現代英語は、屈折を失った代わりに、語順と機能語によって文法性を示す言語です。前の記事では、英語が言語としての健全性を保つために、屈折を無視して、語順をコードとすることを書きました。語順の重要性は、一般的に、程度はともかく重要視されています。

 ところが、機能語によって文法性を示すという特徴は、ほとんど注目されていないと思います。

 

 ヘンリー・スイートは次のように記しています。

「形式語form-wordが意味を完全に失った場合、earthやroundのような意味語full-wordsに対して空語empty wordと呼ぶ。the earth is roundの中にあるtheisは、形式語に属していることは、簡単に分かる。」(しんじ訳)

     Hennry Sweet 『A New English Grammar』(1900: 22)

 

 意味語、空語は、今の言語学の用語では、内容語content words、機能語function wordsと言います。この記述にある文では、earth、roundが内容語で、the、isが機能語です。

 内容語は、意味内容がある語なので、「地球」、「丸い」を並べると、言いたいことはほぼ伝わります。それに対して、機能語は意味を失い文法化した語なので、the、isを並べても何の内容も伝わりません。

 

 英語の機能語は、限られています。例えば、a、the、in、at、this、those、any、it、you、will、mayなどです。これらの語群は、いずれも、もとのコアの意味が薄れ、文法機能を担っています。

 

 では、表題にある、一般動詞の疑問文に使うdoについてみていくことで、英語の文法の仕組みを科学しましょう。

 

 次のそれぞれでworkの品詞(文法的働き)はどうなるでしょう。

①   work  ② my work  ③ I work  ④ do work

 

 ①workは単語として単体では品詞を決定できません。他は、それぞれ、②名詞、③述語動詞、④不定詞(原形動詞)となります。これは、my、I、doなどの機能語が内容語workの文法性を決定していることを示しています。

 このように、助動詞とされるdoは機能語であることを確認しておいてください。

 

 今度は、文法を、言語の意味を読み解くためのコードととらえて、単語の品詞とコードの関係を確認します。

 2つのコードがあるとき、どちらか1つだけのコードをスタンダードにすることで、言語の健全性が保てます。両方をスタンダードにすると、ダブルスタンダードとなり解読不能になることは前の記事で示した通りです。

 では、単語にもともと文法性が備わっているというコードと、機能語が文法性を与えるというコードの関係を、それぞれ次の用例の下線を引いた斜体字の語で確認します。

 

用例1)You can have a go, Daddy Pig.

   「あなたも(モンスタートラックの運転)やってみれば、ダディピッグ」

 

用例2)Peppa, would you like to do the singing?

    「ペッパ、ボーカルをやってみないかい?」

       『Peppa Pig | Daddy Pig Drives a Monster Truck!』

 

 用例1では、goの品詞は名詞とされます。それは、機能語aがgoの文法性を決めていると考えられるからです。もしも、will goの型で使われていれば、不定詞(原形動詞)とされます。

 用例2では、singingの品詞は名詞とされます。それは、機能語theがsingingの文法性を決めていると考えられるからです。もしも、is singingの型で使われていれば、現在分詞(形容詞的用法)とされます。

 これらのことから、単語にもともと文法性が備わっているというコードは品詞(文法的働き)の決定には関与していないことが分かります。また、singingはsingの屈折形と取れますが、屈折というコードも品詞の決定には関与していないことが確認できます。つまり、現代英語は、機能語が内容語に文法性を与えるという文法コードをスタンダードにしているのです。

 

 単語にもともと文法性が備わっているのは、屈折言語であるラテン語の特徴です。例えば、ラテン語のamoは、直説法現在語幹am-と、1人称単数主語を示す語尾-oという2つの形態素からなる、「わたしは愛する」を意味する動詞です。 ラテン語は内容語が屈折して文法的性質を表す仕組みになっているので、単語単体で、品詞を特定できるのです。

 これに対して、英語のloveは「愛」という内容はありますが、文脈に入れない限り、品詞は決定されません。will loveでは不定詞、in loveなら名詞というように、機能語によって文法性が与えられるのです。

 現代英語は、その定義が屈折を失った言語です。つまり、英語の内容語は、屈折という文法性を表す手段を失ったのです。その代わりに、語順と機能語によって、内容語の文法性をコードとする言語として成立したわけです。

 

 内容語と機能語の分化こそ、現代英語の特徴です。英語の基底には、機能語+内容語というモジュールがあると考えられます。この型を別の言い方にすると、文法標識+無標の語ということもできます。

 例えば、I love、will love、my love、in love、to loveでは、文法標識 I、will、my、in、toがそれぞれ、無標の内容語loveの文法的性質を決めていると言えます。

 

 ここで、改めて、助動詞doについて考えてみましょう。

 

①   loved  ② did love

 

 このうち、①は、edという語尾の屈折によって文法性が示されているように見えます。しかし、このままでは、品詞は決定できません。I lovedの型で使われれば、動詞の過去形とされますが、have lovedの型で使われれば、過去分詞とされるからです

 つまり、lovedは、機能語 I+内容語 lovedあるいは、文法標識 I+無標の語lovedの型として見ることで、文法性が決まるのです。

 これに対して、②は、文法標識did+無標の語loveの型になっているので、loveは不定詞(原形動詞)であると決定できます。

 単語に備わった品詞とか、屈折は文法コードのスタンダードではないのです。現代英語は、文法標識+無標の内容語の型を文法コードのスタンダードにしているのです。

 

 次の英文のうち1―1)から4-1)までの左の4つの文について、英語の基本的な文はどれでしょう?また例外的な文はどれでしょう。

1-1)You love me.       1-2)Do you love me?

2-1)You are loving me.   2-2)Are you loving me?

3-1)You have loved me. 3-2) Have you loved me?

4-1)You can love me.  4-2)Can you love me

 

 これまでの見方にとらわれずに、まずは、ご自身で考えてみてください。

 

 

 では、英語話者の見方が分かる記述を紹介します。

 

「英文では述語動詞は主として助動詞が活用する。動詞の単純形が現在形、過去形に変化することができるのは、次のI love, I lovedだけしかない。その疑問文、否定文ではふつう助動詞doが活用し、動詞の単純形はもはや活用しない。その他のすべての文では、最も単純な型でも助動詞との複合型で、活用するのは助動詞であり、動詞の単純形は活用しない。」(しんじ訳) 

          Goold Brown『THE GRAMMAR OF ENGLISH GRAMMAR』 (517頁)

 

「英文ではすべての述語に迂言形が含まれる。見かけ上、迂言形が欠けている文であっても、迂言形のある型に置換できる。このことを、ポルッカ、ワイルダー、ケイバーは次のように主張する。英語の述語には、動詞の単純形(lexical verb)だけの文は無い。She likes dog. はShe [do] likes dog に置き換えた文と同じで、事実上、強意ではないdoが含まれている。」(しんじ訳)

 Ute Bohnacker『Reflections on dummy ‘do’ in child language and           syntactic theory』

 

注)迂言形とは、助動詞を含んだ型つまり機能語+内容語のことを指します。迂言とは回りくどいという意味。回りくどくない言語とは、ラテン語を想定しています。

 

 以上の記述から分かるように、英語のネイティブスピーカーは、do love、did loveのように、文法標識+無標の内容語を文法コードとして見ていると考えられます。逆に言うと、上の例文1-1)I love you.のような一般動詞の肯定文は、特殊な文として見ているということになります。

 規範文法では、動詞がlove、lovedのように屈折する一般動詞の肯定文を基本と想定しています。それは、屈折言語の特徴に合う文が、他にないからです。唯一屈折する文を基本とすれば、他すべての文は例外とするしかありません。動詞が屈折しない他の文は、相が違うとか、態変化したとか、構文だとか呼ぶことになります。

 

 英語の学習者が、一般動詞の疑問文でdoを使うことを不思議に感じるとすれば、それはラテン語文法の影響が大きいかもしれません。規範文法は、屈折を失った言語に対して、屈折をスタンダードとして記述していますから。

 英語のネイティブは、屈折をスタンダードとは見ていません。英語の基底に、do+loveという型があり、この型を文法コードとしてとらえているので、doを使う疑問文を自然に感じるのです。

 

 次の記事では、20世紀以前の文法書、マザーグースの歌、方言などから、ネイティブの深層にある助動詞doをとらえる感覚について取り上げています。

 

助動詞doは肯定・疑問・否定で体系をなす―強調のdoと迂言のdo | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 記事をご覧いただき、ありがとうございました。ご意見等ございましたら、是非、コメントをお願します。

 

 

【補足情報】

学校教科書の記述

The indicative mode simply indicates or declares ; as, ' I move ;' ' I do move,'*

『A systematic text-book of English grammar』1839