こんにちは、みなさんお元気ですか?
今回は久しぶりに、茨城県筑西市内にある文化財をご紹介。「小栗孫次郎平満重公と家臣の供養塔(市指定文化財)」です。
さて、その小栗満重公と家臣である小栗十勇士の供養塔が、市内井出海老沢にある太陽寺跡の墓地にあり、同寺は小栗氏の菩提寺であったと伝えられています。
現地に行ってみると、ひときわ目立つ小栗孫次郎平満重公の九重層塔が↓
![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20191126/13/shimodatecity/27/40/j/o0448059714650088368.jpg?caw=800)
こちらは家臣である小栗十勇士の五輪塔↓
![イメージ 2](https://stat.ameba.jp/user_images/20191126/13/shimodatecity/7d/7d/j/o0448033614650088371.jpg?caw=800)
![イメージ 3](https://stat.ameba.jp/user_images/20191126/13/shimodatecity/90/9b/j/o0448033614650088377.jpg?caw=800)
こんな卒塔婆もありました↓
![イメージ 4](https://stat.ameba.jp/user_images/20191126/13/shimodatecity/e4/09/j/o0448059714650088386.jpg?caw=800)
ちゃんと供養されてるんですね。
筑西市公式サイトの解説によれば、悲運の死を遂げた満重公と十勇士の霊を弔うため、満重の子・小栗助重(小栗氏第15代)が嘉吉2年(1442年)頃に建立したそうです。
ただし、旧協和町教育委員会発行の「ふるさと紹介史料 小栗氏と小栗伝説」では、層塔の特色から見て、小栗氏滅亡より約70年ほど古い南北朝期のものだとしています。
ただし、旧協和町教育委員会発行の「ふるさと紹介史料 小栗氏と小栗伝説」では、層塔の特色から見て、小栗氏滅亡より約70年ほど古い南北朝期のものだとしています。
どちらにしても、これだけの見事な造形からみてこの地方の有力者、つまり小栗一族による建立の可能性が強いといえるようです。
なお、来る12月7日(日)、市立新治小学校をメイン会場に、恒例の小栗判官まつりが行われます。
小栗判官を中心に、照手姫、小栗十勇士、子ども武者などおよそ300人がJR新治駅前通りを練り歩く武者行列が行われますので、みなさんぜひお越しください。
小栗判官を中心に、照手姫、小栗十勇士、子ども武者などおよそ300人がJR新治駅前通りを練り歩く武者行列が行われますので、みなさんぜひお越しください。
というわけで、小栗孫次郎平満重公と家臣の供養塔のご紹介でした。
小栗判官まつり公式サイト←残念ながら、その後閉鎖されたようです。