今回は、現代英語の実態に合わせてパラダイムをデザインします。

 参考になるのは、標準英語のbe動詞の変化形に基づいた3種類の主語に分けるパラダイムです。今世紀でもっとも評価の高いCGEL2002のパラダイムを紹介します。

 

                              1st sg   3rd sg   Other 

           Present tense  am       is        are

Primary{  

       Preterite          was           were

      Irrealis            were          ―

 

            『The Cambridge Grammar Of The English Language』2002

 

 この表のPreteriteは過去時制で、was、wereは、過去の事実および現実とは程遠いということを表すと考えます。Irrealisは非現実時制で、単数主語にwereが使われるものだけを指します。CGEL2002は、和式英文法の仮定法とは異なり、単数主語にwereを使う以外は、過去時制の1用法とみなします。

 

 主語に対応する動詞形の分類は、1st sg(1人称単数) 、3rd sg(3人称単数) 、Other(その他)の3つです。2人称に対応する動詞は欠けています。

 

 これをもとに、人称代名詞主格について見ていきます。

人称personとは、本来人を指すという意味です。ラテン語の人称代名詞主格は、1人称と2人称だけなので文字通り人を指します。そのパラダイムは、次ようになります。

 

 Singular

  ego,  I    tu,  thou   wanting

 

 Plural

  nos,  we  vos,  you  wanting

 

 Raphael Kuhner『Elementary grammar of the Latin language』1845

 

 この表中の「ego,I」は「ラテン語、英語」で表されています。左から順に1人称、2人称、3人称です。3人称は単数、複数ともwanting(欠け)となっています。つまり、ラテン語の人称代名詞は、ego、tu、nos、vosの4つです。1人称(話し手)と2人称(聞き手)だけなので、人以外を指す3人称はありません。文字通り、人を指す代名詞なのです。

 3人称とは言いますが、話し手と聞き手以外の話題に出てくるものすべてとは、人以外も入ります。そもそも3人称とはおかしな言葉なのです。だから、3人称は人称ではないという言語学者がいるのは不思議なことではありません。

 印欧語の謎について述べた論文から引用します。

 

「各言語の1,2人称の起源は同じであるのに、3人称の代名詞は言語によって異なる系統の指示詞が用いられている。印欧語の昔は3人称固有の人称詞がなく、3人称には指示代名詞が用いられた。印欧古語の構造解釈にすぐれた知見をもたらしたバンヴェニストなどは、人称の概念を1、2人称だけに限っている。」

                      工藤進『文法の復権』2008

 

 文法家の中には、英語の人称代名詞のパラダイムから3人称を除く人もいます。19世紀末の高校の教科書を紹介します。

 

   First Person   Second Person

   sing.  plural.    sing.    plural.

Nom. I      We     (thou)  you (ye).

 

              John Seath『The high school English grammar』1899

 

 この教科書では、話し手と聞き手だけをPersonとしています。

 2人称については、あえて古語となったthou、yeを(  )内に入れて示しています。このことについて、教科書の著者シーツは次にように記しています。

「Youは、主格と目的格の両方で、1人か2人以上のどちらにおいても、一般的な代名詞の表現となっている。……もともとは複数の代名詞で、主格では、ただ1人の人を表す場合でも、動詞は複数形をとっている。」(Seath1899)

 youは、対応する動詞がareとだからという理由で複数として位置付けています。これは、前の記事にも書いたように20世紀前半ぐらいまでの文法書の一般的な見方です。現行の和製英文法書のように、言語コーパスを過信して、短期的な視野で、安易にyouを2人称単数と位置付けることはありませんでした。

 3人称は、人称ではないということで、パラダイムにはありません。

 

 英語の代名詞を3人称に含めると、話がややこしくなるのです。3人称という言い方は、不適当ということから、非人称という呼び方もあります。しかし、人に非ず、というと今度は人を指す場合が問題になります。

 

 3人称を含める英文法書では、人称の定義すらもはっきりしません。ラテン語に準じて「人を指す代名詞」としてしまうと、人以外指す場合が入らなくなります。実際に、itは人以外を指す場合に多用されますが人称代名詞です。everyoneなどは人を指す場合に使いますが、人称代名詞ではありません。

 itはit、its、itと格変化するから、人称代名詞とされるのです。では、「格変化する代名詞」を人称代名詞の定義にすればいいはずです。ところが、英文法書にはそういう定義はありません。格変化を定義にすると、困ることがあるのです。1人称の代名詞は、実際には格変化しないからです。

 

 19世紀の文法家W.C.ファウラーは、英語 I 他(サクソン語のic、ドイツ語のichなど)などチュートン語派の1人称代名詞の主格について、次にように述べています。

 

「それら(1人称単数主格)は、斜格(主格、呼格以外の格の総称)の中においてみると、語源学的な欠陥ということになるが、実際そうではない。これらの格において実使用されている語群は、語源が別なのである。mine, myは、meと同じ語源から生じた語である。」

        William Chauncey Fowler『English grammar』1876

 

 現行英文法では、英語の1人称はI、my、me、mineと格変化するとされていますが、語源的にはIとその他のmy、me、mineは別、つまりIは人称変化しないのです。素人目にも、Iとその他のm-系とは異なることが分かると思います。別語源だから、形態も音韻もつながりが無いのです。英語だけではなく、同系統のサクソン語、ドイツ語でも同じように1人称主格は語源が別なのです。

 

 さらに、これらチュートン語派の言語だけでなく、系統の違うイタリック語派でも同じなのです。フランス語の1人称主格とその他の格について記述した論文を引用します。

 

「2人称単数代名詞(tu / te, toi, ton など)には子音 t(…)の共通点はあっても、1人称単数(je / me, mot, mon など)にはそれがない。…1人称主格代名詞は、他の形に比べ遅れて発生した」

                 工藤進『文法の復権』2008

 

 英語に限らず、印欧語に広くみられる現象であることから、1人称主格代名詞は、他の格より遅れてできたと考えられているのです。だから、英語だけの事情で、人称代名詞を格変化する代名詞というわけにもいかないのです。

 

 3人称を人称代名詞に含めるのは、多くの欧州諸国では、それほど問題になってはいません。ラテン系統の言語を公用語とする国が多く、古典としてラテン語文法を習います。だから、6つの主語に分類するパラダイムは、ラテン語の動詞の屈折に基づくことは知っています。自国の言語と他の言語を比較するのに有用なのです。

 逆に考えると、言語環境も教育事情も違う我が国が、6つの主語に分類するパラダイムにこだわる理由はないということです。

 

 1人称主格は遅れてできた、ということは言語類型を考えるのに重要です。論文を紹介します。

 

「もともと補充法的パラダイムを形成していなかった原来の(活格)独立代名詞がその活格的な地位を失ったのちに、新たな1人称独立代名詞egoHが出現した。新しい独立代名詞の出現、とくに1人称代名詞eg/H egoHの特異な構造―最古の印欧祖語代名詞に特徴的な開音節構造に対して複雑な構造―が自己中心的・主体的な性格を示している。したがって、最古の対立は対話的人称―非対話的人称のそれであり、主体的人称―非主体的人称の対立は後の段階に属するものであると推察される。

  [1・2]―3 ⇒ 1―[2・3]

        千種眞一『印欧語における人称表示をめぐって』2009

 

 英語の人称代名詞は、2人称単数主格thouを外すと、2人称単数を欠きます。そうすると、現代英語の人称体系は、この千草論文の1―[2・3]の類型と見ることができます。主体的人称―非主体的人称の対立としてパラダイムをデザインすればいいことになります。

 これはちょうど、動詞形変化に対応する、3つの主語と一致します。つまり、1人称単数Iを主体的人称とし、その他を非主体的人称の単数・複数とすることです。この現象は、現代の標準英語だけでなく、通時的変化からも十分裏付けられるのです。

 中期英語に見られる英国の各地の主語に対応する動詞形変化を見てみましょう。

 

表5.1 中英語におけるsingan(=sing)の直説法現在形の人称変化(南部方言)

      単数     複数

 1人称  singe          singeth

 2人称    singest        singeth

 3人称    singesth      singeth

 

表5.2 中英語におけるsingan(=sing)の直説法現在形の人称変化(中部方言)

      単数     複数

 1人称  singe          singeth

 2人称    singest        singeth

 3人称    singesth      singeth

 

表5.3 中英語におけるsingan(=sing)の直説法現在形の人称変化(北部方言)

      単数     複数

 1人称     sing(e)        singes   

 2人称     singes         singes

 3人称     singes         singes

 

  田辺春美『英語史は役に立つか?―英語教育における英語史の貢献―』2017

 

 南部、中部の動詞変化は同じで、1人称単数singe、2人称単数singestで、他はsingethです。言語類型では[1・2]―3にあたり、対話的人称―非対話的人称に対応していると見なすことができます。

 北部は、1人称単数sing(e)で、他はsingesです。言語類型では1―[2・3]にあたり、主体的人称―非主体的人称とみなすことができます。

 いずれの地方でも共通しているのは、複数の動詞形は1・2・3人称を区別していないことです。これは、現代の標準英語でも同じです。代名詞のwe、you、theyも、実際の用法では、話し手を含むか含まないかということには関係なく使われます。

 

 現代英語の代名詞を3つの動詞形変化に注目して、主体的人称―非主体的人称パラダイムをもとにデザインすることは十分に根拠があります。改めて示すと次のようになります。

 

   主体的人称       I

 非主体的人称(単数) he、she、it

 非主体的人称(複数) we、you、they

 

 欧州諸国と異なり、我が国では大半の人が、ラテン語について全く知りません。6つの主語に対応するパラダイムを輸入しても、一般の学習者の役に立つことはありません。人称という難解な概念を、実際には全然理解できていないのに、分かったような気にさせるだけです。日本人学習者が人称代名詞を適切に使えていないことは、多くの英語話者から何十年にも渡って日本人の英語と指摘され、エビデンスでも証明されているのですから。

 

 次回は、主体的人称―非主体的人称パラダイムをもとにした、英語の人称代名詞主格、とくに複数についての記事を予定しています。