many、much、few、littleなどの語は「たくさん」とか「ほとんどない」といった不定の数量を表します。これらの語は文の種類で使い分けるという説明を聞いたことがありません。

 anyもsomeも、これらと全く同じく不定数量を表します。ところがこの2語だけが長らく特別扱いされて、他の不定数量を表す語とは異なる説明がされてきました。今回はこの謎を読み解いていきます。

 

 まず、従来の文法説明を確認しておきましょう。ベネッセの2022年現在のホームページには、次のような記事があります。

 

anyとsomeの使い分け【形容詞・副詞】

中学生からの質問:anyとsomeはどんな意味で使うのか、使い分けが分かりません。

進研ゼミが回答します:

①   anyは(疑問文)や(否定文)で使われ、someは(肯定文)で使われます。

②   someは、疑問文や否定文ではanyに置きかえます。

③〔疑問文〕でも人にものをすすめるときや、yesと答えることが予想される場合には、someを使います。

  chu.benesse.co.jp 『進研ゼミ中学講座』2022 の記事より  

 

 事実として、anyもsomeのどちらも肯定、否定、疑問の各文で使われます。回答①から漏れている、肯定文で使われるanyと、否定文、疑問文で使われるsomeの用例を、引用しておきます。引用先は、いずれも幼児から見ることができる子供を対象とした映像作品です。

 

1)Don’t worry, son.  Airplane restrooms are designed to avoid any 

  turbulence.

               『Wolfoo’s Family Fun Vacation Trip』

  「心配しないで、ぼうや。飛行機のトイレは、どんな乱気流でも回避する 

   ように設計されているのよ。」               

 

2)Ah, some things don’t change.

                     『Timothy Goes To School : Small Change』

  「おや、変わらないものあるのね。」

           

3)Do you need some help, Too-tall?

                  『The Berenstain Bears: White Water Adventure』

  「手助けが必要かい、Too-tall君」        

 

 any、someは基本語ですから、1話十数分の映像作品(YouTubeで見ることができます)の中に数例は出てきます。100本ほど見れば、数百用例は収集できます。多いものでは、『The Berenstain Bears: White Water Adventure』1話十数分の中に、15用例ありました。その内訳は、anyの肯定3例、否定4例、疑問1例、someの肯定1例、否定3例、疑問3例です。このうち、ベネッセの回答①に当てはまるのは計6例、当てはまらないのは計9例でした。

 実際に文脈の中で使われる用例を1つ1つ精査すれば、文の種類は結果として使われる傾向があるだけで、使い分けの理由は他にあることが分かりました。anyとsomeを文の種類で使いわけるというのは基本どころか、単なる因果の取り違えです。

 では、anyとsomeの真の使い分けの理由を明らかにしていきましょう。

 

 anyの語源はチュートン語(ドイツ語や英語を含む語派)の「1つ」という概念に関係します。19世紀の辞書Noah Webster(1758-1843)『Noah Webster’s complete dictionary of the English language』には、anyの語義の1つとして、「1.One out of many, indefinitely」(61頁)とあります。つまり「1からたくさんまで、限りがない」ということです。

 anyは「1つ」という数量を基にして「どれ1つとっても」というコアをもつのです。このコアが最も重要なところです。「どれ1つとってもあてはまる」ということは、結果としてすべての自然数を意味します。それを量に置き換えると「少しでも」というような意味になります。

 

 一方、不定数量を表すsomeのコアは多くも少なくもない数です。言い換えると十分な数量とか適当な数量を表すということになります。このように、anyとsomeは表す数量が全く異なる別の語であると明確に意識することが重要です。

 

 違いを明確にイメージできるように模式的に、この2語を不等式で表してみます。

anyはすべての自然数、少しでもという量なので、any>0と表せます。またsomeは多くも少なくもない量なのでmany>some>fewで示せます。

  この2つの不等式を比べてみます。

                           any      >0

           many>some>few>0

 このように比べてみると、anyは自然数でいうとoneからmanyまでを含みますが、someはmanyやfewを含まないことが分かります。量を表す場合は、many、fewを、それぞれmuch、littleに置き換えることができます。

 

 この2語はどちらも不定数量を表しますが、おのおのがそれ自体で完結した語です。anyの方が、比較的使い方が明瞭なので、先にコアをおさえます。以下、シナリオのある映像作品から採った用例をもとに確認していきましょう。

 

4)“Would you speak a little louder, please?” 

    “I can’t speak any louder.” 

                                           FEATURE FILM 『Charade』1963

     「もう少し大きな声ではなしてもらえますか?」

  「ちょっとだって無理です。」

                         

 用例4は、映画『シャレード』の一場面で、主演のオードリー・ヘップバーンが身の危険を感じて、電話ボックスに身をかがめながら助けをもとめたときのやり取りです。ヘップバーンが小声でしゃべるため、電話を受けた人はa little(少し)だけ大きくしゃべるように頼みます。身の危険を感じているヘップバーンは、少しどころかany(ほんの少しでも)無理と返しています。

 この状況では、もっと大きい声は、当然、無理です。実際にこの後、命を取られそうになったのです。つまり「大きかろうが小さかろうがとにかくダメ」ということです。結果としてany>0を意味することが分かります。 

 

5)Adam: “You can eat anything you want and …”  

     God: “Not quite” 

                                             『The Beginner’s Bible |The Creation』

      アダム 「ほしいものはどれでも食べていいよ。それから…」

      創造神 「全部ではないぞ」 

                                             

  用例5は、アダムがイブにエデンの園のルールを教える場面です。アダムが欲しいものがあれば「どれでも」食べていい……と言っている途中で、創造神が「全部ではない」と訂正します。エデンの園には、食べてはいけない木の実が1つだけあります。anything「どれ1つとっても」というのは違うと言ったのです。anythingは「1つの例外もなくすべてのもの」を表していると分かります。

 

 anything、anyone、anywhere、anywayなどanyを含む複合語でも表す意味は、「何でも」「だれでも」「どこでも」「とにかく」……「1つ残らず全部」ということになります。someとの違いを確認すると、anyの表す範囲は、1を含むということです。

 

6)I’ll call you if anything changes.  『Tulsa(2020)』

  「どんな小さなことでも異変があれば、必ず連絡しますよ。」

 

 交通事故にあって入院した娘につっきりの父親に、看護師がかけた言葉です。anyを選択することで、「どんな小さなことでも」異変があれば連絡するからと言って、とにかく休むよう促しています。もちろん、大きな異変は知らせます。

 

 ここでもしsomethingを使うと、小さなことなら知らせないことになります。someにはlittle(小さな)は含まないからです。if something chagersという表現では、父親は安心して休めないでしょう。この言葉の選択に、声をかけた看護師の思いやりが現れています。

 

 このように映像作品で使われる用例を1つ1つ丹念に調べ上げているのは、字面だけのコーパス(言語データベース)では、人の細やかな心情などがくみ取れないからです。人は、状況に応じて適切な言葉を選択して伝えたいことを表現します。文法説明とは、適切な表現の選択の基準を示すことに尽きると思います。

 

 改めて、anyが一貫した原理で使われる語であることを論理的に考察しておきます。

 「文の種類によって使い分ける」という従来の文法説明で外されていた、肯定平叙文で使われるanyは、そのコアを示す典型的な用法です。「どれ1つとっても」ということから「数の大小にかかわらずとにかく有る」ことを表します。その表す数量は不等式を使うとany>0と示すことができます。この範囲をもとにすると、否定の意味へと自然に導けます。

 左辺を否定するわけですから、右辺の0が残ります。だからnot any=0になるわけです。「どれ1つとっても~ない」、「1つとしてあてはまるものは無い」と考えても同じです。肯定のanyは「(数の大小にかかわらず)とにかく有る」ことを意味し、それを全否定するから、否定文で使われるanyは「1つも無い」「全く無い」ことを意味するのです。

 

 anyが表す数量を明確に意識すると、その肯定と否定から、疑問文の意味することへ自然と導けます。肯定のanyは「(とにかく)有る」ことを表し、否定は「1つも無い」ことを意味します。だから、anyかnot anyかを尋ねる疑問文は、「有るか無いか」を尋ねる表現となります。その答えは、大小にかかわらず1つでもあればYes、1つもなければNoとなります。

 

  anyは、その表す数量「どれ1つとっても」をコアとする一貫した原理で、肯定文、否定文、疑問文で使われます。「ベネッセの回答②someは、疑問文や否定文ではanyに置きかえます。」は、論理的にも不合理で、言語事実とも整合しません。だいたい、not a littleはa littleの否定、not XはXの否定です。not anyは anyの否定に決まっているでしょう。someを否定するとanyに置き換わるなんて、英語はそんな不合理な言語ではありません。

  anyを使う理由は、その表す数量を基にしたコアに基づくもので、文の種類は結果的に使われているのです。ベネッセの回答は結果である文の種類を、使い分けの理由と取り違えています。因果を取り違えた‘使い分け’は多くの‘例外’を生みますそれを基本と教えられた中学生は、将来、実際に使われている英語に接して戸惑うことにしかなりません。

 

 良い文法説明とは、雪玉づくりの始めのコアのようなものだと考えています。文法は最低限、まず始めのコアをしっかり固める。あとは学習者が、実際に使われる生きた用例にあたり、雪の上を転がすように、どんどん吸収して、大きくしていけばいい。

 いつか、包括的な文法書として仕上げる時が来たら、解説は簡便なものほどいいと思っています。一般向けの文法書を想定すると、anyは下のような簡便なモデルで十分です。 

【数量を表すanyのコア「どれ1つとっても」】

肯定any>0(有る)  否定0(無い)  疑問any or0(有るか無いか)

 

 100年以上前に刊行されたわが国の辞典は、anyのコアをよくとらえています。一部を抜粋して引用します。(ネット上のarchive orgで検索すると閲覧できます。)

 

any【有無を尋ぬる不定代名形容詞】幾らか、多少(有るか無いか)。数量観念を含む名詞に伴へば数量の有無を問い、数量観念を含まざる名詞に伴へば其物の有無を問ふ。

…【単数普通名詞に伴ふ“any”は疑問、条件、否定、及び肯定に用ふ】(42頁)

                  斎藤秀三郎『熟語本位 英和中辞典』(1918)

 

 疑問文は「有るか無いか」を問うと、本質を的確にとらえています。また、anyを独立した語として扱い、疑問、条件、否定、肯定に用いると明記しています。

  わが国の学習英文法の生産者あるいは輸入業者は、先達が創った優良製品を捨て、「大多数のネイティブスピーカーが実際に使っている言語の用法に全く基づいていない、規範文法家たちの文法書が示す規則」(Huddleston2002)を輸入してしまったのです。

 

 この2語の違いは、否定文で比較すると、よく分かります。次の記事では、否定文で用いられるanyとsomeを取り上げます。