「感情がない」なんて嘘なんじゃないか?と思っていた | 淡路島のカメラマン・清水翔平

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淡路島を拠点に活動するカメラマン・清水翔平のありのままの日常を綴ったブログです。

今日は

「『感情がない』なんて嘘なんじゃないか?と思っていた」

というテーマでお届けします。

 

 

昨日8月22日、博多で

メンターの亀井弘喜さんと、

「2040さん」という方の

コラボお話会の撮影をさせていただきました。

 

 

2040さんという方のあり方は

僕が実際に知っている方の中では

限りなくヨガ哲学的な生き方を

していると感じる方です。

 

 

2040さんが繰り返しお話しされることの中に

 

「プラスやマイナスの感情を取り払う」

 

というお話があります。

 

 

僕はここ最近、

自分の感情の揺れ動きの幅が

以前に比べて小さくなってきた感覚があります。

 

 

 

2040さんは、

「感情がない」というふうにおっしゃるのですが、

僕は最初これを聞いた時

 

「それはさすがに嘘なんじゃないか?」

 

という感想を抱きました。

 

もしかしたら

お話会に参加されていた多くのお客さんたちもまた

同じ感想を抱いた方も多かったかもしれません。

 

 

 

けれど最近は、

ヨガ哲学について学び、

ヨガのマスターのあり方を学ぶにつれ、

 

「そういう段階はどうやら存在するみたいだ」

 

というふうに感じています。

 

 

 

2040さんは、

泣くこともないとお話ししていたのですが、

 

 

 

僕自身はとても泣くことが多い人でした。

 

特に会社を辞めて起業してからは、

蓋をしてきた感情がしっかり表に出るようになり、

 

プラスの感情でもマイナスの感情でも

大きく感情がふれることがとても増えて

 

かなり頻繁に泣くようになっていました。

 

 

 

強い喜びを感じる体験も

とても辛い気持ちになる体験も

 

 

どちらも増えた感じでした。

 

 

 

そして、

たくさん泣ける人生の方が豊かな人生だと

どこかで思い込んでいました。

 

 

あの時はあの時で

生きているという実感が得られたし、

とても人間味があって

映画の中を生きているようで

 

「これが人生の幸せなんだ」

 

と思っていました。

 

 

 

けれど最近は

泣くようなこともほとんどなくなってきました。

 

感情がマイナスやプラスにふれる

その振れ幅が

以前に比べてとても小さくなった感覚なのです。

 

 

おそらくヨガ哲学の本を読み始めて

エゴの手放しを意識的にするのに連動して

顕著に感情の振れ幅が小さくなってきたように感じます。

 

 

日々、自分のエゴに対して自覚的になり、

瞑想的に生きるということを

実践していけばいくほど、

 

 

それは加速していくように感じています。

 

 

それは、

感情が麻痺しているのとは

違う感覚なのです。

 

 

 

さまざまな感情を抑え込むために

頑丈な蓋を作ってきたのなら

 

それをどこかのタイミングで外してあげる体験は

多くの人にとって健全な

成長段階の一つだと思います。

 

 

 

けれど、

さまざまな感情を

大げさに感じ尽くす段階を経験し、

 

今度は反対に

ドラマに入り込む自分を俯瞰して

そこから離れる訓練をしてみて

 

 

今、どういう感覚かというと

 

 

感情が不必要に揺れ動かなくなった今の方が幸せな感覚があるのです。

 

 

 

例えば、

僕は前の奥さんと離婚して

2人の愛しい子供たちとも離れ離れになりました。

 

 

 

最初の頃は

子供たちと離れ離れになるということに

 

悲しみや罪悪感の感情が

とめどなく溢れてくることもありました。

 

 

涙が溢れてきて止まらなくなったことも

何度もありました。

 

 

 

僕の両親からも

マイナス感情の乗った、

僕を非難するような言葉を

たくさんかけられました。

 

両親を含めた「外側の人間」による

極端にマイナスに偏った捉え方に対して

強い憤りを感じることもありました。

 

 

 

けれど今の感覚は、

「これで大丈夫だと知っている」

という感覚に近づいてきている気がします。

 

 

 

父親が傍にいないなら、いないなりに

きっと彼女たち自身の力で

幸せな人生を歩んでいくであろう

ということが

 

頭でそう捉えようとせずとも

分かっている、という感覚があります。

 

 

仮に、辛い人生経験をすることになるとしても

それはそれで

彼女たちが自分で選ぶことだということもまた

分かっています。

 

 

「すべては予定調和であり

自分で設定してきた

完璧なシナリオの中を生きている」

 

 

それが分かればわかるほど

感情というもの自体が

あまり出なくなっていく。

 

 

エゴを手放して行った先に

感情が出なくなるのを経験するなら、

 

それは

健全な成長の結果として

捉えられるのではないかと思います。

 

 

そういう世界観があるということを、

実際にそういう世界観で生きている

2040さんという実在する方を通して知れたことは

 

とても大きな学びでした。

 

 

お話会の撮影で感じたことを書いてみました。

 

 

今日も素敵な夜をお過ごしください。

 

博多で撮影したお話会の一コマ。