不定詞といえば、今ではto不定詞infinitiveが一般的です。これに対して原形不定詞は、共起する語が限定的で定型化しています。限られたと特殊な文法現象とみられることが多いのではないかと思います。英語史では、原形不定詞の方が普通だったのです。

「Morgan Callawayの The Infinitive in Anglo-Saxonの統計によると、古英語における不定詞のうち、全体の約75%は原形不定詞で、to不定詞は残りの約25%である。ところが、現代英語ではそれが逆になり、今日では、不定詞と言えば to不定詞のことを指す程、原形不定詞よりも to不定詞の方が使用される頻度が高い。 Friesの American English Grammarの文例によると、原形不定詞は18%、to不定詞が82%の割合になっている」

                 野仲 響子『シェークスピアの不定詞』1990

 

 原形不定詞とはそもそも動詞の原形です。その本質を明らかにすることは、現代英語の文法の根本を浮き彫りにすることになります。今回は今日に残る原形不定詞を深堀していきます。

 

 英語は語尾よって品詞が変わることが知られています。名詞beautyは、beautifulになると形容詞、さらにbeautifullyになると副詞として働きます。同じ語尾-lyでも、friendlyのように[名詞+ly]で構成される語は、一般に形容詞として働きます。

 一方で、to不定詞は語尾変化しませんが、名詞的用法、形容詞的用法、副詞的用法があるといわれるように文法的働きは1つに限定されません。語尾変化という形態によって品詞が決まっているのと、形態が変わらないで文中の働きによって品詞が決まるのでは、文法のしくみが全く違います。英語は歴史的に前者から後者へと大きく文法的仕組みを変えた言語なのです。

 

 古英語期は、語尾によって単語の品詞を示すという文法的仕組みの言語でした。当時は、語尾が品詞などの文法性を示す標識になっていたわけです。その後、かつて豊富だった語尾が消失していきます。それは品詞を示す標識を失うことを意味します。無標になった英単語は品詞が曖昧になります。

 そこで語尾に代わって、語の配列をSVOのように固定化し、その語句の置かれた位置によって品詞が決まる仕組みに変化します。そうして成立したのが現代英語です。豊富だった語尾に代わるように、前置詞や助動詞といった機能語を発達させていきます。

 この英語の歴史は不定詞の変遷に重なります。その変化の推移がわかる記述を引用します。

 

「古英語期には原形不定詞が数の上で優勢だったため、to 不定詞は動作の目的を表すのに限定して用いられた。ところが、原形不定詞の代わりに用いられるようになったこともあって、初期近代英語期には to 不定詞が次第にその存在感を増していた。また、動詞不定詞にはかつて格変化があり、主格(対格)は -(i)an、与格は -enne 語尾をとり、前置詞 to は与格不定詞をとったが、動詞の屈折語尾が失われるにいたって、これに代わる形式が必要とされたため、中英語期には新たに for to が目的を表す用法以外にも用いられるようになった。かくして、to 不定詞の数は大幅に増加し、原形不定詞をとる動詞はごく一部にとどまった。」

  金原いれいね『How come S構文の変遷と疑問詞how comeへの再分析』2021

 

 歴史的に言えば、原形不定詞は動詞の語尾が失われた語で、そのため品詞が曖昧になったのです。一方で、to不定詞は、もともと[前置詞+動詞不定詞(-enne語尾)]の型の1つで、語尾が消失し、for toなど他の前置詞が廃れていく中で残った型です。当初は優勢だった原形不定詞は、やがて発達した機能語とともに用いられるようになり今日に至ったのです。

 では、今日に残る原形不定詞についてみていきましょう。

 

【助動詞の後】

1a) I do believe you will succeed if you work hard.

 (一生懸命頑張れば成功すると信じている)

 

1b) There might be a better course of action.

(もっと良い行動方針があるかもしれません)

 

これらの用例にある[do believe][will succeed][might be]は[助動詞+原形]ですが、言うまでもなくもなく一般的に使われます。これら助動詞の後の原形は「原形不定詞」と言われたり、「動詞の原形」と言われたりします。また、if節の中の[you work]で使われるworkは形は原形ですが現在形と呼ばれます。このように同じ原型なのに呼び方がいろいろあるのは、動詞の語尾が消失した現代英語の特徴の故です。

 動詞の定義はラテン語が定形変化(主語の数・人称と時制に応じた変化)に基づきます。今から100年ほど前の英米教科書では、動詞が定形変化していたことを記述しているものがありました。

 ここに引用した教科書にはIndicative moodのPresent TenseとPast Tenseに使われる動詞形を示しています。Present Tense(現在時制)に注目すると、Singular(単数)では、一人称bind-e、二人称bind-est、三人称bind-ethと人称に応じて語尾が変化しています。Plural(複数)では、人称には呼応せずbind-athだけです。

 現代英語は、ここにある人称語尾は消失したのです。結果として動詞は人称に呼応なくなったということです。

 また、Northern dialectとMidlandの人称語尾を紹介しています。地方語と標準語とでは語尾が違うということが分かります。日本語でも動詞の語尾は地方によって異なるのと同じことです。現在の標準英語のPresent TenseのSingularで-sという語尾が残ったのは、たまたまロンドン近郊に使われていた変種を規範が取り込んだからです。

 

 用例(1a)で使われているworkが現在形と呼ばれるのは、you work、you workedというように動詞形が変化することを、ラテン語の動詞が定形変化にあてはめたからです。つまりwork自体の形は原形ですが、workedとの関係からpresent tenseとするのです。

 定形変化という概念を[do believe[will succeed][might be]に当てはめてみます。それぞれ[did believe][would succeed][may be]と対比できるので、定形変化するのはdo、will、mayでこれらが動詞ということになります。

 believe、succeed、beは定形変化(finite)しないので不定詞(infinitive)と呼ぶわけです。このようにラテン語文法の定形変化に基づけば[助動詞+原形]の型では、原形は不定詞ということになります。

 

 ただし、別の考え方によって英文を分析することもできます。[助動詞+原形]を一塊の動詞句VPとみなします。このとき、動詞の定義を変えて、VPの最後尾の語をmain verb(主要動詞)とするとします。この定義によれば、believe、succeed、beは実際には定形変化はしないけれども動詞であるという主張が成り立ちます。

 現行英文法はラテン語文法に基づいて創られたのですが、現代英語は文法的仕組みが全く違うので、いろいろ補正しなければならないのです。英語本来の文法は、屈折を失った動詞の文法性を示すために、語順を固定化して文中の位置および助動詞などの機能語と組み合わせます。文法性が希薄な原形をこの仕組みによって使いまわしているのが実態なのです。

 それを屈折によって品詞が決まっているラテン語の原理で説明しようとするから、無標の原形を、不定詞、原形動詞、現在形と呼ぶことになるのです。

 

【使役構文/知覚構文】

[動詞+O+原形]let, make, help, bid, hear, watch, seeなど

 

2a) Let me try, please.

  (やってみさせてください)

 

2b) She made him suffer a lot.

(彼女は彼をたくさん苦しめた)

 

3c) Don't forget to have her come.

(彼女に来てもらうのを忘れないでください)

 

3d) The whole family heard her sing the National Anthem.

 (家族全員が、彼女が国歌を歌うのを聞いた)

 

 屈折を失い原形となった語を、[動詞+O+原形]と定型化した語順によって不定詞であることを示しています。makeやhelpは語順を構成する機能語としても役割を持ちます。

 使役動詞makeの変化は、動詞の語尾による無標化、語順の固定化、機能語の発達という英語の歴史を反映しています。その推移が分かる記述を引用します。

 

「英語の歴史の観点からすると,古英語後期から中英語期には補文に原形不定詞をとる動詞群は現在よりもかなり数多くあり,また,逆に,現代英語においてはmakeなとのように補文にto不定詞をとらないものについても,to不定詞が後続している例が散見されたり,原形不定詞構文とto不定詞構文が混在し,構文が安定していなかった。しかし,時代を経るとともに,to不定詞が次第に浸透していき,現代英語では,補文に原形不定詞をとるのはいくらかの動詞群に限られ,有標な言語表現となって現在に至っている。」

 廣瀬浩三『現代英語における原形不定詞補文の分布とその受身文の特徴について』2001

 

 使役動詞でもcause、get、allowなどは[動詞+O+to不定詞]の型を取りますが、これは機能語toが後置する原形が不定詞であること示します。to不定詞と原形不定詞が両方混在していたのは、原形の文法性を示す手段として、語順による方法と機能語による方法があるからです。

 原形不定詞とto不定詞の混在についても記述を引用します。

 

「古英語では使われる頻度の少なかった to不定詞がその領域を拡大してゆくのが不定詞の歴史である、というのは先に述べた通りである。シェークスピアの時代はその課程がまだ進行中であった為、toの使用が流動的であり、同一形式の表現においても toがしばしば出没する」

               野仲 響子『シェークスピアの不定詞』1990

 

 19世紀ごろまで見られた形不定詞とto不定詞の混在は、最終的には公教育の標準化教育によって統一され、使役構文のhelpだけがto不定詞と原形の両方が残ります。

 使役makeでは[動詞+O+原形]の型に統一されますが、受動態にすると原形がto不定詞になります。それは前者がmakeが標識として構成する語順によって原形が不定詞であること示すのに対して、受動態では語順が崩れるため機能語toによって不定詞であることを示す方法に切り替わると解釈できます。

 語順が崩れるときに、原形からto不定詞に切り替わることを裏付ける記述を紹介しておきます。

 

「次の例も「使役動詞+to不定詞」の構文であるがこれは他のとは違い、文中に倒置が起こっている為に不定詞であることが明確になるように toが付いているのだと思われる。

To do the act that might the addition earn, Not the world's mass of vanity could make me.

世界中の宝をくれると言われたって、そんな名前で呼ばれる行為は私にはできないわ。 (Oth,4.2.163)

(=Not the world's mass of vantiy could make me to do the ac)」

               野仲 響子『シェークスピアの不定詞』1990

 

 用例を見ればわかるように、倒置が起こるというのは[動詞+O+原形]の型が崩れることを表しています。原形が不定詞であることを示す手段である語順と機能語の2つを使い分けるのです。

 

【doを含む構造が主語を修飾する型の文の補語】

3a) All we have to do is push the button.

(私たちがしなければいけいのは、ボタンを押すだけだ)

 

3b) What I really wanted to do was drive all night.

(本当にしたかったことは、一晩中運転することだ)

 

3c) The only thing I can do now is go on by myself.

(今できる唯一のことは、一人で続けること)

 

 時代をさかのぼると主語にも原形不定詞が使われていました。今では主語、目的語、補語になるときはto不定詞を使うのが普通です。原形不定詞が補語になる場合の1つとして、このdoを含む文が主語になっている場合があるわけです。

 doは以前には[do+O+原形]の型をとる使役動詞として使われていました。このOを省略した型が[do+原形]です。助動詞doは使役がもとになっています。

 これらの用例(3a)~(3c)にある原形は、主語に含まれるdoが標識になっているととらえることができます。

 このことから使役動詞が機能語化して、後続する原形が不定詞であることを示す標識であることが分かります。

 

【go、comeの後】

4a) I'll come ask her about it.

(私が彼女にそれについて尋ねに行く)

 

4b) Come live with me and be my honey. 

(私と一緒に住んで、私の愛しい人になってください)

 

4c) You'd better go see a doctor about that cut.

(その傷については、医者に診てもらった方がいい)

 

Go take a look in the closet,” he told Leuci.

(「クローゼットの中を見てみて。」と彼はルチに言った)

 

 この[go+原形]、[come+原形]ではgoとcomeの変化形を使うと、非文になるとされています。

 

4d) *We/I/you/they/he went eat at that restaurant yesterday.

 

4e) *We/I/you/they/he have/has never gone eat at that restaurant.

 

4f) *He goes eat at that restaurant every day

 

        岸田 直子『go/come+ 原形不定詞構文の史的発達過程』2018

 

 (4d)~(4f)では、went、gone、goesなどgoの変化形の後は原形が許容されないのです。

 通常、原形使用される文では使うことができます。

 

4g) He does go eat at that restaurant every day.

 

4h) He will go eat at that restaurant every day.

 

4i) I suggested to John that he go eat at that restaurant.

 

4j) He wants to go eat at that restaurant every day

 

[go/come+原形]の型のgo、comeは変化形が許容されず直後に原形が来る点で、助動詞dare, needとの類似が指摘されます。ただし、法助動詞は疑問文にするとき主語の前に出る(倒置)という特徴があります。(例)Need you see a movie every week?しかし、go、comeはこの語自体が主語の前に出て疑問文をつくることはできません。

 

 また、無生物主語文は非文とされます。

 

4k) Our sewage might go and pollute the town water supply.

 

4l) *Our sewage might go pollute the town water supply.

                         ――Shopen 1971

  (私たちの下水が町の水供給を汚染する可能性があります)

 

 用例(4k)のようにsewageという無生物主語の時は、go and polluteのようにandで結ぶふつうの型を使うことになります。[go/come+原形]の型は、行為者の意向が含まれない場合は使えないと考えられます。単にandを省略した文とは言えないのです。

  法助動詞のような機能語に近いけれども、助動詞にはなり切れなかったような感じでしょうか。

 特に新しい表現というわけではなく、Shakespeareの時代にはすでに使われています。

 

4m) Will you go hunt, my lord?

                ――1623 Shakespeare The Twelfth Night

  (狩りに行かれますか、陛下?)

 

4n) Shall we go see the reliques of this town?

                   ――Shakespeare The Twelfth Night

   (この町の遺跡を見に行きましょうか?)

 

[go/come+原形]は、動詞の語尾が消失し、原形の動詞が生まれ、助動詞など機能語が発達していく過程で化石のように残ったような文法現象といえるかもしれません。

 

【定型句】

go hang「首を吊る」 go fetch「取ってきて」

make believe「装う、偽る」 make do「適当に凌ぐ、やりくりする」

hear say「うわさによる、聞いた話による」 hear tell「聞いた話による」

let drop「落とす、こぼす」 let fall「落とす、降ろす」 let slip「こぼす、漏らす」

let go「手を放す、放つ」 let fly「放つ、飛ばす」 let drive「突き進ませる」

 

5a) Go fetch me a glass of water, please.

   (「水のグラスを取ってきて、お願い。」)

 

5b) We'll have to make do with dry bread.

     (私たちは乾パンでやり過ごさなければない)

 

5c) He made believe he was innocent.

  (彼は自分が無実であるかのように振る舞った)

 

5d) I've heard tell of such happenings.

   (そのような出来事の噂を聞いたことがあります)

 

5e) I hear say that there will be an earthquake soon.

  (耳にした情報によれば、近いうちに地震が起こると言われています

 

5f) He let go the rope.

  (彼はロープを放した)

 

5g) He let fly a torrent of abuse at me.

  (彼は私に悪口の嵐を浴びせた)

 

 ここにある動詞go、make、hear、letは定型句ではない場合でも、後続する語に原形不定詞を取るという共通点があります。中でもこれらは2語の組み合わせがコロケーションとして固まって定型句になっています。このように、2つ以上の形態素が1つの意味を成す現象を語彙化といいます。

 go、make、hear、letは文法化によって一般化が進んだ語といえますが、その一方で語彙化によって生産性を失った表現として残っています。言語変化を体現するような表現だと思います。

 この中ではlet goが最もよく使われます。他は以下のような使用頻度の推移になっています。

 

【前置詞の後】

except, but, than, about, besides, saveなど

 

6a) Sandy can do everything except cook.

  (サンディは料理以外は何でもできる)

 

6b) She did nothing else than laugh.

 = She did nothing but laugh.

  (彼女は笑うしかしなかった)

 

6c) Besides do my homework, I also need to clean my room."

 (「宿題をするだけでなく、部屋を掃除する必要もあります。」)

 

 ここに前置詞として挙げた語は古い用法を含みます。不定詞であることを示す標識toも、もとは前置詞から転用されたものです。前置詞の後に原形が来ることがあるのは、不定詞が推移していく過程の名残ということになります。

 

 

 以上見てきたように、文法は不変のものではありません。現代英語1500年ごろを境には語の配列によって品詞が決まる仕組みへと変貌して成立しました。

 不定詞とは動詞の語尾が失われて無標化した語です。ある時代の人達の多数が動詞としてとらえていた語を、世代がかわり名詞としてとらえる人が多数を占めるようになるわけです。

 文法変化は時に数百年かけて数世代にわたっておきます。それは、その言語のネイティブが、幼少期に接した多くの表現を分析して獲得するということを示唆します。

 

 従来の文法のとらえ方が変わることを再分析ということがあります。今日みられる文法現象も世代が変わるにつれて繰り返される再分析の結果であり、歴史の一コマでしかないのです。それを体現する文法現象の1つが原形不定詞です。

 英語の文法的仕組みに基づき、事実で裏付けることができる根拠のある文法説明は確かにあります。しかし、1つの文法現象に対する分析について、英語のネイティブであっても人によって異なる場合もあるわけです。事実と合わない根拠のないものは別として、妥当な分析による文法説明が複数あるなら、自分がしっくりするものを選べばいいと思います。

 英語のネイティブも接した表現を分析して自分なりの文法を創り、社会的コードと照らし合わせながら運用しているのですから。