subjunctiveを『ウィズダム英和辞典』で引くと、「仮定法(the subjunctive mood)」とあります。しかし、和式英文法の「仮定法」はEnglish Grammarのsubjubctive moodとはとらえ方が異なります。

 和式文法では、[if+S+were/was],[S+would+be]のような型を「仮定法過去」の典型として「現在の非現実を表す」のように説明します。一方、英米式ではhe wereの場合はsubjunctiveと呼びますが、he wasの場合はindicativeと形態上の区別がつかないことから、conditionalと呼びます。

 学習文法の説明は、本質的には創作なので、正誤を判定するものではありません。その是非は学習者が出来栄えや妥当性を判断して選べばいいと思います。消費者の選択肢を広げるために、英米式の文法解釈を知るのは意味があるでしょう。

 

 2025年4月15日付のニューヨークタイムズの記事に[if+S+was~,S+would+be …]の型の文があります。これを題材に解釈を考えてみましょう。

 

News Analysis

 Harvard University is 140 years older than the United States, has an endowment greater than the G.D.P. of nearly 100 countries and has educated eight American presidents. So if an institution was going to stand up to the Trump administration's war on academia, Harvard would be at the top of the list.

 

 Harvard did that forcefully on Monday in a way that injected energy into other universities across the country fearful of the president's wrath, rejecting the Trump administration's demands on hiring, admissions and curriculum. Some commentators went so far as to say that Harvard's decision would empower law firms, the courts, the media and other targets of the White House to push back as well.

――The New York Times April 15, 2025

 

(ハーバード大学は、アメリカ合衆国よりも140年早く創立され、その基金はおよそ100か国のGDPを上回り、8人のアメリカ大統領を輩出してきた。だからこそ、もしトランプ政権による学術界への攻撃に立ち向かう機関があるとすれば、ハーバードがその筆頭に挙げられるであろう。

 そして事実ハーバードが月曜日に、力強く立ち上がった。雇用、入学、カリキュラムに関するトランプ政権の要求を拒否し、大統領の怒りを恐れていた全米の他の大学にエネルギーを注ぎ込むような行動を取ったのである。ある評論家たちは、ハーバードの決断が法律事務所、司法、メディア、そしてホワイトハウスからの圧力を受ける他の機関にも、抵抗する力を与えるだろうとまで言った。)

 

 4月15日の記事中にある if an institution was ~,Harvard would be ….の文の述語動詞は、if節中では過去形was、帰結節ではwould beです。和式の「仮定法過去」にあたる形式になっています。

 

一般的な学参英文法書では「直説法と仮定法」について次のように説明します。

「現実のことや現実に起こる可能性のあることを表す動詞の形を直説法、現実とは違うことや現実に起こる可能性のないことを表す動詞の形を仮定法と呼ぶ。

重要なのは「現実か、現実味がないのか」を判断するのは話し手だということだ。話し手が「現実味がない」と思った場合は、仮定法を使うことになる。」『Evergreen』2022

 

 この説明の上の2行は旧来の文法説明で、下の2行は英米式にやや寄せた説明になっています。判断するのは話し手なのだから、事実や現実がどうであれ、文法的にはどちらの「法」を選んでもいいのです。「過去時制は、話し手が現実から離れている判断していることを示す動詞の形」とすればいいでしょう。

 

 この説明ニューヨークタイムズの記事にあった[if+S+was~,S+would+be …]の文にあてはめてみましょう。

 まず事実を確認しておきます。後の記述にHarvard did that forcefully on Monday……とあるように、この記事が掲載された2025年4月15日の前日4月14日(月)にはハーバード大学はトランプ政権の要求を拒否しています。そのことは前日の記事を見ても分かります。14日付のニューヨークタイムズの関連記事の見出しを引用します。

Trump Administration Will Freeze $2 Billion After Harvard Refuses Demands――ibid. April 14, 2025「トランプ政権、ハーバード大学が要求を拒否したため20億ドルを凍結へ」

 [ifS+was~,S+would+be …]の文を含むが15日付の記事掲載された前日にはすでに「ハーバード大学はトランプ政権の学術界への攻撃に立ち向かっている」ことになります。また、ハーバード大学は国家としてのアメリカ合衆国よりも140年も設立が早く、8人もの大統領を輩出し、小国の国家予算を超える資金力持っているのです。

 

 事実として、ハーバード大学は歴史と伝統に加え資金力が十分にあり、実際にトランプ政権に立ち向かう行動をとっています。そのことを承知したうえで、記事のライターは、So if an institution was going to stand up to the Trump administration's war on academia, Harvard would be at the top of the list.と表現しています。書き手は、歴史と伝統があり資金力も持ち合わせていても一機関がトランプ政権に立ち向かうことは難しいと判断していることを、if節中の述語動詞に過去形を選択することで示したと解せます。

 仮に「ハーバード大学なら要求をはねのけて当然でしょ」と思っているなら、この文章自体は要らないということです。moodは「気分」「想い」なのだから「事実」には関係なく、選択して使うと考えればいいと思います。

 

 和式の「仮定法」と英米式のsubjunctive moodの違いを確認しておきます。「仮定法」は意味上の違いで、subjunctiveはindicative moodとの述語動詞の形態上の違い区別されます。

                             和式   英米式

a.     If he were here, he would be our leader.            仮定法     subjunctive

b.     If he was here, he would be our leader.       仮定法     conditional

c.     If he was here, he might be the one who did it.   ?            conditional

 

 用例(a, b)は「もし彼がここにいれば、私たちのリーダーになっていただろう」という同じ意味に解釈できます。「実際にはいない」ことを含意することから、和式文法では仮定法とします。英米式文法では、用例(a)he were、用例(b)he wasと述語動詞の形が異なることに注目して、意味に関係無く(a)はconditionalと呼びます。

 

 用例(c)は、文脈によって異なる解釈があり得ます。

①     現在についての仮定

「もし彼が今ここにいたら、(過去に)それをやったのが彼かもしれない」

今いないから確かめようがないけど、いればわかるのに…というニュアンス。

② 過去についての仮定(文法的に自然):

「もし彼が(当時)そこにいたのなら、彼がそれをやったのかもしれない」

実際にいたかどうかはわからないけど、いたなら彼が犯人かも、という過去の推測。

 つまり、和式では、解釈①なら「仮定法」と言えますが、解釈②なら「条件文」ということになります。

 用例(c)は例文1文主義の限界を示していると言えます。文の意味は文脈の中で決まること、述語動詞の選択は話者の主観的な判断によること、などから英米式では意味上の違いというあいまいな基準を止めたのです。解釈に関わらず用例(b、c)はhe wasという同じ形態なので、どちらもconditionalと呼びます。

 

 述語の動詞形は特に顕著な変化が見られます。

 wasの使用率の増加は形態上の直説法化が進んでいると考えられています。moodの形態上の区別が失われ、subjunctiveは消滅に向かっていると見られているのです。

 

 インド・ヨーロッパ語族の古典的なごでは、元々moodは形態上で区別されていました。アイスランド語は古典的な特徴(古ノルド語由来)をよく保持しています。アイスランド語の一人称単数Égに対応する英語のbeにあたる述語動詞形は以下のようになります。

      現在形                    過去形

  直説法  er  (現実をのべる)   var  (現実の過去)

  仮定法  sé (仮定や願望など)   væri(非現実的な過去の仮定

 

「現実のことや現実に起こる可能性のあることを表す動詞の形を直説法、現実とは違うことや現実に起こる可能性のないことを表す動詞の形を仮定法と呼ぶ。」(『Evergreen』)という説明は失われた古典文法について言えることです。If節中のhe wereとか、that節中のhe beとか、昔の名残として残っているだけで、現代英語には非現実を表す動詞形はありません。

 

 「仮定法過去の問題点」として次のような指摘をする論文があります。

「仮定法過去は一般に「現在の事実に反する仮定」,古典文法の「反実仮想」を表すと言われており、現場では直説法への書き換えを用いて仮定法過去を導入される高校や予備校の先生も多いと思います。つまり、If I were a bird, I could fly to you.という仮定法過去の文は、As I am not a bird, I can't fly to you.という直説法現在の文で書き換えることができるので、「仮定法過去は事実に反することを表し、常に直説法に書き換え可能だ」という教授法です。

 結論として、現場の先生方には仮定法過去には「反実仮想」の意味と「未来における実現可能性の低い仮定」の両方があることを生徒さんに教えていただきたいなあと思います。」

  野村 忠央『英語教育における仮定法教育の問題点』2007

 

 ここにある「古典文法の反実仮想」というのは、今日のアイスランド語に残る旧来の仮定法過去に相当します。英語も屈折が豊富だった昔はアイスランド語のように「法」と「時制形」が形態上も意味上も区別されていました。動詞の屈折が失われる過程で、旧仮定法は廃れていったわけです。

 また、この論文では、仮定法過去が「現在の反事実」に加えて「未来における実現可能性の仮定」があることを挙げています。しかし、ニューヨークタイムズの記事にあった用例は、このどちらにも当てはまりません。実際にハーバード大学は前日にトランプ政権に立ち向かっているのですから。現代英語の述語動詞形tenseは実際の時間timeには対応していないのです。

 

 言葉は規則に従っで使うものではなく、話者が選択して使うものです。今の過去形は、旧直説法と旧仮定法が言わば融合しているので、同じ過去形という形態が現実の過去に非現実にも使われると考えることができます。「法」を厳密に区別せず、「遠い」というイメージに収斂したともいえるのです。過去形は「現実から遠いと感じていることを示す形」でそれを用法として使い回すと言えます。生きた用例にあたって1つ1つ身に着けていくことが大切だと思います。

 

 

 

【注】

 ハーバード大学(Harvard University)は、アメリカ合衆国の建国の1776年より前の1636年設立で、大学の基金(エンダウメント)の総額は2024会計年度末(2024年6月30日)時点で約532億ドル(約7兆9,800億円)。

 1874年には入学試験に英語の筆記試験が導入される以前は、主にラテン語やギリシャ語などの古典語の試験が重視されていました。また、1879年に創立されたラドクリフ女子大学と合併し、正式に男女共学の学部機関になったの1999年です。