それは、9時5時でラクな仕事だと思ったから。
当時、私は民間の就職活動でもらった内定にどうしても納得がいかなくて、結局、内定を辞退し浪人しました。
何をやりたいという明確なものがあるわけでもない。
でも、この会社で一生働くのは違うと思う。
今思えば、とても幼くて、とてもワガママで、とても無謀で、その結果、内定先の会社にも迷惑をかけて。
最低の学生だったと思います。
何をやりたいということでもない。
唯一あったのは、学生時代にずっとホームページなどでライターの真似事をしていた延長で燻っていた、漠然とした“書きたい”という気持ち。
それで公務員なら仕事が終わった後や休日に、そういう書き物の趣味も続けられるのではないか、そんなデタラメな思いで公務員の試験勉強をしたのでした。
運よく、今のさいたま市役所に拾っていただき、市役所の化学技師として公害対策の業務に携わることになるのですが、ここが恐らく公務員人生で最大の転機。
9時5時で早く帰宅できればいいや、と思っていた私ですが、任せていただく仕事はイチイチ面白く感じて、もちろん新人だからそんなに大した仕事は任されていないのですが、それでも毎日、公用車の排ガス性能を台帳で整理したり、規制対象事業者のための研修会の準備をしたり、協議会の会議ロジを準備したり。
しかも、そのときの係長さんが、私にとってはとても相性のいい上司で、どんどん仕事をやりたがる私に
うちはやる気のある人には
どんなに若くても
どんどんやってもらうから
という人で、その言葉に嘘は無く、新人の私にも色々な仕事を任せてくれました。
そうやって仕事の面白さを知って、時にはワーカホリック気味になりながら、従来の仕事に加えて、新しく国のモデル事業を勝ち取って市として初めての事業も2年目で進行管理させてもらうなど、
ある意味 やりたい放題(笑)
ホント、自動車のエコ化に関することなら止められることなく何でもやらせてもらいました。どんどん新しい事業の企画書を書き散らして、事業を立ち上げて、予算がなくても国や財団などの協力・支援を取り付けて、実行していく日々。
今思うと、あのときの係長さんも課長さんもすごいよな~と思います。
そうやって仕事をしていたら、いつしか、自分がどうして公務員になりたかったのかも忘れてて、9時5時で早く帰宅して趣味の書き物をしたかったなんて、そういえばそんなこと思ってたかもってくらいに忘却のかなた。
私は運が良かったんだと思います。
こういう上司に出会わなければ、望むままに9時5時で帰り、それこそが公務員の魅力だと勘違いし、難しい仕事に挑戦することも、挑戦してヘコまされてもっと成長しなきゃって渇望感を覚えることもなく、内閣府に派遣されることもなく、色々な外の人たちと繋がることもなく、
今頃、定年までの年数と貯金残高と年金支給額と子どもたちの教育コストを数えながら、職場の上司や窓口の面倒なお客さんの愚痴を肴に、19時頃には自宅で晩酌でもしていたかもしれません。
まあ、そういう幸せを求める人がいることを否定はしませんが、それは今の私から見ると私にとっての幸せではないので、そうではない今の自分でいることを心底ありがたいと感じています。
私は運が良かったんだと思います。
一歩間違えば、公務員の職業の魅力は9時5時で一生涯安定していることと、勘違いしていたかもしれません。
そして、時に異動などでハードな仕事、きついプレッシャーにさらされて、公務員という仕事を嫌いになってしまったかもしれません。
1週間168時間のうち、少なくとも40時間を費やすのに、仕事を嫌いになったら、人生の4分の1が嫌いなことのために費やす時間になってしまいます。
私はそうはなりませんでしたが、公務員の仕事のリアルを知らずに就職して、やっぱり思っていた仕事のイメージと、実際の仕事の現実とのギャップに苦しむ人は少なくないと聴きます。
本当を言えば、公務員になる理由なんて、どんな理由だっていいのかもしれない。元気に、充実して仕事に取り組めるのなら。
でも、事前にどんなイメージを持っていて、どんな魅力を感じて、どんな動機を持って就職するかによって、現実とのギャップの大きさや質は変わってくるのも現実。
その結果に差が現れるのも自然なことだと思います。
だから、運が良かった私と同じように、運がいい人ばかりでは無いと知っているから、運任せではなくて、事前の公務員に対するイメージを少しでも現実のものに近づけてから就職してもらいたくて、私は公務員キャリアデザインスタジオを立ち上げました。
その原点は、
うちはやる気のある人には
どんなに若くても
どんどんやってもらうから
という当時の係長の言葉です。
もともと私の中にあったのかもしれない、その仕事に打ち込みたいという気持ちが、花開くキッカケをくれた、私にとってとても大切な言葉です。
私も、あの日の係長のように、
私よりも若い世代の人たちが人知れず内側に秘めている蕾を咲かせるような、そんな言葉をかけられるオッサンになりたい。
今はそんな風に思っています。
