和製の英文法参考書には、辞書や語法書などに載っている基本的な表現がよく抜けていますが、中でも[助動詞+have+過去分詞]型の記述の偏りはなかなか是正されません。もっとも顕著なのはwill+have+doneが過去の推量を述べるという用法です。

 日本では大学受験を終えた人でさえ知らなかったりしますが、幼児向けのアニメにも出てきます。

 

1) Gorge, you forgot to close the door. Paulie will have flown away.

       『Peppa Pig’s Holiday in Australia | Family Kids Cartoon』

 (ジョージ、ドアを閉め忘れたのね。パウリーはきっと外へ飛んで逃げてるよ)

 

 ペッパたちが外出から家へ帰ってきて、玄関のドアが開いているのに気付いた場面です。パウリーは家の中で飼っている鳥です。ペッパは、ドアが開けっぱなしだったのを見て、鳥が逃げていったと思い、弟のジョージを責めているのです。will have flownは、過去のことを推量しています。

 

 この用例は、ESL用の学習用文法書『PEU』『GIU』には載っています。それぞれの記述を引用します。

 

 Will have+past participle refers to the past

    We can’t go and see them now ――they’ll have gone to bed.

 

       Michal Swan『Practical English Usage 3ed.』2005(616頁)

 

 to say that we think a past situation actually happened, we use 

 will have+past participle

     As it was cloudy, few people will have seen last night’s lunar eclipse.

 

        Martin Hewings『Advanced Grammar In Use 3rd Ed.』2014(32頁)

 

 過去の推量に使うwillは、我が国の辞書にも載っています
 

〚will have done〛きっと…しただろう(過去または完了した出来事に対する現在の推量を表す)

  She‘ll have left yesterday. 彼女はきっと出発しただろう

                                                              『ウィズダム英和辞典』2003

 

 このように、willが過去の推量に使われるのは、アニメや英米の参考書や日本の辞書には載っています。ところが20世紀後半の我が国の受験英語からはすっぽり抜け落ちていたのです。その実態がわかる記述を引用します。

 

この同類は全部で5種類あり、いずれも安心して過去だと思えるような専用過去形が欲しくなったために、助動詞+have+過去分詞として温存されているパターンです。私たち日本人英語学習者は、その重厚な形におびえながら熟語のように暗記します。

①   must+have+過去分詞  断定(~だったに違いない)

②   may+have+過去分詞  推量(~だったかもしれない)

③   cannot+have+過去分詞 否定の推量(~だったはずがない)

④   should+have+過去分詞 義務(~すべきだったのに)

⑤   ought to+have+過去分詞 当然(~すべきだったのに)

                        尾崎哲夫『超英語力』2003

 

 尾崎は、元予備校講師で、この著書を書いた2003年当時は大学の教員です。英語に関する著書も多数あります。上記のように、ここには「全部で5種類」とありますが、will+have+過去分詞が過去の推量を表すことが記載されていません。

 また、助動詞+have+過去分詞を「専用過去形」と呼んでいますが、これもおかしな説明です。will+have+過去分詞も同類ですが、未来の完了を表すことができます。同じく[may+have+過去分詞]も未来の完了を表すことができます。

 

[助動詞+have+過去分詞]は過去・現在・未来を表す場合があります。「安心して過去だと思えるような専用過去形」ではありません。

  may+have+過去分詞が未来の資料に使うことは、英米の学習参考書や我が国の辞書にも載っています。

 

 We use may / might (not ‘can’) + have + past participle to talk about possible events in the past, present and future:

    His maths may / might have improved by the time the exam comes 

    round. (future)

     Martin Hewings『Advanced Grammar in Use 3nd Ed.』2017

 

〚may have done〛〚現在・未来時における完了の可能性〛…して(しまって)いるかもしれない

 They may have gone out by now. 彼らは今ごろはもう外出しているでしょう

                       『ウィズダム英和辞典』2003

 

 ここに引用した『ウィズダム英和辞典』の序文には次のようにあります。

「この度、世に問う『ウィズダム英和辞典』は、企画段階からコーパス言語学の方法論を導入し、英米の辞書や参考書に多くを依存する英和辞典編纂法にも再検討を加え、最新の英語辞書額の成果を取り入れて編纂されたものである。これにより、日本の英和辞典はもとより、英米のESL/EFL辞典にも漏れていた多くの情報を盛り込むことができたと自負している。」『ウィズダム英和辞典』2003

 

 この辞書は、編集者の主観をできるだけ排し、コーパスデータに基づく編集をしたことで、「英米のESL/EFL辞典にも漏れていた多くの情報」を拾っています。だから、will+have+過去分詞が過去の推量に使われる用例や、may+have+過去分詞が未来の完了するという推量に使われる用例を載せているのでしょう。

 逆に言うと、当時の我が国の辞書や受験用英文法参考書の大部分は、幼児用アニメにも出てくる実際に使われる表現の実態をつかめていなかったのです。その当時の入試問題には次のようなものがありました。

 

【問】次の( )内に適するものを、ア~エの中から1つ選び出しなさい。

  The letter (   ) have arrived tomorrow.

       ア will   イ may   ウ can  エ might

 

 作問者は、正解を1つと想定していますが、(  )に適するものは1つではありません。少なくとも、辞書や文法書で認められている表現としては、下の3つは可能です。

 The letter will have arrived tomorrow.

 The letter may have arrived tomorrow.

 The letter might have arrived tomorrow.

 

 「明日手紙が届くか?」という見通しについての判断が、「確実」ならwill、「五分五分」ならmay、「見込み薄」ならmightを使います。少し考えてみると分かりますが、未来に起こることがいつも確実だなんて限りません。こ未来のことを予測するときに、実現可能性の程度に合わせて表現を選択するのは言語として自然なことです。
 逆に言うと、未来に完了するかどうかを述べるときに、will(確実)の一択というのは言語としては不自然です。明日おこることを言うのに、「きっと起こる」としか表現できないというのはおかしいでしょう。

 

 もちろん、程度を表す副詞を使うという手段はあります。そうであれば、学習者にそのような選択肢を示すのが学習文法の役割のはずです。ところが20世紀後半のEFL用の文法学習書およびそれに準じた和製の学習文法は選択肢を示していません。

 時制という単元で[will+have+過去分詞を未来完了と呼び、未来に完了する用法だけを刷り込みます。法助動詞という単元でwillを除いた[助動詞+have+過去分詞]だけを過去の推量と刷り込みます。これでは、学習者は表現の適切な選択ができなくなります。

 

 20世紀当時のEEL用の教育英文法書の文法記述について、言語コーパス(データベース(HUGE)は、1770年から2010年までの英文法と使用法ガイドの検索可能なコーパス)のデータなどから詳細に検証した論文があります。20世紀初頭に登場した科学的とも言われる文法書として以下の文献を挙げています。

 Nesfield『English grammar past and present』(1898)

 Sweet『A new English grammar, logical and historical』(1898)

 Kruisinga『A handbook of present-day English』(1931)

 Jespersenの『Essentials of English grammar』(1933)

 

 これら20世紀初頭までの文献と比較委して、それ以降の20世紀のEFL用の文法書の説明について記述しています。

 

「古い教科書では、willまたはshallを「未来時制」と見なし、他の選択肢(例えばgoing toや現在進行形)は、もしそれらが言及される場合でも、わずかに触れるだけだった。「未来時制」という言葉を使わずに未来形について語り、現在進行形やgoing toなどの形式をwillと同じくらいの重要としたのは、過去数十年のELTの記述の傾向である。

 各十年ごとの教科書における未来の取り扱いを見てみると、説明文における特定の単語やフレーズの選択が、時と出版物を通じてほとんど変わらず‘echo’「反響」していることが分かる。禁止する規則は繰り返し、書籍から書籍へと現れ、それが頻繁に印刷物に現れる事実だけで真実と見なされている」(しんじ抄訳)

 Graham  Francis  Burton『The canon of pedagogical grammar for ELT: a mixed methods study of its evolution, development and comparison with evidence on learner output』2019

 

 このwill、shallを中心とした「未来時制」から、will、going toを中心とした「未来を表す表現」というEFL教材の変化は連鎖的におきたのです。それと同時に、誰かが創り出した、20世紀の初頭には無かった文法規則の説明や用例を、他のEFL用文法教材の著者たちが次々に真似て、echoのように多くの類似した出版物が現れたのです。

 

 この文法記述のechoは我が国にもそのまま響きます。1987年(昭和62年)の中学校学習指導要領が採用していたNesfieldの3時制モデルに基づく「未来形」を、1993年(平成5年)には廃止して「未来の表現」に改めます。その後、教科書はもちろん、学習用参考書も指導要領に準じて記述を変えていきます。

            大村 吉弘『英語に未来時制はあるのか』2021

 

 それは、世界大戦を挟んだ時代であることを考慮すると、戦後の欧米追随という日本社会の風潮も影響したでしょう。追随する産・官・学は、EFL教材が発した未来に関する文法記述のechoをそのまま取り入れていきます。

 

 「willはその場で決めた予定、be going toは決まっている予定」とする教科書はこうして、実際に使われている表現を無視して教科書に載ることになります。この記事でも取り上げていますが、youTubeなど世界中で配信されている良質の幼児対象のアニメを見れば事実は分かるはずです。一例挙げておきます。

 

(玄関の呼び鈴が鳴って)

Mom “Oh, I'll get it.” “Goodness. Look at that!”

Ruby “What's that?”

Mom “It's a package from Grandma.”

Max “Is it for us?”

(Rubyが荷物に添えられた手紙を読む)

Ruby “For max and Ruby”

Max  “Yeah!”

Ruby “Do not open until I arrive. ”

Max “Uh…?”

Ruby “It's a surprise.”“Love Grandma”

Mom “That's right. She is coming from her trip today.”

Ruby “I love surprises, don't you, Max?”

Max “hmm…”(Maxが荷物を開けようとする)

Ruby “Wait Max. Grandma loves surprising us. We don't want to

     disappoint her, do we? ”

Max “No.”

Ruby “Good. Now I'm going to make a thank you card.

                 『Max and Ruby Episode 79』第1話

 

 送られてきた荷物がおばあちゃんからのサプライズプレゼントだと知った場面です。そのお礼のカードを書くことが「決まっている予定」のはずはありません。このように、「その時決めたこと」をbe going toで表すことは、ふつうにあります。

  (用例の出典を示しているので、youTubeでご覧になるとよくわかると思います)

 

 20世紀の初頭以降にechoのようにを類似の文法記述が広まる現象について、Burton2019では、ELT(English Language Teaching)出版における文法教材の内容に関する10人の主要な関係者へのインタビューをしています。

 

インタビューを受けたELT専門家たちは、文法の内容と順序に関する強力な合意が存在し、それを尊重する必要があり、成功した競争タイトルに従う必要性、市場調査とユーザーの期待の重要性、学校や国の機関の影響、商業的なリスクを回避するためにコンセンサスと期待から逸脱しすぎない、としばしば言及した。

 

  実態に反するルールが真実であるかのようになっていく様は、「状態動詞進行形の禁止」が広まっていく過程を詳細に調べた樋口論文と全く同じです。「状態動詞」なる言葉ができたのは20世紀後半であるとする点も同じです。

 また、このような出版競争によって「根拠がない化けものルール」が生み出されていくことは、言語学者のピンカーも指摘しています。「単数のthey、分離不定詞などの使用禁止ルール」などの例を挙げています。

 このブログで取り上げた「someとanyを文の種類で使い分け」も20世紀のfawler'sの第2版の改悪から広まっています。

 

 これらの文法ルールはいずれも欧米では、近年見直されています。そこで分かったことは、これらの使用禁止された表現は、禁止された20世紀以前には、文法書などでも取り上げられ、実際に使われているということです。もっとも近年ではyouTbeで公開されている幼児対象のアニメなどでも見ることができるので、ルールの真偽は誰でも確かめることができます。

 

 will+have+doneが過去の推量を示す用法は、これらと同様に20世紀初頭の文法教科書や辞書には載っています。

 

The Future Perfect ― This sense denotes the completion of some event (a) in future time, (b) in past time. 

(a) He will have reached home, before the rain sets in.  (The reaching of home will be completed, before the setting in of rain commences. 

(b) You will have heard (must have heard in some past time) this news

  already; so I need not repeat it.

  John C. Nesfield『English grammar, past and present』1898(167頁) 

 

 (b)のように、過去時に使うことを明記しています。このNesfieldの文法教科書は20世紀初頭には教材として広く使われていました。我が国の大正時代の辞書にも載っています

 

多分、大方、確か。He will (=may or must)have forgotten me, it is so long since we met. 彼には久しく逢わないから僕を忘れたらう。

 

             斎藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』1918(1542頁)

 

  辞書の斎藤秀三郎は Nefieldから「時制」「文型」などの基本を取り入れ、今日の学習英文法の根本的なとらえ方になっています。

 ところが、その後未来時制の記述を変えていった同時期に、willの用法を載せないEFL向け教材が多数登場します。

 

「Contemporary coursebooks tend to ignore the pragmatic uses of the future continuous (to make polite enquiries) and the future perfect (to talk about assumptions about the past). This appears to deprive learners of some useful additional functions of the grammar they are studying.」(Burton2019)

 

 ここに述べられている通り、未来進行形がwill be -ingの丁寧さを示す表現と並んで、未来完了will have doneが過去の推量を表す表現が無視されて、テキストから消えます。まさに、役に立つ文法機能が失われたわけです。

 結果として、今日の日本の学校英語に影響が残っています。まったく同じ型の[法助動詞+have+過去分詞]のうち、willだけを未来完了とし、その他を助動詞を過去の推量とするいびつな体系は、こうして創られたのです。

 

 英語に未来時制があることを認めるかどうかという論争は、少なくとも標準化が始まった18世紀にはありました。その是非はともかく、willを未来時制と位置付けるために、他の法助動詞と過度に区別する体系には問題があるように思います。will以外の法助動詞+完了の型を専用過去形だと誤解するのは、その弊害の例です。

 現代英語は、動詞形の変化形によって、時間timeの違いを示せない言語です。だから[will/may/might+have+過去分詞]は、それぞれ推量としての確信度は異なりますが、過去・現在・未来のどの時間timeについて述べることができます。
 

   21世紀に入って出版された文法書CGCL2002は、ESL向けの学習書などの記述について「規範文法家たちの文法書が示す規則には、大多数のネイティブスピーカーが実際に使っている言語の用法に全く基づいていないものがある。」 と主張しています。

 過去、現在、未来を時の直線上におく見方を、伝統的文法と呼んで切り捨てています。willはmayなどと同じ法助動詞で、英語には「未来を表す表現」は存在しないと明言しています。そのため、will have doneが過去の推量を表す用法を、willは未来を表すわけではないという根拠として繰り返し挙げています。

 それがわが国の学習英文法に反映されるのは、いつになるのでしょうか。もう20年はたったのですが。

 

 CGCL2002を支持することを表明する英文法書では次のように記述しています。

 

 The agent will have booked the ticket.

 [model+perfect HAVE+lexical verb]

      Bas Arts『Oxford Modern English Grammar』2011

   

 バス・アーツは、willを未来futureとは呼ばずに、法動詞modelと呼んでいます。willはmayなどと同じ法動詞で、未来を表す表現であることを認めていないのです。

 

 実際、willもbe going toも含めて同じような歴史的変遷をただってきた法助動詞相当語句です。それらは、根源的な意味から文法化(意思・義務など)、主観化(推量)、意味の喪失(未来性)するという共通点があります。だから、未来として他の法助動詞と切り離すより、同じ法として文法化の進展をもとに体系さすればきれいに用法が収まります。

 実際に使われているwillを過去の推量に使う用法を排除することに何のメリットもありません。現行英文法は、言語が変化するものであり、その変化の法則をもとにすっきり体系化できるという発想が無いのでしょう。学習文法の大きな利点は、表現をすっきりした体系として示すことにあります。

 情報環境をフルに活用した英文法の実証的研究は、まだ始まって数十年ほどです。我が国の学習文法は海外のechoの末端にいる必要はありません。世界に先駆けて科学的な知見をもとに、できるだけ例外を創らない体系的学習文法に構築をすればいいのではないかと思います。

 

 

 

【補充用例】

YouTubeから

 

Rebecca: “Daddy, did you see the easter bunny. ”

Father:    “No. But I'm sure the easter bunny will have been by now”

Mother:  “Do you think the children can start looking for the eggs yet?”

Father:   “Yes, I would say so.”

                   ――Peppa Pig | Easter Bunny

「パパ、イースターバニーを見た?」

「いいや。でも、イースターバニーはもう来ていると思うよ。」

「 子供たちはもう卵を探し始めてもいいと思う?」

「はい、いいと思うよ。」