何が幸せかって???ベトナムで落ち着いてみた | フットピザ

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3人の子供達はヨーロッパでサッカー選手に/子供達のサッカーの悩み、心配、喜びを発信/スポーツフードアドバイザー/プラントベースアドバイザー/u20W杯食事ヘルプで帯同

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『家族に会いたい』
『家族が恋しいです』
数年前、日本語を教えていたベトナムの実習生の方達が毎日言っていた。

雨季だと知ったのは 出発の数日前。

そのくらい、

思い出したように初めてのベトナムへ飛んだ。

 

入国審査に1時間以上並び、コロナでの制限解除を感じながらホーチミンの街に着いた。
 

『途切れないバイク』
『朝から晩までバイク』
『前に子供、後ろに奥さんを乗せてお父さんが運転するバイク』
『信号はほぼ関係ないバイク』
『ひっきりなしのクラクションと排気ガス』

聞いていた話は 予想の遥か斜め上だった。


1日目はこのバイクの波を横断することが出来ず 夜になった。
川の向こう側が遠い。

翌朝早くにホテルを出る。少しはバイクの量がマシかも、、、、、

期待は外れた。

家の前で野菜や果物を売る女性たち。
家の中を何気に見ると戸のすぐ向こうにベットがある。
寝心地とか質の良い睡眠とか、そういう言葉はまた別のところにある気がする。

朝早く、ベビーカーに孫を乗せてパジャマで散歩するおばあちゃん。
近所の人や家族との距離の近さを感じる。

実習生の方達の言葉が今になってよくわかった、、、、、
『家族が恋しいです。』

2日目のこの日は ベトナムコーヒーのクラスを前日に予約していた。
ベトナムコーヒーの文化や淹れ方を教えてくれる。

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濃い目にいれたコーヒーにコンデンスミルクや塩キャラメル味のミルクなどを入れる。ココナツコーヒーも有名だ。
『Lacaph Space Sai Gon』という カフェと焙煎所が一緒になった素敵な空間で 

韓国やアメリカからの旅人と一緒にすごくいい時間を過ごした。
隣に座ったアメリカ人の女性、その横には彼女の夫。
クラスの最後になって、なんとその男性は日本人だとわかった!!

10年以上アメリカに住んでいると話し方や態度が日本人ぽくなくなって、、、と彼は笑っていたが、
えぇ、アメリカの方だと思いましたよ。やっぱり住む環境や意識で人は変わるんですね、、、 とても素敵なことを教わりました。

午後は 美味しいバインミー屋さん、
フランス領の名残を見せる中央郵便局やノートルダム大聖堂、

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ベトナム戦争を終わらせた場所、統一会堂などを歩いてまわる。

以前はフランス領だったので フランスのレンガやタイルも使われていた。

日本ほどではないが 雨季なので湿気と暑さと排気ガスでなんだか顔も体もベタベタしていた。

顔もほてり少し熱中症気味でホテルに辿り着いた。

3日目はその夜帰国する日だが ベトナム料理教室に参加。
1人で参加すると周りの方々話しかけてくれて仲良くなれるのが楽しい😀
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オーストラリアから、
そしてここでも韓国からの旅人と一緒になった。
コーヒーセミナーでも思ったのだが 5人ほどの男の子ばかりのグループの旅行で 
料理教室に参加する、その好奇心や、やってみよう精神がとても頼もしく思えた。

慣れない手つきで包丁を握り、フライパンをゆする姿が可愛らしかった。
そして何より日本語を話せる若者が多いことに驚く。

その午後は外国人が多く住む、2区のカフェや雑貨屋さん、
ベトナム刺繍や生地のお店を見て回った。ギャラリーもあった。
途中スコールが来て、困っているとバイク置き場のお兄さんが手招きをして雨宿りさせてくれた。
タオルでイスを一生懸命綺麗にして、どうぞ、と。

ありがとうございました。。。。。

カフェではティラミスコーヒーやココナツミルクコーヒー、そしてまるでフランスのようにバゲットやデニッシュが並んでいるのに感激!!
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私が小学生のとき、小学校の敷地内の小さなお家に ベトナムからの難民の家族の方がしばらく住んでいました。
あの方達はあれからどうしたのだろう、、、いつの間にか居なくなったなぁ。
ちょうどベトナム戦争が終わった頃です。

その時は遠い国の出来事だと思っていたけど、
こんなにも近く、同じアジアだと感じることがたくさんあった今回のベトナム旅行。
刺繍などの細かい丁寧な仕事ぶりと優しい接客の国でした。

これからどんどん発展して、もしかしたらバイクに変わる乗り物が普及したり 屋台に変わるビルの中のレストランが出来ていくのかしら。。。
いったい何が幸せなのかしら。。。ね。

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