しもで先生ができるまで・55 | シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

題名の通り、マージャンに関するうんちく話を、自分なりの観点で紹介しています。最近はあまり書いていませんが(笑)。


マージャン強くなりたい、という人にはあまり役に立たない話ばかりかも(笑)。

「私が勝てなかった間にやってきた事シリーズ」

今回は第3弾、「観戦記者」です。

 

私がデビューした1997年あたりは、

「月刊プロ麻雀」という、麻雀専門誌がありまして。

麻将連合に限らず、公式戦の観戦記が掲載されていました。

 

当時新人の私は、

「とにかく公式戦でいい成績を挙げたい」

「いい成績を挙げ続ければ、いろんな仕事が回ってくる」

と信じて疑いませんでした。

 

それゆえ、麻雀を打つ活動以外には興味が無かった、

という感じでしたね~。

 

今の時代なら「バカじゃなかろうか」と思われそうですが、

当時は、そういう選手が少なくなかったと思います。

 

 

 

しかし、

「公式戦で好成績を挙げ続ける」

はずが、一向に成績が上がらないわけです。

 

前々回、前回でも述べましたが、

文章を書く事に徐々に慣れてきました。

 

そのうち、

「自分が一流の競技選手になれないなら、

せめて、競技マージャンの一流選手の戦いを伝えたい」

という気持ちが芽生えてきたのです。

 

 

 

最初に書いたのは、2004年度のμカップin東村山。

月刊プロ麻雀の2004年12月号に掲載されました。

麻将連合のホームページの「ダイアリー」を読んだ、

月刊プロ麻雀の編集の方から依頼されたのです。

 

久々に読んだのですが、ただのレポートに近いですね。

ただ、当時の私では、これが精一杯だったでしょうね。

 

 

 

月刊プロ麻雀が廃刊になった後、

麻将連合のホームページに、

μカップの観戦記が掲載されていた時期がありました。

2005~2006年あたりでしょうか。

 

その頃は、積極的に観戦記を書かせてもらいましたね~。

この1~2年で、確か3回くらい書いたんじゃないかな。

 

 

 

そして、麻将連合の機関紙「麻将新世紀」が、

2007年にリニューアル。

年2~3回のペースで、2013年まで発行されていました。

 

当時、観戦記者としての目標の1つだったのが、

「タイトル戦の観戦記を書く」という事。

2007年の「第10回BIG1カップ」で、念願を叶える事ができました。

 

ちなみにその時の決勝メンツは、

鈴木たろう選手(協会)

原浩明プロ

佐藤治史選手(当時、ツアー選手)

内田慶選手(現在は認定プロ)

という面々でした。

 

 

その後も、何度かタイトル戦や公式戦でも、

観戦記を書かせてもらいました。

 

そして、次の目標だった、

「麻将連合主催以外の大会の観戦記を書く」

というのは、2009年の「第3回・TwinCup」で達成。

掲載されていたサイトは閉鎖されましたが、

それでは勿体無いと思い、私のブログに再掲載しました。

お暇な方は、読んでみてくださいな。

 

 

3つ目の目標、

「他団体のタイトル戦で観戦記を書く」

というのも、2011年の「第6期最高位戦Classic」で達成しました。

こちらは、最高位戦のホームページに今も掲載されています。

 

 

その後、麻将新世紀の休刊もあり、

観戦記を書く機会は激減しました。

当時に比べると、教室の仕事が増えたから、

なかなか時間が取れなくなったけど、

機会があれば、またやってみたいなぁ、

とも思ったりして。

 

 

 

今回の話は、ひとまずここまで。

 

次回は、観戦記に限らず、

文章を書く勉強の為に読んだ本を紹介しようかなと思います。

 

ではまた~。