大学生の英文法事項別習熟度調査で「仮定法」の正答率は17項目中2番目に低いというデータ(中條2012)があります。このように従来の文法説明の学習効果に疑問があることから、学校文法が採用する「仮定法」と、その元になる「3時制モデル」の見直しを提言する論文は数多くあります。

 その論旨にはほぼ一致した共通点があります。以下に、記述を部分的に抜き出して論旨を要約して、3つの論文を紹介します。

 

「英語の仮定法表現には、if等と過去形の節が結び付いた形式や過去形の助動詞が関わってくる。

   (1) If men had wing, they would fly.

とはいえ、それらは必ずしも仮定法的な内容ばかりを表すのに使われるとは限らず、直説法の部類に入る、過去の推定を表す場合にも用いられる。

  (2) If they were here yesterday, they would see the accident.

         (探偵が被疑者の行動を推理している場合など)

また、仮定法といっても、明らかに事実に反している場合から、反事実的色彩の濃いもの、直説法の叙述と意味的に峻別するのが難しいほど連続的な幅広い概念に関わっている。

  (3) That would be true. (真実だと言える場合にも使う)

 

 既に一般的に理解されているように,英語における時制は,基本的に,現在と過去の二つである。現在というのは,基本的に,発話時の直接外界知覚であり,過去に比べて,相対的により身近で直接的で具体的なものである。一方,過去は,記憶の中の映像の記述である分だけ,より抽象的で間接的である。大切なことは,過去形の形態素の本質的な意味にremotenessがあるということである。

 現在形の法助動詞が,反事実を表せないのは,英語ではunmarkedである現在形では,基本であるrealityの世界を完全に離脱することができないからであろうと思われる。Present realityに束縛されることがないのが,過去形であり,それ故,つまり自由だから反事実的な言及が可能になると考えるのである。」

  樋口 万里子『仮定法に関わる形式のFree Thought Space Builderとしての意味

        機能』1990

 

「学校文法では一般にif節に生じる過去形は「仮定法過去」と呼ばれ「現在の非現実」を表すとされる。

     If I knew his telephone number, I would call him.

しかし、この「現在」の「非現実」という意味は過去形という言語形式に統語的に内在した意味だと言えるだろうか。これはよく指摘されるように英語の屈折磨耗の歴史に起因する。

      a, It is high time you went to bed.

      b. Last night I went to bed earlier than usual.

  (a)のwentは「仮定法過去」、(b)のwentは「直説法過去」として扱われる。しかし、それを形態上区別することは不可能である。このような事実から伝統文法家の間でも、ラテン語・ギリシア語文法の類などから「意味」を重視し仮定法を認める立場と、「形態」を重視する立場から仮定法を認めない学者で議論がわかれたという経緯があった。

 

  一般に、英語には現在、過去、未来の3時制があると言われるが、言語学者の間では、多くのヨーロッパ言語同様、英語には未来時制はなく、過去と非過去の2時制とする意見が多い。多くの文法書は2時制(過去・現在)を採用する。

過去形はなんらかの形で「話者の認識領域(意識)から遠い」ことを表す。

「過去形」→ 「時間」 が現在の状況から遠い=「過去時」

「過去形」→ 「事実性」 が現実の状況から遠い=「非現実」」 

                  野村 忠央『If節における過去形の意味』

 

「「仮定法過去」は「現在の事実に反する事柄を現わす」と指導されることが多いが、実際には「未来の起こり得ない事柄」にも用いられる。

かつての英語では、仮定法は独自の動詞変化形を持っていた。if it were raining, I would stay home.のwereはその名残である。しかし、現代英語は語形変化が簡素化されており、仮定法過去および仮定法過去完了は、それぞれ直説法過去および直説法過去完了と同じ形態をとっている。

   形態上、直説法と変わりがないことから、海外の学習者・教育者向けの文法書は直説法と仮定法過去および仮定法過去完了を1つにまとめて、conditionalとして提示している。英語話者の感覚として仮定法の存在が意識されていないのだとすれば、「仮定法」という用語を使わなくても、条件文として指導すればよいだけである。

 

  基本的には現在と未来は現在形で、過去は過去形で表現する。ここで重要なのはunrealやimpossibleな事態はrealやpossibleな事態よりも遠くで起きているという感覚である。

「遠くで起きている」という距離感は、これまで「仮定法」として扱われてきたものの本質であり、現在形を過去形に変換することの理由はまさにそこにある。」

   石田 秀雄『仮定法指導の改善―問題点の整理と新たな用語の提案―』2021

 

 以上の3つの論文の趣旨がほとんど同じであることが分かると思います。

 これらはいずれも、従来の学校文法が採用してきた、現実と非現実という意味の違いによって直説法と仮定法に分類すること、時の数直線をもとにした3時制モデルを根本的に見直すという提言です。樋口1990から石田2021まで30年以上にわたり指摘されつつけていますが、なかなか一般には浸透していないのが現状のようです。

 

 現行英文法の問題点が一致するのは、根本的原因は1つだからです。そもそも「時制」「仮定法」は動詞の屈折によって文法性を示すラテン語・ギリシア語の概念で、それを屈折が乏しい現代英語にあてはめるから不具合が生じるというわけです。

 動詞の屈折によって時間の違いを表すのはラテン語・ギリシア語であって、現代英語の動詞は距離感の違いを表すと考えられます。動詞の形態によって非現実を表す特別な法を持っているのはラテン語・ギリシア語であって、現代英語は過去形(と呼ばれるラテン語からの借用語)が根源的にもっていると考えられる「遠い」という感覚から派生する一用法として非現実を表す場合があるということです。

 

 学校文法が採用する3時制3仮定法モデルでは、実際の時間timeの数直線を想定して、次のように述語動詞VPを割り振ります。

 

  

 

 学校文法が「時制」としているのは直説法だけで、表では上段の2列です。学校文法が「仮定法」としているのは表では下段の2列です。

 推量や習慣などを表す用法のwillやwouldはmayなどと同じ法助動詞とされ、直説法・仮定法とは別に分類されています。表では上から3列目になります。ここには入れていませんが、時制の一致はまた別になります。

 この従来の見方では、実際に当てはまらないケースが多く出てきます。次のように指摘する論文があります。

 Mair said: ‘If the answer to that question were known, no doubt the 

                 appointment would have been made by now.

「その問題に対する答えが発話時点で知られていたら、今までに 任命がされているだろう」という仮定法過去の文と考えるほうが自然である。              

              林 裕『変則的な英語仮定的条件文について』2019

 

 この用例のwould have beenは「現在までに完了しているのに」という意味です。だからこの論文では「仮定法過去の文と考える方が自然」だとしています。

 [3時制3仮定法モデル]を念頭に置いて、would have beenを仮定法過去完了とし「過去の非現実」とすると、現在や未来のことを述べることができないと誤解することになりかねません。実際に、英語の述語実際にwould have beenの型は過去、現在、未来のいずれにも使うことを知らない学習者は多いのではないかと思います。動詞VPの型tenseは時間timeとは1対1では対応しないのです。

 

 多くの論文が指摘しているように、3時制3仮定法モデルではS was/wereという形態は直説法過去と仮定法過去を兼ねています。同じ形態でも

 この点について、樋口が挙げる用例(1a)をもとに内容を変えた文で比較してみます。

1) a. If they were here yesterday,they would see the accident.

                                                                                      ――樋口1990

   b. If they were here now, we would discuss the plans in person.

 

  (1a)「彼らが昨日ここにいたら、その事故を見ているだろう。」

  (1b)「彼らが今ここにいたら、計画について直接話し合うのに」

 

 この2文について[If they were here]だけでは、(1a)も(1b)だけでは実際にいたのかいないのかはわかりません。

 このとき(2b)のようにnowという副詞によって情報が加われば、今ここにtheyがいるなら話し手は仮定の話にはならないはずだから、客観的事実としてはいないと分かり、結果として非現実ということになります。

 一方で(1a)の方yesterdayという情報が加わっても、依然として客観的事実としてtheyがいたかどうかは分かりません。だから(1a)は非現実とは言えないことになります。

 if節中であっても動詞wereという形態だけでは、過去のことを言っているか、非現実であることを示しているのかわかりません。

 

 帰結節のwouldも同様で、(1b)では、前提となるif節からtheyはいないということは客観的事実だとわかるので、今ここで直接話すことは現実には不可能なことだと判断できます。だから結果としてwouldは非現実ということになります。

 一方(1a)ではtheyがいたかどうかは分からないので、仮にいたとしてその前提が成り立てば、「事故を見た」と推定できるというだけで、客観的事実は分かりません。事実に反するとは言い切れませんからwouldは推量ということになります。

 

 英米の文法書が [If+past tense, would+infinitive]の型をsecond conditional (第二条件法)とし、subjunctive mood(仮定法)とは呼ばないのは、形態上では事実か反事実か区別ができず、文の意味はあくまでも文脈に依存するからです。

 和式の「仮定法」の用例には、If I were you,…やIf I were a birdがよく採用されていました。それは話し手がyouやbirdではないことは客観的事実ではないことは自明だからです。「仮定法」は非現実のことを述べるという説明に都合がいいものを採用しただけのことです。

 

 論文の提言にあるように、(1b)のような現在の反事実を述べた文を「仮定法」と呼ぶのを止め(1a)のような過去の条件と推量を述べた文を1つにまとめ[If+past tense, would+infinitive]を第二条件文とすると、[3時制モデル]は破綻します。]

 同じ形態の[If+past tense]でも、(1a)は過去のことを述べ、(1b)は現在のことを述べています。だから、この形態を実際の時間timeのどこかに位置づけることはできません。

 これは帰結節[would+infinitive]についても同じことで、(1a)は過去の過去のことを述べ、(1b)は現在のことを述べています。だから述語動詞VPを数直線上に配置する[3時制モデル]では、位置付けることができないのです。

 

 [3時制モデル]は、時制tense(述語動詞VPの形態)と時間timeが一致することを基本とします。そのため、1つの形態をどこか1つの時間timeに位置づけることで成り立ちます。「直説法」と「仮定法」を分離するという和式の説明法は、直説法ではtenseとtimeが一致し、仮定法では時制がずれるとすることで、tense=timeの原則を守ろうとしていたのです。

 各論文が和式の仮定法を止めて英米式の条件法を採用するとすれば、tenseとtimeを別の概念として分離し、時制tenseを遠近の距離感にもとづく2時制モデルを採用することが合理的なわけです。

 

 [3時制3仮定法モデル]の実際の時間はそのまま横軸として残し、時間軸上に割りふっていた時制(述語動詞VPの型)を遠近によって縦軸に置くと、2時制の二次元(平面)モデルになります。下に試案を示しておきます。

 例として、先ほど検討した用例(1a)、(1b)は条件節と、帰結節でそれぞれの時制と述べる時間を表中に示しています。条件文の典型例のうち零、第一、第三条件文の条件節と帰結の位置づけを示しておきます。

 

【零条件文zero conditional】[if+simple present, simple present]

0-1) If I have enough time, I write to my parents every week.

       (広がりのある習慣的な現在のことを示す)

 

【第一条件文first conditional】[if+simple present, will+infinitive]

1-1) If I have enough time tomorrow, I will write to my parents.

 

【第二条件文second conditional】[if+simple past, would+infinitive]

2-1) If I had enough time now, I would write to my parents.

 

【第三条件文third conditi0nal】[if+past perfect, would+perfect infinitive]

3-1) If I had had enough time, I would have written to my parents.

 

 この2時制二次元モデルは、時制tenseは遠近の違いを本質とすること、それは実際の述べる時間timeとは異なることを直感的にわかるようにすることが狙いです。

 また、このような見方をすることによって、従来の3時制モデルの直線上に位置づけられなかった用例を特別視し‘例外’としたり‘排除’したりすることを防止するためでもあります。

 下の用例は、幼児対象のアニメから採ったものです。明日、プレスクールで開催されるか仮想大会の衣装について、would have beenは「未来に実現する見通しが遠くなった」と諦めていったセリフです。

 I wish you’d be a king and go to costume day with me. But okay, be Super Bunny. I guess I can still be the queen by myself. But if Max was dressed as the king but it would have been more fan.

                                                         ――Max and Ruby | Costume Day

「あなたが王様になって一緒に仮装大会に出てくれたらなあ。でも、もういいわ、スーパーバニーをやりなさい。あたしは一人でも女王様になるつもりだから。でも、もしMaxが王様になってくれたら、もっと楽しくなってたのにな。」

 

 このwould have ppで未来の実現性が極めて低いことを示す例はPEUにも記載されています。[3時制3仮定法モデル]では仮定法過去完了の例外的な用法とでも解釈するしかありません。実際には未来のことは確定しないので、反現実とは言えません。

アニメでは実際にはMaxは王様になって切れました。would beよりもさらに実現性が遠のいて見込みが無くなったという感覚を示すために完了相にしていると考えられます。

 意味的にも反現実とは言えず、述べるときの未来のことですから、学校文法でいう仮定法とは言い切れない例です。このような例はアニメでもふつうにあります。従来の直説法、仮定法という見方では、実践的な用例をとらえきれないのです。

 2時制二次元モデルでは、このようなwould have beenが未来時future timeのことを述べる例を、過去の反事実を示す仮定法過去完了とは別に、下の(◎)に位置付けることができます。

      実際の時間time       過去        現在         未来

述語動詞の型tense            past          present          future

叙想遠在完了 S would have been                                               (◎) 

 

 この他、will+完了やwould+完了はいずれも過去、現在、未来のことを述べることができます。それにもかかわらず、学校文法ではwill have doneを未来完了と呼び、現在や過去に使う用例を例外扱いし多くの学参には用例もありません。また、would have doneを仮定法過去と呼び、実現性の低い現在、未来に使うことを取り上げません。これらの用例はアニメなどでもう使われ、英米の辞書や文法学習書には載っている用法です。

 以下の用例にあるwill+完了、would+完了は学校文法の未来完了や仮定法過去(帰結節)と同一平面上に等価で位置することが分かります。

 

4) a. As it was cloudy, few people will have seen last night’s lunar

       eclipse.

                  ――Martin Hewings 『Advanced Grammar In Use 3rd Ed.』2014

 

 b.  “Daddy, did you see the easter bunny. ”

   “No. But I'm sure the easter bunny will have been by now.”

                                                                ――Peppa Pig | Easter Bunny

 

   c. It would have been nice to go to Australia this winter, but there’s no

      way we can do it. (or It would be nice. . .)  

                                                    Swan『Practical English Usage』2016

 

   d. If it were not for Max, we would have missed our very first train

     ride.

                                                 ――Max and Rubby | Train Ride

 

 上記の用例は下のように位置付けられます。(※)は従来の学校文法が取り上げてきたwill+完了が未来に完了していることを述べる場合(直説法)、would+完了が過去の非現実のことを述べる場合(仮定法)の位置づけです。

 

【2時制二次元モデル】

      実際の時間time      過去         現在          未来

述語動詞の型tense             past             present          future

叙想現在完了 will+完了              (4a)               (4b)      (未来完了)※

叙想遠在完了 would+完了          (4d)※                       (4c)                                  

  このように、時制と時間を平面として俯瞰することで、これまで見落とされてきた用法が視野に入ります。もともと形態と意味が不一致の英文を直説法と仮定法に分類に分ける必要もありません。

 英語の述語動詞will/wouldの違いは「いま・ここ」という現実味を感じる現在present tenseと、「距離を取る」という現実から遠いと感じる遠在past tenseの二極構造としてとらえます。

 事柄が起こることを述べる時間、過去時past time、現在時present time、未来時future timeは述語動詞の型tenseだけではなく時を示す副詞や文脈に依存して決まるということも感覚的にわかると思います。

 

 仮定法は現行英文法では、最も理解されていない文法事項の1つです。ダメもとで新しいモデルを試してみるというのも許されるのではないかと思います。

 仮にすぐに学習効果が出なくても、時の数直線の中に納まらず‘例外’扱いされていた生きた表現の存在が見渡せることになります。それは実践的な英語と向き合っていればどこかで出会うことになるでしょう。学校で習わなかったけど、これって文法的に正しいの?という余計なマイナス思考にならず、こんなふうに使うのかと感じて身につけることになればいいと思います。

 学習文法は地図として有用であれば十分。間口を広げておく方がいい。大切なのは実際に出会う表現たちなのですから。