身近な社会でも

当たり前に通用していることなのだ。

 

強者社会になっていることが

人間にとって

人間であるべき

当に問題というべきではないだろうか。

人間性がとわれている。

 

 

 

大正デモクラシーの時期と

どこか状況のうえで類似点のある今日

 

一国主義・排他主義の中だからこそ

コロナ禍の中だからこそ

令和デモクラシー

グローバルな意味でも

民主社会

共生社会の希求の波を

起こしたいもの。

子どもや親、祖父母、配偶者を養うため、家族を守るため、

朝から晩どころか、翌朝まで掛け持ちで働き続ける人々を見守っててきました。

そうした方々が報われたかというと報われた例は少ないと言い切れます。

今もその生活が続いている方が多いのです。

中には、そのいくつかを失った方まで。

 

 

政治批判をする前に

そうした政治を許したわたくしたちにも

責任が問われていることを

自覚したい。

この点での自覚に立った議論がないことが社会を政治を変えないでいる原因というこができる。

 

別の世界の話

政治の世界の話として済ましていることだ。

 

金や権力には敏感だが

その志はと言えば

金権・利権・権力だけといったものに

一生を

すべてを懸ける人々。

昔に限らず

相変わらず今も

なんと

多いことか。

 

真の志を

語り合いたい.。

 

志を持って

生きたい。

今、在ることの責任は今在る者の責任です。

自分の利.・不利だけで判断し生きていると

とんでもない事態が招来し、

次世代の孫子に悲劇をもたらしてしまいます。

当に今が

その時と

思えてなりません。

 

社会や政治に対して無関心であることは

その責任を果たしていないことになるのです。

社会はその責任を一人一人に負わせています。

わたくしたちは無関心ではいられないのです。

未来は今在る者の責任

その自覚を持って今を生きなければならないのです。