<血盟ニュルンベルグの地下の牢獄にて>

 

「まずは、あの弓兵の弓を・・」
沙羅夜(サラヤ)がパックラを抱えるようにして、
立ち上がろうとしたとき、

「うぉぉぉぉ~!」

と、後ろで悪豚卑(アントンヒ)の大きな叫び声が聞こえた。

沙羅夜が振り返ると、悪豚卑が巨大な鋼鉄の車輪を
両手で持って振り回しながら、突進してきた。
沙羅夜の後ろにはパックラがいる。逃げられない。

「ゴッッッッ----ン!」
沙羅夜は、パックラを身を挺して背で守り、
胸の前で短剣を両手で握り、渾身の力で車輪を食い止めようとしたが、
悪豚卑の怪力にパックラともども、後ろの壁に吹き飛ばされた。
沙羅夜の短剣がはじかれて転がる。

沙羅夜は壁に激突して、パックラの上に仰向けで崩れると
肉体に著しい損傷をうけて、白目をむいて意識が遠のいていく。
パックラは、軽傷だったが沙羅夜の身体の下敷きになって動けない。
『沙羅夜さん!』パックラが心の中で叫んだ。


「うぉりゃぁぁぁ~!」
悪豚卑の顔全体には、血管が浮かびあがり、
仰向けになっている沙羅夜の首を斬り落とそうと、
頭上に鋼鉄の車輪を振りかざした。

と、そのとき、風華夢(フーカム)が沙羅夜の前に
飛び込んでくると、自分の剣を抜いて、
悪豚卑の喉元に、力一杯に突き立てた。

 

「グッーン!」
早い。急所に寸分の狂いもなかった。

しかし、悪豚卑は、喉元に細い剣を突き立てたまま、
太い首を前面に突き出した。

「プピーン!」
風華夢の細い剣の上身(カミ)部の中央あたりで
折れて落ちた。


風華夢は、悪豚卑の皮膚が固いことは知っていたが、
外部からの打撃で、のどぼとけを粉砕することができると考えていた。

・・・が、その考えは甘かった。

 

風華夢は折れた剣を捨てると、意識のない沙羅夜(サラヤ)と

パックラの身体をつかんで、後方へ力任せに引きずって、

悪豚卑からひき離した。
 

風華夢たち3人は、前面の悪豚卑と、後方の弓兵2人に挟まれた形となった。

風華夢は、武器が無いので、沙羅夜が落とした剣を探して、
あたりを見渡していると、自分を見ているパックラと目が合った。

「これは、かなりの劣勢ですね」と、風華夢が微笑んでみせた。

 

(なんだ、この人は?)
パックラは、メインの大弓を持っていなかったこともあるが

四天王の沙羅夜ですら敵わなかった悪豚卑を前にして、

この人は武器もなく、2人を守りながらの、

これ以上ないほどの最悪の窮地だというのに、余裕すら感じた。
 

風華夢が肩越しに後ろをみると、弓を構えている兵がみえた。

「これしかありませんね。サラ、怒らないでください」

風華夢が、沙羅夜の足に突き刺さっている矢を握りしめた。

そして、静かに目を閉じた。

まるで天使の羽ばたく羽音(ハオト)でも、聴いているかのように………。

 


悪豚卑がわめきながら、巨大な車輪を振り回して突進してきた。

 

「グゴリャァァァ~!」
完全に正気を失っている。2人がいるので風華夢は逃げられない。

と、その時、悪豚卑の攻撃に合わせるように背後の弓兵も矢を放った。

風華夢は、間一髪、身体をそらして1本の矢をやり過ごすと、
後ろから飛んできたもう1本の矢を、振り向きもせず素手で掴んだ。
矢の先端は、あと数ミリで、風華夢の耳元に突き刺さっていた。

風華夢が顔を上げると、突進してくる悪豚卑が目前まで迫っていた。

鋼鉄の車輪が直撃すれば、風華夢の軽装では一撃で絶命することがみえていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<アデンのクルマ山付近にて>


ヴィシュヌと白楓は、ニュルンベルグの兵と戦っていた。
獣の引き狩りで鍛えた足で、2人は常に動きながら攻撃をしている。


ヴィシュヌがスリープやスローで敵の動きを止めて、
さらに、敵の防御力や攻撃力を下げるBUFFを使う。
そこへ火力のある白楓が、攻撃の範囲魔法を叩き込む。


最強の龍神鬼の兵たちとも、互角以上の戦いを行っていたが、
それでも、ここまでで2名の兵を倒すのがやっとだった。



そのころ、龍神鬼と、無謀な直接対決をしている
レイジはというと、・・・・・・

 



叩いて、叩かれると後ろに下がりながら、
回復ポーションをゴクゴク呑んで、
HPが少し回復すると、
また、叩きに行くのを繰り返していた。

これは、レイジが自分より強いモンスターと戦う時の常套手段であった。

 『龍神鬼が328のダメージを与えました!』
 『レイジが8のダメージを与えました!』




 『龍神鬼が332のダメージを与えました!』
 『レイジが8のダメージを与えました!』



 『龍神鬼が316のダメージを与えました!』
 『レイジが8のダメージを与えました!』



しかし、その戦力差は、悲しいくらいに圧倒的であった。
 ◎レイジ(L57) [最大HP]1800 [武器]両手剣(Dグレード)
 ◎龍神鬼(L83) [最大HP]3100 [武器]大型斧(Aグレード) 



「ガツーン!」
龍神鬼の容赦のない攻撃が、レイジに当たった。

 

 『龍神鬼が322のダメージを与えました!』

 

残HP(体力)454。レイジがよろけた。
「ヤベぇ!」
30個あった回復ポーションも、残り1つになっていた。


レイジは、龍神鬼に背を向けると逃げ出した。
ヴィシュヌと白楓の脇を(何か叫びながら)すごい勢いで走り抜けた。

逃げ足が早いw

 

「レイジ!」
白楓が逃げるレイジに気がつくと、ヴィシュヌに目配せをした。

レイジが手薄になっている敵兵に向かっていく。

それに気が付いた、近くの敵兵が槍をもって、

レイジを追いかけようとしたところへヴィシュヌが範囲魔法を唱えた。
一瞬で、追いかける敵兵の動きがスローになった。

レイジが、動作のノロい敵兵をうまくかわして、

ゾドムの森へ走っていくのが見えた。だが、そこには・・・・・


「レイジ、説明書読んでるよね?」
と、逃げていくレイジの背を見ながら、白楓がポツリといった。

「無理じゃね」ヴィシュヌが首を振る。


2人は、レイジが龍神鬼にやられる前に、自らモンスターに飛び込んで

逝くこと(重傷判定)を狙っているのではないかと、一抹の不安があった。

(それ、完全にシムから・・)

《ルール》
 狩りなどのモンスターだけの攻撃で逝った場合は、重傷扱いとなり魔法やスクで復活ができるが、
 対人攻撃で逝ったり、対人攻撃の傷を負った状態で、モンスターに倒されると死亡となる。



そんな不安なレイジを、さらに敵兵が追いかけようとしたときに、
 

「追うな!まずはその二人からだ!」
と、龍神鬼の声が響いた。



範囲魔法は、MP(魔力量)を著しく消費する。
レイジの急場凌ぎとはいえ、計算外のMP消費は、
2人のリズムを大きく崩すことになった。

 

ヴィシュヌと白楓のMPも底を付きかけていた。
さらに、龍神鬼まで、2人へ向かってきている。

 

 

レイジが助けを呼んで戻ってくるにも、FREEDOMの拠点は離れてすぎていた。
・・・・ふたりは、はじめて死を覚悟した。


「レイジ、生き残れよ」
それが、2人が犬死にならない、一縷の望みであった。

 

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