英文法には、英語話者の間でコードされている伝えるための文法と公の場で使うのに相応しい規範的規則としての文法という2つの側面があります。学習文法を有用なものにするには、この2つの文法を明確に区別することは必須です。複数-Sと三単現-Sとでは、伝えるための情報としての重要性が違います。

 

 言語習得の段階について研究した論文から引用します。

「入門期における文法項目の例示順序には、三人称単数現在形をどこで提示するかという問題がある。一般にヨーロッパ系の言語を学ぶ際には、一人称・二人称・三人称の単数・複数の活用形を同時に学ぶのが一般的だろう。英語の場合には、動詞の語形変化が廃れてしまい、現在時制の一般動詞において三人称単数だけが異型として残っているがゆえに、この扱いが問題になってくる。三人称単数-sの習得は遅いことが知られており、後述するPienemannらのProcesability Hypothesis における発達段階では第5段階に設定されている(複数形の-Sの習得は第2段階である)」

馬場哲生『中学校英語検定教科書における文項目の配列順序』2008

 

 この記述にあるヨーロッパ系の言語とは、ラテン語系のフランス語、イタリア語、スペイン語などを指しています。これらの言語は、文法性を示す手段として屈折(語形変化)を重視します。一人称・二人称・三人称の単数・複数の活用形とは、動詞の屈折によってこれら6種類の主語を示すことを意味します。英語と違い文法性を示す手段として機能語、語順は下位になります。

 一方動詞の語形変化(屈折)が廃れた現代英語は、代わりに文法性を示す手段として語順と機能語をスタンダードとします。屈折言語とは異なり、屈折は文法性を示す手段としては下位で、情報を伝えるためには不要であることもしばしばです。

 

 下の表は左が、ラテン語の動詞の活用のパラダイムで、右が同じ意味にあたる英語の主語・動詞SVを対比したものです。

 

 ラテン語では、動詞の活用によって主語の種類を表示します。語尾の-oが英語の Iに相当し、語尾-musがweに相当します。人称語尾で主語の種類を表示するので、独立した人称代名詞は不要なのです。

 それとは逆に、現代英語は独立した代名詞によって主語を表示します。だから、動詞の活用によって表示する必要はありません。つまり情報として三単現-sは全く余計で、義務的に付けるのは二度手間で煩わしいだけです。地方語では動詞の屈折語尾Sはしばしば脱落しますが、その方が言語としては合理的ということになります。

 

 ヨーロッパ系の屈折言語と英語の文法コードとしての優先順は次のようになります。

 

 屈折言語の文法コード 屈折>機能語>語順

 

 現代英語の文法コード 語順>機能語>屈折

 

 英語話者が語順を文法コードとして優先し、しばしば屈折を無視するという現象はふつうにみられます。言語学者のピンカーは、このことに関して面白い記述をしています。「十代のころ、Me and Jenniferがショッピングにいく、などと言って直された経験は、誰しもあるだろう。私の同僚の一人は12歳のとき、その言い方をやめるまで、母親がピアスをさせてくれなかった、といっていた。」(『言語を生み出す本能』)

  ピンカーが記す同僚が矯正された表現は次のような英文になります。

  Me and Jennifer are going shopping.

 標準英語としては認められていませんが、聞き手はSVO語順による格表示を優先し、Sの位置にある語句を主語とて読み解きます。このときI、meという屈折(格変化)による表示は無視するので、標準語で目的格と決められているmeを使っても誤解は生じません。

 実際に、地方によっては格変化を無視して目的格をSの位置に置き主語として使うことがあります。英語話者は幼少期に本来の文法コードとして語の配列を優先することを身に着けます。それは同時に優先順位が最下位の屈折をしばしば無視することになります。

 

 論文には「動詞の語形変化が廃れてしまい、現在時制の一般動詞において三人称単数だけが異型として残っている」とありました。廃れていくはずの屈折が標準語に「残っている」理由は、標準化する時にラテン語文法をもとづいて、屈折形のSを採用して「残した」からです。

 英語話者の「三単現のSの習得が遅い」というのは、語順を優先し屈折を無視することが英語を操るために必要不可欠の文法感覚だということを反映しています。

 

 一方、複数を表示する-sは屈折形ではなく機能辞で、機能語と同等の働きをする単語に付随する辞ととらえられます。 

 例えば無標のdogは抽象的な概念で、姿形のある犬という動物を意味しません。日本語の「犬」という意味にするには機能語aと共に配列してa dogとするか、機能辞-sを使ってdogsと表現する必要があります。

 これは現代英語を使いこなす上で重要な文法感覚です。英語本来の文法的仕組みでは、無標のdogは日本語の「犬」とは全く別の概念になります。

 

1)   a.  I like dogs.

 

   b.  I like dog.

 

  (1a)では-sという機能辞を標識とした有標のdogsという表現を使っているので「(複数の)犬」を意味するということが正しく伝わります。同様に、機能語aを標識として使い有標のa dogとし「(一匹の)犬」を意味することもできます。

  ところが(1b)は無標のdogなので姿かたちの有る「犬」という意味にはならず、抽象的な概念を意味します。だから英語話者から無形の「犬の肉」という意味にとられる可能性があります。

 

 無標のdogはあくまでも抽象的な概念であり、名詞とは限りません。

 

2)   a.  His failures dogged him for a long time.

 

  b.  Anxiety dogs her every day.

 

 (2a, b)では、dogged、dogsはSVO語順のVの位置に配列されているので、dogの品詞はいずれも動詞になります。動詞としてのdogには「付きまとう」「しつこく追う」などの意味があります。よって各文は次のような意味になります。

 

(2a) 自分の失敗が彼を長い間悩ませた。

 

(2b) 彼女には毎日不安が付きまとっている。

 

 英語話者は、本来の文法コードに従って、a dogやdogsといった機能語aや機能辞-sを使った有標の表現を数えられるものと認識し姿形をイメージします。無標のdogは抽象的な概念をイメージするので数えられるものとは認識しません。

 「dogは(可算)名詞だからaを付ける」という文法説明は英語のネイティブ感覚とは乖離しています。現代英語の文法的仕組みに基づけば「機能語aや機能辞-sを使い配列によって無標のdogを可算名詞化している」という説明が適切です。

 辞書では果物は可算名詞に分類していますが、英語話者は無標のappleやbananaは抽象的で数えられないものと認識し、果肉や果汁をイメージします。機能語aあるいは機能辞-sを使って有標にすることで可算であるものと認識し、姿形のある具体的な果物をイメージします。

 

「可算名詞にはaを付ける」という英語本来のしくみを逸脱した説明をするからappleが果肉を意味することが例外に感じるのです。「coffeeは液体だから不可算名詞」という本末転倒した説明がa coffeeを例外のように感じさせるということになります。

本来の伝える仕組みとしての文法コードに反する説明が、例外現象を生み出し「英文法には例外が多い」という誤解の元凶になっています。

 

 「単語にもともと品詞が備わっている」というのは、屈折という文法標識を備えたラテン系の単語からの発想です。現代英語の本来の文法的仕組みは、無標の語は数えられない抽象的な概念で、機能語a、機能辞-sを標識として有標にすることによって可算化するというシンプルで一貫した美しい文法体系を持っているのです。

 

 無標のdogは、「もともとはよく名詞として使われる語である」とは言えても、文中で使われるまで品詞は決定しません。無標のdogの品詞は機能語と内容語を配列して文法性を示すことで決まります。

 前出の用例で-sの文法的重要性の違いについて確認します。

 

(1a) I like dogs.

 

(2b) Anxiety dogs her every day.

 

 この2文ではどちらも全く同じ形態のdogsという語が使われています。

 (1a)の方のdogsはSVO語順のOの位置に配列されているので名詞ということになります。このとき機能辞-sが文法標識となり、dogsは姿形のある「複数の犬」という意味になります。 英語話者は無標の語を抽象的な概念ととらえる文法感覚を持っているので、dogは姿形の無い「犬の肉」の意味に解する可能性があります。正しく伝えるためには機能辞の-sが必要なのです。

 (2a)の方のdogsはSVO語順のVの位置に配列されているので動詞として使われています。動詞はもともと抽象的な概念で具体的な姿形はありません。屈折の名残として標準語に残された-sには情報としての意味はなく、仮に-sを脱落させても英語話者は動詞として「付きまとう」という意味として正しく理解します。

 

 現代英語の文法コードには[語順>機能語>屈折]という明確な優先順位があります。英語話者はネイティブ感覚としてこの優先順位を正しく身に着けます。第2言語として学ぶ場合は、意識的にこの優先順位に沿って身に着けていくことが重要になります。

 

 馬場2008では、英語の文法項目の習得段階を次のような表を提示しています。

 

 この表では、第1段階で習得すべき事項を、Single word(1語の内容語)とFormula(挨拶などの定型表現)としていますから、実質的な文法項目としては第2段階が初期の最重要習得項目になります。

 第2段階つまり最初期に習得すべき文法項目として、SVOという語順と、Plural marking(複数を示す機能辞-s)を挙げています。語順と機能語の文法機能を習得するのは、現代英語の本来の文法コードに沿っており、同時にネイティブ感覚と合致します。

 

 一方で、3rd pers.-s(三単現のS)は第5段階に位置づけられています。習得すべき項目としては後回しでいいということです。名残に過ぎない屈折のsは、伝えることには関係無く、強要するとネイティブの文法感覚と乖離することになりかねません。初学者に屈折のSを強要するのは、言葉を発し始めて間がない幼児に地方語などの日常語を禁じて「です」を使うよう強要することと同じです。

 屈折のsを強要された初学者が英語を嫌うきっかけになるというのは、英語という言葉が伝わる仕組みを無視した行為だからです。英語教育で身に着ける文法項目の順序は、使えるための本来の文法的しくみが最優先で、標準語として決められた言葉使いは後回しにするということです。これは言語習得の順序として妥当と言えます。

 

 屈折という廃れた文法手段を重要視するは、標準語の規範的規則を作る際に、ラテン語を理想的な言語としたからです。伝えるための文法コードとしては不要な屈折を本当にスタンダードにしようとすると、ダブルスタンダードになって矛盾が起きます。

 英語話者が三単現の-sという動詞の屈折に限らず、whomという屈折を無視して目的格にwhoを使ったりするのは無教養だからではありません。屈折を無視することは、現代英語本来の文法的仕組みに基づいた語の配列をスタンダードとするネイティブの文法感覚を身に着けるために必要なことなのです。

 

 馬場2008が提示する英語の文法項目の習得段階は、伝わるための文法的なしくみを優先していて理にかなっています。それは同時に、近年の研究で明らかになってきたネイティブの言語習得の順序に近似しています。

 同論文では、教育現場での運用について次のように記しています。

「現実的な対処法として、高いレベルにランクされる文法事項については、理解にとどめて産出活動は控える、あるいは産出活動の中で誤りが生じても無理に矯正しない、という配慮ができると思われる。」

   馬場哲生『中学校英語検定教科書における文項目の配列順序』2008

 

 公教育で実施する時の懸念は、「取り上げた教材に出てくる表現をすべて試験範囲にする」という悪しき固定観念です。そのため、英語話者を対象とした絵本や絵本を原作としたアニメなどの良質の教材が生かせなくなっています。

 具体的な例として、初歩的な教材でも当然三単現のSは出てきます。しかし産出する場合に複数のSについては矯正しても、屈折のSは設定した段階になるまでは矯正しないというような運用が必要になるということです。

 言語習得の初期段階は、大量のinputが先にあり、少量のoutputはその後です。教材に出てくる表現としては触れることがあっても、テストでそれをすべて問うというようなことは避けるべきです。

 

 学校文法はラテン語文法をベースにして作られた規範文法を流用したものなので、文法項目の段階を決める際に利用するのに適していません。

 文法項目の段階の検討はこれからになるのでしょうが、その基本には伝えるための文法的仕組み[語順>機能語>屈折]を基本に据えることが必須になります。それは脱ラテン化した英語本来の美しい文法体系を構築することで可能になるはずです。