さらに近隣も再開発される予定であるとのことであるが、江戸時代からの歴史の積み重ねを大切にして欲しい。
参考
① 神宮外苑の今昔
平成28年(2016年)現在、国立競技場は取り壊されている。
戦後、銀杏並木の道路用地は東京都に移管され、競技場はアジアオリンピック開催に備えて国立競技場として文部科学省に移管・改築された。これを除けば、明治神宮外苑の全体は明治神宮が管理しており、広く国民に開放され、都心における大規模で貴重な緑とオープン・スペースになっている。特に、銀杏並木は東京を代表する並木道として知られている。
社団法人ランドスケープコンサルタンツ協会関東支部は2006年、「2016東京オリンピック招致に向けたランドスケープ提言」をまとめた。神宮外苑地区においては、スポーツ施設の再配置、神宮球場再整備などを提言。NPO法人渋谷・青山景観整備機構も神宮外苑・代々木公園を再開発するとした構想を打ち出した。
東京都は2015年4月1日、指定の容積率を使い切っていない公園や緑地も多いため、神宮外苑地区の地権者と、街づくり(再整備)の検討に向けた基本覚書を交わした。なお、近隣に建設される新国立競技場は2020年夏季オリンピックのメインスタジアムに決定している。(wikiより)。
明治天皇崩御後に建設が計画され、全国からの寄付金とボランティアにより、明治天皇大喪儀に際し葬場殿の儀が行われた青山練兵場跡地に1926年に完成した。明治神宮造営局主任技師の折下吉延により銀杏並木が設計され、聖徳記念絵画館を中心として、明治記念館、運動場、野球場などの施設が整備された(wikiより)。
現在の神宮外苑・聖徳記念絵画館辺りは、江戸時代には下級の旗本・御家人の屋敷が細い路地沿いに集中していた地区でした。明治以降に練兵場となり、その後神宮外苑が建設された(参考)。
② 神宮外苑の美観変わる? 「新国立」が呼び水に 進む再開発
二〇二〇年東京五輪・パラリンピックを契機に、新国立競技場の立地する明治神宮外苑地区(東京都新宿区など)で再開発が計画されている。一帯は日本初の風致地区として百年近く美観が保護されてきた。新国立が呼び水の一つとなり、景観が変わりそうだ。(森本智之)
「昔の風情がどんどん失われている。このまま歯止めが利かなくなるんじゃないか」。十二月上旬、都が開いた「神宮外苑ホテル(仮称)」の住民説明会で、高齢男性が不安を訴えた。
ホテルは新国立北側のフットサル場などに地権者の明治神宮が三井不動産と造る。地上十三階建て高さ五十メートル。一七~一八年冬に着工し、五輪前年の一九年夏に完成する計画だ。
同地区は都条例で原則高さ十五メートルを超える建築物は造れなかった。だが、新国立建設によって規制緩和に向けた手続きが進んだ。
新宿区への提出資料によると、ホテルは聖徳記念絵画館の左斜め後方に突き出ることになる。都は歴史的建造物である同館周辺の眺望を守るため、後方の建築物を規制している。立地は規制線のすぐ外側だ。
三井不動産広報部は「外苑地区のスポーツ施設の利用者らがホテルを使うことでにぎわいを生み出せる。(景観への不安を訴える声には)行政機関と協議しながら適切に対応したい」とするが、近隣に住み新国立建設にも反対してきた渥美昌純(まさずみ)さんは「新国立に比べてボリュームは小さくとも、外苑の景観が変わるのは明らかだ」と話す。
外苑地区では、既に新国立南側に「トリプルタワー」と呼ばれる三棟の建築物ができることが明らかになっている。新国立の建設に伴って移転の必要が生じた日本スポーツ振興センター(JSC)と日本青年館が共同で建てるビル(六十メートル)▽老朽化で渋谷から移転してくる日本体協と日本オリンピック委員会(JOC)のビル(六十メートル)▽老朽化で現在地付近で建て替えられるマンション「外苑ハウス」(八十メートル)-の三つで、いずれも五輪までに完成予定。五輪後には、神宮球場と秩父宮ラグビー場の場所を交換して建て替える計画で、再開発が本格化する。
問題の発端となった新国立競技場は規模の巨大さが景観への悪影響やコストの増大を招き、白紙撤回された。仕切り直した新計画は「杜(もり)のスタジアム」をテーマに周辺環境との調和を重視している。建築エコノミストの森山高至(たかし)さんは「開発し尽くされた都心で、これだけの用地はない。今後も再開発計画を注視する必要がある」と話している。
<明治神宮外苑> 1926年、明治天皇をたたえるため、内苑(ないえん)である明治神宮とともに整備され、良好な自然環境を生かした景観を維持する風致地区に指定された。中心施設として設けられた聖徳記念絵画館と、それに続く300メートルのイチョウ並木は東京の代表的な景観の一つ。地区内は解体された国立競技場や神宮球場、秩父宮ラグビー場、東京体育館などスポーツ施設の集積地にもなっている。
③ 神宮外苑の聖徳記念絵画館とイチョウ並木
④ 明治記念館(参考)、神宮外苑の北北東隣
明治14年。 当時の赤坂仮皇居の別殿として今の迎賓館のある場所に建てられたのが、明治記念館本館である「憲法記念館」。明治21年、明治憲法草案審議の御前会議も開かれた会場は、瓦屋根、ふすまの把手、釘かくし、シャンデリアの“ほや”等に当時の面影が感じられます。 壁一面には金鶏が舞い、部屋の真中には堂々とした黒漆塗り大鏡付のマントルピース。本館玄関車寄せは京都御所や大宮御所風の宮殿造りで、荘厳な姿を今に残しています。
長い歴史を経て守られてきたものに静かに包まれる贅沢な、人生の節目にふさわしい時間をご提供いたします。
⑤ 日本青年館(参考)
初代日本青年館
大正14年に初代日本青年館が全国青年団員の募金により建設され、昭和54年には青年団募金と文部省、全国知事会等の支援により二代目となる日本青年館に生まれ変わりました。そして来年6月8日には三代目となる日本青年館が神宮外苑に誕生します。
日本青年館は大正10年の財団設立以来、ホテル経営の傍ら、全国の青年団の育成と青少年活動を支援すると共に施設の利活用を通じ、スポーツの振興を図ることを目的とする一般財団法人です。
⑥ 新国立に木製いす、本格検討へ 自民、寄付金で7800席
共同通信(2017.1.1、参考)
20年東京五輪・パラリンピックのメインスタジアム、新国立競技場(東京都新宿区)の観客席の一部に全国の木材を使ったいすを導入する構想について、自民党が本格的な検討に入ることが31日、関係者の話で分かった。6万8千席のうち、2階席の一部の7800席を対象とし、設置や維持管理にかかる費用は寄付金を財源とする案が出ている。
屋外スタジアムで数千席規模の木製いすが実現すれば異例。「大会のシンボル」である競技場の観客席に各地の木材が使われれば、全国的な開催機運の醸成や林業の活性化につながることが期待される。一方、政府内では費用の増大につながるため慎重な意見も強い。