英語の人称代名詞は、英語話者と外国語あるいは第2言語とする学習者では、使い方に顕著な違いがあるという指摘はよくあります。

 2022年に実施された、日本人学生の「単数を指すthey」Singular they(ST)の使用に関する報告があります。原文は英語で書かれていますが、一部を翻訳して紹介します。

 

参加者は、東部の中程度の私立大学に通う、18歳から19歳までの一年生の学生55人(女性27人、男性28人)で、すべての学生は国際学部に所属し、ほとんどの学生が英語を専攻している。

 この研究は、必修の15週間の口頭コミュニケーションコース中で実施され、第1部は4週目、第2部は10週目に分かれて行われた。第1部では、授業中に約30分の時間を割いて、STのさまざまな用法を紹介し学生にはペアで練習させた。第2部では、同じ手順で授業をして練習時間の終わりに学生たちにSTへの対し方についてのアンケートを実施した。

 アンケートは「「Singular they」=「they/them/their」、一人の人を指す代名詞」という説明に続き、その日のレッスンから取られた2つのSTの例について尋ねるもの。

   アンケート調査の結果の特質すべき内容は以下の通り。

 

 What do you think about“Singular they?”という問いに対するコメント 

  Cynthia Smith『Japanese University Students’ Exposure to and              Attitudes toward Singular They』2022

 

 この表から拾い出した回答と、論文中にある記述を抜き出して以下に示します。

 

「theyは複数だけに使い、単数には使うべきではないと思っていた(16件)」

「意味するところが容易には分からない/自分が以前に習ったことと違う(30件)」

「55人の学生のうち、「以前にSTについて学んだことがある」と回答したのは7人(13%)。そのうち「第1部で学んだ」3人、「他の大学のコースで学んだ」2人、「中学で学んだ」1人。他の学生たちは6週間前に最初の第1部の授業でSTを学んだこ

 とを覚えていなかった。

 大学以前にSTについて学んだ1人だけが「STは一般的なルールで、私はよく使う」

 と回答。」(Cynthia 2022

 

 まず何よりも注目すべきは、1人を除いて、学生たちは大学に入る前にSTについて学んだことがないことです。このアンケートが実施された2022年は、東大入試に次のような文が登場して受験界隈で話題になった年です。

 

 The author did not like their body.――2022年東大入試

  (著者は自分の体が好きではなかった。)

 

 設問の注釈には「なお、以下の選択肢においてtheyおよびtheirは三人称単数を示す代名詞である」とありました。これは、学校文法では標準英語の規範から外れた日常語を排除するため、その1つであるSTを教えていなかったことを意味しています。

 そのことについて同論文は次のように記しています。

 

「日本では、多くの学生が触れる英語が教室に限定される傾向がある。しかし、EFL(英語を外国語として学ぶ)の教科書はSTを受け入れるのが遅く、まだSTについての言及がまったくないものも多い。日本では、中学生や高校生向けの文部科学省(MEXT)承認の教科書ではtheyを厳密に複数形の代名詞としてラベル付けしており、大学や会話学校で人気のある会話や批判的思考に関する書籍でもSTはほとんど取り入れられていない。(Cynthia 2022)

 

 学校文法ではラテン語文法から借用した人称と言う概念に英語の代名詞を当てはめて、theyを三人称複数と教えます。しかし、実際には、theyは数百年前からyouと同じく単数・複数のどちらにも使われてきた言葉です。

 公教育では、theyが複数を指す用法だけを教え込み、ネイティブが実際に使っている単数を指す用法を排除してきました。一方だけを真実であるかのように教え、もう一方を情報遮断する。それは結果的には洗脳と同じ手法です。数年間も続けられれば強烈に刷り込まれます。

 

 すべてを教える教育は正誤を判断できますが、教えない教育は本質的に情報遮断ですから本人たちは正誤の判断ができません。アンケートで示された、単数に関係なく使われるtheyに接したときの学生たちの反応は、数年間にわたりtheyは複数を指す語として刷り込り込まれた結果をよく表しています。

 第1部で授業があったにもかかわらず、第2部の時には覚えていなかった生徒が多数いたのは理解力の問題ではないでしょう。人が長期記憶をするには、そこに意味を感じる必要があります。刷り込まれたことを真実だと思うと、そこから外れたことに意味を感じなくなり受け入れられなくなるのです。

 

 学生たちの多くがそれまで知らなかったSTについて、奇妙に感じたり、文法的に誤りではないかと不安になったり、理解できずに混乱するのは無理もありません。生きた言葉から乖離した数年にわたる情報遮断は、後の学習に影響を与えます。

 語学の習得は本来、その言語の話者が生きて使っている言葉から学ぶものです。「この表現はこんな場面で使うのか」という体験を重ねて身に着けます。学習者に、実際に使われている表現に出会って疑念を抱かせるのは学習文法としてはもっともやってはいけないことです。正誤を気にさせるのではなく新たに、出会う表現に心躍るようにさせるのが理想です。

 

 発想を切り替えてみましょう。事実を教えない教育に負の効果があるのなら、事実をしっかり教える教育にすれば、正の効果が得られることは十分期待できます。現に中学校で習った一人の学生は正しく理解し、使いこなすと言っています。

 20世紀に流行った、規範文法に実際の英語を合わせるという本末転倒を止め、実際の英語に合わせて学習文法を創って教えればいいのです。大事なのは、本当に英語話者が使う表現を可能な限り取り入れるということです。

 

 実際にネイティブが使うtheyは、外国人用に加工されたテキストの中にはなく、英語話者に向けてつくられたコンテンツの中にあふれています。幼児対象のアニメ作品の中で使われるtheyの用法を紹介します。

 

1)You shouldn't judge someone by how they look.

                      ――The Berenstain Bears

 (人を見かけで判断してはいけないよ)

 

 someoneは単数の人を表すので、このtheyは単数を指しています。男性、女性に限らず、どんな人でも見かけで判断しないことを言っているので、he、sheを使わないのです。 

 

2)Everyone can do whatever they want in the Hilltop School talent

   show.

                      ――Timothy Goes to School

  (ヒルトップスクールタレントショーではやりたいことは何でもやってもいいです

   よ。)

 

 この用例ではtheyは単数扱いされるeveryoneを受けています。男女は問わずみんなという意味なので、通性として使っています。

 

3)Today is Father's Day. It is the day when everyone thanks their

   daddy for being their daddy. 

                             ――Peppa Pig

  (今日は父の日です。それは、家族みんなでお父さんに、お父さんでいてくれる

   ことを感謝する日です)

 

 この用例で使っているtheirもeveryoneを受けていますが、通性としての用法です。

 

4) A magician never gives away their secrets.

                                ――Ben and Holly's Little Kingdom

  (マジシャンは決して秘密を洩らさないものなんだ)

 

 この用例では、a magicianを受けてtheirを使っています。性別は不定なので、通性単数として使っているのです。

 

 これらの用例は、いずれも幼児対象のアニメ作品です。STは英語のネイティブなら幼児でも分かることばです。英語話者は幼少期から、theyもyouと同じく、複数だけを指す言葉だとはとらえていないのは明らかでしょう。

 これらの用法は、性別が不明、不定、不問などのときに用いるSingular theyで、数百年前から使われていた用法です。

 近年、容認されるようになったはNon-binary theyで新しい表現です。こちらは、アイデンティをどちらかの性別に決めたくないときに選択的に使う用法で、社会的に重視されるようになったpolitical correctnessの流れに沿ったものです。

 

 昔から使われてきたSingular theyの歴史的経緯が分かる記述を引用します。

 

「総称的にheで男女両性を代表させる用法と相並んで,「単数のthey」も一つの選択肢として,取り立てて咎められもせず「誤用」との烙印を押されることもなく,脈々と生き続けている。その具体的な使用は,Shakespeareを初め,数多くの英文学作家の作品に見られるとおりである。 

 ところが,18世紀になって,英文法の発達や英語の標準化の動きに伴い,英語の正用法論や規範主義が台頭し始め,その流れの中で,「単数のthey」が非難されるようになった。

 Bodine(1975)によれば,「男性中心」の思考に支配された文法家たちの打ち立てた規範が「単数のthey」を誤用として退けているもっとも初期の文献は1746年のKirbyの法書(A new English grammar)であるという。OEDやGilman(1989),Meyers(1993),Newman(1997)に引用された数多くの実例は,heの使用を要請する伝統的な規範が必ずしも英語の実際の慣用を反映してはいなかったこと,また,そういった規範にもかかわらず母語話者たちは自分の言語感覚に従って言語を運用していることをはっきりと示している。

 もっとも,慣用とかけ離れた規範を説く説教者に往々にしてありがちなことだが, Murray自身も自分の書いた英語において,自らが唾棄した「単数のthey」使っているとのことである(Wales1996)。」

        成田 圭市『3人称・単数・通性の代名詞:背景と現状』2001   

 

 では、以上をふまえ、規範が定めた標準英語だけが正しいと考える従来の学校文法の人称代名詞を根本から見直し、英語話者がとらえるtheyの実像を明らかにしていきましょう。

 

 theyは代名詞と呼ばれますが、従来の英文法のとらえ方が分かる記述を引用します。

 

「代名詞はその名のとおり、名詞の繰り返しを避けるために使われる」(宮川ほか『アルファ英文法』2012) 

 しかしこれはもともと英語のpronounがラテン語文法の〈名nomenの代わりをするものpronomen〉という用語を拝借したものだという説明であったものが、いつの間にか定義であるかのように流布したもので……実際、「代名詞」が〈名詞の代わり〉とは言えない場合があることは誰でもわかる(It's raining. のitはなんの名詞の代わり?)」

       三浦陽一『英語の人称代名詞について』(国際教育センター紀要)

 

 英語の代名詞の文法的働きを次の用例で説明します。

 

 “Is Taro coming here?”“He isn't.”

 

 従来の文法では、この英文のHeは、Taroの代わりに置かれると説明されます。本当にそうでしょうか。日本語では次のようなやりとりが自然です。

 「太郎はここに来るの?」「来ないよ」

 これで十分に伝わります。ここで主語を入れて「あいつは来ないよ」と答えると、来ないことを非難しているように聞こえる場合があります。質問者が太郎のことを話題にしているのは明白なので、繰り返しを避ける目的なら、主語を置かないで「来ないよ」とだけ言う方が合理的です。

 

 この日英の人称代名詞の使い方の違いは、文化的な要因というより、文法の仕組みの違いによるところが大きいのです。

 英語の代名詞は、内容を示す語から他の語の文法性を示す機能語として文法化した語です。

 例えばHe worksとhis workでは、workの品詞が変わります。heに後置されたworksは動詞、hisの後に置かれたworkは名詞とされます。he、hisは意味内容はべつにして、workの文法性を示す標識となる機能語なのです。

 他の例も挙げるとbe comingとon comingではcomingの文法性が変わります。標識beの後に置かれたcomingは現在分詞とされ、標識onに後置されたcomingは動名詞とされます。

 

 英語の機能語は、このように語の配列によって他の内容語の文法性を示す標識として働きます。

 It's raining.では、代名詞とされるitも助動詞とされるisも機能語で、文の構成上配列される語です。機能語は基本的に内容語としての意味が失われています。だから、日本語の訳には現れないのです。発音するときも機能語は内容語よりも弱音化します。形式的に配置されているだけで、伝える内容は失われているからです。

 日本語では、SVという配列は文法コードではありません。「行けよ」「行かない」というように語の活用で、だれが行為者か分かる仕組みになっています。文法標識としての機能は語尾の屈折が担っているので、独立した機能語としての代名詞は不要なのです。

 

 “He isn't. ”のheも、It's raining.のitと標識としての機能は同じです。itはTaroと言う語の代わりというよりも、英文の構成上SVを完成させるために形式的に置かれている機能語なのです。一度前に出てきた語を指すと思われている代名詞は、本質的に形式的な語だということです。

 現代英語の代名詞の文法機能の本質がつかめれば、なぜ通性の代名詞が数百年にもわたり揺れを起こしてきたのかが分かります。

 

 No one has to go if [he / he or she / they] donʼt want to.

  (行きたくない人は行かなくてもいいよ)

 

 行きたくない人というのは特定の誰かを指すわけではありません。このような文脈では、行為者はここにいる誰でも構いません。人称代名詞では誰かを指すという意味内容を示す必要はないのです。

 ところが英語は、配列を文法コードとする言語です。He don't~(標準語ならdoesn't)と配列すると、平叙否定文ですが、heを省略してDon't ~と配列すると否定の命令文にとられてしまいかねません。だから、情報としては意味内容を表す主語は不要でも、標識として代名詞を置く必要があるわけです。
 

 No oneは単数扱いなので動詞はhasで受けています。それを受けるとされる代名詞はheでもtheyでもいいのは、内容は二の次だからです。[S donʼt want to]という型を構成することに意味があり、Sは形式的に置く標識なのです。

 文法標識としての代名詞は、内容に関係ないのでheでもhe or she でもtheyでもなんでもいいのです。しかしheやtheyには誰かを指して使うような場合が皆無ではないので、性別や単・複といった文法上の内容が絡んできます。そのために議論の的になってきたというわけです。

 

 従来の英文法は、この代名詞の文法機能の本質を理解できていません。次の記述はSNS上にある英語講師のものです。よくあるtheyに対する見方を示しています。

 

 theyが単数・複数に関係なく使われるのは文法化が進み内容を失っているからです。日本語は助詞が内容語に膠着したり、動詞が活用したりして文法性を示す仕組みの言語なので、SVを構成するための機能語はありません。だから、英語と同じような機能をもった代名詞は、もともと存在しなかったのです。

 「彼」「彼女」は、he、sheという英語の代名詞を逐語訳するために創られたことばです。漢学では伝統的に漢文を逐語訳して読み下しました。その伝統に習って英語を逐語訳して読み下す方便として必要だったのです。he、sheという意味内容が不要でも形式的に置くような語は、日本語には必要ありません。それは両言語の代名詞が全く異なるものであることを示しています。

 文脈を読み取ることができないAIならtheyに訳語をあてるかもしれません。しかし逐語訳はたいてい日本語としてはぎこちないものです。良い翻訳とは、逐語訳などしないで、日本語として自然な表現で原書の内容をしっかり伝えるものでしょう。

 

 例えば、次のアニメのセリフの和訳を考えます。

 You know what they say: good things come to those who wait.

                      ――The Berenstain Bears

 

 仮に、代名詞を訳出して全体を逐語訳してみます。

 (あなたたちは彼らが言うことを知っているでしょ。「良いことは待っている者に

  やってくる」

 このようにtheyを「彼ら」を訳すと日本語としてはぎこちなくなります。また、「彼らってだれ?」と言う違和感を持つのではないでしょうか。Singular theyに限らず、theyという語は特に誰かを指すわけではないときに、文を構成するために「形式的に置かれるのです。

 わたしなら、下のように訳します。

ほら、よく言うでしょ。「良いことは待っている者にやってくる」って。

 これなら、すくなくとも場面に応じた自然な日本語にはなっているでしょう。

 

 「彼ら」という言葉はtheyを逐語訳するために新たに創られたことばです。漢文を読み下す方式にならった便宜上のものです。文法的な仕組みが異なる日本語には、もともと文を構成するための代名詞など必要ないので存在しなかったのです。

 

 言語学者のピンカーはeverybodyやsomebodyを受けるtheyについて「1つのものを言及するものでも、複数のものを言及するものでもない。じつはなにも言及していないのだ。指示的代名詞の同音異義語に過ぎない。」(Pinker1995)と述べています。また、この形式的で具体的な内容を意味しないtheyの用法は、特定のものを指す「指示的人称代名詞の代用」に過ぎないとしています。

 英語の人称代名詞の文法的な機能は、特定の誰かを指したり、代わりをしたりすることではないのです。従来の英文法は、英語の人称代名詞がラテン語や日本語とは異なり、英文の構造上必要な機能語で形式的に置かれる語として使用されることを見落としています。それは英語本来の文法的仕組みを見誤っていることの象徴です。

 

 theyを三人称複数とする説明は、ラテン語の動詞の屈折に基づく人称という概念から、内容だけを切り取って当てはめているだけです。それは英語の文法的仕組みの説明ではありません。theyの文法機能は、英文を構成するための形式ために置かれる語なので、内容を決めつけること自体意味のないことです。

 意味を失っているから単数・複数に関係なく使われるのです。肝心な文法説明をしないで、複数を表すという的外れなタグ付けを植え付けられた学生たちが、数に関係なく使う機能語theyに接して、混乱し戸惑うのは無理もないでしょう。

 英文の構成上形式的に置かれる語群を"人称代名詞"と呼ぶこと自体、すでにラテン語文法の見方を前提にしています。そして、そのことに自覚的な日本人学習者はほとんどいないでしょう。ヨーロッパ諸国のように古典としてラテン語を習うことがないからです。

 

 現行英文法はラテン語を理想としてつくられた標準語のための規範がベースです。機能語である代名詞に対して、内容語としての面しか考慮していません。規範は価値観の変化によって容易に変わります。情報環境が変化した現代に、ころころ変わる規範をベースにした文法はもはや不要です。規範的規則を学ぶなら、情報が遅れがちな文法書より、更新が頻繁なAIなどを使う方が合理的です。それは時代に応じて情報をアップデートすればいいことです。

 言葉は自分が伝えたいことを表現を選んで使うもの。常に規範に従った正しい言葉使いだけしかしないのは変でしょう。どんな場で誰に向けて発信するかで言葉を使い分けるのは、日本語だって英語だって同じです。

 

 今世紀に求められる学習者のための文法は、数百年変わらない英語の文法的仕組みをベースにしたものです。それは同時に英語のネイティブの感覚ということになります。学習英文法は、生きた英語に接して自分の英文法を育てていくためのプラットホームであれば十分だと思います。

 現代英語の代名詞は、語の配列を構成するための文法標識として働く機能語です。theyは、youと同じく、内容としては単数・複数を問わず標識として使われます。人でも物でも単数でも複数でも自在に使いまわせる機能語なのです。