関門海峡百話、東洋一の関門橋 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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東洋一、世界第十位

関門海峡にかかる夢のかけ橋とうたわれた関門橋の開通式は、昭和四十八年十一月十四日、大安の日である。そして当面の自慢が、中央径間長七百十二メートル(全長千六十三メートル中央径間長で比較する)の東洋一の長大吊橋ということである。

東洋一といっても世界で第十位であってみれば、そのことだけにあまりすがりついていることも考えようではみっともない。もっと橋をとりまく景観、海峡も含めての眺望のすばらしさ、新しい交通体系の開幕ということにこそ喜びと自信を持つべきであるかもしれない。

ところで世界第一の長大吊橋といわれるのは、アメリカのベラザイナローズ橋、中央径間長が実に千二百九十八メートル。しかも完成年が一九六四年、関門橋より九年の先輩である。次いでゴールデンゲイトの千二百八十メートル、マキナックの千百五十八メートル、以上三位まではいずれもアメリカ。

第四位が、関門橋よりもわずか一カ月ばかり早く完成したトルコのボスブォラスで千七十四メートル。第五位がジョージワシントン(アメリカ)の千六十七メートル、第六位サラザール(ポルトガル)の千三十七メートル、第七位フォース(イギリス)の千六メートル、第八位セバーン(イギリス)の九百八十五メートル、第九位タコマナローズ(アメリカ)の八百五十三メートル。

そして関門橋が第十位というわけである。また、ベネズエラのアンゴストラ橋が関門橋と全く同じ長さ、中央径間長七百十二メートルを持つのも面白い。ただし、この橋が完成したのは一九六七年、関門橋よりも六年早いことになる。

この十位の中での時代順ということになれば、ジョージワシントン橋が最も早く、一九三一年、関門橋よりも四十二年早いのである。だが、そのことで失望する必要もない。日本の架橋技術もこの関門橋によって世界に追いつき、やがて輝かしく出現する本州四国連絡架橋によって、世界をリードして行くことになるのである。

いずれにしても、海峡の空に橋が架かる。それは、私たちの夢を託した、一つの現実的な虹なのであろうか。

(関門海峡百話 清永只夫)



(彦島のけしきより)