伝統文法は、100年ほど前にOnionsが述語の型のモデルとして示した5文型は、近年その見直し論が盛んになっています。その中心にあるのが補語のとらえ方です。補語は、品詞・文型のスクランブル交差点と言えるほど入り組んでいて、専門家の間でもそのとらえ方が多様です。

  文法用語の位置づけが多様であること自体が、現代英語の文法的特徴を示しています。今回は、補語を中心とした文型見直し論をとおして、英文を構造的にとらえる方法を探っていきます。

 

 現代英語Modern Englishが成立したのは、語の文法性を示す仕組みが大きく転換した1500年ごろです。それ以前は、語の文中の働き(品詞や格など)を、屈折(語形変化)という文法手段で示していました。文法性を示す手段だった屈折が失われたため、語の配列と機能語による文法手段に切り替わったのです。

 品詞はそもそも語の屈折に基づいた概念です。ラテン語など屈折言語では、名詞は格変化し、動詞は定形変化します。語句の品詞は変化形の違いという標識によって区別できるので簡単に判別できます。

 ところが英語は語形変化という標識を失ったので、品詞を判別するのが容易ではありません。裏を返せば、品詞の曖昧性は、無標の単語を基本とする現代英語の特性なのです。語句の働きは、単語の機能とコア、語の配列の仕方の特徴を見ながら、総合的に判断することが必要だということです。

 

 まずは、伝統的文法の5文型と品詞を確認します。次に用例で、それぞれの英文の文型とfastの品詞を考えてみましょう。

 

1a) I ran fast.                (私は速く走った)

 

1b) 1 became fast.          (私は速さを身につけた)

 

1c) I need a fast runner.   (速いランナーが一人必要だ)

 

1d) I need a runner fast. (一人のランナーがすぐに必要だ)

 

 伝統的な見方に基づいて、品詞を文中での働きとしてとらえると、主語や目的語になっている語が名詞で、名詞を修飾するのが形容詞、名詞以外を修飾するのが副詞です。

  まずは(1c)と(1d)を比較します。

 

1c) I need a fast runner. 

 

1d) I need a runner fast.

 

 この2文からfastを除くと、どちらもI need a runner.になります。

  伝統文法では、文の意味が完結していることを基準として文型を決めます。副詞fastを除いた、 I need a runner.は「私は一人のランナーが必要」と意味が完結しているので、SVOという文型になります。 

 (1c)では、fast runnerと配列し、「速いランナー」という意味になります。fastは名詞runnerを修飾しているので、品詞は形容詞になります。

  (1d) では、fastは文末に置かれ「すぐに(早く)必要だ」としていると解せます。例えば、駅伝に出場するのに一人足りないというような場合です。文意からランナーが速い人かどうかは関係ないので、runnerとは修飾関係にはないことが分かります。このfastは動詞needを修飾しているので、品詞は副詞となります。

 

  伝統文法では、副詞fastは修飾語(Modifier)とします。(1d)全体では[S+V+O+M]の型になりますが、修飾語(Modifier)は文の主要素から外します。分類としてはSVOということになります。

 

 2つの用例とも、無標のfastという単語が、(1c)では形容詞、(1d)では副詞と、置く場所を変えただけで品詞が変わるわけです。これは配置によって文法性を示す現代英語の特徴と言えます。

 fastは無標ですが、有標の語もあります。

 

2a) I need a quick player.  (動きの速い選手が必要だ)

 

2b) I need a player quickly.   (急いで選手が一人必要だ)

 

 この場合、無標のquick は形容詞で、語尾-lyが標識になっている有標のquicklyは副詞であると分かります。 (2b)のquicklyの位置は、文法的にも正しいのですが、仮に位置を変えても、形から副詞と判別できます。

 配置を変えて、ChatGPTに自然な英文かを尋ねると、次のように回答がありました。

「"I need quickly a player." は自然な英文ではありません。正しい文法で表現するならば、「I need a player quickly.」と言うべきです。主語 "I"、動詞 "need"、冠詞 "a"、名詞 "player"、そして副詞 "quickly" の順に配置されるべきです。」ChatGPT

 

 この回答から分かるように、現代英語は文法性を示す手段として、語形変化よりも語の配列を重視します。文型というは、屈折を失い無標になった英単語の文法的働きを限定するために、語の配列を固定化した結果として生まれたのです。

 

 ただし、語の配列だけで文型か決まるわけではありません。無標の単語といっても固有の使用法やコアがあります。それは多くの場合これまでに使われてきた慣用によって、その言語話者の間で共有されているからです。

 用例で確認しましょう。

 

1a) I ran fast.     

      

1b) I became fast. 

 

 語の配列では[S+V+fast]の型としてみると同じです。このときfastの品詞は、どの語を修飾しているか、言い換えるとどの語との結びつき深いかで決まります。

 (1a) では「速く走る」ということが含意されるので、ranという動詞との結びつきが深いとみなせます。動詞を修飾するので副詞と認定されます。動詞runは I ran. 「Sが走る」で、文として意味を成し完結すると考えます。「どのように」走るかは、描写を追加したものと解し、修飾語(Modifier)とします。

  文全体としては[S+V+M] の型ですが、伝統文法では修飾語Mは文型分類の主要素から外すので、文型はSVとなります。

 

  (1b)では、「私は速い」ということが含意されるので、I という名詞との結びつきが深いとみなせなす。名詞を修飾しているので形容詞と認定されます。このとき、動詞becomeは*I become.「Sがなる」で、「何」になるのかが無いと意味を成しません。このときSVだけでは文が完結しないと考えます。fastを補完すると意味を成して文が完結することから、「何」にあたる要素を補語(Complement)といいます。伝統文法では、補語Cを文構成の不可欠の要素とします。この文の文型はSVCとなります。

 

[S+V+fast]という同じような配列でも、(1a)の動詞ranと(1b)の動詞becameの機能の違いで、fastの品詞が変わることが分かります。また、文型もSV、SVCとそれぞれ異なります。

  このことから、文型は動詞が文の要になって後続する語句の種類や語順をきめるとも言えます。動詞の用法として、意味に応じた傾向があるということです。

 sleep(眠る)、laugh(笑う)、walk(歩く)、swim(泳ぐ)、shine(輝く)などはSVで「Sが~する」という意味を成し文が完結します。だからSVの型を作る傾向があると考えることもできます。

 これに対して、remain(~のままでいる)、become(~になる)、prove(~だと分かる)、sound(~のように感じる)などはCが無いと意味を成さないので、SVCの文型を取る傾向があります。これらは、目的語Oを取らないで文が完結するという点で共通します。SV、SVCの文型を構成する動詞は自動詞と総称されます。

 

 自動詞に対して、目的語をとる動詞を他動詞と言います。ただし、自動詞、他動詞は動詞の分類というよりも、動詞の用法として自動詞用法と他動詞用法があると考える方が実態に合うと思います。

 runには自動詞用法も他動詞用法もあります。次の用例で確認します。

 

3a) He ran that restaurant.  (彼はそのレストランを経営していた)

 

3b) He ran that way.          (彼はあちらの方向へ走っていった)

 

 用例(3a)は、he ranだけでは、動詞の対象「何を」経営したのかわからず意味が完結しないと考えられます。動詞runの目的語that restaurantを含めると文が完結するので、文型はSVOと分類します。

 用例(3b)では、he ranで意味が完結しているのでSVの型になります。that wayは走る方向を表していることから、動詞を修飾する副詞句と解されます。[S+V+M] の型ですが、伝統文法では修飾語Mは主要素から外し、文型はSVと分類します。

 

 この2つの用例では、runという動詞は、それぞれ(3a)では他動詞用法、(3b)では自動詞用法になります。1つの動詞が、自動詞、他動詞のどちらの用法もとれることは、(Nesfield1989)に、その実例が示されています。

 

 自動詞はIntransitiveの訳語ですが、これは目的語がなくても意味を成しSVだけで動詞が自己完結している、あるいは自立しているという見方からです。この用語に注目するとinは否定辞ですからtransitiveではない、つまり他動詞ではないというのが元の意味になります。

 Nesfieldは自動詞(非他動詞)は他動詞にもなると述べているのです。中の例文を一部取り出して比較しておきます。

 

  Water boils.     「水は沸騰する」SV boilsは自動詞

  He boilds water. 「彼は水を沸騰させる」SVO boilsは他動詞

 

  The kite flew into the air. 「凧が空に飛んだ」SV  flewは自動詞

  He flew the kite.             「彼は凧を飛ばした」SVO flewは他動詞 

 

 The boat floated.     「そのボートは浮かんだ」SV  floatedは自動詞

   He floated the boat. 「彼はそのボートを浮かべた」SVO  floatedは他動詞

 

 「主語がある状態になる」と意味が完結していると自動詞、「主語が対象objectをある状態にさせる」というように対象を含んで初めて意味が完結するのが他動詞ととらえることもできます。もちろんI saw him.のように目的語の状態を変えない場合もありますが。

 伝統文法では動詞が文型の要になり語の配列を決めると考えます。見方を変えると配列によって同じ単語が自動詞になったり他動詞になったりするととらえることもできるわけです。

 

 品詞は元々ラテン語の概念で、ラテン語では屈折という形態で単語自体の品詞が決まっています。単語の屈折で品詞が明示できるので語順は比較的自由です。一方現代の基本的な英単語の多くは、屈折と言う品詞を示す標識を失っています。無標の単語は形態上からは品詞の区別ができません。品詞、文型を判別するには、語の配置、語句の特性、文全体の意味を勘案する必要があるのです。

  例えば、We had a good run.(私たちには良い時期があった)のようにrunをSVOのの目的語Oの位置に置けば名詞になります。無標のrunは動詞としてよく使われる単語であるとは言えても、文中で使われるまで品詞は決まりません。厳密にいえば、無標のrunには動詞用法や名詞用法があるということになります。

 

 先に挙げた用例(3b)He ran that way.では、that wayを副詞句としました。この語句は本来副詞と決まっているわけではありません。That way was correct.(あのやり方は正解だった)という文では、that wayは主語Sの位置にあるので、名詞ということになります。

 ものの名前を示す語句が名詞だとか時を示す語句が副詞だとか、語句の特性によって品詞をとらえようとするのは、現代英語の実態には合いません。文法的な仕組み上、語の配列によって容易に無標の単語の品詞を自在に変える言語なのです。5文型の生みの親Onionsは、「現代英語を屈折を失った言語」と言い切ったSweetに触発されて、英文を基本的な5つの型に類型化したと述べています。

 

 以上から改めて(1a)~(1d)の文型をまとめると、次のようになります。

 

1a) I ran fast.              [S+V+M(修飾語)] fastは副詞(動詞Vを修飾)

 

1b) 1 became fast.           [S+V+C(補語) ] fastは形容詞(名詞Sを修飾)

 

1c) I need a fast runner.  [S+V+O(目的語)] fastは形容詞(名詞Oを修飾)

 

1d) I need a runner fast.  [S+V+O(目的語)+M(修飾語)] fastは副詞(動詞Vを

                                                                                                          修飾)

 

  伝統文法では、このうち副詞(句)M(修飾語)を文構成上の主要素から外して、SV、SVC、SVOと分類してきました。文の型を分類するときに、意味が完結するということを基準とし、外しても意味を成す要素は主要素ではないとみなします。そうすると、多くの場合、副詞類はM(修飾語)ということになるで、主要素から外されます。

 

 近年の文型見直し論では、副詞類のM(修飾語)を文型から外すことの是非を問題にします。その中で、問題とされる点は補語という概念についてです。

 

これまでの学校文法では,補語という範疇の定義を明らかにすることなしに,その存在を当然のこととしてきた。ところが,実際にはその定義は非常に不明確であり,時には補語として扱うべきではないものまでをも補語として扱ってきたのが実情である。

a.) The concert was a success.[名詞

 

b.) The concert was very good.形容詞

 

c.) The concert was in the open air.副詞句

 

d.) The concert was yesterday.副詞

 

 この比較から分かることは,in the open airもyesterdayも,名詞や形容詞同様に文の必須要素であるということである。」

山岡 洋『英語における「補語」の段階性―学校文法における補語の扱いについて―』

             2010

 

 いずれの文でもThe concert wasだけでは「そのコンサートは~」という意味で、~が無いと完結しているとは言えません。いずれの文でも、このbeに後続する語句は文の構成要素としては欠かせないものと判断します。そのため、(a)、(b)の文型はSVCと分析されます。

 そこでよく争点になるのが(c)の前置詞句です。副詞句はMとみなして主要素から外すと、(c)は完結しないSVとなります。文の必須要素であることを補語であるということにすると、Mを主要素ではないことと矛盾します。

 この点について、(山岡2010)では次のような例を示して説明を付けます。

 

補語という点で,副詞を名詞や形容詞と同列に扱うべきではない証拠として,次のように,be動詞を他のコピュラに入れ換えると容認度に差が出てくる。

a. The concert seemed a success.

            b. very good.

            c. *in the open air.

            d. *yesterday.

このように,副詞語句を純粋な補語として扱うことには問題がある。」(山岡2010)

 

 beをseemに入れ替えると、非文になるということを根拠として示しています。

 補語という概念に明確に当てはまるものと、そうとは言えないものがあるというわけです。さらにそのことを示すような事例をあげています。

 

原則として,副詞は補語として扱うには問題があるが,従来副詞であるdown, over, upなどのいわゆる不変化詞(particle)は,現在では形容詞化しており,純粋な補語として扱われるべき性質を持っている。

 

a. Warplanes that have landed there will be kept until the war is over.(COBUILD5: over(adj.))

 

b. Everyone was talking in whispers, and I could tell something was up(= something unusual was happening). (CALD: up(adj.))

 

COBUILD5やCALDでは,これらの語を形容詞として掲載している(ただし,同じイギリス系の辞書でも,LDOCE5やOALD8はこれらの語をまだ副詞として掲載している)。さらに,これらを補語として扱うべき他の証拠として,これらの副詞の場合には,be動詞以外のコピュラの使用が可能となる。

 

a. The war seems over.

 

b. Something seems up.

 

結論としては,補語というものは,補語か補語でないかという明確な線引きをすることは難しく,純粋に補語らしい補語から補語として扱うには問題がある補語まで段階的に存在する。」(山岡 2010)

 

 upやoverの扱いが辞書によって異なるというのは、品詞の本質をよく表しています。これらは変化形がないから不変化詞(particle)と呼ばれるわけです。屈折しない無標の単語は、語の配列や意味などを勘案して文中の働きが決まります。事後的に品詞が決まるということです。

 社会的なコードとして、副詞的に使われる言葉を副詞と呼び、形容詞のように使われるようになったら形容詞と呼ぶのです。形容詞だから補語に使うのではなく、補語としてよく使われるから形容詞とみなすということです。無標の英単語は、どのように使われるかで、品詞が転換していきます。

 

「補語」の段階性というのは、明快な定義ができず、補語と言えるのかどうか語によって段階があるということです。言語の使い方が変化しやすい無標の語を基本とする現代英語の特性です。だから文法範疇を設定して分類しようとすると、どこかで線引きをするしかないのです。

 補語か補語ではないかを判定するのは、その分析する過程で英文の構造を理解することに意味があります。その過程は、英語のネイティブスピーカーが多くの表現に接して自分で分析して文法を身に着けるのと同じだからです。だれかにこれは補語で、これは補語ではありませんと結果だけ教えられても意味がありません。

 単語の品詞も辞書によって異なるのです。つまり正解は1つではないということです。文型モデルにも正解はありません。だから人によってモデルが様々あります。

 

 副詞類にあたる前置詞句を含めて、線引きをして補語に加えるという立場もあります。論点を縛るため、抜粋して紹介します。

 

以下の(1a、b)がS+V(+M)の第1文型に、(2a、b)がS+V+O+(+M)の第3文型に分類されてしまうことの不備は伝統的な5文型理論の問題点としてしばしば指摘されてきた。

 

1a) John died in Sapporo.            1a´) John died.

 

1b) John lives in Sapporo.            1b´) *John lives. (「住む」の意で)

 

2a) Mary plays tennis on Monday.   2a´) Mary plays tennis.

 

2b) Mary put the book on the table.  2b´) * Mary put the book.

 

 同じ前置詞句であっても(1b)のin Sapporo、(2b)のon the tableは、(1b´)、(2b´)に示す通り省略不可能であり、live、putにとって義務的な前置詞句であるのに対して、(1a)のin Sapporo、(2a)のon Mondayは、(1a´)、(2a´)に示す通り省略可能であり、die、playにとって随意的な前置詞句である。

 理論言語学では、(1b)のin Sapporo、(2b)のon the tableのような動詞にとって義務的な目的語、補語、副詞類を総称して補部(Complement)と呼び、一方、(1a)のin Sapporo、(2a)のon Mondayのような随意的な修飾語(Modifier)を付加部(Adjunct)と呼び区別している。

                                野村忠央『文型論におけるO’とC’をめぐって』2021

 

  (野村2021)では「何を目的語、補語と捉えるかは段階性がある」として、いくつかの例文を対象に、5項目の「目的語性診断テスト」をして、従来の目的語、補語の分類を見直す提案をしています。

 

 結果の一部を紹介すると、下の用例の下線部を補語または前置詞句補語としています。(ネット上で公開されているので詳細は原論文で閲覧できます)

 

 He weighs 200 pounds.

 

 Mary resembles her farther.

 

 He gave a book to me.

 

 I bought flowers for her.

             野村忠央『文型論におけるO’とC’をめぐって』2021

 

 前置詞句であっても、伝統文法のようにMを一律に主要素から外すのではなく、義務的なMをCに含め、随意的なAと分別しようという理論言語学の立場です。

 その観点では、(1a)はSVA、(1b)はSVC、(2a)はSVOA、(2b)はSVOCと分類します。この2つの文型を従来の5文型に加えたのが7文型で、さらに、SVC+Aを加えると8文型になります。

 

【Quirk他(1985)の7文型モデル】

5文型+[SV+A]文型+[SVO+A]文型

 

【安藤2008の8文型モデル】

7文型説+[SVC+A]文型

 

  これらの文型モデルを簡易的にまとめた表を引用しておきます。

  河宮信郎『8文型システムによる基本文型とは静文型の統合的分析』2006

 

  この他にも文型論について疑問を呈し、副詞類を全面的に取り込むことを提案する立場もあります。論点を絞って、抜粋して紹介します。

 

「Quirk et al.(1985)は、英語の文型を構成する要素として、〈主語〉〈直接目的語〉〈間接目的語〉〈補語〉に加え〈副詞類〉を導入すべきであり、英語の基本構文は、従来の5文型ではなく、7文型によって特徴づけられると主張した。7文型案の賛同者は多い。

 伝統文法が〈副詞類〉の機能を看過したのは、重大な瑕疵であった。〈副詞類〉に対する配慮は、文法記述上、当然のことである。しかし、従来の記述に〈副詞類〉を単に追加するだけで、文法記述を全うしたことになるであろうか。」

                                                       村上 丘『英語に補語は必要か? 』2005

 

 副詞類の排除は、意伝統文法が文構成上の不可欠の要素として、意味が完結することを基準としたことから、結果として副詞類が除外してもいいということになったのは先に見たとおりです。

文型は意味が完結するとしながら実態は形態重視です。完結した文型からは外れた情報は、付加情報ということになりますが、完結した意味の方が重要な情報とは言えません。先に挙げた2文を例にして検討します。

 

1a) I ran fast.              [S+V+M(修飾語)]

 

1d) I need a runner fast.  [S+V+O(目的語)+M(修飾語)]

 

  この2文では、fastはどちらも副詞なので、文型の主要素から外します。しかし、英文には文末焦点の原則があります。つまり文末には新情報かつ重点を置いた情報が来ることが原則なのです。この2文では副詞fastは文末に置かれています。

 (1a)はI ran.で文は完結します。普通に考えて、言いたいことは「走った」ことではなく、走るのが「速かった」ことです。この文の一番伝えたいことは文末にある副詞のfastです。

  (1d)はI need a runner.で文は完結します。このような文に合う文脈は、駅伝大会があり出場するのにあと一人足りないというような場合です。大会に間に合わなければ意味がないという状況です。ランナーが一人必要なのは確かですが、重要なのは「取り急ぎ」ということです。

 

 完結した文に付加して文末に置くということは、原則として重要な情報だということです。意味が完結するという基準も曖昧なところがあります。

 先に紹介した用例にもう1例加えます。

 

3a) He ran that restaurant(彼はそのレストラン経営していた)

 

3b) He ran that way.         (彼はあちらの方向走っていった)

 

3c) He ran his own course.  (彼は自分自身の進路走っていった)

 

  (3a)はHe ranが「彼が経営した」という意味なので「何を」という目的語Oが欠かせないと判断して、文型をSVOとしました。

  (3b)はHe ranで「彼が走った」という意味で完結すると判断して、文型をSVとしました。that wayは方向を表す副詞で、修飾語Mとしました。

 

 では、(3c)はどうでしょうか。意味としては(3b)に近いのですが、「進路を」という和訳にも表れているように、目的語にもとれます。

 この用例(3c)は(Nesfield1989)の文型の説明に、目的語の例の1つとして出ているのです。

   (3c)はHe ran.で「走った」で完結しますが、his own courseは目的語と判断され、文型はSVOなのです。目的語も補語と同じく、意味を完結するのに不可欠の要素というのが大方の定義です。目的語にも段階性があるというのは多くの専門家が指摘しています。

 

 (野村2021)、(村上2005)でも、多くの用例で、目的語の段階性を示しています。共通している用例にweighに後置する数量表現があります。

 副詞類Aと目的語Oの比対立性を示す例として、(村上2005)では動詞cost、weigh、charge、payに後置する、程度と数量を表す表現を含む構文の用例を挙げています。

 

(19) a. It costs ten dollars.

      b. I weighed almost a ton.

(20) a. She charged me twenty dollars for the broken window.

        b. I paid three pounds for the camera.

 

 これらの構文は、通例、数量を主語とする受け身にならない。このことは、数量表現が、<目的語>としての性質が弱いことを含意すると考えられる。Quirk et al.(1985;735)は、数量表現が、<副詞類>と<目的語>の機能を持つとする。その理由は、これらが、次のような疑問文に対応するからである。

 

(21) a. How much does it cost?

        b. What does it cost?

(22) a. What did you pay for the camera?

        B. How much did you pay for the camera?

 

                                                       村上 丘『英語に補語は必要か? 』2005 

 

 この事例では、(19)、(20)で示された数量表現が、(21)、(22)の疑問文では、how muchとwhatのどちらでも可能ということを示しています。how muchは通例、形容詞や副詞に呼応し、whatは名詞(目的語になっている語)に呼応します。

 これら数量表現は、副詞類Aにも目的語Oにも取れるということです。

(野村2021)では、He weighs 200 pounds.の例を挙げ、詳細なテストの結果を数値化し、この数量表現は目的語Oではないとしています。(点数-1)なので、補語Cまたは副詞類Aに該当するという結果を示しています。

 

  一般に、目的語Oになるのは名詞で、補語Cになるのは名詞、形容詞というのは、ほとんどの文型論でも認めています。しかし、現代英語は、無標の単語が基本なので意味や文法性の制限が緩く、品詞は文中の働きで決まります。品詞は無標の英単語では事前に決まらないのです。実態は逆で、目的語Oと判断できるから名詞とします。

 目的語、補語にも段階性があり、それは語の配列、動詞などの特性、全体として意味を勘案して総合的に決まるのです。無標の英単語(句)の品詞は構造分析によって、目的語・補語の認定をしないと決まりません。有標の単語を基本とする屈折言語とは事情が違います。

 

  (村上2005)では、他にもこれまで副詞類Aとされてきた前置詞句が文構成上の主要素と認定できる多くの実例を挙げていますが、そのうちの一部を紹介します。

 

前置詞句は、次の例が示すように、形容詞と等価な場合がある。

 

(13) a. She is in good health.

        b. She is healthy.

 

(14) a. We consider the report of no importance.

        b. We consider the report unimportant.         

                                                                   (村上2005)

 

  (13a, b)では、前置詞句in good healthと形容詞healthyは等価なのです。7文型モデルでは(13a)はSVA、(13b)はSVCにあたります。(村上2005)では、それらをまとめて[S+V+M修飾要素M]に統合しようと提案しています。

  結論として「形式的な基準に固執する限り、体系的な文型の記述は完遂できない。補語C、副詞類Aを撤廃し修飾要素Mを導入すると、余剰性のない文法記述が可能になると思われる。(村上2005)」と記しています。

 

 伝統文法では前置詞句を主要素と外すといわれてきましたが、それは20世紀後半ごろのことです。Onionsが文型を5つの類型として示す前の19世紀の(Nesfield1898)では、前置詞句を形容詞と等価とし文の主要素としています。

 Prep, with Objectは前置詞句で、その例としてof no useをComplementとしていることがか確認できます。

 

 (村上2005)は、7文型が示す修飾語Modifierを補語Complementと副詞類Adverbialに分別することに加えて、目的語Objectと副詞類Adverbialとの分別を問題にします。

 補語C、目的語Oの段階性とは、補語性、目的語性は用例によって程度のばらつきがあるということから、一概には決めきれないということです。

 副詞類Aとされてきた前置詞句も目的語や補語の性質を帯びるものがあるのです。 (村上2005)の主張は、それらを分類して7文型のように補語C、副詞類M、ときには目的語Oとすることに無理があるということです。その解決案として、副詞的要素の重要性を勘案して、補語Cと副詞類Aを分類するのを止め、修飾要素Mとしてまとめ、文型へ組み込むことを提案しています。

 

 文型に限らず、段階性のあるものを類型化すると、基準により詳細にも大雑把にもなります。多くの場合、基準そのものが複雑で、それほど厳密なものにはなりません。

 文型の分類に固執し過ぎるのはあまり意味はないのです。大切なのは言葉のしくみが分かり、それが実践につながることです。

 

 言語学では、意味のあるまとまりの最小単位を形態素といいます。無標のquickは1つの形態素でできている単語です。有標のquick-lyは、quickと-lyの2つの形態素からなります。これを情報量に置き換えると、無標の語は情報量が1、有標の語は情報量が2です。

 一般に、情報量が増えると具体性が増し、使用が限定的になります。逆に情報が少ないと一般的で使用が広くなります。無標のfastの品詞が、形容詞と副詞にも使えるのは、語尾の屈折(語形変化)という標識に制限されないからです。

 

 英単語が屈折を失ったということは、形態素が1になる、1語の情報量が減ったことになります。それは自由に使用できる反面、情報量が少ないために解釈が広くなって意味を限定しにくくなったということでもあります。1語の情報量の少なさをカバーし、意味を限定しやすくするために、現代英語は、語の配列を固定化しその配置に文法的意味を持たせる道を選んだのです。

 英語の基本語の多くは無標です。その無標の語の順列の中から、使用すべきものとして定型化し社会的に広く認められたものが、文型、構文、熟語、コロケーションなどと言われるのです。これら語の順列の定形化した表現が発達したのは、1語の情報量が少なく、意味を決めるために語順を固定化する必要がある現代英語の特性によるのです。

 

 文型を学習することに関して賛否がありますが、いずれにしても現代英語は、語の配列の仕方に一定の法則性があります。それが現代英語の文法的仕組みの特徴だからです。英語のネイティブスピーカーは、大量の表現に接して、この語の配列のパターンを身に着けていきます。

 しかし、辞書や専門家の間でも見解の違いがあることから分かるように、言語感覚は世代や地域などの相違もあり、人によって一様ではありません。無標であることを特徴とする現代英語は、そのばらつきが大きい言語なのです。

 

 文型を動詞に後続する定形的な型とすれば、結局は動詞ごとに決まった型を身に着けることが必要になります。文型にしっかり取り組んだ人は「やらなければ良かった」とは言いません。自分なりにパターンを見つけて体系化するという過程に意味があるのです。英語のネイティブスピーカーは、文法書や教科書から学ぶのではなく、幼少期の分析によって身に着けます。英文の構造分析はそれと同じことです。

 

 5文型の考案者Onionsは、基本的な5つの類型に当てはまらない英文は存在すると述べています。「すべての英文が5つに類型化できる」というは後の人が伝言ゲームの間に原典を読まずに勝手に解釈しただけです。文型は、語の配列を文法性を示す手段とする現代英語の根本的仕組みに基づいた分析法の1つとして考案されたものです。唯一の正解を求める類のものではなく、文型モデル自体に固執する必要ないのです。

 文型モデルは多様で定説はありません。適正な語の配列を身に着けるのに有用なツール、気づきにつながるものとして利用できるのなら、すればいいでしょう。

 文型を利用するのなら、自分にとってしっくりくるものが一番です。大事なことは、生きて使われている表現を身につけることなのですから。