※本件は、情報の受け取り手への注意喚起もさることながら、情報を発信する側にいる私自身への自戒を込めて書かせていただきます。
埼玉県はアニメツーリズムなるもの、つまりは聖地巡礼をネタにした観光振興、に結構チカラを入れていると聞いたことがあります。
『あの日見た花の名前を僕はまだ知らない』というアニメの舞台になっているとかで、秩父も情報発信や観光客向けの案内、コンテンツ作りなど取り組んでいるとか。
その『あの花』のことではありません。
『ナガミナヒナゲシ(学名:Papaver dubium L.)』
春になるとオレンジ~ピンク色の薄い花弁の花を咲かせ、風にふわりと揺れるちょっと可愛らしい姿の花です。
駐車場のはじっこや、公園の草むらなどに結構まとまって咲いているので、目にした事のある人も多いのではないでしょうか。
ちなみにこんな花です。
国立研究開発法人国立環境研究所 HP
https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80080.html
この花、私も知らなかったのですが実は外来種らしくて、ここ数週間の間にフェイスブックなどで「外来種ですよ」「周りに生えていたら駆除しましょう」といった趣旨の投稿がたくさんシェアされているのを拝見します。
それらの投稿には、「私の家の周りにも生えてます」「早速、駆除してきました」「周りの人にも教えます!」といった趣旨のコメントなども付されていたり。
コレ、ちょっと怖いなって思ったのは、こういう「駆除しましょう」といった投稿を見た人の中で、どれくらいの人が、自らコトの真偽を確認したり、自分自身が納得できる情報を入手した上で実際に「駆除」したり、その呼びかけの投稿を「シェア」したりしたんだろうか、ということ。
結論から言うと、国立環境研究所のデータベースでも外来生物として登録されています。散見される投稿でも危険性が指摘されている「アレロパシー」という、周囲の植物を駆逐する性質についても、国立研究開発法人 農業環境技術研究所から研究結果などが公表されているのを確認できます。
それらの情報を確認して、私自身も一昨日、玄関脇に生えていたナガミナヒナゲシを抜きました。
でも、もしかしたら、多くの人が投稿で紹介された記事だけを読み、それを真実だと信じて、「外来種!」「ケシカラン!」と具体的な駆除や情報の拡散をしているのではないか、というのが心配だなと思って見ていました。
恐らく今回のヒナゲシの件での個々の具体的な行動(駆除や情報拡散)そのものは、結果的に外来種駆除に繋がるものであり、私自身はそれを否定する意図は全くありません。
ただ、SNSで見た情報だけを見て、自らの行動のよりどころにしていたとしたら、今回のような花の件では無い場合でもそういった行動を喚起することに繋がるとしたら、結構怖い事態もあり得るんじゃないかなって。
道端に多く咲く雑草化した外来種だから、それが多く引っこ抜かれるだけで済んでいますが、もしこれがより重大な結果に繋がる情報だったら、しかもそれが実は真実では無い、または一定のバイアスのかかった情報だったとしたらと思うと、ちょっと怖いなって思います。
そんな重大な情報だったら、当然そんな簡単にアクション(駆除やシェア等)はしない
そういう考えもあるとは思います。そして、それは一定程度真実なんだと思います。
ただ、重大な“結果に繋がる”情報と“重大な情報”は異なります。重大な結果に繋がる行動が、常に重大な情報によって喚起されるとは限りません。
それに、自分たちが選択しているアクションは、それ自体が常に大きなアクションであるとは限らず、むしろ小さくて些細なアクションを喚起されていることもあり得ます。
真実では無いかもしれない、意図したバイアスがかかっているかもしれない情報に基づき
結果は重大だけど自分から離れたどこかだったり遠い将来に発現するもので
自分自身のアクションは小さく些細なもの
こういうことって、私たちは知らずに行動を起こしてしまっていて、行動しても後から責任をとることはきっとできなくて、でも重大な結果の片棒を担いだことには変わりなくて。
今回のナガミナヒナゲシの件で言えば、きっと情報を発信した大元の発信者は、この外来種を駆逐すべきだという気持ちでSNSという発信ツールを使い、結果的に多くの人の認知を得て、具体的に駆除までしてくれる人が広がるなどとても効果的な情報発信ができたのだと思います。
ただ、私自身は、全く異なる分野の情報を全く異なる立場ではありながらも、同じように情報発信をする立場として、自分が発信した情報にSNSなどで触れた人の多くは、それほど自分自身でしっかりと情報の真偽を確かめることなく行動に移すことがあるかもしれないということを肝に銘じて、その怖さをしっかりと自覚して、情報を発信していかなくてはいけないなと、今回の小さく淡い花の一件で改めて考えることができました。