近年、英語学習者が誤用する文法事項の1つに過剰受動化という現象が指摘されています。

「Earthquake was happened*のように、自動詞を用いて受動態文を書く「過度受動化」の誤りは母語の違いに関わらず多くの英語学習者に観察されるとして、第二言語習得論研究において関心を集めている。(岡田2022)」

 

 Accidents happen.(事故は起こるものさ)は、意図せず失敗をして落ち込んでいる人に声をかける表現として、幼児対象のアニメでも頻繁に出てきます。アニメ機関車トーマスの歌「Accidents will happen」にも使われています。

 英語のネイティブスピーカーならhappenの使い方誤ることはまずありません。前の記事で紹介したように、調査した日本人学生32名中、27名が自然な能動文を非文法的ととらえ、非文である受動文*Accident was happenedを正しいとして選択していました(伊東2018)。

 残念なことですが、幼児がごく身近な表現として知っている単純なSV型の用法を、日本の学生の多くが理解できていないということになります。

 

 このhappenは、自動詞用法しか持たない非対格動詞です。この種の動詞が受動文になると非文になることは前回取り上げました。実はこれとは性質が違う非能格動詞でも過剰受動化が起こるという報告があります。今回は非能格動詞も加えてSV型をとる自動詞全体を体系として検討していきます。

 

 非対格動詞と非能格動詞を比較・分析した論文を紹介します

 

「調査文に用いた非対格動詞は、happen, occur, exist, collapse, die, disappear, vanish, emerge, fall, appear、非能格動詞は、cry, walk, run,joke, laugh, jump, smile, sleep, work 。 

研究参加者は日本の大学の学部生104名(日本人)でTOEIC スコア490.34 

X-OPA の正答率は 44.7%、誤答率は49.9%

Y-OPA の正答率は 59.1%、誤答率は 37.7%

 稲葉 えいり『日本人英語学習者の非対格動詞・非能格動詞を用いた文の文法性判断

       と過剰受動化の傾向分析』2022

 

 この論文で取り上げている非対格動詞は、存在や出現など表す動詞で、自動詞用法に限定されます。表中のX-ACTだけが許容され、X-OPAのような受動態は非文になります

 このタイプの非対格動詞は、無生物主語であっても常に能動文のSV型になります。

 The rainbow appeared. (虹が現れた)

 The rainbow disappeared. (虹が消えた)

 The footprints vanished. (足跡は消えた)

 [無生物主語+自動詞]型の能動文は自然な英文なのです。

 

  これに対して、非能格動詞は基本的には動作を表す動詞です。その特徴から、生物などの有生性のあるものが主語になります。有生性とは、名詞・代名詞など人間を表すもの、動物、動きのある自然現象を含む文法カテゴリーです。

  同じ筆者の別の論文(稲葉2018)の調査文がその特徴をよく表しています。非能格動詞の習得実態調査に使われた調査文と、そのうち学習者の誤りが多かったとして紹介されている文の容認率、非容認率を引用します。

【Ⅰ】自然な文に対する否認率

(4a) He often jokes.          否認率44%

(5a) She laughed.             否認率10%

(7a) The actress smiled.   否認率20%

(10a) He worked at night. 否認率14%

 

【Ⅱ】非文に対する容認率

(1b)*The baby was cried … 容認率24%

(4b)*He was often joked.    容認率30%

(5b)*She was laughed …     容認率68%

(7b)*The fashion model was smiled… 容認率38%

(10b)*He was worked …       容認率24%

 

  稲葉えいり 稲葉みどり『非能格動詞の能動文・過剰受動文の文法性判断―動詞による差異に注目して―』2019

 

(1a)~(10a)の文は、すべて代名詞、人名など人間主語になっています。同じ自動詞用法でも非能格動詞は[有生性主語+自動詞]型の能動文が典型例になります。

 

【Ⅰ】は自然な文であるのに非文ととらえている学生の割合を示しています。【Ⅱ】は非文であるのに正用ととらえている学生の割合を示しています。つまり過剰受動化を起こしている割合ということになります。

 (4a)で使っている動詞jokeの否認率が高いのは、学生には馴染みがないからでしょう。その他の【1】の非能格動詞の能動文[人間主語+自動詞]型は、理解できている学生は多いと言えます。

  前回紹介した他動詞用法のない非対格動詞の[無生物主語+自動詞]型で、32名中、happen27名、occur24名、fall19名、appear16名、die14名が非文である受動態を選択した(伊東2018)ことと比べればですが。

 しかし、【2】の受動文では、非文を容認している率は高く、過剰受動化という傾向がみられます。この結果は「笑われる」「泣かれる」「働かされる」という日本語の人主語の受動的な表現の影響が大きいと思われます。

 

 (稲葉2019)の他、(稲葉2022)では以下の使役受身文を誤って容認したことについて、「 」内のように解釈したのが原因であると分析しています。

*He was walked very fast.「彼は速く歩かせられた。」

*Bill was run an hour after school. 彼は放課後 1 時間走らされた。」

*He was worked for ten hours.「彼は 10 時間働かせられた。」

 

 日本人英語学習者の過剰受動化について、高校生を対象にした論文(岡田2022)があり、少し踏み込んだ分析をしています。研究の趣旨を次のように記しています。

 

「先行研究で対象となっているのは ESL 学習者か留学経験のある大学生が多く、EFL環境下で学習を行ってきた日本の高校生が果たして同じ原因で過度受動化の誤りをおこすかどうかについては定かではない。

非対格動詞罠仮説では、過度受動化と主語の有生性との関係については特に述べられておらず、その他の先行研究でもほとんど言及がない。

そこで、自動詞の種類と熟達度の違いによる検証に加え、主語の有生性の観点から、日本人高校生英語学習者の過度受動化の誤りを分析する。」

岡田 美穂子『日本人高校生の過度受動化のエラー分析―文法性判断課題を用いて―』

      2022

 

 同論文では調査・分析の結果として次のように述べています。

「下位者(中学生)は誤りが少なく、反対に中位レベル(高校生と大学生)で非文の非対格動詞受動態文を選び正文の能動態文を選ばない誤りが多くなり、上位者(大学院)で再度誤りが少なくなるという、U 字型の発達段階が見られた。

 日本人高校生の過度受動化の誤りの原因の一つとして、高等学校での文法指導において、主語の主題役割(動作主・経験主)に対する明示的な指導が不十分であることが考えられる。日本で多用されている石黒(2009)など高校の文法書には、受動態にできない非能格動詞に対する記述はない。

 Balcom (2010)はカナダの大学で保存されている 1981 年から 1999 年の上級レベルの英語学習者向けの文法書を調査した結果、学習者にとって効果的な指導に結びつく明示的な記述が不十分であったと述べている。

 大学受験用文法参考書を詳細に調査して、日本の英語教育における明示的指導の程度について明らかにする研究が必要である。」(岡田2022)

 

 要するに、中学では誤りが少なかったのに、高校で受験勉強をした時期に過剰受動化が起こっているのは、大学受験用文法参考書に問題があると言っています。

 

 多くの参考書では、文型、受動態、無生物主語というのは、別の単元になっています。

 文型では、まず自動詞の能動文SV(第1文型)は記述自体が少なく、動詞の性質の違いを説明されていないものがほとんどです。文型の分類法を教えることが主になっていて、分類が簡単なSV、SVOは解説が少なくなります。

 受動態は、能動文SVOを、Oを主語にして変形するという形式を説明しますが、能動文SV、SVOとの使い分けなどの記述はほとんどありません。

 無生物主語という単元も独立していて、文型、受動文との関連が説明されていません。英米の文法書に無生物主語という文法事項がなくても、日英の違いを考慮すれば、和製の英文法書には必要なものです。

 

「英語や中国語のような言語と日本語を対照すると、英語や中国語で多くの動詞が自他同形であるのに対し、日本語には形態的に異なる自他動詞のペアが多く存在することが指摘されている。

……日本語の動詞における本質的な対立は、意志動詞/無意志動詞の対立であると考えられ、他者へ行為が及ぶかどうか問題にしないものと考えられる。日本語では例えば存在の動詞でも、他の言語ではまれなイルとアルの対立があり、意志動詞と無意志動詞の別は徹底している。」

     風間 伸次郎『地域的・類型論的観点からみた無生物主語について』2016

 

 日本語を英訳するときを想定してみます。

1)「窓が壊れた」      The window broke.

2)「その男は窓を壊した」  The man broke the window.

3)「嵐によって窓が壊された」The storm broke the window.

 日本文では、人が主語の時には「壊した」と表現しますが、無生物が主語のときには「壊れた」「壊された」と語尾が変化します。これに対して英文では、主語が人でも無生物でも、動詞形は同じ能動態で表現します。日本語の「れる、られる」という語尾の変化は英語の受動態とは対応しないことが分かります。

 

 この日英の表現の違いは、単に能動、受動という態の違いではありません。

日本文は語句の文法性を示す方法として、体言は機能語「助詞」で格を示し、用言は語尾の変化で動作主・被動作主などを示します。内容を抜いた「…が~れた」、

「…は~した」、「…よって、~が、―された」が文法性を示しています。

 これに対して、英文では、格、動作主、被動作主は語の配列によって示します。動詞の形態を能動態から受動態に替えるのではなく、動詞の形態は能動態のままで語の配置を変えるだけでいい場合が多いと言えます。

 例えば、She boiled water.とWater boiled.では、SVOの文でOの位置にあるwaterをSVの文のSに移しても動詞形は変化しません。動詞boilは[人+boil+無生物]と配列すれば「沸かす」というような能動的行為を表す意味に解釈され、[無生物+boil]と配列すれば「沸く」という状態を表す意味に解釈されます。

 英単語は屈折を失ったため語の配列によって文法性を示します。だから動詞の意味を解釈する時も語の配置の違いが重要なのです。SVという配置とSVOという配置ではVの意味もかわります。日本語のように動詞の語尾を「られる」と変化させなくても配置を変えるだけで動詞の意味も変化するのが現代英語の文法的仕組みなのです。

 

 次の論文はその本質を表しています。

英文を書く時に受動態にしてしまうのは、一般に日本語では、無生物主語が他動詞をとって目的語に何か行為をすると言う文は考えにくいので、無生物を主語にすると、行為をされる対象だと考えるのも原因の一つだろう。無生物主語を使った文で学生の書いたものに、次のようなものがある。

 The gate is opened at eight a.m.

 Ooi nuclear power plant was stopped generating electricity.

これは訂正すれば

 The gate opens at eight a.m.

 Ooi nuclear power plant stopped generating electricity.

となるだろう。英語では無生物が主語になってアクションを起こす文を作ることができるので、受動態の文にして、アクションを起こされる文にしなくても良い。前者では自動詞のopenが使えるし、後者では目的語を取る他動詞も使える。」

木村 郁子『なぜ日本人学生の英作文に受動態表現が多いのか? ――学生の英作文から

     の考察と指導についての提案――』

 

 主語の有生性に注目するのは、言語学の類型論をもとにしています。言語によっては、自動詞の主語と他動詞の主語を格で区別するものとしないものがあります。

1)The window broke.

2)The man broke the window.

 (1)は自動詞で主語は無生物です。(2)は他動詞で主語は有生物です。

 英語では(1)自動詞の主語と(2)他動詞の主語を標識によって格の違いとして区別しません。そのような言語を体格言語と言います。典型的な対格言語は、主格の区別がなく体格だけを主格と区別します。つまり、体格だけをそのほかの格と区別する言語を対格言語と言うのです。

 また、他動詞の主語を能格として、他の自動詞の主格、他動詞の対格(目的格に相当)と区別する言語があります。そのように能格だけをその他の格を区別する言語を能格言語と言います。 

 英語は有生物、無生物の区別なく主語にするというのは、体格言語の特徴になります。主語の有生性に注目して、動詞と関連づけることは言語学的な根拠があるのです。

 

 岡田2022では、自動詞を次のように分類した表を紹介しています。

 このタイプは、動詞の特徴によって分類しています。

 

 この分類に基づいて、SVの文型について主語の有生性・無生物と関連付けた説明をしてみます。 

 

【Bタイプ】存在・出現などを表す語です。

 SV[無生物主語+自動詞]型で使うことがふつうです。言語学では、有生性の無い主語をTheme(主題)と呼び、有生の能動的な主語Agent(動作主)と区別します。この型の主語は、動作主ではなく主題です。

 実際に人が主語になることが無いという意味ではありません。人が主語になっていても、Theme(主題)として扱われ、動作主にはならないということです。

 Walter Cronkite appears on the television screen. ――JFK

(Walter Cronkiteがテレビの画面に映っている)

 この動詞はbe動詞に近い性質も持つものが多く、新しく登場した話題ではthere構文に使うことが適する場合があります。

 能動文だけが許容され、受動文は非文とされます。

 

【Aタイプ】結果としてそういう状態になることを表す語です。

 SVでは[無生物主語+自動詞]型で使うことがふつうです。Sは動作主Agentではなく、主題Themeであり、潜在的には目的語に近いと考えられます。このタイプはSV型ですが、「Sが(結果として)~な状態になる(なった)」ことを意味します。

 SVOでは[有生性主語+他動詞+無生物]型が一般的です。有生性主語が原因、動詞が結果、無生物主語が対象というのが典型的な構成になります。形式的には他動詞ですが、動詞は行為というより、結果としての状態を表し「~という状態にした」ととらえることができます。

 このSVOを受動態にする場合もありますが、能動文のSV[無生物主語+自動詞]型の方が自然な場合が多いので、文脈に応じて選択するといいでしょう。

 

【Cタイプ】動作を表す語です。

 SVでは[有生性主語+自動詞]型が典型的ですが、[無生物主語+自動詞]で使います。Sは、有生性が強い場合は動作主Agent、有生が低くなると主題Themeという意味合いになります。例;He goes(行く)、The rubbish goes(なくなる)、 She runs(走る)、

The river runs(流れる)

 SVOでは、Aタイプと基本的な考え方は同じです。

 

 タイプの分類が目的ではなく、いずれも「無生物+自動詞」として使えるということがポイントです。過度受動化は、目的語を主語に替えて受動態に書き換えるという機械的な操作と「れる、られる」という和訳の組み合わせに問題があります。それは中途半端な文法指導が、英語ネイティブが使う「無生物+自動詞」という自然な文を受動文にしてしまう原因になるということです。

 Bタイプは「無生物+自動詞」または「There+自動詞+無生物」として使われる動詞です。そもそも受動態で使われることが無いのです。

 Aタイプ、Cタイプは自他両用ですから、形式上は機械的に受動態に替えることはできます。しかし、受動態が不自然な文になるリスクがあります。「無生物+自動詞」の型をとることができるので、一般的には能動文で使う方が自然でしょう。

 

 主語の有生/無生という観点で、現行英文法の文型の元になったNesfieldの用例の示し方を見ると、現代でも参考になると思います。

 

 98は1つで自動詞と他動詞に使い回せる動詞で、99は自動詞と他動詞が別の動詞です。和製の英文法書では99の動詞を教える傾向があります。

 過度受動化が起こるのは、98のタイプの両用使い回せる動詞です。特に、98の左の「無生物+自動詞」のタイプに習熟するが大切です。

  Water boils.

  The bell rang.

    The kite flew in the air.

    Wheat grows in the field.

    The boat floated.

   この型は98の右の他動詞文「人+他動詞+目的語」の目的語を主語に替えても、受動態にする必要が無いと言えます。英語話者が不自然な受動態を使わないのは、自然な「無生物+自動詞」の型を使うことに慣れているからです。

 

 文型は何文型かに分類することに意味があるわけではありません。重要なのは、現代英語は語の配置に意味があることに気づくことです。能動文のままでSV、SVOと配置をかえると自動詞と他動詞が切り替わるのです。

 自然な能動文で表現するには、日本語の文法手段「…が~される」という部分を取っ払い、英語の文法手段である適正な語の配列に頭を切り替えることです。受動文以前に、能動文SV,SVOの配置の切り替えを多くの用例を通して身に着けていくのが正解ではないかと思います。