ケント紙に鉛筆で描いた中森明菜
少女・中森明菜
「少女A」は1982年(昭和57年)7月28日に発売された中森明菜の2枚目のシングル・レコードです。
デビュー曲の「スローモーション」はヒットしなかったので、「少女A」は中森明菜の初のヒット曲です。
後の「1/2の神話」や「十戒」のツッパリ路線の最初の曲で、私がどちらかというとツッパリの歌が好きです。
この「少女A」で中森明菜はアイドルの仲間入りを果たした。
このにゃんこの絵はネットのフリマーケットのリクエストに応えて描いたものです。
フリーマーケットで絵(鉛筆画)と本などを売っていました。
そこで気がついたことは、
一般な品物を売る時はそこにはお金だけであんまり感情はないが、
絵(鉛筆画)の場合はいろいろと感情が絡んできます。
特にこのにゃんこをリクエストしてくれた方(ご婦人)とのやり取りはとても嬉しかった。
サンプルとして人物や犬や猫など十数枚の絵(鉛筆画)アップしたのですが、人物とペットはの値段は違うが、
犬も猫も基本的に値段は一緒… でしたが、コメントした彼女のページの値段をほかのページより安くな掲載してしまいました。
コメントを確認したあとに気が付きましたが、いまさら直せないな~ とそのままにしました。
それに気がついた彼女は「ほかのページより安くなっているので、直してください」とコメントしてきました。
いままで値下げ交渉のコメントいっぱいもらいましたが、値上げ要求のコメントは初めてなので、
もちろん値段は上げることはしなかった、人格が疑われるから。
それからのやり取りのコメントからとっても心優しい女性であることわかった。
にゃんこの写真を数枚送ってきてもらって、写真を見て美人(メス)で優しい表情をしていましたので、気持ちを込めて描けたし,とっても描きやすかった。
「この子は優しい性格ですよ」とコメントありました。
ペットは飼い主に似るとよく言われますからね。
心を込めて描きました、納得するまで何度も描き直しました。
少しでも喜んでもらうために。
動物好きな人に悪い人はいないとつくづく思う。
絵を描いてよかった!
これを書きならが、目頭が熱くなってきました。
素晴らしい出会いが人生を豊かにする!
鉛筆で描いた河合奈保子
俺は特に河合奈保子のファンじゃなかったけど、明るくて可愛いそのうえ素直そうでとっても好感を持っていたのはたしかです。
その仲のいい同僚に描いてあげたのがこの絵です。
彼に描いてあげたというより、自分が描きたかった と言ったほうが正解かな?
でも、この絵を渡したときあんまり喜んでなかった。
どうやらこれを飾ると奥さんが嫌な顔するかもしれないと心配していたから。
あらためて、女性はヤキモチやくものだな、男性の中にもいるけど。
異性に対して全くヤキモチをやいたことのない自分には理解できないが〜。
この絵はいま手元にないが、リクエストあればもう一度描こうかな〜。
ちなみに、80年代アイドルの人気投票で河合奈保子は必ず5位以内に入っているようね。
鉛筆で描いたブルース・リー(燃えよドラゴン)
俳優と武道家として知られるブルース・リーですが、彼には色んな面を持っています。
いろんな才能に恵まれています、武術や演技以外には、香港にいた十代のごろはダンスのチャチャチャの香港チャンピオンなるほどの腕前で(これは単なる女の子にモテたかったためのようです)。
まだ、ワシントン大学時代には中国武将などの鉛筆画も描いていました、かなり上手いな絵でした。
後世に多大の影響を与えたが、ブルース・リーの最大の遺産は「ブルース・リーの思想・哲学」だと思う。
アクション映画に「哲学」を持ち込んだのがブルース・リーが初めてで。
18歳にアメリカに渡って高校卒業資格を取得してワシントン大学の哲学に進学して、東洋哲学を学んだことが「喧嘩好きな不良少年」から「真の武道家」へと変身を遂げた。
私は70年代当時はそれほどのブルース・リーファンではなかったが、年をとる毎に「ブルース・リーの思想・哲学」が好きになりました。彼の思想が自分の考え方や生き方に大きな影響を与えています。
ブルース・リー自身も「自分は過去の偉大な思想や哲学を伝えるために生まれた」と言っていました。
私はそんな「ブルース・リーの思想・哲学」を絵(鉛筆画)と共に伝えていきたいと思います。
「中森明菜が好き!」
と80年代の当時に思ったことはなかった。
明菜ちゃんだけでなく、当時は特別にファンになったアイドルはいなかった。
よく男の子が女性アイドルを部屋に貼ることはあるけど、自分にはなかった。
自分の部屋に貼ったポスターはいままで「ブルース・リー」しかなかった。
ちなみに今の自分の部屋にはブルース・リーポスター2枚と自分が描いた鉛筆画は飾っています。
10代、20代はどっちかと言うと「女嫌い」たっだが、性格は明るい方なので女性に好かれるけど、
好きでもない女性に好かれでも迷惑だと思い、高校は男子校に入った。
「彼女いない歴〇〇年」とよく言うけど、先日娘に「お前のお母さんを除けばお父さんの彼女いない歴60年になるよ」っと言ったら、娘がおどろいでいた。
それほど女性に興味なかった。
それでも、今は「明菜ちゃんが好き」って言えるのは、彼女の強さ(歌へのこだわり)や優しさ(周りに対する気使い)が歌に表れている気がします、それが心にずっと残っていた。
それと、明菜ちゃんのCDをず~と持っていたことが鉛筆画を始めるきっかけになったのです。
人間の本質(強さや優しさ)は咄嗟のときに出ます。明菜ちゃんはいろいろと誤解される部分もあるけど、分かる人はわかってると思う。
鉛筆画(明菜の)を描くときはいつも明菜の歌を聞きながら描いています。
鉛筆で描いた可愛かずみさん
今日は可愛かずみさんの59回の誕生日🎂
1997年に亡くなったので、「生誕59周年」と書くべきなのかな〜。
でも、自分としてはまた生き続けている(心の中で)から「誕生日」と表現したい。
1997年は私が結婚一年目の新婚で「人生で一番幸福の年」にかずみさんの訃報のニュースが職場のラジオで流れてきました。
悲し気持ちで帰宅したのですが、当然新妻にそんな顔見せられません。
恋人など大切な人は別れた時にわかります。
付き合いが短い相手や付き合っていない相手でも心に残る人も入れば、付き合いが長くでも思い出せない相手もいます。
かずみさんは間違いなく前者ですね。
我は「季節はずれの海岸物語」の可愛かずみしか知りません。当時は「男女7人夏物語」からスタートしたトレンディドラマの全盛でした、恋愛ドラマに興味のない自分が夢中になって観ていたのが「男女7人夏物語」「男女7人秋物語」と「季節はずれの海岸物語」だけでした。
可愛かずみさんは「季節はずれの海岸物語」で全編に出演した唯一の共演者でした。
このドラマで毎回失恋する圭介(片岡鶴太郎)と徳子(可愛かずみ)と理恵(渡辺美奈代)の恋愛も同時に進行していました。
徳子(可愛かずみ)の気持ちはバツイチとなった自分が一番わかります、特に春文(田代まさし)と別れたあとの徳子の気持ちの揺れを実にうまく演じてます。
演技が上手いのはきっとかずみさんは感情豊かな人だからだと思う。
今でも可愛かずみさんの笑顔を忘れることできません。
リクエストで猫を描いてみました(鉛筆画)
猫の写真を撮るのが難しい、と友達が言ってました。
自分は飼ってないので、公園にいる野良猫を撮ろうと構えるのですが、なかなかいい写真撮れません。
そういえば、ブルース・リーの「ドラゴンへの道」のラストでブルース・リーvsチャック・ノリスの戦いの合図は近くにいった猫でしたね。
監督のブルース・リーが猫に演技指導してる写真が雑誌に載ってました、どうやって指導したのかな?
猫🐈は犬🐶と違って自由気ままですから。
結構大変だか と想像できます。
レフェリーに猫を使うところは良いですね。
ちなみに、私が一番好きなブルース・リーの映画は「ドラゴンへの道」です、
理由はいろいろあるけど…、5本の主演映画の中でブルース・リー映画は「ドラゴンへの道」だけです(死亡遊戯が完成したら2本になる)。
他の4本はブルース・リー主演映画です。
この映画は普段のブルース・リーがよく出ている、とリンダ夫人が言ってました。
鉛筆で描いた大山倍達(極真空手創始者)
大山倍達は1923年
生まれで、今年が生誕100周年にあたります。
大山倍達は極真空手を創始し、極真は全世界に1000万人以上の会員を持つ世界最大の空手団体である。
私にとって大山総裁に子供のごろから憧れて、また日本の空手を世界のカラテに広めた功労者でもあります。
それまで空手は寸止めルールを採用されたのを、直接打撃の「フルコンタクト空手」を採用した。
「フルコンタクト空手」は「極真」が最初で、それらを考えると大山総裁が空手界および格闘技界に与えた影響ははかりしれない。
「世界に広めた」と「実戦重視」という点でブルース・リーと共通してます。
おそらく「大山倍達」と「ブルース・リー」という2大カリスマがいなければいまの格闘技界は違っていたと思います。
「力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり」は私の好きな大山総裁のことばの一つです。
自分の行動指針にもなっています。
総裁は1994年4月26日永眠されました、ご冥福をお祈りします!