現代英語にはto不定詞と原形不定詞があります。原形不定詞が用いられる例の1つに、使役構文と呼ばれる[使役動詞+目的語+原形不定詞]の型があります。使役動詞の例としてはlet、make、haveがあります。

 文法書では、一般に、makeでは原形不定詞だけをとり、to不定詞は不可とされます。これに対して、使役的な意味を帯びるhelpも[help+目的語+原形不定詞]の型をとりますが、原形不定詞のところをto不定詞にすることもできるとされます。

 今回は、helpでは原形不定詞とto不定詞がどちらも可なのはなぜか、あるいは原形不定詞とto不定詞の2つには使い分けなどの違いがあるのか?ということについて掘り下げてみます

 

 絵本から[動詞+目的語+原形不定詞]の型をとるmakeとhelpの用例を引用します。

 

1)When the muscles contract, they pull on the bones. 

  That makes the bones move, then you move.

                        ―The Magic School Bus

(筋肉が収縮すると、それらは骨に引っ張りをかけます。それによって骨が動き、ひとが動くということになります。)

 

2)Cerebellum helps you keep your balance, helps muscles work   together.

                        ―The Magic School Bus

(小脳はバランスを保つのに役立ち、筋肉が協力して働くのを支援します。)

                        

 用例1では、makesの主語はthatが指す内容で、「筋肉が収縮し骨を引っ張ること」になります。makeは、主語が原因となって目的語がある状態や動作をするとを引き起こすということを表します。

 用例2では、helpは、主語(小脳)が、目的語がある状態や動作をするのを支えることを意味します。

 使役動詞というと、人が主語になって誰かを使って何かをさせると思いがちですが、人以外が主語になることも多いので、呼び方はあまり気にしない方がいいかもしれません。使役構文は[目的語+原形不定詞]が意味上のSVの関係になっているところがポイントです。

 

 同じく、絵本から[help+目的語+to不定詞]になっている用例を挙げます。

 

3)Peppa and George are helping Grandpa Pig to pick vegetables.

                              ―Peppa Pig

(ペッパとジョージはおじいちゃんが野菜を収穫するのを手伝います。)

 

 helpの使役的な用法で、目的語の後に原形不定詞とto不定詞が両方来ることについて考察した論文に、文法書ごとの説明を一覧にした論文があるので引用します。

 

help構文におけるtoの出没に関しては、次のような説明が一般的である。

(1)   使用域やスピーチレベルにおける違い(Swan1992)

(2)   英語・米語での違い(Quirk et al 1985, Biber et al 1999)

(3)   目的語の長さや音調などによる違い(綿貫2006)

(4)   「主語の関与」の度合いによる違い(デクラーク1993)

(5)    Toの有無により意味の差はない(Collins CEC 1995)

 

一方、教育現場で教えられる学校英文法でも、help構文の扱いは一様ではない。

『新英和中辞典[第7版]』研究社 上記(1)、(2)

『ジーニアス英和辞典[第3版]』大修館 上記(1)、(3)、(4)

『英文法解説[改訂3版]』(江川 1991) 上記(2)

『マスター英文法[改訂増補]』(中原 1993) 上記(5)

『ロイヤル英文法[改訂新版]』(綿貫 2000) 上記(3)、(4)

 結局のところ、help構文におけるtoの出没に関して定番と言えるような説明は見当たらないし、解説が簡潔すぎて判断に迷うものもある。

「いくつかの文法書や英語辞典の外観を通してhelp構文におけるtoの出没に関しての記述に揺れがあることを確認した。歴史的には近代英語に至るまでhelp構文ではto不定詞が圧倒的であり、原形不定詞が容認されたのはごく最近である。依然として明らかになっていないのは、toの出没によってどのような意味の違いがあるのか、またはその裏返しとして、どのような事態認識に基づいて英語話者はtoを選択し、あるいは選択しないのか、ということである」

         拝田 清『help構文の扱いに関する一考察』2008

 

 この一覧から、原形不定詞とto不定詞で意味の差があり使い分けるのかどうかは人によって多くの違う見解があることが分かります。また、その違いの理由は主語に関係するとか、英米の方言の違いだとか、文語と口語の違いだとか人によってまちまちです。要するに定説はないのです。

 

 個々の文法説明はその文法家の文法観にしたがった解釈ですが、先行研究と言って先達の説明を参考にします。ほとんど妥当性がないのによく似通った説明が広く流布することもあります。しかしhelpの説がこれだけ多様であるということは、実際の使われ方も一様ではない可能性が高そうです。

 言語は本来多様で、地域や階層などで使う表現は異なり、語感は人によるのです。数億人いるネイティブが語感がみんな同じというのは現実的ではないと思います。とはいっても、あまりに違えば言語として成り立たないので、語感の振れ幅が小さいものはコードされている言えます。

 helpについていえば、原形とto不定詞を意識して使う人もいれば、どちらかだけを使う人がいるなど、人の語感の振れ幅が大きいと判断します。

 

 しかし、他の動詞と異なりhelpだけが原形とto不定詞をとるというのは、スッキリしません。ここはもう少し掘り下げていきます。使役makeの型で、原形とto不定詞の時代後の変遷について調べた論文の資料を一部抜粋し要約して紹介します。

 

 [make+O+V]の型のVの形態別出現頻度(Penn-Helsinki Parsed Corpusより)

                                                原形不定詞   to不定詞   

PPCME(中期英語1150-1500)     139    241           

PPCEME(初期近代英語1500-1710)     359    127           

PPCMBE(現代英語1700-1914)           147      36           

 

 中期英語では、半数以上の事例で to不定詞が使役 makeの補部として選択されているが、初期近代英語では原形不定認の事例が大半を占めるようになっており、さらに 現代英語ではほとんどすべての事例で、現代英語と同じく、目的語と原形不定詞に後続される形式をとっている。  

   山村崇斗『英語史における使役 makeの補部構造の変遷について』2015

 

 また、作品ごとに使役[make+目的語+V]の型についてVの形態の使用頻度を調査した他の論文の一覧を引用します。

 

  

 中英語および初期近代英語という時代は、Modern Englishが成立した1500年前後です。使役のmakeも、今のhelpと同じように、to不定詞と原形不定詞の両方を取っていたことが分かります。また、中英語にはto不定詞の使用率が高い文献が多く、初期近代英語期では原形不定詞の使用率が極端に大きくなっています。

 

 Modern English成立時に起こったことは、これまでも現代英語の文法的特徴を示す原理として一貫して取り上げてきました。それは、現代英語は屈折を失い、語順と機能語によって文法性を示すということです。この見方で原形不定詞とto不定詞の揺れを解釈できます。

 

 原形不定詞とは、屈折(語形変化)を失った内容語です。また、toは機能語で内容語の文法性を示します。つまり[make+目的語+do]型は語順によってdoが目的語の意味上の動詞であることを示す形式です。また[make+目的語+to do]型は、機能語toによって内容語doが目的語の意味上の動詞であることを示しているのです。

 

 使役makeに後続する型の歴史的変遷について、次のように記述する論文があります。

現代英語の使役動詞 make は、能動態で原形不定詞、受動態で to不定詞を従える。この変則的ともいえる「ルール」は、英語の史的発達の中で確立してきたものであり、時代を遡ると、能動態でも to不定詞が使用されたり、受動態でも原形不定詞が使用されたりする。…19 世紀でも、(1)のように能動態で to 不定詞を従える例を観察することができる。

(1) … and God made a wind to pass over the earth, and the waters were    checked.

   (Noah Webster, The Holy Bible (1833), Genesis 8:1)

また、今日でも諺として使用される Money makes the mare to go は、この名残である。

      家入葉子『使役動詞 make の史的発達に関する一考察』2007

 

 この論文が指摘する「変則的ともいえるルール」とは次のようなものです。他の論文からの用例を引用します。

 a. He made me laugh.

 b. I was made to laugh.

        ――山村2015 

 

 aの能動態ではlaughが原形不定詞ですが、bの受動態ではto不定詞にするという現象です。しかし、これは変則的なルールではありません。

 

 このブログで一貫して言っているように、現代英語の文法的特徴は、屈折を失って語の配列と機能語によって文法性を示すことです。原形とは屈折を失った動詞です。意味上は動詞であるという文法性は、語の配列か機能語によって示します。

 aの方は語順によってlaughがmeの動作を表すという文法的働きを示す形式です。bの方は態変換によって語順がくずれたので、機能語toによってlaughの文法性を示す形式になっていると解釈できます。

 能動態では[make+O+原形]と語を配列して原形の文法性を示し、語順が崩れた受動態では機能語toを使って[to+原形]とすることで文法性を示すのです。これは現代英語の文法性を示す仕組みの原理そのものです。これを変則と呼ぶのは現代英語の根本的仕組みが見えていない証拠です。

 もちろん、1つの現象についての文法説明は何とでも言えるので、他の説明法もあるでしょう。しかし、現代英語の特徴に基づいた一貫した原理に合致するものに勝るものはありません。

 

 文法の役割は、ことばを正確に伝えるために、語句の働きを示すのが第一です。語句の文法的働きをどのように示すかは、その言語はスタンダードとする形式によります。原形不定詞とは屈折を失った動詞なので、語順か機能語のどちらかまたはその両方で役割を示すのです。

 そのことは、揺れを起こしていたころのmakeの型に現れています。

 

「動詞 make が to 不定詞を従えている場合には、目的語が代名詞ではなく名詞である場合が多く、特にその名詞が長い傾向があるというのである。この傾向は、to 不定詞の方がむしろ優勢である Reynard においても観察することができる。

たとえば、(5)(6)のように、目的語が人称代名詞のみの場合には、to 不定詞が 11 例、原形不定詞が 5 例となり、to 不定詞の割合は、68.8%である。

 (5) for as moche as I made hym to fylle his bely 

 (6) for I made her leepe in a grenne wher she was al to beten 

 

 一方、(7)(8)のように、目的語の位置に名詞が入ると、to不定詞の割合はさらに高くなる。

(7) they make al myn heer to stande right vp 

(8) that he had made the man quyte and free 

 

 この場合、to 不定詞は 7 例、原形不定詞は 2 例で、to 不定詞の割合は、77.8%となる。

 また、以下の例のように、make と不定詞の間に挟まれる要素が長い場合には、一般に to 不定詞が選択されている。

 (9) These wordes plesyd the bere so wel and made hym so moche to    lawhe 

 (10) and made the wulf and the bere anon to be arestyd

 (11) And also I made the wulf and his wyf to lese her shoon 

 

(9)では、make と不定詞の間に、目的語に加えて so moche が介在している。(10)でも同様に anon が介在しており、また目的語も単体ではなく、A + B の構造をしている。同様に、(11)の目的語も A + B の構造になっている。

        家入葉子『使役動詞 make の史的発達に関する一考察』2007

 

 まとめると、makeの直後にくる目的語が、1語の代名詞、2語の名詞(句)、3語以上の名詞句というように、長くなるとto不定詞を使う割合が高くなるということを示しています。基本的には語順で判別できるから原形不定詞でもいいわけですが、目的語が長くなると、構造が判別しやすいように機能語toを標識として使ったと考えられます。

 

 その前に引用した論文では「19 世紀でも、能動態で to 不定詞を従える例」(家入2007)が残っていたとありました。これが今日では原形だけに統一されているということになります。19世紀とその前後は、英語の標準化の最盛期です。当時使われた英文法の教科書を引用します。

 

 

 The sign of the infinitive is to. This sign is omitted after the verbs bid, dare, feel, hear, help, let, make, see, and some others ; as,Let him come.”“See the birds fly.” When to is omitted, it should be supplied in parsing.

Hoenshel『Complete English grammar for common and high schools』

      1907

「不定詞の符号は「to」です。この符号はbid、dare、feel、hear、help、let、make、seeなどの動詞の後で省略されます。「Let him come.」「See the birds fly.」などとなります。toが省略されている場合は、解析によって補います」(しんじ訳)

 

  この文法教科書では“Let him come.”“See the birds fly.”という例文をあげて、今日でいう使役動詞make、help、知覚動詞feel、hearなどを同じくtoを省略し原形不定詞にすることを求めています。つまり20世紀初頭のころでもmake、helpとも2通りの形式が使われていて、標準化教育により矯正されてたことが伺えます。

 確認したところでは、それ以前の19世紀の英文法書『English grammar in familiar lecture』1840にも、同じように、make, help, letなどの動詞を挙げ、“Help me do it.”などの手本を示し、この型を取る動詞でto doを使用するのは誤りとして原形を使うように矯正している記述があります。

 つまり、今日の標準語に見られる、動詞によって原形不定詞をとるかto不定詞を取るかという仕訳けは、標準化によるものです。makeは早くから文法化が、進み標準化が始まる前のShakespeareの作品で、原形不定詞の使用が圧倒的優位になっています。

 

 今日では、能動態でが原形不定詞とto不定詞のどちらも可なのはhelpだけです。その原因としてhelpの標準化が徹底できなかったことが考えられます。標準化が始まる以前の使用実態を示す論文を引用します。

 

1550年から 1650年頃にかけての23のテキストに現れる「不定詞付 help構文」を調べた結果は、help構文の用例が全く見られない作品は、 23テキスト中 8テキストにものぼっている。残る 15テキストで不定詞を従える例は全部で78例あるが、その中で原形不定詞をとるものは僅か 9例である。

        野仲響子『ルネッサンス英語における不定詞付 help構文』1993

 

 makeと比べるとhelpは原形使用が進んでいなかったことが分かります。もともとto不定詞の使用数が多かったため、同じように標準化を進めても、makeのように徹底できなかったのでしょう。文法は話者の間で社会的にコードされることが重要だからです。

 使役的なhelpが原形不定詞を従えるかto不定詞を従えるかは、語順か機能語かのどちらかで文法性を示す現代英語の任意性を反映しているものです。結果として標準化が徹底できなかっただけで、例外的なものではないのです。

 

 使役構文における原形不定詞とto不定詞の違いは、語順か機能語かという表示形式の違いで、基本的には意味の違いはないと考えるのが妥当でしょう。help構文の原形不定詞とto不定詞の違いに説明が諸説あり、定説がないのはそのことを示唆しています。

 記述文法と言っても、文法観は人によって異なり、形式が異なれば意味が異なるはずという見方をする人は一定数います。そういう人はAかBかで厳密に使い分けの基準を探ろうとします。しかし、言語はもともと多様で、時とともに変化するものです。単純明快に見える使い分けを求めて過度な単純化をすると、多様な実態に合わないことはよくあるのです。

 

 文法説明で注意すべき点は、個々の文法現象を例外扱いし特別な説明を付けるのは簡単にできるということです。helpに関する説明はその典型例で、一人の文法家の説明を読むと、いかにもその通りに見えるものです。

 どんな権威だろうがカリスマだろうが特定の人の言うことを信じ込むのは錬金術であって科学ではないと思います。情報化が進んだ現代に、限られた文法書や辞書の説明をすべて受け入れる必要はありません。多くの情報の中なら自分にとって有用な情報を柔軟に活用すればいいのです。

 

 科学的見方で大切なのは、事実と論理です。特に論理で重要なのは、1つ1つの詳細な分析の前に、英文法の根底にある一貫した原理に基づくことです。その根幹にある現代英語の文法原理は、屈折を失い語順と機能語によって文法性を示すことに尽きます。