中国語の起源 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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日本語の起源の研究に中国語などとの混淆説があるが、現代中国語の起源はどうであろうか?

英語などとよく似て、日本の高等学校でも習う漢文もそうだが、主語・動詞・目的語(SVO)の文法で孤立語となっている。これに対し、日本、韓国、シベリヤなどの北アジアは主語・目的語・動詞(SOV)にテニヲハを付けた文法で膠着語となっている。

どうも、中国語を喋る漢民族は今から3000年前頃に中原(黄河中下流域)に北西方向から侵入してきたと言われ、英語などのインドヨーロッパ語族の様な主語・動詞・目的語(SVO)の文法で屈折語から分化した一派が東アジアに飛び込んで来たのかも知れない。


参考

① 中国語と欧州語(参考)

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中国はオリエント世界と地続きであるため、欧州言語と中国語(日本語中の漢語)で共通の語源を持つと思われる言葉は、日本語どころではなく、数限りない。

たとえば、印欧祖語で食べ物を表わす「pa(パー)」。ラテン語では「pater(パーテル)」(食べ物を取ってくる者、父)、ドイツ語でVater(ファーター)、英語でfather(ファーザー)と変化した。これが中国に移入され、「フー(父)」になったと考えられます。ちなみに韓国語は「アボジ」(父)。


印欧祖語で「食べさせる」を表わす「ma(マー)」は、口に入れて食べさせてくれるラテン語の「mater(マーター)」(母)になり、ドイツ語のMutter(ムター)、英語のmother(マザー)に変化した。反対の中国にやって来ると、「モー」「ムー」(母)、韓国語で「オモニ」となりました。


印欧祖語で「何?」という疑問を意味するkwa(クヮ)はラテン語でqua(クァ)、フランス語でque()、英語はwha(ホァ)(何)やquest(ケスト)(探求)になった。ラテン語で「問う」「探し求める」はquarere(クァレーレ)。これが中国に移入されて「クゥ(求)」「グゥ(求)」(求める)になったと考えられます。


印欧祖語の「フュ(feu)」は「小作料」の意だが、これが中国に移入されて「封(フゥ=現在の読み方は「フェン」)」(小作料が転じてお金を入れて閉じた封筒、さらに転じて諸侯として任命する)。君主が農民から地代を徴収する「封建制」「封建主義」という言葉も中国で生まれました。英語でも「手数料」を「fee」(小作料が転じたもの)、「封建的な」を「fudal」、「封建制」を「fudalism」、「封地」を「fief」という。


印欧祖語の「アミ(ami)」(愛)は、ラテン語だと「ami」(愛する)、フランス語では「aimer(エメ)」(愛する)、「ami(アミ)」(友達)、スペイン語は「amor(アモール)」(愛)、「amigo(アミーゴ)」(友達)。「ami」が中国に移入されて「アイ(愛)」(愛、愛する)になったと推測されます。


印欧祖語の「we(ウェ)」「wenウェン」(風が吹く)は英語だと「wind」(風)、「wing」(翼)、「window」(窓)、「weather」(天気)などになりましたが、これも中国に来て「フェ」(風)(現在は「フェン」と読む)になったと考えられます。ラテン語の「ven(ヴェン)」経由で、英語の「vent」(通気口)や「fan」(扇)などにもなりました。


「正しい」を意味する印欧祖語の「ju(ジュ)」は、中国語になって「ジェン(正、真)」。英語の関連語は「just」(もっとも正しい、丁度、まさしく)、「justice」(正義)、「adjust」(正しく合わせる)、「jurist」(法律家)、「judge」(裁く、裁判官)などがあります。


印欧祖語で「核」を意味する「ker(カーァ)」は、中国に来ても「カーァ(核)」、さらに現在の「ホーァ(核)」に変わった。kerは英語の「kernel」(核)、「core」(芯)、「cordial」(心からの)や、khに変わりドイツ語の「Herz」(心臓)や英語の「heart」(心臓)にもつながっています。


どうしても触れなくてはならないのが、ラテン語の「est(エスト)」(である)=フランス語の「est」「es」「suis(スィ)」、英語の「is」、ドイツ語の「ist=と中国語の「是(スー、シー)」(である)との共通。文の中でまったく同じ位置(主語の次)で同じように使われる(後に主語と同格の補語がくる)ことから、発祥が同じであるとしか考えにくい。中国語はおそらく「エス」のエが抜けて「スー」になったものと思われます。


また、中国では「是的」(シーダ)というと「そうだ」という意味ですが、南部福建省地方では「スーダ」と発音します。これが日本に入ってきて「そうだ」という肯定の言葉になりました。


さらに、中国語で「そう」「YES」の肯定の意味がある「是」(シー)は朝鮮語で「シーハル」となり、ここから「ハ」の音が消失して日本語で「知る」となった。最初は「そうだ」という意味で「シル」を使っているうちに「知っている」という意味になったのでしょう。(注: ラテン語系のフランス語、スペイン語やイタリア語では、「yes」を「si」(シ)と言う)


印欧祖語の「gen(ゲン)」(種)は、中国に移入されて「ゲン(元)」(現在の読み方は「ユェン(元)」)。一方、欧州では、英語の「gene」(遺伝子)や「genius」(天才)、「gentle」(生まれがよい)、「genesis」(起源)などが派生しました。


印欧祖語の「セ(se)」(種まき)はラテン語になり「serere(セレーレ)」(種をまく)、英語で「sow」(種をまく)、「seed」(種)、「semen」(精子)などになりましたが、一方、中国に来て「種(シュ)」(種、植える)になったと考えられます。


印欧祖語の「サン(sank)」は「いけにえ、供物、神聖なもの」との意味。中国に移入されて「サン(餐)」(供物から転じて食事)。ラテン語では「sacer」(聖なる)、英語では「sacred」(神に捧げた、神聖な)、「sanctify」(清める、罪をはらう)、「sanction」(許可、制裁)などになった。また「sank」はラテン語の「sanctus」(聖人)になり、スペイン語・イタリア語の「san」(聖人)、英語・フランス語の「saint」(聖人)となった。英語で「sanctuary」は「聖なる場所」が転じて「鳥獣保護区域」。


印欧祖語の「カタ(cata)」(下へ)は、中国に移入されて「カー(下)」(現在の読み方は「シャー」)。これはローマの「catacomb」(カタコンベ、地下埋葬所)や英語の「catastrophe」(天から降ってくる大災害)、「catapult」(下から打ち出す投石機)などになりました。

ラテン語やイタリア語、スペイン語、ポルトガル語で「家」は「casa」(カーサ)。ペルシャ語で「カーネ」。中国に行くと「家」(カー、現在はチャー)。「k」の音が「h」に転換して古英語で「hus」(フス)、ドイツ語で「Haus」(ハウス)、英語でも「house」(ハウス)となった。ちなみにインド南部のタミール語では「ハヴス」。



② SOVの分布(参考)


アジアでは、中国語とインドシナのモンクメール語派がSVOの屈折語でヨーロッパの諸語、例えば東欧のスラブ語、西欧のラテン語、ゲルマン語などのインドヨーロッパ語族に近い。


その他は日本語と同じSOVの膠着語となっている。


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③ インドヨーロッパ語族(wikiより)

インド・ヨーロッパ語族に属する諸言語の起源は印欧祖語であると考えられている。印欧祖語の分化と使用地域の拡散が始まったのは6,000年前とも8,000年前とも言われている。その祖地は5,000–6,000年前の黒海・カスピ海北方(現在のウクライナ)とするクルガン仮説と8,000-9,500年前のアナトリア(現在のトルコ)とするアナトリア仮説があるが、言語的資料が増えた紀元前後の時代には、既にヨーロッパからアジアまで広く分布していた。


④ 現代中国人(漢民族)の起源 (参考)

中国語を喋る漢民族は3000年前頃に北西方向から中原(黄河中下流域)に侵入してきた。この直接の末裔は客家人であった。


⑤ 中国人男性はインドからヨーロッパの男性に近い( 参考)

ヨーロッパの男性はY染色体ハプログループRが優勢であり、そして中国の男性のそれはOが優勢であるが、このRとOは最も近縁な兄弟であった。