左手: 大洋漁業本社(この写真当時は下関支社か!)、右手: 山陽本線(下関駅)、中央: サンデン電車(参考)
参考
大洋漁業の歴史は実に古い。一八八〇年(明治十三年)、中部幾次郎が興した会社である。家業である鮮魚の仲買、運搬業から立ち上げた。明治末期、事業の本拠を兵庫県明石から山口県下関に移した。大正時代には土佐捕鯨を買収し、捕鯨事業に着手した。太平洋戦争さなかの一九四三年(昭和十八年)、西大洋漁業統制株式会社に社名を変更。戦争では多くの漁船が日本軍に徴用され、漁船の大半を失うという痛手をこうむった。
戦後、大洋漁業株式会社として再出発。四九年(同二十四年)にはは大洋球団(現横浜ベイスターズ)を設立するまで会社は大きく成長した。一九五二年(同二十七年)には魚肉ハム・ソーセージを発売した。翌年には「マルは」(丸の円形に「は」の文字)のブランドでマルハ・ソーセージを本格的な生産に入った。
九三年(平成五年)に新しい商標を導入するとともに、マルハ株式会社と社名を変更した。
追加: のちに日魯漁業と合併して、マルハニチロになって今日に至っている。
② 旧、林兼商店本社建物解体=「マルハ」大洋漁業発祥のビル(参考)
2009年10月28日 (水) 17:14
現マルハニチロホ-ルディングスの前身、マルハ大洋漁業のル-ツ創業者、中部幾次郎氏が明治37年兵庫県明石から下関に移転。大正13年林兼商店設立、捕鯨業、トロ-ル漁業(近代漁業の先駆者)に進出。昭和11年現建物建設、そのご増設を重ねる。昭和20年大洋漁業設立。昭和24年大洋漁業、林兼商店合併。
<下関駅西出口前、旧大洋漁業下関支社ビル・・昭和24年以前は大洋漁業本社>
③ 下関市大和町(参考)
④ 南東隅に石碑