どうも腑に落ちないと感じた文法規則を個々に調べてきました。結局「あっ、そういうことか」と腑に落ちるのは、たいてい歴史的な経緯を知った時です。それを積み重ねていくと、正用とされている文法規則は、言語が大きく変化していく過程の一時期の現象を人為的に切り取ったものであることが分かってきます。
受身進行形[be being+過去分詞]は現時点では正用とされている表現です。用例を挙げると次のような英文です。
The house is being built. (その家は建設中です。)
この表現についての記述を、論文から一部要約して引用します。
「中英語前期までは単純形の現在形、過去形に限られていたが、中英語後期から徐々に複雑な進行形、つまり完了進行形、受身の進行形、未来進行形が現れ始めたようだ。中尾(1992)によると、be going toは17世紀以後、have been -ingのように完了形の進行形は18世紀に一般化されたという。
ここで14世紀から見られるHe is on huntingの類を考えてみたい。中島(1970)は、このhuntingは現在分詞ではなく、動詞から作られれた抽象名詞であり、onはそれを支配する前置詞でis on hunting=is in the course of hunting, engaged in huntingであると述べている。
また、The house is a-buildingがbuildingになると意味が不明になるが、それはThe house is buildingがis a-building(建設中である)の意味を表すので受身の意味になるからである。受身になるのは本来能動でも受動でもない-ing名詞(building=construction)が現在分詞と混同された結果で、18世紀後半にはis being builtという受身の進行形が現れ、今では受動態にis buildingとはいわず、また受身でもis builtとis being builtとはっきり区別される。Jespersen(1938)も、18世紀末からThe house is being built.が使われ、それ以前はThe house is building.が正しかったとしている。」
is being builtという受身進行形は、19世紀頃には新興表現だったのです。それ以前はThe house is building.が文法的に正しいとされていました。つまり、現在は正用とされるThe house is being built.は19世紀当時は「文法的誤り」とされていたのです。
19世紀の文法教科書の記述を紹介します。
『Harvey's English grammar』1870
この教科書では、「注意―組み合わせた分詞の不適切な使用を避けよ。」とあり、誤文訂正の練習問題として、The new bridge is being built.を挙げています。この問題の正解は、The new bridge is buildingです。つまり、現行の規範規則とは正誤が全く逆になります。
今回取り上げている受身進行形の例は、文法規則というものがどういうものかを知る好例になります。現時点の一時的な現象を切り取るのではなく、言語変化という大きな視点で見てきます。
先に引用した柏原2003を、次の論文の記述と合わせて読み解いていきましょう。
「進行形がその使用数及び機能において,実質的に今日の進行形に近づいたのは1700年から1800年にかけてである。従って,ME期に「be+現在分詞」構造が「be+in/on+動名詞」構造との融合を開始し,その融合を完了させるまでに500年~600年の期間を要したことになる。この期間は,動名詞構造が「be+現在分詞」構造に吸収されることに抵抗した期間であるとみなすことができる。
Naguckaは,受動進行形出現の主原因をここに求めている。すなわち,動名詞構造の前置詞on/inの弱音・無音化によって動名詞構造が,表層上は「be+現在分詞」と同一構造になった。しかしながら,表層上は同一構造になったにもかかわらず,態(voice)に対して中立であるという動名詞の内在的特徴を不透開(opaque)な状態のまま保持し続けた。その結果,態の解釈に暖昧性が生じるケースが増加してきたので,そこからくる混乱を防ぐために形式と意味とが一致する合理的な構造の受動進行形を誕生させたとしている。」
橋本 功『進行形の発達について』1990
柏原2003と橋本1990から、受身進行形が正用となるまでの流れをつかみます。まず、各表現を、出現する年代順にまとめると次のようになります。
a. The house is on building. (14世紀にみられた型。buildingは名詞)
b. The house is a-building. (onが弱音化。a-building「建設中」の意味)
c. The house is building. (19世紀までの正用=現代の誤用)
d. The house is being built. (現代の正用。buildingは分詞と解釈される)
この中で、19世紀以前は(c)が正用で(d)は誤用、現代では(d)が正用で(c)は誤用です。どちらの規則にも正用であるとする‘正当な理由’があります。しかし、その‘正当な理由’というのは、いずれにしろ一時的な現象を切り取ったものでしかありません。
現代の文法規則を正答とする言い分は、[人 is building …]は「(人が)建設している」を意味するということを前提とします。その場合(c)The house is buildingは「家が建設している」という意味になるから変だというわけです。その見方からすると、the house(家)は建てられる対象だから、受身にして(d) The house is being built.とするのが正しいということになります。つまり、現行英文法の規則では、buildingは誰かの行為を表す「動的な意味」であると解釈していることが前提となっているのです。
19世紀は同じbuildingを「動的な意味」でとらえてはいなかったと考えられます。実際に、現行英文法でも-ing形だからいつも「動的な意味」であるとは限りません。次の英文は原稿の規則でも正用です。
This car needs fixing. (この車は修理が必要だね。)
この英文は主語the carは「修理される」対象です。そうすると、fixingを受身にして needs being fixedと言えそうな気がします。しかし実際にはそのような受け身にはしません。この英文でneeds fixingが正当とされる理由は、fixingが「修理」という「静的な意味」であると解釈しているからです。
-ing形のうち、「修理」「建設」といった静的な意味では、「する/される」という区別は必要ありません。一方で動的な意味なら「修理する/される」、「建設する/される」という区別が必要になります。
現代の-ing形の解釈には、「静的な意味」から「動的な意味」まで広く分布していることを理解することが大切になります。静的な意味と動的な意味の中間的な意味に「修理中」という状態が想定できます。。
「修理」「修理中だ」「修理する/される」は順に静的な意味から動的な意味になります。品詞という古典文法の概念では、それぞれ「名詞的」「形容詞的」「動詞的」という呼び方もできます。
現代英語の-ing形は、「名詞的」「形容詞的」「動詞的」という静から動へ意味は分布しているのです。語形は同じでも、語の配列によって文法性が変わるというのが現代英語の基本的な仕組みです。-ing形のうち、needs -ingという配列では、needの目的語で「静的な意味」つまり名詞的な用法となります。-ing形のうち名詞的な用法の場合を動名詞と呼びます。
is -ingという配列では、主語の行為を示す動的な意味に使われると「動詞的」な用法と解されます。学校文法では、動的な意味の用法の-ing形を「分詞」と呼ばれます。
歴史的にみると、英語のbuilingは静的な意味から動的な意味へを解釈が広がっていったと解せます。語の配列の変化によって「建設」⇒「建設中だ」⇒「建設する/される」と変化したのです。(a)から(d)への歴史的変化を詳しく見ていきましょう。
[on+building]と前置詞の直後に置かれている型から、buildingは名詞で、静的な意味の「建設」と解釈されるのです。前置詞のonが「~の最中」という意味をもつことから[on+building]は一体で「建設中だ」という形容詞的な意味になります。
(b) The house is a-building.
a-buildingは[on+building]の弱音化した語です。つまり「建設中だ」という形容詞的な意味を維持していると言えます。このonの弱音化は、機能語の漂白化という現代英語に一般的にみられる現象です。going toのtoが弱音化してgonnaとなるのと同じ現象と考えられます。
(c) The house is building.
機能語onが消失した型です。19世紀までの語感の名残からbuildingは「建設中だ」という形容詞的に解釈されていたと考えられます。現代語で言えばThe book is interesting.に近い感覚と言ってもいいかもしれません。19世紀当時は、building「建設中だ」という意味の形容詞を受身にするのは変だと考えられ、「being builtは不要な組み合わせ」として誤用としたのです。
(d) The house is being built.
現代の正用とされる受身進行形です。この型正用とされるようになったのは、buildingの語感が人の行為を示す「動的な意味」へと変化したからだと解せます。「動的な意味」を持った-ing形は「建設する」という能動の意味と、「建設される」という受動の意味の区別をする必要が生じたというわけです。
以上のように見ていくと、(c)と(d)の正用と誤用の逆転には、「be+-ing」型進行形の発達とそれにともなう-ing形に対する人々の語感の変化が関係していることが分かります。Ngarmで時代による使用率の変化を見てみます。
このグラフから19世紀の前半ではThe house is buildingの使用が優勢だったことが確認できます。19世紀の教科書Harvey's1870が正用としたのは実際に使う人が多かったことから正当性があったわけです。1780年当時は新興表現のis being builtの使用率が上がり、2つの表現の使用率が拮抗しています。しかし、その後20世紀に入ると使用率が逆転していきます。
規範の正用がThe house is building.からThe house is being built.へ変化したのはこのような使用実態の推移を反映したものです。規範的な文法規則は、2つの類似した表現があれば一方を正用とすれば、他方を誤用として禁止するものです。規範は標準化が目的なので、とにかく1つにすることを志向します。19世紀から20世紀のある時期までは英語を標準化するという社会的な思考が強かったのです。
20世紀には、その時の状況に合わせて正誤を決め、標準的な規則がさかんに創作されました。それ自体は社会的な意義があり、有用なものです。
一方で、標準化は、言葉を固定化するために人為的な規則を創作し、実際に使われる表現を禁止します。はじめのうちは禁止していた新興表現はやがて使用が広まると正用とされていきます。固定的な規範的規則を有効活用するには、情報更新をしてくことが必須なのです。
橋本1990では、進行形について次のように記しています。
「進行形という文法形式が,一度,英語国民の言語直感に根を下ろし,そして,「未完了・一時的継続・一時的推移」という基本的意味を獲得したならば,受動構造の歴史がそうであったように,進行形という文法形式そのものが強力な圧力(force)を持ち始め,一般に進行形をとりにくい状態動詞までも,進行形という文法形式に組み込まれると,その文法形式が進行形をとった動詞に対して「一時的継続・一時的推移」という意味素性を付与したり,あるいは,進行形をとる動詞が「状態的」,「非状態的」いずれの意味素性をも持っている場合には,その動詞から「非状態的」意味を選択させるという非常に生産性の高い構造になってきたと言える。」
橋本1990
英語話者の間で現代英語は語の配列によって文法性を示します。この仕組みは初期近代英語が成立した1500年から500年間変わっていません。-ing形の用法の広がりはその仕組みの中で起きている現象です。
19世紀の文法教科書が新たに使われ始めたis being builtを文法的誤りとして禁止したのは一例にすぎません。使われ始めた新興表現を「文法的誤り」として禁止する規範的規則は今でもよく見られます。
「状態動詞は進行形にしない」「be going toはその場で決めたことには使わない」等はその典型です。そもそも進行形は新興表現として今も発達過程にある「非常に生産性の高い構造」ですから、半世紀も前にできたこれら禁止規則がいつまでも通用するはずはありません。
規範的規則が文法的誤りとして禁止する表現の大半は、実際には一定程度使用う英語ネイティブがいるような十分に伝わる表現です。「状態動詞は文脈に応じて進行形で使う」し、「be going toは何を決めたかという文脈ではその場で決めたことにも使う」ことは、言語変化を視野におきながら、生きた英語に接していれば誰にでも分かります。英米の文法書では正用と認め始めているものもあるので、早晩規則が変わっていくはずです。
変化する言語現象に対しては、「あっ、そういうことか」と腑に落ちるような理解の仕方がいいように思います。それは、その場限りの単純な規則ではなく、広い視野に立ち、体系の中に位置づけることを意味します。こうした理解の仕方は、公的な場か私的な場かなど、場に応じた柔軟な使い分けにつながるでしょう。

