通時的に見ると、進行相は現代英語の中では比較的新しく、新興の表現と言えます。それはちょうど英語がイギリスの一地方語から、リンガフランカへと飛躍していくのと軌を一にしています。近年の論文などから、進行形の通時的、共時的に広い視野で見ていきましょう。
British Englishの変遷に関するフィンランドの論文から引用します。
Paula Rautionaho『Recent change in stative progressive: investigation of British English in 1994 and 2014』2019
上の表はKranch2010からの資料として紹介しています。100,000words中で、進行形が使われている頻度を示しています。
Figure1は、進行形全体の使用頻度、Figure2は状態動詞の進行形です。近現代英語の成立が1500年頃、標準化が始まったのが18世紀頃です。現代英語は、成立期に動詞の屈折を失って、機能語を発達させていったので、当然、進行形の発達はそれ以降になります。上のグラフから、英語の標準化がはじめって以降、さらに伸び率が上がっていることがわかります。
Figure2の状態動詞の進行形も、進行形一般と変わらず、伸びていることが分かります。18世紀から19世紀の文法書の多くでは、I am lovingが進行形の手本として紹介されています。状態動詞だから進行形を禁則とするのは、20世紀後半に広まった一時的なものです。自然言語としての英語では、規範文法の禁則とは関係なく、状態動詞の進行形も一貫して使用頻度が上がっていることが分かります。録音記述がない時代が含まれるので、実際の口語では、もっと使われていた可能性があります。
この論文(Rautionaho2019)の主題になっている1994年から2014年にかけての、状態動詞の進行形に使用については、以下のようになっています。
状態動詞の進行形以外での使用に対する進行形での使用率は、1994年の6.43から2014年の6.50とあまり伸びていません。状態動詞は、20世紀の後半には、規範文法が禁則としてきたので、その影響が全くないとは言えないでしょう。
(Rautionaho2019)では、個々の動詞について、もともとの用例数が少ないものは、バラつきが大きく使用が増えたものと減ったものがあるとしています。
そのうち、loveの進行形での使用数を紹介しましょう。1994年では0だったのが、2014年には9(loveの使用数全体の0.92%)になっているとしています。じつは、この間の2003年にMcDonaldがI'm loving itをスローガンにしています。その前後で、0から9になったのです。
このことは、コーパスデータに反映されるかどうかは、動詞ごとの社会的な容認度の影響が大きいことを示しています。実際にはinformalな場で口語として使われていたとしても、表に出るとは限らないということを示唆します。
進行形は、書き言葉よりも話し言葉の方が多く使われるというデータを示す論文があります。そのうち、イギリスとインドを比較したデータを紹介します。
Robert Fuchs『The progressive in 19th and 20th century settler and indigenous Indian English』2020
これは(Salles-Bernal 2015; ICE corpora)のデータです。
左図は、進行形全体の使用頻度を示すデータです。これによると、進行形全体の使用率はIndian EnglishとBritish Englishでは、口語では大差なく、文語ではBrEの方が高くなっています。また、IndEでは、口語での使用は文語の約3倍になっています。いずれにしても、進行形は口語でよく使われることが確認できます。
右図は、状態動詞の進行形の使用頻度です。インド英語IndEは、イギリス英語BrEの4割ほど多くなっています。口語では、一般に文語よりもinformalな表現が使われる傾向があります。インド英語では、そもそも口語の使用比率の高いので、よりinformalとされる状態動詞の進行形の使用率を高くなることが考えられます。
英米のネイティブスピーカーに比べて、状態動詞の進行形を多用するは、インド英語の特徴の1つとしてとされています。
インド英語について、ウィキペディアには次の記載があります。
ヒンディー語の影響から進行形を非常に多用し、インド英語では英語の70%近くが、現在進行形の時制で堂々とまかり通る。時にアメリカ英語やイギリス英語では通常進行形にしない単語も、普通に-ing進行形で表現される。
例:I am understanding it.「分かったよ。」
例:He is having two books.「彼は本を二冊持っている。」
例:He was knowing it.「彼はそれを知っていた。」
出典は『二ホン英語は世界で通じる』2010(ウィキペディア)
「インド英語にみられる習慣を表す現在進行形は、ヒンディー語とパンジャブ語では現在の習慣を表す際には主動詞とコピュラの複合体で 表すことから、この影響を受けてこのような英語の変種が生まれていると推察してい る。Davydova (2012)」という指摘があります。
状態動詞に限れば、英米では通常進行形にしない動詞でも進行形として使うというのは、インド英語の特徴といってもいいでしょう。これは他の論文や文献にも見られます。その見方が分かる記述を紹介します。
‘I will check anything – see if boy is knowing too many girls or girls is watching too many Hindi films and not pursing her studies,’replied Mr.Aggarwal.
――Dalrymple William(1933): City of djinns
Rose Olivia Namatende『Stative verbs with the progressive』2012
この用例は小説からの出典で、このセリフを言うMr.Aggarwal.はノン・ネイティブスピーカーのインド人という設定です。boy is knowingのところは、標準英語では
a boy knowsになります。冠詞の脱落と、ネイティブと異なる進行形の使用は、インド英語の特徴を表しています。
ただし、語感というのは、人によって異なるものです。とくに、進行形のような新興の表現については、個人差が顕著に現れるものです。インド英語といっても一様ではなく、個人差が現れます。
1947年にインドと同じイギリス領インド帝国から独立したパキスタンの論文に、その個人差を示す資料があります。2017年の論文で、パキスタンの中~上級者のEFL学習者(17から23歳)の学生68人を対象とした、状態動詞進行形の容認度を調査したものです。その一部を引用して、紹介します。( )内が進行形を選択した比率を表します。
3.I'm actually liking this play. (62%)
6.I suppose he was hating the scarf and thinking I had no glamour.
(79%)
9.I'm understanding Trace theory at last. (62%)
11. Is she still liking England? (71%)
a. right / grammatical correct b. wrong / grammatical incorrect
13. Good food …… more and more now a days. (56%)
a) costs b) is costing
17. And while he talked I …… him more and more. (38%)
a) was liking b) liked
19. But his only response was a slight shake of the hand and almost
apologetic expression on his face which indicated to me that he …… .
(46%)
a) did not understand b) was not understanding
Imran Muhammad, Mamuna Ghani『Acceptability of Stative Verbs in Progressive Form within Linguistic Context』2017
3~11までと13~19まででは、問いの形式が異なります。
3、6、9、11は、完全な文章を示して、a. 文法的に正しい、と b. 文法的に誤りを選択させる形式です。like、think、understandの進行形について、それぞれの動詞で、文法的に正しいとする割合が異なります。また、同じlikeの進行形でも、正しいとする割合が違います。つまり、人によって、あるいは、文脈によっても進行形を正しいとするかがまちまちであることが分かります。
13、17、19は、…のところに入れるとすると、aとbのどちらが適切かを選択させる形式です。この形式では、3~11と比較して、進行形を選択する比率が下がります。
たとえば、同じlikeで比べてみます。3の文は62%が、11の文は71%が、進行形での使用を文法的に正しいと認めています。これに対して、単純形と進行形のどちらかを選択する形式の17では、進行形を選択した人は38%にとどまっています。つまり、likeを進行形として使うこと自体は文法的には正しいと認められるけれども、単純形を使う方が好ましいと思っている人、あるいは文脈によって使い分ける人が一定数いる、ということが考えられます。このことは、同じunderstandの進行形について、形式の違う問9と11の比較からも分かります。
また、13と17では、どちらもmore and moreを使う同じような文脈ですが、costの進行形を選択する人56%に対して、likeの進行形を選択する人は38%です。つまり、動詞によって、相応しいとする表現が異なるということです。
これらのデータから、単純形と進行形のどちらも文法的には認めるけれども、文脈に相応しい方を選択するというような場合があることが想定できます。
このように、同じインド英語といっても、語感や文法感覚は実際には人によって様々なのです。このことは、英国や米国での容認度調査でも同じです。世界で数億をこえる人が使う言語が一様である方が不思議なことです。これは、データ以前に想像力の問題かもしれません。新興表現を受け入れるかどうかは、人により異なり、多様であるのは普通のことなのです。
なお、この調査に参加した学生のレベル別の状態動詞進行形の容認度数と割合は以下のようになっています。
Study level Acceptable(Persentage)
Master's 180(62%)
Bachelor 290(59%)
Intermediate 215(57%)
(Muhammad2017)
学習が進んだ人の方が、進行形を許容あるいは選択する割合が高いという傾向はありますが、それほど大きな差とは言えないと思います。多様性は、学習の進み具合ではなく、その人の表現の選択であることを示しています。
本来の学習文法とは、テストで正誤を判断するものではなく、相応しい表現をするためのものです。パキスタン(旧インド帝国)では、英語をコミュニケーションに使っていることから、このよう多様な結果になるものと思われます。
仮に第2言語として英語を学ぶ日本の学生に同じテストを実施したらどうなるでしょうか。結果はおおよそ想像がつきます。
ただし、コーパスのデータでは、進行形自体の使用率は、口語ではIndEとBrEではそれほど大差がなく、文語ではIndEの方が低くなっています。インド英語の特徴は、文語よりも口語での使用する比率が高いこと、状態動詞の使用比率が高いことです。
ヒンディー語の影響はあるにしても、進行形全体ではBrEと使用率は変わらないのです。他の論文Soluna Salles Bernal『Synchronic Analysis of the Progressive Aspect in Three Varieties of Asian Englishes』2015でも同様の指摘があります。状態動詞の使用率が高い理由は他にもあると考えられます。
形式の違いとしては、「完了進行形の形式(現在および過去の両方)の頻度は、コーパス間で類似の分布を示し、それぞれBrEは2.79、SingEは2.51、IndEは2.22、HKEが2.1だった。また、[法助動詞+ 進行形]の組み合わせは、特に話し言葉で、SingEとIndEにおいてBrEとHKEよりも頻繁に現れ、SingEが4.46、IndEが4.37、BrEが2.94、HKEが2.34という頻度だった」(Bernal 2015)という報告があります。
単純な進行形に比べると、頻度は低いので、特徴として際立っているとは言い切れないようです。
状態動詞の進行形について、イギリスと旧英領インドでは、扱いが違っていたという事実はあまり考慮されていません。インドで英語が普及したのは英領になったからです。つまり英語の普及は自然に発生したのではなく、教育によるわけです。
英米で状態動詞の進行形の使用が制限されたのは、20世紀の一時期です。19世紀ごろにはまだ、禁則は徹底されていませんでした。状態動詞進行形の使用を規範が制限する以前の19世紀に英領インドでの英語の普及に多大な貢献をしたNesfieldのtextbookの記述を紹介します。
Continious(進行形)を「出来事が継続していてまだ完了していないことを示す」と説明し、その模範例として、I am loving、I was loving、I will be loving.を挙げています。
このテキストの序文には、「In fact, the present book Ls not an entirely new one, but an adaptation of a manual prepared by the same author a few years ago in India, while he was still living there.」(Nesfield 1898)とあります。
つまり、インドでは状態動詞進行形を禁止するどころか、I am lovingを進行形の模範例として普及させていたことになります。
冒頭のグラフで確認したように、進行形は動作動詞、状態動詞に限らず時代を経るにしたがって使用率が上がっています。20世紀に標準語の規範によって、状態動詞だけ進行形の使用が制限されます。
このような制限がかからなければ、インドのように順調に使用が普及していた可能性は十分にあります。実際に英米ではloveの進行形は、20世紀に一時的に使用が減っています。昔の規範による制限がなくなり、文法書が使用を容認し始めた今世紀に入ると使用率が上がります。
状態動詞進行形は、使用を制限されなかったインドで多用されていること。他の地域では、使用が制限された20世紀に使用率が下がり、容認されると使用率が上がっていること。これを、文化的な要因だけで説明するのは無理があると思います。
インドに限らず、標準化が進まない地方、特に口語では進行形の使い方は異なります。
「Irish Englishでは、標準英語では, 単純な形を用いるべきところを,進行形を用いる例は多い。(例) It is a long time I am stopping in this p1ace.」
廣田 典夫『あるアイルランド英語』
アイルランドやスコットランドなどの地方の英語では、文語は標準語を使いますが、日常使用する口語では、方言を使うことが多いのです。ただし、若い世代では方言の使用は減りつつあるようですが。
イギリスでも地方によっては、IndEと同様に口語では、標準語では単純形を使うところで進行形を使う、あるいは[will+進行形]を使うという傾向があることが報告されています。インドの英語だけが特殊であるというのは、妥当な見方とは言えません。
進行形は、通時的には新興の形式です。
「シェイクスピアの時代以降も英語には多くの微妙な変化があった。例えば、現在進行形 の起こりである。我々は、“What are you reading”と言えるけれども。シェイクスピアは“What do you read”と言えるだけで あった。
彼は、次の文章のような微妙な違い を表現するのに苦労したのである。つまり、 “I am going”、“I was going”、“I have been going”、“I will be going”などである。また、“The house is being built”も難しい。」
能澤 正雄『英語の特徴のいろいろ』
現代英語は以前には豊富であった動詞の変化形を失います。進行形など相や態は、英語という言語が機能語を発達させて、再び表現を豊かにしていく過程だと考えられます。そのため、共時的には、各地域や階層や個人で、取り入れ方が異なるわけです。それは、共通語の論理からすると規範から外れた「言葉の乱れ」ということになります。だから、規範文法は、ときに人々が使う表現を禁則とするのです。
規範文法とは、英語という言語のあるべき姿を文法家が想定して創ったもので、自然言語の現象を説明するものではありません。規範的規則が、一見分かりやすいAかBという使い分けをするのは、実際の使用を考慮しないからです。つまり、多くの例外が出て来るのは必然と言えます。
自然言語は、本来、時代とともに変化し多様なものです。その変化を認め、表現の豊かさを認めて、その言語のありのままの姿をとらえようとするのが記述文法です。 言葉というものは、本来、Aが相応しい場合、Bが相応しい場合、そしてAもBも許容できる場合など、文脈によって人によって変わるものです。
一見分かりやすい使い分けのために考え出された「状態動詞」なる用語を使ったところで、進化の過程にある進行形をとらえることは決してできないでしょう。自然言語は、豊かな表現を求めて変化して行くものなのですから。