無標のmoonは、抽象的な概念です。だから、文脈によって、a moon、moons、the moon、our moonなど機能語を使って表現します。世の中に唯一の天体、地球はEarth、他の惑星、木星Jupiter、土星Saturnなど、いずれも無冠詞です。世の中に1つと認識されるものは、theという標識で意味を限定する必要はないのです。だから固有名を表すときは無冠詞なのです。

 つまり、楽器や動物などと同じく、moonにtheが先行するのは、複数の選択肢から1つに特定するときに限ります。これは英語という言語に一貫した原理なので、当然と言えば当然ですね。

 

では、用例で確認していきます。

用例1)What is a moon?

 Moons ― also known as natural satellites ― orbit planets and asteroids in our solar system. Earth has one moon, and there are more than 200 moons in our solar system. Most of the planets ― all except Mercury and Venus ― have moons.

               『NASA | solar system exploration』

「月とは何?

月は―自然の衛星としても知られているが―我々の太陽系内で惑星や小惑星の軌道を回っています。地球には1つの月があります。そして、我々の太陽系には200以上の月があります。太陽系内の衛星のほとんどには―水星と金星を除いて―月があります。」

 

 表題のa moonは、aが先行しているので、形があり、いくつかあるうちの1つの月を表します。太陽系内には多くの月があるので、そのうちの1つということです。

 本文最初のmoonsは、文意から「月というものは」という意味の総称として使われていると分かります。動物の生息環境についていうときtigers「トラは」と同じことです。

 one moonは、地球にある唯一の月のことを指していますが、1つという数を話題にしているので、oneを使っています。このことから、theはそのコアである「複数の選択肢から区別して限定する」時に限り使われるのであって、唯一のものだから使うわけではないと分かります。

 また、地球Earth、水星Mercury、金星Venusはいずれも世の中で唯一の星なので、他の星と区別することを示すtheは不要なのです。決定詞の基本は、世の中で1つのものと認識しているものには使う必要がないということです。

 

次の用例は、絵本からの引用です。

用例2)As we came close to Mars, we passed its two    moons, which are called Phobos and Deimos.

   Compared to our moon, they were tiny, and they    weren't even round!

            『Children's Books 01. The Magic School Bus』

「火星に近づくと、2つの月を横切るが、それらはそれぞれフォボス、デイモスと呼ばれる。わたしたちの月と比較すると、それらはちっぽけで、しかも丸くない。」

 

 ここで注目したいのは、our moonという表現です。これは地球にある唯一の月を指しています。決定詞ourを使って限定していて、theは使用していません。話題の中心は、火星の2つの月ですから、地球の月を他と区別して「他でもない」と表したいわけではないからでしょう。唯一だからtheを使うなんて発想はありません。表現は、文脈にふさわしいものを選んで使用するのです。

 

用例3)Caillou: “I draw a moon because I loved you 

        as big as the moon.”

  Mommy: “And I love you as big as the moon too.”    

                      『Caillou gets pranked』

  カイユ「ぼく、月を描いたんだよ。それでね、この月と同じくらいお母さんの 

      ことが大好き。」

   母 「お母さんもその月と同じくらいあなたのことが大好きよ。」

 

 この用例のa moonは、地球から見える月を示していますが、絵にするという文脈なので、形を与えるaを先行させています。一度登場したので、そのあとはthe moonと表現しています。このa、theの使い方は楽器や動物の登場の時と変わらないと分かります。

 

用例4)“It's my science project we're learning all 

  about the moon. This shows different phases of   the moon. This one, here's a full moon. Over 

  here's a half moon.”“Oh, this is a quarter moon                             『Berenstain Bear : The bad Habit Ep-16』

 「科学の課題として、いま、月について学んでいるんだよ。これは月の違った見え方を示したものだよ。このうち、こっちが満月、それでこっちが半月。」「ああ、これが四半月。」

 

 まず、a full moon、a half moon、a quarter moonについて、形を意識していて、いくつかの形があるのでaを先行させているのです。まさに、aのコアにぴったりの文脈です

  ここに出てくるthe moonは、地球の月を指しています。このtheを使う理由が分かる用例を示します。

 

用例5)On the fourth day God made a brilliant light in

   the sky called the sun to light up the day and a   silverly one called the moon to add some light to   the night time and as a special touch God added   billions of twinkle stars to the night.

              『The Beginner's Bible | The Creation』

 

 このアニメ作品は、聖書創世記に出てくる話です。キリスト教では、創造神を世の中で唯一の神と信じているので、固有名として扱いGod無冠詞です。a god やthe godを使うのは、複数の神を想定する場合です。唯一のものには決定詞は必要ないので無冠詞なのです。

 ここで、確認できることは、sun、moon、starsは、神が創造した光として、1つのカテゴリーになっているということです。楽器でさえ社会的に1つのカテゴリーになっているのです。聖書の記述が、英語話者間で社会的にカテゴリーとしてコードされていることは自然なことです。

 つまり、神の創造物(光)[sun / moon / stars]の中から特定したことをtheが示しているのです。

 実際に、これらが対比されるときにはtheが先行します。とりわけ、光を意識する場合にはtheがよく使われます。

 

用例6)The sun set and the stars and moon came out.

                『Peppa Pig | Halloween Special』 

     「太陽が沈むと、星と月が出てくるよ。」

 

用例7)Bring everything you need like a flashlight 

    when the sun turns off at night.

                   『Max and Ruby Camp Out』

「電灯とか、お日様が消えちゃったときに必要なものを全部持って来ておいて。」

 

 上記の用例から、光としてのsun、moon、starsがカテゴリー化していることが分かると思います。

 

 太陽も月と同じく、光を意識しない場合や他と対比しないときには、唯一のものであってもtheを使いません。

 

用例8)There are seven planets that go around our     sun.

           『Peppa Pig's Fun Time At The Space Museum』

       「われわれの太陽の周りをまわっている衛星は6つある。」

 

 これは天体としての太陽を示しているのでour sunと表現しています。決まりがあるというより、文脈に応じて使い分けているということです。

 

 さらに、拡張しましょう。

用例9)“We are so light on the moon,”

    “That's because the moon has less gravity than

      the earth. ”

             『Children's Books 01. The Magic School Bus』

   「私たち、月面ではこんなに軽いのね。」

   「それはね、地球上よりも月面の方が、重力が小さいからよ。」

 

 天体としての地球はEarthと固有名として表しました。ここでは、the earthとなっています。大地というような意味合いになります。このtheも、そのコアから解釈します。

 ここでは、moonとearthが対比されています。これは月面と地上と言えますが、さらに、これらがカテゴリーとして社会的にコードされているという捉え方も可能なのです。

 

用例10)1-8 God called the expanse“sky.”There was    evening and there was morning, a second day.

 

    1-9 God said,“Let the waters under the sky be    gathered together to one place, and let the dry    land appear”; and it was so.

 

    1-10 God called the dry land“earth,”and the 

   gathering together of the waters he called“seas.

   ”God saw that it was good.

                        『Bible | Genesis』

「神はその大空を天と名づけられた。夕となりまた朝となった。第二日である。」

「神はまた言われた。「天の水は1つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。」

「神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まったところを海と名づけられた。神は見て、よしとされた。」

 

 聖書創世記からの引用です。このように、“sky”、“earth”、“seas”、が創造されていきます。

このとき、1-8で初出のとき、神はskyと無冠詞で呼んでいます。神はこの世で始めて創造した唯一のskyを無冠詞で呼んでいるということです。

 その違いは、次の文の違いで分かります。

⑴ “Please call me taxi.”

  “Hi, Taxi. Nice to meet you.”

⑵ “Please call me a taxi.”

  “OK.”

⑶ “Please call me the taxi.”

 ⑴では、無冠詞のtaxiは唯一のものなので、固有名詞と解されます。口語では、大文字かどうかは関係ないので、純粋に冠詞の有無だけで判断されます。だから、「わたしをタクシーと呼んで。」「やあ、タクシーさん、初めまして。」となるわけです。

 ⑵では、a taxiと表現しているので、数あるタクシーの中の1つとして、一般名で使われていると解されます。「わたしにタクシーを呼んで。」「分かった・」となります・

 ⑶では、the taxiと表現しています。これは、実際には文脈によるのですが、次のような場合が想定できます。自分にはお気に入りの特定のタクシーがあって、「他でもないそのタクシー」を呼んでという場合です。他のタクシーでは嫌だということが言外にあるのです。

 aとtheの違いは、不定infinteが定形finiteかで、共通点は、「複数の中から選ぶ」ということです。もともと唯一のものは、他の選択肢を想定しないので、aもtheも使う必要がないのです。

 

 聖書の記述に戻ると、神は、1-8では、この世で唯一だからskyと無冠詞で名前を付けます。その後の1-9では、the skyとtheを使っています。これは、物語で初登場の1頭のトラをa tigerとし、そのトラを特定してthe tigerと呼ぶことと同じです。

 同様に、1-10では、神ははじめに創ったこの世で唯一のearthは無冠詞です。今日、一般的に、大地を意味するときに、唯一だからではなく、神が創った例のあのthe earthというのが根本にあると考えられます。あるいは、数ある神の創造物の中から選んで、1つに特定したと考えてもいいでしょう。

 これに対して、唯一の天体、地球はEarthと無冠詞で表すのが普通です。はじめからこの世に唯一のものには冠詞をつかわないというのは、一貫した原理ですから。

 

 これらskyやearthは、先ほどの光と同様に、神の創造物として登場してきます。神の創造物としてのカテゴリーは社会的にコードされているのです。

 

 神の創造物[sun、moon、stars、sky、earth、seas、…]

 

 このカテゴリーの中から特定して、the sun、the moon、the stars、the sky、the earth、the seaとなるわけです。

 

 これは、楽器⁅guitar、piano、violin、…⁆というカテゴリーの中から特定することと変わりありません。

 一般の人が演奏する楽器は、常識では1つに決まってないから、中から1つ選んで、to play the violinと表現し「バイオリンという楽器」を意味します。ところが、高嶋ちさ子が演奏する場合はplay violinとするのが普通です。それは、高嶋ちさ子が演奏する楽器と言えば、常識で1つと決まっているからです。「常識で1つに決まっている」ものは無冠詞です。

 

 他の創造物sun、moon、earthなども唯一のものだからtheが付くという説の根拠は疑わしいのです。この説明が、決定的に問題なのは。冠詞の根本的な原理「複数の中から選ぶ」に反し、論理的一貫性を崩すことです。なので、徹底的に検証する必要があります。

 

 実際に、現代英語が成立した1500年代の聖書を見て確認しましょう。

用例11)In the beginning God created heaven and     earth. The earth was…

                     『Great Bible』1540

 この記述では、初出のearthには、theは先行していません。その後からは、特定されてthe earthと表現されます。

 つまり、the earthのtheも元をただせば、唯一のものだから付いたのではないと分かります。聖書の記述は、社会的にコードされています。だから、その創造物のカテゴリーから特定していることをtheで示すと考えられます。

 

  これらがカテゴリーとして意識されていることは、英文法書などの記述でも分かります。

 Some nouns are the name of particular object: thus, earth, sun, moon. Such nouns represent only one object, which is solitary representative of what might become, or be represented, as a class:

        John Seath『The high school English grammar』1899(167頁)

 

   The listener may know which one we mean because there is no choice ― there is only one(e.g. the sun, the moon, the earth, the world, the universe, the future) or there is only one in our part of the world (e.g. the government).

                                 『 Practical English Usage 4th Ed』2016

 

「earth(地球)、、world(世界)などにはtheが付きます。常識的に1つにきまるから」  『一億人の英文法』

 

 共通して、世の中に1つだからtheが付く例に、earth(地球)、sun(太陽)、moon(月)を挙げていますが、

 問題は、earth、sun、moonを、当時の人々が、広く一般的に、世の中で唯一の天体だ認識していたかです。

 マゼランの世界一周は、1522年ですから、地球は球体であるかもしれないという認識を持っていた人は、そのころには一定数いたはずです。そう言った認識のもと、コペルニクスの『天球の回転』は1542年の出版されています。しかし、一方で、先ほど引用した『great Bible』は1540年出版です。つまり、それ以前からthe earthは使われています。

 

 学者たちの認識する科学的事実と一般的に広く信じられることとは必ずしも一致しません。次の記述を紹介します。

 

「中世の地球球体説に関する近年の研究では「8世紀以降、言及に値する宇宙論者で地球が球体であることに疑問を挟むものはいなくなった。」ただし、これらの知識人の著作は大衆の意見に大きな影響を持たなかったかもしれず、一般大衆が世界の形状をどう考えていたか、そもそも彼らがそういう疑問をもつことがあったかどうかは不明である。

 コロンブス以前の時代のヨーロッパでは教養人も地球平面説を信じており、マゼランの世界一周によってそれが反証された」という近代に生まれた誤解は『地球平面説神話』と呼ばれてきた。1945年に(イギリスの)歴史学会で、作成された『歴史に関するよくある誤り』のリストの20項目中2番目にこの誤解が掲載された。」

         ウィキペディアの「地球平面説」

 

 地球が球体であることは、知識人の間では、ずっと昔からあったけれども、一般の人がどう認識していたかは、わからないということです。

 聖書では、earthはseaと対比してdry landつまり大地として描かれます。1841年に出版された『Johnson's English dictionary』でも、sunの語義は、The luminary that makes the day「日中を照らす明かり」とあるだけです。moonも同様に夜を照らす明りとあります。

 

 創造主を唯一神とする聖書では、神をGodと無冠詞で表記します。聖書の中でも他との区別を意識するときは[the god of ~]のように定冠詞を使って表記します。

 天体としての地球はEarthと固有名で表すのが普通です。唯一のものにtheが付くのなら、固有の天体名や唯一神ににはなぜtheが使われないのでしょうか。

 世の中に唯一のものにtheが付くというのは、第1に、まずtheが先行してその後に内容語がくるというネイティブの感覚に反します。第2に、GodやEarthなど世の中に唯一の固有名にtheが付かないという事実に反します。第3に、earth、sun、moonは、神の創造物として聖書に出てくることがコードされているからtheが先行するのであって、唯一のものにtheが付くという根拠にはなりません。

 

 いずれにしても、moon、sun、earthは、‘唯一のものだから常識的にtheが付く’という説明の根拠は、明確ではありません。また、それはピーターセンが主張する「名詞にtheが付くというとらえ方は止めましょう」ということにも反します。学習者には、ネイティブの感覚に反し、冠詞の論理的一貫性が保てなくなる説を採用するメリットはありません。この唯一の例外的説明を除くと、冠詞を一貫した原理で、説明ができるということです。

 

 

 

【補充用例】

 

YouTubeで見る実例

 

おかあさんと夕陽を見ていたLittle Bearが家へけるときに太陽に向かって言ったセリフ

LIttle Bear"Good night, Sun. See you in the morning."

                      ――Little Bear | Up All Night

「太陽さん」と名前(固有名詞)を呼ぶように言っています。だから無冠詞です。