現代英語の本来の文法的仕組みの特徴は機能語と内容語を配列して文法性を示すことです。ところが現行の学参学習文法書には、機能語、内容語という用語はほとんど使われません。このことは、現行学習文法はネイティブスピーカーが身に着けている本来の伝えるためのしくみを説明したものではないことを端的に示しています。

 幼少期の言語獲得について調査・分析した論文のAbstractの一部を引用します。(後に和訳を付しておきます。)

 

 We investigated the contribution of two cues that may help infants break into the syntax and give a boost to their lexical acquisition: phrasal prosody (speech melody) and function words, both of which are accessible early in life and correlate with syntactic structure in the world's languages. We show that 18-month-old infants use prosody and function words to recover sentences' syntactic structure, which in turn constrains the possible meanings of novel words: Participants ( N = 48 in each of two experiments) interpreted a novel word as referring to either an object or an action, given its position within the prosodic-syntactic structure of sentences.

 Alex de Carvalho『Prosody and Functional Words Cue the Acquisition of World Meanings in 18-Month-Old Infants』2019

 

 我々は、幼児が文を組み立てるようになるのを助け、語彙の獲得に弾みをつけるための2つの手がかり、つまり句の韻律(話し言葉)と機能語の役割について調査した。これらは世界の言語において、幼児が生後早い時期に触れることができ、文構成と関連する。我々は、18か月の幼児が韻律と機能語を使用して文の構造を復元し、新しい単語が可能な意味を限定することを示した:参加者(各実験で48名)は、文の韻律構文構造内の位置に応じて、新しい単語を物体または行動を指すものとして解釈した。(しんじ訳)

 

 同論文では、幼児が示した具体的な事例として、[He is ~ing]、[This is a ~]のような構造の文を使って~のところに新語を当てはめて発話することを報告しています。この構造にあるhe、this、is、a、-ingはいずれも機能語(辞)です。また~の部分に無意味語(品詞が決まっていない語)を含む内容語を当てはめて文を作ったと記しています。

 つまり、ネイティブは幼少期の早い段階で、品詞にとらわれず機能語と内容語を配列して発話することを示しています。これは現代英語の文法的仕組みの特徴と一致します。発話の仕方は英語の文法的仕組みと密接にかかわっています。

 

 英語の発音について述べた論文をいくつか紹介します。

 

 文中で強く発音される音節を含むのは一般に「内容語」と呼ばれる、意味を持つ語であり、単音節より長い構造を持つことが多い。それに対する機能語は文法的機能が主で意味的比重が低く、一般に単音節からなるなど短く、文中では弱く発音されるのが特徴である。

 例えば文1(I'd like to revise my paper before submission.)では、I'd, to, my, before が機能語で、like, revise, paper, submission が内容語となり、文では内容語に強勢が置かれる。

  東矢 光代『英文リスニングにおける日本人学習者の語句認識』2005

 

 

 日本語独特のリズムから脱出するためには、英文の中で機能語や旧情報などの比較的重要でない語をあいまいな母音で、1語1語区切りながら発音するのではなく、一塊にする気持ちで速く発音する練習をする必要がある。

 拍の間隔を視覚的に見せるために、良く用いられるのが、次の例文の下にあるような大小のドットである。

   

 

トレスを付与されない音節では、母音の発音のあいまい化が生じる〔Fourakis, 1991〕英語ではストレスは原則として内容語(Content words)に付加されるが、機能語(Function words)には付加されない。言い換えれば、その単語が重要な情報を持つ場合にストレスを付与される。

  文レベルでのストレスの態様は、英語における発話のリズムに影響を与える。すなわち、ストレスを付与された単語・分節が一定の拍子に則って読まれ、そうではない単語・分節は拍子の間に短い時間で読まれる。この時間の長さについての特徴は、次に掲げた5つの文に明確に現れる〔Celce-Murcia, et. al., 2010〕

 

   CATS            CHASE           MICE.

The CATS        have CHASED        MICE.

The CATS          will CHASE     the MICE.

The CATS   have been CHASing  the MICE.

The CATS could've been CHASing the MICE.

 

  これら5つの文において、実際の音節の数はそれぞれ異なる。しかし、ストレスを付与される音節の数はいずれも同じ3つである。したがって、発話するために要する時間の長さはいずれの文についてもほぼ等しくなる。言い換えれば、大文字で示したストレスを付与される音節が等しい時間的間隔で発話され、ストレスを付与されない音節はその間に短く発話される。時間は一定であるにも関わらず総音節数は増えるため、それに伴いストレスを付与されない音節に費やされる時間は後の文ほど短くなっていく。」

  日吉 佑太『日本人 EFL 学習者に対するストレスとリズムの指導』2019

 

 以上のように、現代英語の発話には機能語と内容語の区別が欠かせないことを示しています。ネイティブは幼少期に韻律と機能語の密接な関係を感じ取ります。

重要なのは、幼児が生後1年目に句の韻律と機能語を感じ取り、句の韻律と機能語を共同して活用して構文構造にアクセスする能力が、幼児が多くの単語を知る前にすでに確立されている可能性があることだ。

 句の韻律と機能語は、幼児が話し言葉の流れの表面的な分析を通じて構文情報に触れ、自己学習して言語習得するための普遍的で非常に有用なツールを提供する可能性があると考えられる。」Carvalho2019(しんじ訳)

 

 英語口語が内容語にストレスを置いて比較的はっきりと発音され、機能語が弱音化する理由はラテン語と比較するとよくわかります。ラテン語の一人称単数を示す動詞の直説法の時制変化形と同じ意味の英語の述語型を対比します。

 

        Tense                                           Latin            English

 ラテン語のamo一語に対して同じ意味を表す英語はI loveの二語必要です。同様にamabamという一語で伝わる意味を英語ではI was lovingという三語必要になります。他もそれぞれ対比すると分かるように、動詞の屈折形が豊富なラテン語が一語で伝わる同じ情報を英語では二語、三語、四語と多くの単語を使うことが分かります。

 動詞に限らず、内容語が屈折して文法性を示す屈折言語と比較して、内容語が屈折を失い他の機能語によって文法性を示すという文法的仕組み上、英語は同じ情報を伝えるのに多くの語数を必要とするのです。もし仮に両方の言語の単語を一語ずつ同じリズムで発音すると、英語は情報を伝えるのに多くの時間を要し、情報効率が著しく悪くなります。

 内容を効率よく正確に伝えるためには、情報として大切な内容語を明確に発音し、英語話者がコードしている機能語は結果として弱く早く発音することになります。英語の発話の特徴であるストレスの強弱は、文法的仕組みによっているのです。

 

 例えば、SNSなどのカジュアルなときにはcould have beenをcould of beenと綴ることがあります。これは機能語のhaveにはストレスが置かれず弱音化していることを示します。また、よく知られているようにwant toはwanna、going toはwannaと発音に合わせた綴りをします。これらの現象を伝統文法ではスラングとして扱います。だからこのように綴ればスペルチェック機能にかかります。一方でI'mやthere'sなどは口語では正用として文法書でも紹介されます。

 しかし英語本来の文法的特徴と韻律の関係からいえば、これらはいずれも機能語の縮約という現象です。それは英語という言語が情報伝達の効率を維持するための合理性を示します。伝統文法が、wannaをスラングとし、We'reを正用とするのは、口語における情報構造上の特徴であるということがまるで理解できていないからです。

 

 PEU第4版には「この本で言う文法的正しさとは英米の標準的な英語を書くときに正しさである」と明記しています。伝統文法の本質は書き言葉としての正しい言葉使いを規則によって正誤判定したものです。効率よく正確に伝えるための口語のしくみは眼中にありません。もし口語について文法説明をするつもりなら「機能語」と「内容語」という概念は欠かせないはずです。

 わが国の学参文法書では、口語の説明に対応していると唄い、会話で使われる用例を載せて実践的だと称します。だいたい標準語の文語は公の場で広く使える表現なので十分実践的です。会話で使われる表現を用例にすることと、口語の文法的仕組みを説明することは関係ありません。「機能語」と「内容語」について言及しないで学習者に効率よく文法説明をすることが現実的かどうかを考えると、学校文法がどういうものか分かるでしょう。

 

 PEU第4版では、地方語や口語のinformalとされる表現は非標準ではあっても自然言語としての誤りではないと述べています。とても誠実な記述だと思います。学習英文法の基本は標準語としての正しい言葉使いであり、その中心は書き言葉にあるのです。

 一方で、残念ながら我が国の英文法学習書では、しばしば口語の表現を取り入れたとか実用を意識したとかを唄っていますが、本質的なことは何も言っていません。標準英語は公的な場で使うのに相応しい言葉使いを知るという意味では実践的ですが、それはネイティブが身に着けている本来の言葉が伝わる仕組みに基づく記述とはことなります。

 英米のテキストには三単現のSは標準語として付けると決められているだけで脱落する地方語の口語ではHe don'tのような表現が使われることなどが記載されています。しかし和製の学参にはほとんど記述がないので、日本人学習者の中には英語にも標準語と地方語があるという当たり前のことを知らない人は結構います。三単現のSはあっても無くても意味を伝わるので地方語では脱落しても問題ないのです。

 

 英語ネイティブの発話のリズムは本来の文法的仕組みと密接にかかわっています。それは幼少期に早い時期に感覚として身に着けるものです。その説明に機能語と内容語の区別は欠かせません。機能語、内容語ということばを一切使わず、wannaやgonnaをスラングとする文法書がいかなるものか分かるでしょう。

 

 文法を教える人は品詞が重要だといいます。品詞の中でも、名詞、動詞、形容詞、副詞が大事であると考える人が多いでしょう。これらの品詞は単語としては内容語になります。それに対して、代名詞、助動詞、冠詞、数量詞、前置詞、接続詞などは文法機能を担う機能語です。

  英単語の基本語の多くは屈折を失った無標の内容語で、その内容語(句)の文法的働き(品詞)を示す標識として機能するのが機能語です。つまり英語本来の伝わる仕組みを理解する鍵は、機能語の文法機能を説明にかかっていると思います。

 

 たとえば「youは2人称」という説明?は、内容を言っているだけで、文法標識youの文法機能の説明にはなっていません。「物質名詞にはaを付けない」という説明は、名詞の分類であって標識aの機能を述べたものではありません。「possessは状態動詞」というのは単語の分類で、[be ~ing]の機能説明ではないのです。品詞というラテン語文法からの借り物を無標の英単語の説明に使えば“例外が多い英文法”になるのは不思議ではありません。

 英語のネイティブはyouを二人称以外の意味に使うし、物質のcoffeeについて場合に応じてa coffeeと言うし、特に表現したいならhave been possessingという機能語句を選択して使います。二人称代名詞、物質名詞、状態動詞といった内容語の分類にしたがって言葉を使うわけではありません。公的な場での正しい言葉使いとして守ることはあっても、内容語の分類は英語本来の言葉が伝わる仕組みではないのです。

 

 英語ネイティブは文法にいい加減なのではなく、本来の文法的仕組みである機能語と内容語を配列することを駆使して言葉を紡いでいます。それは幼少期に身に着ける文法感覚で韻律と密接に結びついています。殊更実用と結び付けなくても、音声としての英語を学ぶことは、本来の言葉が伝わる仕組みを身に着けるために必要で理にかなっています。

 

 このブログで描きだそうとしている文法とは、幼児が再分析reanalysisによって身に着ける文法感覚を指しています。その感覚を言語化して説明するのに機能語と内容語という概念は必要不可欠だと考えます。その軸はこれからも決してぶれることは無いでしょう。