織田信長の勝因を考えてみた。
昔から疑問だったのだが信長が(実質的に)天下を取れた原因は何だったんだろうか。
尾張時代はもちろん、美濃、伊勢を併呑した時点でさえ同格以上とみられるライバルは幾つもあった。
しかし織田のみが爆発的に勢力を伸ばしていったのはなぜか。
おそらく意見はいろいろあるだろうが、私見では、
① 大戦略(目標)を明確にした。すなわち天下布武
② 極めて早期に独裁体制を構築した。強力なリーダーシップ(カリスマ)
尾張統一の過程で同族、兄弟含め障害になるものを徹底的に排除している。
ちなみに失敗例としては六角義治、武田信虎等
③ 公正な論考報償と人材収集の成功
④ 商業重視政策
⑤ 既得権益層から利権を剥奪(収益の確保&社会の活性化)
この中でもっとも重要(困難)だったのは②だと思う。これができないと武田信玄のように
部下に気を遣い、寺社勢力にこびを売り、協調型のリーダーとならざるを得ないし、カリスマを
獲得した頃には寿命で時間切れ。
今の日本の政界に信長が降臨することはないだろうなぁ・・・・
尾張時代はもちろん、美濃、伊勢を併呑した時点でさえ同格以上とみられるライバルは幾つもあった。
しかし織田のみが爆発的に勢力を伸ばしていったのはなぜか。
おそらく意見はいろいろあるだろうが、私見では、
① 大戦略(目標)を明確にした。すなわち天下布武
② 極めて早期に独裁体制を構築した。強力なリーダーシップ(カリスマ)
尾張統一の過程で同族、兄弟含め障害になるものを徹底的に排除している。
ちなみに失敗例としては六角義治、武田信虎等
③ 公正な論考報償と人材収集の成功
④ 商業重視政策
⑤ 既得権益層から利権を剥奪(収益の確保&社会の活性化)
この中でもっとも重要(困難)だったのは②だと思う。これができないと武田信玄のように
部下に気を遣い、寺社勢力にこびを売り、協調型のリーダーとならざるを得ないし、カリスマを
獲得した頃には寿命で時間切れ。
今の日本の政界に信長が降臨することはないだろうなぁ・・・・
柳田法務大臣辞任に思う
元々、法務大臣が「法務大臣とは良いですね。二つ覚えときゃ良いんですから。 個別の事案についてはお答えを差し控えますと、これが良いんです。 わからなかったらこれを言う。で、後は法と証拠に基づいて適切にやっております。この二つなんです」この程度なのは以前から同様で、実際問題としてもそれ以上には答弁しようもないのも事実です。
ではなぜ柳田氏だけが問題とされたのか?
答えは「権威」が欠けていたからだとおもう。
権威とは周囲から一目置かれる存在であること。
たとえ法務知識に欠けていても権威があればかならずフォローが入る。
会社で厳しい上司に人望が集まり、甘い上司がなめられるのも同様。
甘い上司が急に厳しくなっても事態は変化しない。
まず誰より必死に働いて結果を出すこと。
これが根本的な解決の第一歩だ。
民主党自体も権威を失って末期となりつつあるが、
問題点を自覚している様には見えないね。
ではなぜ柳田氏だけが問題とされたのか?
答えは「権威」が欠けていたからだとおもう。
権威とは周囲から一目置かれる存在であること。
たとえ法務知識に欠けていても権威があればかならずフォローが入る。
会社で厳しい上司に人望が集まり、甘い上司がなめられるのも同様。
甘い上司が急に厳しくなっても事態は変化しない。
まず誰より必死に働いて結果を出すこと。
これが根本的な解決の第一歩だ。
民主党自体も権威を失って末期となりつつあるが、
問題点を自覚している様には見えないね。











