話法と言えば、間接話法では主節の動詞が過去形の時には従属節の時制を一致させる」というような説明が広く流布しています。しかし文学作品など生きた英語では、時制を一致させないことは普通にあります。

 

 近年では、時制の一致を規則ととらえること自体を疑問視する専門家が多くなってきています。

 

「a.英語には過去時制下の被報告節時制を調整する文法規則「時制の一致」がある。

 b.時制の一致規則は例外を許容し、過去下現在時制の場合は二時点到達読みが与えられる

「時制の一致」は、被報告節時制を主節過去時制に合わせて調整・転換する文法規則として捉えられることが多い。それは学習英文法を含めて多くの英文法記述を通じて見られる認識であると思われる。本稿ではこれらについて制約に基づく統語・意味理論の観点から検討を加え、被報告節時制に関するより適切な理解のあり方を探っていく。(a)について時制の一致規則なるものは存在せず、報告動詞過去時制が過去時制節を項として選択するに過ぎないこと、(b) については過去下現在時制にとって二時点到達読みが必然でないことを論じる。」

 田子内健介『いわゆる時制の一致とその例外について―制約に基づく文法の観点から―』

 

 基本的なルールとその例外ルールがあるという理解の仕方は学習文法にありがちですが、話法における時制の一致は典型の1つでしょう。次の記述は、いずれも受験英語の関係者がネット上のサイトに掲載しているものです。

 

「【時制の一致の例外】不変の真理や一般論は現在形

Galileo maintained that the earth moves around the sun.

過去も現在も未来にも、全部に当てはまる内容は現在形で書くわけです。主節のmaintainが過去形なのに、後ろは現在形になっている。どんなときでも現在形にするパターンです」

 

「【例題】次の日本語の文に合うように( )内に適切な英語を入れなさい。

私たちは地球が太陽のまわりを回っていると学習しました。

 We learned that the earth ( ) around the sun.

【回答】goes」

 

 この2つの記述では、時制の一致のルールの例外の1つとして、不変の真理は常に現在形を使うというルールがあるとしています。動詞形の選択にはルールに従った1つの正しい答えがあると考えているようです。

 

 Swan『PEU』2016では、話法と時制の一致に関して次のように記述しています。

 

If somebody talked about a situation that has still not changed — that is to say, if the original speaker's present and future are still present and future — a reporter can often choose whether to keep the original speaker's tenses or to change them, after a past reporting verb. Both structures are common.

DIRECT: The earth goes round the sun.

INDIRECT: He proved that the earth goes/went round the sun.

 

DIRECT: It will be windy tomorrow.

INDIRECT: The forecast said it will/would be windy tomorrow.

 

 被伝達部の従属節の動詞形について、状況に応じて伝達者が元の話者が使った時制を変えるかどうかを選択できると説明しています。用例にあるように「不変の真理」であってもgoes/wentのどちらを選択することもでき、それはどちらも一般的であるとしています。

 現代の天気予報はかなり精度が高いですが、それでも確実で間違いないとはまで言い切れるかどうかは状況によるでしょう。被伝達部を情報元の時制形をそのままにするか変更するかは状況によって伝達者が選択するというのが基本です。

 

 英米の科学的文法では、動詞の時制は発話者が選択して決めるものというとらえ方が基本です。それは19世紀の公教育の英文法教科書にも見られます。

 論点を絞って引用します。

「The assertion may be a simple statement of what the speaker treats as fact. Whether it actually is a fact or not.

 

  The sun moves around the earth.

 

 The speaker treats a fact the sun moving around the earth, although, as everyone knows, that is not a fact.」

   Seath『The high school English grammer』1899より

 

 現在形は実際に事実かどうかに関係なく話者が事実であるとして扱うとしています。要は、述べることがらを事実として扱うかどうかは発話者が判断して決めるものであるということです。その例として、すべての人が「太陽が地球の周りを回る」というのは事実ではないと認識していても、話者が事実として扱えば現在形を使う、ということを挙げています。

 

 話法の規則云々の以前に、動詞形は規則に従って機械的に1つ決まるものではないのです。話法に限らず受験英語で文法に1つの正しい答えを見つける癖がついて、言葉や文法のとらえ方から大切なことが抜けてしまっているのかもしれません。

 言葉は発話者が言いたいことを自由に表現するもので、文法は伝わる表現を選択するために参照する社会的なコードです。実際には「過去のことがらは過去形を使って表す」という規則に従って時制を選択することはありません。

 

 実践的な小説の書き方の指南する記述を抜粋して紹介します。

 

「The past tense is the most common tense in fiction writing, and it has been for some time. Deciding between the past or the present tense is one of the first decisions a writer must make before putting words down.

  The past tense is a type of grammatical tense in which events are told as if they happened in the past.

The present tense is a type of grammatical tense used to explain events as though they're happening right now. While this is generally not the way people tell each other stories, it has become increasingly popular in fiction in recent years.」

Chesson『Past Tense Writing: The Secret to This Popular Writing Style』2023

Chesson『Writing in Present Tense: The Secret to This Popular Writing Style』2023

 

「過去時制は、小説執筆における最も一般的な時制であり、長い間そのようだった。過去時制と現在時制のどちらを選ぶかを決めることは、作家が文章を書く前に行う最初の決定の1つである。

過去時制は、できごとが過去に起こったかのように語られる文法的な時制の一種だ。

現在時制は、できごとをまるで今起こっているかのように説明するために使用される文法的な時制の一種です。これは一般的には人々が物語を伝える方法ではないが、近年、小説の中でますます人気が高まっている。」(しんじ訳)

 

 時制は規則で縛られて決まっているのではなく、作者が選択して決めるものです。英語話者は「過去の出来事」を、客観的な事実として伝えるか、あたかも目の前で起こっているかのように表現したいか、あるいは今も心に残っていると言いたいのかに応じて、過去形、現在形、現在進行形などを選択して使います。

 たとえ一般に「不変の真理」とされていることでも、それをどう捉えどう表現するかは発話者の自由です。真の命題とされるものの見方が一元的に決まっているなら、批判的検証の対象にならず、そもそも科学が成り立ちません。英文法規則として「不変の真理は常に現在形」という見方をする人が少なからずいるということは、説明以前に「文法」や「言葉」のとらえ方に問題があるといえるでしょう。

 

 Chesson2023は時制について次のように記しています。

 

「普遍的な真実について書く際に時制を変えるべきかどうか」という点については議論がある。例えば:

2) a. Suddenly everything came back to him. He recalled it all. Everything he'd lost. He knew that two plus two equals four and that the Earth is round and that fire is hot.

 

b. Suddenly everything came back to him. He recalled it all. Everything he'd lost. He knew that two plus two equaled four and that the Earth was round and that fire was hot.

 

 語り手が全知全能Omniscientであるか、または「fourth wall(第四の壁)」を破って読者に語りかけるなら、最初の例はおそらく受け入れられるだろう。しかし、もし語り手が全知全能でなく、POV(視点)のキャラクターに密接に従っているなら、おそらく後者の例が最適だろう。」(しんじ訳)

Chesson『Writing in Present Tense: The Secret to This Popular Writing Style』2023

 

 この記述の用例から抜き出して次のように示すことができます。

 

He knew that two plus two equals/equaled four.

 

He knew that the Earth is/was round.

 

He knew that fire is/was hot.

 

「2足す2は4に等しい」「地球は丸い」「火は熱い」という一般的には普遍的な真理とされることがらであっても、現在時制/過去時制は選択して用いることを前提としています。

 話法における被伝達部の時制は、元の発話者の視点・見方が優先されたり、伝達者の視点・見方が反映されたりします。規則で1つに決まるととらえるのは現実的ではありません。

 適する時制の選択の元になるのは、present tense、past tenseのそれぞれが読者に与える感じ方です。それは、できごと時timeの違いではなく、あたかも今起きていると感じるかと距離を置いていると感じるかという違いです。

 

 アニメの物語『Rapunzel』から魔法使いがラプンツェルを両親からのもとから引き離し、連れていく場面から引用します。

 

   “It's okay,” Rapunzel said breably.“I do not want you to turn into hedgehogs. I will go with the witch. I will visit you often.”

    “At least you are wise, girl,”the witch said.  Her face turned dark. 

But you can never visit your parents. They would only hide you from me again.” 

  Rapunzel folded her arms. “I will work hard for you, Witch. But I must visit my family!”

   The witch shook her finger at Rapunzel. I said you can never visit your parents.

――Little Fox『Rapunzel』

 

 この場面の最後の魔女使いのセリフは間接話法になっています。被伝達部の時制は現在、過去のどちらでも可能なはずです。

“I said you can/could never visit your parents.”

 

 実際に使われる表現では「時制が一致しない」ことはふつうにあり得ます。このような表現に出会ったときに、なぜ作者はcouldではなくcanを選択したのか?という考え方をしてみると、語感を育てるいい機会になるではないかと思います。