関係代名詞は、文法項目の中でも比較的理解しにくいものの1つと言われます。2011年に大学生1年生を対象に行われた英語の習熟度調査のテストでは、各文法項目の正答率が関係詞39%、接続詞50%、wh-語を含む文65%という結果が報告されています。that、who、what、whichといった語の用法の中でも、関係詞を使った文は構造的にやや複雑であることも原因かもしれません。

 関係詞は典型的な機能語の1つで、現代英語本来の文法的なしくみとして重要な語群です。今回は、従来の文法説明とは異なる角度から、関係代名詞の文法的働きとその省略を掘り下げてみましょう。

 

 井戸垣2003では関係代名詞の使用と省略について、Newsweek(2002年4月22日号から6月3日号までの7週分)からニュース記事や論説文を中心の書き言葉を、映画のスクリプト(スクリーンプレイ出版発行の『スピード』、『推定無罪』、『ミセス・ダウト』、『ミッション・インポッシブル』、『評決』、『レインマン』、『JFK』、『ゴースト』、『逃亡者』、『13デイズ』、『ウォール街 』、『マーヴェリック』の12冊)から、台詞の部分を対象とした会話を中心とする「書き言葉」を調べています。

 

    井戸垣 隆『関係代名詞の使用と省略について』2003

 

 先行詞が「人間」の場合の主格では、Newsweek のwhoの使用率(98.9%)でほぼ全てを占めるのに対して、映画スクリプトでは、thatの使用(15.3%)、省略(7.6%)も一定数あります。

 

 同論文が示しているthatの使用例の一部を紹介しておきます。

1) You know my favorite joke about the guy that falls off the edge of the Grand Canyon?

    ――Newsweek

 

2) Why am I the only one that feels there has to be rules?

       『ミセス・ダウト』

 

3) Everybody that was in the operating room is testifying! 『評決』

 

4) Is that the guy that killed his wife?『逃亡者』

                         ――井戸垣2003

 

 同論文では、「人間」が先行詞の場合の主格では「Newsweek、映画スクリプトを通して、最上級の形容詞などの修飾語が付いていてもwhoが使われる例が多く、先行詞の修飾語によって関係代名詞が影響を受けているということはできなかった。」と分析しています。

 これは、同時期の2003年のThe New York Timesの記事で使われている関係代名詞について調査した論文の「人が先行詞であれば、たとえ先行詞にanyなどが含まれていようとwhoが使われる」(三原 京『アメリカ英語における関係代名詞の用法について』2003)という見解と一致します。

 

 先行詞が「人間」の場合の目的格では、省略率がNewsweek(94.1%)、映画スクリプト(90.9%)とも高率です。ただし映画スクリプトではthatの使用率が9.1%あります。

 

 この資料から近年の関係代名詞の人間が先行詞の場合の使用傾向が分かります。

 

 書き言葉では主格にはwhoが用いられ、目的格では関係代名詞自体が使用されないということです。

 ただし、元データがアメリカの週刊ニュース雑誌Newsweekの記事、論説文で2002年という時期であることから、米国スタイルブックの影響で表現が規格化されているということはあり得ます。だから、米国における公で使う標準的な英語としての関係代名詞の基本的な使い方と考えておけばいいでしょう。

 

 話し言葉では、全体としては書き言葉と同じ傾向にありますが相違点もあります。人間が先行詞でも主格・目的格ともthatを使うことがあること、また主格でも少数ながら関係代名詞を使わない(省略/ゼロ関係詞)例をみられることが挙げられます。

 元データが映画のスクリプトなので、標準的な規格から外れた普段使いの自然な表現も現れるということでしょう。ニュース雑誌のようなメディアは不特定多数の一般的な人を読者と想定しているので標準的な表現を使い、比較的近い間柄の人とかわす話し言葉では、必ずしも標準とは異なる表現を使うのは、英語に限らず日本語でも同じことです。

 

 学校文法は標準語の規格に沿っているので、学参文法書によくある記述は書き言葉に対応します。人間が先行詞の場合、基本的に主格はwhoを使うというのは、実使用と一致していると言っていいでしょう。the only oneや最上級を含むような限定性の強い先行詞を受ける関係代名詞にはthatを用いるというのは、厳密な規則ではなく、書き言葉に限ればwhoを使う方がより一般的だといえます。

 

「Leech and Smith (195--96) は the Brown family of corpora を用いて英米各変種における1961年と1991/1992年の間に起こったいくつかの言語変化を調査した.調査によると,AmE では30年ほどの間に関係詞 which が34.9%減少した.それに対して,that は48.3%増加し,zero も23.1%増加した.同様に,BrE でも which は9.5%減少し,that が9%増加,zero が17.1%増加した.いずれの関係詞も,AmE のほうが BrE よりも振れ幅が大きい,つまり増減が激しいということになる.特に AmE での which の減少率が著しい.」

   堀田 隆一『現代アメリカ英語における wh- 関係代名詞の激減』2010

 

  この記述にあるように、言葉使いは時代や地域などで異なります。規則として硬直化してとらえたところで、言語が変化すれば陳腐化します。whoとthaのどちらを使っても言いたいことは伝わるのです。

 近年の使用例から、自分が発話する時には人が先行詞ならwhoを使うと割り切っても問題ないということになります。ただし、聞き取りあるい読み取りでは、thatを使う人もいるので、使用されることがあることは知っておくことは必要です。

 

 さて、本題はここからです。井戸垣2003では「注目すべきこととして、文法的に「目的格」として存在しているはずのwhomの使用は皆無であった。これはのちに述べる日本人学生の英語作文における使用例とは大きく異なっている。」と記しています。

 その調査とは、関西外国語大学外国語学部短期大学部の学生455名を対象としたもので、人間を先行詞とした目的格のwhomの使用率が33.2%あったというものです。whomの使用については以前の記事でも取り上げていますが、わが国の学校文法は旧い規範的規則をもとにしているので、現代の実使用とは乖離しています。

 

 標準語を守るための規範的規則としての文法と、英語話者が幼少期に身に着ける言葉が伝わる仕組みとして本来の英文法は違います。現代英語は屈折を失い語順と機能語によって文法性を示すことで言葉が伝わる仕組みの言語です。英語ネイティブは、伝わる仕組みとは関係ないwhomのような屈折(格変化)は無視し、SVO語順のOの位置にある語句を目的格として認識します。

 代名詞youは主格と目的格が兼用ですが何の支障もないし、格変化の無いthatを目的格に使ってもだれも不思議に思いません。廃れた屈折によって格を表示する必要はないのです。学校英文法が、伝えることには不要な格表示に固執するのは、英米の規範英文法が屈折によって格表示をするラテン語文法の影響を受けていることに無自覚だからでしょう。

 

 平成10年の学習指導要領では、関係代名詞の取り扱いについて次のように記しています。

「文法事項[b 関係代名詞のうち、主格の that, which, who 及び目的格の that, which の制限的用法の基本的なもの] 関係代名詞のうち、目的格の whom および所有格 whose は取り扱わない。」

      平成10年の『中学校学習指導要領解説―外国語編―』

 

 関係代名詞の学校文法での取り扱いに関する論文から引用します。

「『中学校新教育課程の解説 外国語』には「語彙新旧対照表」(資料 1 参照)が記載されており、この表によると、whom は 1969 年、1977 年に使用語彙表に○がついている。しかし、1989年、2002 年の使用語彙欄には○が無く空欄になっている。」

 小泉怜美『関係代名詞 whom に関する一考察―実際の扱いと提示方法について―』2022

 

 関係代名詞whomはほとんど使用実態が無いことは分かっていて、学習指導要領では1989年には使用語彙から外れされています。しかし、外した理由についての記載はなく、その後も教育現場では教え続けています。

 わが国学参学習文法書は、入試に受かるための指南書なので、入試の過去問を基準に採用する文法事項を決めて載せます。指導要領が変わっても大学が過去問に基づいて作問するので、使用実態とかけ離れた数十年遅れの文法規則が載っています。

 

「2022年受験用問題集『全国大学入試問題正解 英語 追加掲載編』において whom を扱う問題の有無を調査したしたところ、収録大学 51 校中 6 題出題を確認することができた。この6校の内訳は私立大学 6 校、国公立大学は 0 校だった。これは数字に表すと全体の 11.7%にあたり、約1割の大学において出題する傾向があることがわかった。」

小泉怜美『関係代名詞 whom に関する一考察―実際の扱いと提示方法について―』2022

 

 日本の学生の多くがwhomを使うのは、英語が伝わる仕組みとは関係なく、実際に英語ネイティブが標準語でさえ使わない表現を、「規則」として覚えさせると受験英語を反映しているわけです。

 しかし、考え方を変えれば、学生は学習文法で学んだことを使うことができることを示しています。学習文法を実使用に基づいた英語本来の伝えるための言葉のしくみを示すものに改良すれば、言語習得にとって有用なツールになり得るということです。

 

 従来の学習文法が取り上げてこなかった、英語本来の言葉が伝わるしくみの根本から関係代名詞の文法機能とその用法について科学していきましょう。従来とは異なる見方をするには、これまで取り上げられなかった疑問や説明を改めてしてみることです。そこでまず、次の現象の説明を考えてみます。

 

 一般に指示代名詞thatは単数の語を指し、複数の語にはthoseを使います。数に関して、主語として用いるときに呼応する動詞がthat is、those areとなり、that areが許容されないことからも分かります。ところが関係代名詞とされるthatでは、先行詞つまりthatが指す語は、単数・複数両用で、先行詞の文法的な数に応じてthat is、that areが許容されます。

【元は同じthatという語なのに一方は単数に限定され、他方は単数・複数両用なのでしょう?】

 この現象の説明は、関係代名詞の主格ではほとんど省略が起こらず、全く逆に目的格ではほとんど関係代名詞を使わない(省略/ゼロ関係詞)という現象につながります。

 

 thatの単数・複数の説明を、関係詞におこる特殊な現象とするのは、科学的な見方からはNGとします。指示代名詞と呼んだり関係詞と呼んだりするのは、現象に対する単なる命名であって、論理的説明ではありません。

 これからの学習文法を科学的な観点から構築し直すには、従来は見過ごされてきた言語現象を英語本来の言葉が伝わる仕組みの中に位置づけ一貫した原理によって他の表現に起こる現象を含んだ体系的な説明に置き換えていく必要があります。

 

 thatに限らず、itやyouやtheyなども代名詞と呼ばれる語です。これらの語は特定の語を指すという用法では共通しています。「あれが君ので、これは僕の」というような場合、thatは具体的な特定のものを指します。この場合は「指示代名詞」と呼ばれますが、特定された語自体で単数・複数かは判断できます。

 That (over there) is your pen.”(あっちが君のペンだよ)

 "Those (over there) are your scissors." (あっちが君のハサミだよ)

 この用法のthatは、単数のものあるいは人を指す語に限定されています。

 

 しかし、that、it、you、theyなど英語の代名詞と呼ばれる語には、特定の語を指す以外の文法機能があります。機能語は文法機能を持つ語に特化して具体的な意味内容が広くなり場合によっては消失します。だから多くの場合、和訳に表れなくなります。

 いわゆる[It ~ that …]の型の構文ではitもthatも文の構成上、形式的に置かれているだけです。この種のitを、現行英文法では形式主語と呼んだりします。一方で同じくyouやtheyが英文の構成上形式的に置かれるということを見過ごしています。このことはこのブログで再三取り上げていますが、初めて読まれる方のために説明しておきます。

 

 英語のIは、ラテン語の人称代名詞ego(1人称単数)とは文法的働きが違います。ラテン語の動詞amo(私は愛する)は語尾の-oが一人称単数を表示し、動詞amamus(私たちは愛する)は語尾-musが一人称複数を表示します。一般的に代名詞ego(1人称単数)やnos(一人称複数)よって人称・数を表示する必要がありません。情報として不要な主語は置かないのがふつうです。

 例えば、二人でいるとき、一方が「先に帰るね」と言えば帰るのは話し手と分かります。「先に帰りな」といえば帰るのは聞き手です。「るね」と「りな」という変化で帰る行為者を表すことができるので、日本語では必ずしも主語を立てる必要はありません。動詞の屈折で行為者を表示するラテン語も似たような仕組みだと考えれば理解できると思います。

 独立した人称代名詞を主語にたてて動詞の行為者を表示する仕組みは、言語に一般的な現象ではなく、英語の文法コードの特徴なのです。言葉を伝える仕組みとして、独立した主語は必要不可欠な要素ではないということをまず押さえましょう。

 

 単語の品詞や格を屈折によって表示するラテン語と違い、英語は昔あった屈折という文法標識を失ったため、英単語の文法性が曖昧になったのです。現代英語は、屈折に代わり、SVOという語順を固定化させて、配列した位置によって文法性を示すことをコードとします。英語話者はSの位置にあれば主格の名詞、Vの位置にあれば述語動詞、Oの位置にあれば目的格の名詞と認識するというわけです。

例えば、一般的な最も早い駅への行き方を尋ねるときの日英の表現でくらべてみます。

  「駅へはどうやって行きますか?

  “How do you get to the station?

 このときに日本語では「あなたは」というような主語を立てないのが普通です。別に聞き手に特有の行き方を尋ねるわけではなく誰もが行く方法を尋ねるのに「あなた」は余計です。一般的なことを尋ねるとき、二人称と特定しないのは、英語でも同じです。

 ところが、伝える仕組みとして語順をコードとする英文では、内容としては不要でも、形式的にSVO語順を構成するためにSの位置に置く語が必要なのです。このときのyouは特定の人指す指示代名詞ではなく、文法化して意味内容を失った機能語ととらえることができます。形式的に置かれる用法はitに限らず、この場合のyouやthey等他の代名詞にも見られます。

 

 英語の代名詞の文法機能には、具体的に特定の人や物を指す指示代名詞とは別に、指示する人や物を特定せず機能語として文を構成するために形式に置く用法があるのです。文法化が進んで意味内容をなくすという現象は機能語一般にみられる法則です。英語話者はこの文法感覚を獲得して身に着けています。

 言語の専門家である著者たちの一般の人指すyou、単数・複数を問わないtheyの用法についての記述は、英語話者の文法感覚をよく表していると思います。

 

「“you”は誰でもないのだ。強いて言えば漠然とした「読者」を一般的に指している言葉なのだが、英語の構成上必要となる代名詞にすぎない」(マーク・ピーターセン)

 

「theirはここでは複数を意味しない。1つのものを言及するのでも、複数のものを言及するのでもない。じつは、なにも言及していないのだ」(スティーブン・ピンカー)

 

 英語の代名詞には、特定のものを指す指示代名詞としての用法に加えて、文を構成するために形式的に置かれる機能語としての用法があります。一般の人を指すとか不特定の人を指すということは、人称による使用制限も無いということです。形式的に置かれる用法では「you誰でもない」し、「theirはなにも言及していない」という文法感覚を持つ英語話者は人称や数を問わずに自在に使うのです。

 

thatの指示的用法と形式的(機能的)用法の違い】

 指示的用法のthatは具体的な単数のものを指し、具体的な複数のものを指すthoseと使い分けます。形式的(機能的)用法のthatは語・句・節の文法性を示す機能語としての用法が発達したのです。機能語は文法化に伴い意味を広げる「一般化」あるいはその延長として身の消失という現象が起こります。関係代名詞のthatは機能語なので、意味が広がり単数・複数のどちらの先行詞も受けることができるようになったというわけです。

 

 言葉は本来言わなくても伝わることは言いません。すでに話題に上っていることは情報として伝わっていれば言わなくていいのです。関係代名詞の文法機能は文を接続することと、先行詞の格を語順によって示すことです。文が接続していることと先行詞の格が分かれば関係代名詞は不要ということになります。

 伝わるならできるだけ語数は少ない方を選ぶ傾向があるという現象を、言語学では言葉の経済性と言います。現代英語の伝わる仕組みは、第一義的には語の配列を文法コードとすることです。語の配列によって伝わるなら機能語は言葉の経済性によって使わないという傾向になります。配列だけでは伝わりにくいときには機能語を文法コードに使います。

 例えば、使役用法のmakeは [make+O+原形]と語を配列することで、無標の原形がOの動作・状態を表すinfinitiveであることを示します。Oにあたる語を主語とする受動態では、この配列が崩れるので、機能語toを標識として使い[to+infinitive]という型にして文法性を示します。

 

 関係代名詞の文法機能では、文の接続がポイントで、文中(または文末)にSVという構造を配置すれば、その直前の語句を先行詞として、節が接続していることが分かります。だからSV構造を形成するためにSの位置にある関係代名詞主格を形式的に置く必要があるのです。

 一方、SV構造を構成する要素ではない関係代名詞目的格は形式上置く必要はありません。置いても置かなくても伝わるなら、言葉の経済性により使わないという傾向になります。これが省略という現象が起こる理由で、規則ではなく伝えるのに不要だから言わないということです。

 

5) He was an Austrian who came to this country a young boy. (W. Cather, My Ántonia)

 (彼はこの土地に来たときにはまだ若い少年のオーストリア人だった)

 

6) The actress who played Marguerite was even then old-fashioned.

(W. Cather, My Ántonia)

  (マルグリットを演じた女優は、その時ですら、古風な演じ方をしていた)

――三ツ石

 これらの用例では[Who+V]がSV構造として配列されているので関係代名詞節だと分かる仕組みになっています。

 

7) When I was last there, a couple of years ago, I asked everybody I met,…

 

8) And when you think of all the variations there are in the language,…

 

 これらの用例(7, 8)では、形式上のSV構造が成立しています。だからその直前に関係代名詞が省略されていることが分かるのです。用例8はthere構文が形式上SVになっているので省略されている関係代名詞は目的格ではありません。

 

 主格、目的格かで省略されるという従来の説明は英語の伝える仕組みとは関係ない、本質から外れたその場しのぎの「規則」です。英語本来の文法コードである語の配列に注目してSV構造が構成されているということがポイントになります。

 who doでは、主格whoがSV語順を形成しているから残します。一方(whom) I doでは、SV語順はI doで構成されているので、目的格whomはを省略することが多くなるのです。格による省略の頻度の違いは結果に過ぎません。

 

 映画スクリプトでthatを目的格で使っていたことを例外現象とするのは妥当ではありません。省略は規則ではないので、明確に伝えたいときには目的格の関係代名詞使っても構わないのです。言葉の選択は、発話者が自分の言いたいことを伝えるのに、必要か必要でないかを判断して決めます。規則に従うのではなく、文法コードを参照して、伝わる表現を選べばいいということです。

 英語の代名詞の文法機能は、SV語順を構成するために形式的に置かれる語であることを思いおこしましょう。関係代名詞は、代名詞が文法化して文を接続する機能を持った語ですから本質は代名詞です。もともと形式的に置かれる語なので、必要なら置き不要なら置かないというのは自然なことでしょう。

 

 いわゆる関係詞を「省略」(ゼロ関係詞)した構造を接触節と呼ぶことがあります。歴史的には関係詞の発達より先に起こった現象であることと、直前に間を開けないことから「省略」と呼ぶのは適当ではないという見方もあります。関係代名詞という機能語の有無ではなく、文中にSV構造があればその直前の語句を説明する節が接続していると認識できるということです。

 

 関係代名詞という機能語を使うか使わないかは、言葉が伝わるために、必要か不要かで決まります。無くても言葉が伝わる場合には関係代名詞主格であっても使わないこともあります。主格が省略されるのは、SV構造を形式的に維持しなくても伝わる、定形化した構文限られます。

 そのため、there構文や連鎖関係代名詞節と呼ばれる定形的な構文などに限り主格の省略が起こるわけです。

 

9) There's some Americans were trained there too, a few, Nazi types, mercenaries.  『JFK』

 

10) Sam, there's some guy on line three claims she's Richard Kimble.

 『逃亡者』

     ――井戸垣2003

 

 これらの用例ではThere構文の直後に動詞が現れます。その直前の語句がこの動詞の主語です。このようにThere構文の直後の関係代名詞主格が省略される現象は、あまり一般的とは言えません。しかし、マザーグースには頻繁に出てきます。時折、この現象が現れるのは、その影響かもしれません。規則ではないので省略する必要はないと思いますが、定形的な語の配列なので、知っていれば読み解くことはできるでしょう。

 

11) Oh, you're the ― you're the one they said was a nurse?  『評決』

 

12) I think Mr. O'Keefe must have seen someone he thought was Lee Oswald.『JFK』

 

13) They stopped the ones we suspect have weapons aboard.

 『13デイズ』

――井戸垣2003

 

これらの用例では、文中(文末)にSV構造が現れているので、その直前の関係代名詞が省略されていることが分かります。そのSV構造の直後に動詞(11was, 12was, 13have)が配列されているのこの配列の特徴です。SV構造の直前の語句が先行詞で、SV構造の直後の動詞の主語になります。

 この構造の文で、文中のSV構造を連鎖関係代名詞節と呼ぶことがあります。また、挿入節と解する人もいます。これらは現象の命名であって、説明ではないので好みでいいと思います。英語話者は文中(文末)でSV構造が現れたら、先行詞を説明する節だろうと認識します。文中に現れるSV構造が関係節が存在する標識になっているとも言えます。そのようにとらえるのは、語の配列によって文法性を示すのが現代英語の文法コードだからです。

 

 配置が定形化している構文で機能語の省略が起こりやすいという現象は決して例外現象ではありません。関係代名詞の主格であっても定形化した文で省略が起こることがあるのは、語の配列の特徴から省略していることが分かるからです。

 英語本来の文法的仕組みは合理的に伝えるようにできています。言わなくても伝わるなら省略することもあるというだけで、それは例外現象ではありません。関係代名詞の省略という現象は、英語本来の伝わる仕組みである語の配列によって文法性を示すという一貫した原理に基づいているのです。