『楽しむ』から『楽しい』へ | 公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

仕事も家族・友人との私事も楽しみながら、魂を燃やして挑む“志事”で社会を変えていきたい! 地方公務員として働きながら、NPO活動、講演、執筆、ワークショップデザイナーなどに取り組む“公務員ポートフォリオワーカー”として活動しています。

 

 

最近、『楽しい』って大事だな~って思うんです。

 

 

 

『楽しむ』じゃなくて『楽しい』。

 

 

 

仕事でも、家族と過ごすことも、課外活動(志事=こころざしごと)でも、私は『楽しむ』ことが大切だと自覚もあるし、イチイチ楽しめることばかりを選ばせてもらえてる気がするんです。

 

だから、私が『楽しむ』ということに、あまり課題は感じないんです。

 

 

 

でも、世の中、私一人でやることばかりじゃなくて、というか、私一人でやることなんて原稿を書いたり、ブログを書くことくらい。

 

世界のほとんどは、誰かと一緒にやることで満ちているわけです。

 

 

 

そういう世界にあって、私自身は勝手に楽しむからいいのですが、巻き込まれてくれる仲間だったり、参加者だったり、その他関係者の皆さんだったりが『楽しい』と感じてくれるかどうかが、やっぱり大切なんだよな~って思うんです。

 

 

 

「私は楽しめるからさ、みんなも能動的に楽しみなよ」

 

 

 

っていうのは、ちょっと乱暴な気がして。

 

 

 

だって、「みんなも能動的に楽しみなよ」という言葉の裏には、巻き込まれてくれている人たちにも、自分と同じように、自ら積極的に楽しむことを当たり前だと思う傲慢さが隠れているように思えてならないんです。

 

そこには

 

「え? 楽しめないの? なんだイケてないな~」

 

っていう思いが隠れているような気がして。

 

 

 

 

だから、やっぱりやることそのものが楽しいかどうかって大切だなって、最近改めて、強く強く思うんです。

 

 

 

たとえ、どんなにその活動が為すべきことであったとしても、社会的にとても意義深いものだったとしても、そのミッションとその達成のために用意されたコンテンツを、活動という現場に落とし込むときには、

 

「関わる人たちも楽しいと思ってくれるにはどうしたらいいんだろう?」

 

と、活動をデザインする段階で悩み、工夫することをサボっちゃいけないなって。

 

 

 

ツイ、自分がやりたいことをやりながら、色々な人に関わってもらったり、参加してもらえるようになると、「みんな、積極的に楽しんでいきましょう」みたいなことを言いたくなるんですが、きっとそうじゃないんですよね。

 

 

関わってくれる人たちが、楽しむチカラが強くても、強くなくても、楽しむことに意識的でも、そうでなくても、活動のデザインの段階で自然体で関わってくれれば楽しいと感じてもらえるように心がけるのが、活動をデザインするときに大切なんだろうなって思うんです。

 

 

 

 

こういうことを考えるようになったのも、ワークショップの勉強をして、現場のファシリテーションのチカラと、事前のプログラムデザインのチカラを両輪で考え、バランスする視点を持てるようになったから、かも?

 

 

ワークショップをデザインすることだけじゃない、他者とどうやって場であったり活動であったりをデザインしていくか、そういうことにもワークショップデザイナー育成プログラムでの学びは活かされる気がしています。

 

 

 

よし! 今関わってる活動も、これから関わる未来の活動も、意義だけじゃない、「楽しい」の領域をもっと広げていこうっと。