金曜の夜は、若手の公務員の皆さんとの飲み会で盛り上がり、今更ながら、自分が「もはや若手ではない」ということを実感した夜となりました。楽しかったな~。
そして、つい先ほど「上尾に「まちの映画館」をつくる会」主催の寄席を聴きにいき、久しぶりの浴衣でのお出かけも楽しんできたところ。
週末は、楽しいことが重なるとブログをついサボりがちになりますね。(義務感は無いので、さほど気にしていないけど)
さて、木曜日、金曜日と連続で、私が「化学技師」という職種であることを、最初は戸惑いながらも、充実した仕事と当時の上司のおかげで、前向きに捉えられるようなったというお話でした。
8月6日 化学技師なんてっ!?(前編)
8月7日 化学技師なんてっ!?(中編)
そして、中編の最後で、こう結びました。
「化学技師であるから得られた気づきや、化学技師であるということで生じるインパクトがあると、最近、感じることがあるからです。」
ということで、今日は最終編。
化学技師だからこそ得られた気づきやインパクトについて書きたいと思いますが、中編で感じた「化学技師で良かった」という気持ちと何が違うのか、簡単に整理しておきます。
中編で書いた「化学技師でよかった」という話は、化学技師だから気にかけてくれた上司(つまりは得られたチャンス)があったということに対して「化学技師でよかった」という気持ちになった、ということでした。
これに対して、今日お伝えするのは、具体的に仕事も課外活動も精を出すようになってみて改めて「あ、この気づきは化学技師だからだな」とか「あ、私が化学技師だからこうやって思ってくれるのか」といったお話をしたいと思います。
その1 事実か認識か、どこに効くのか
これは主に仕事の話として。役所(市役所であれ内閣府であれ)では、事業を進めるときに「こうしたらいいのではないか」「この施策が効くのではないか」という議論や提案があり、「なぜなら・・・・・・」という話があろうかと思います。
私も、交通分野の環境対策の色々な事業を企画いたしましたが、幾度と無く化学屋としての経験が活きる場面がありました。
例えば
「外出○分前にメールで予定のリマインドをするアプリで併せて交通手段について、時間と料金と消費カロリーを伝えるような仕組みを作る」と考え、
「なぜなら、市民は外出の際に移動手段を自覚的に選んでおらず、無意識にクルマの鍵を手にしていることが多いから」
といった論理構成にするとします。
こういった論理で上手に企画書を作れば、そのアプリ制作については、具体的な検討を始めるよう部局としてはゴーサインを出してくれるかもしれません。
しかし、化学技師ならずとも実験データから論文を書く経験をしていたら、そう簡単に端折らずに、まず「無意識にクルマの鍵を手にしている」というのが「事実」なのかが気になるはずです。
その上で、企画書を書いている時点では、本当に市民が無意識にクルマの鍵を手にしているかどうか「事実」として観測できているならそのデータを盛り込むべきですし、そのように担当として「認識」しているだけなら、そのデータを採るアンケート調査を企画書で最初の手順として載せるべきです。
もちろん、企画書による意思決定を進めながら、データも取りつつ、協力してくれる企業などを相手にフィージビリティについて詰めていく、といった並行した作業工程はありえると思いますが、それも根拠に対して「事実」か「認識」か区別がついているという前提があってこそ、ですよね。
こういったことは、化学技師に限らず、社会人になって身につくのが一般的ですが、元実験屋としては、今思い返すと入職当初の新人時代から職場で気になって仕方が無かった。新人にもかかわらず、受託者のコンサルの担当者をずいぶんと“激詰め”して先輩を困らせたものです(汗)。
その2 化学技師だったんだ?
最近多いのがコレ。
「え、島田さん技師なんですか!?」というやつです。
これはこの場を借りて公言いたしますが、言われるとちょっと喜んでいます(笑)。
昨年の春に内閣府に来てから仕事をしていても「実は・・・」と伝えると意外な表情をしていただけることもありますし、やはり昨年以降増えてきましたが、他の役所の公務員の人たちと交流する際なども、初めてお伝えするときは驚かれます。
それは中編でも書いた「赤魔導師」ではなく「賢者」になる、という話にも近いのですが、「普通の化学技師が出てこないようなところにいるよね」という評価に繋がっているのであれば素直に嬉しい。
それはまだ外形的な、「化学技師が参加しないような場にいる」というだけだったり、そもそも化学技師自体が希少種なのだから、それが誰であろうと会えば驚くだろうということなのかもしれませんが、いつかはそこから一歩前に進んで「化学技師にこんなこと出来るわけないでしょ」と思われるようなことまで手が届けばと思っています。
その3 キャリアデザイン
そして、最も大きいのが、自分のキャリアを通じて、この公務員という業界のキャリアについて真剣に考える必要があると思えるようになったことです。
今活動している「公務員キャリアデザインスタジオ」は、おそらく私が化学技師じゃなかったら、私の手で設立することは無かったと思います。
※公務員キャリアデザインスタジオFBページ
https://www.facebook.com/kcareerdesign
前編・中編で書いたような経験を通じて感じたさまざまな思いが、「内閣府地方創生推進室」で全国から集まる若い自治体職員との交流や、各地で自主的な勉強会等の自主研活動を頑張っている自治体職員と語り合う中で、沈殿し発酵し、化学反応を起こした結果が「公務員キャリアデザインスタジオ」での「公務員を志す学生」や「若手~中堅公務員」に向けた活動なんです。
化学技師じゃなくても、結果的にモチベーションは維持しつつ、仕事も頑張っていられたかもしれません。
しかし、公務員が人事当局の采配ひとつで転職のような異動を繰り返す一方で、技師のように特定の事業分野や業務しか携わらずにキャリアを積んでいく職員がいるという実態を直視し、そこに問題を見出すことが出来たのは、自分が化学技師という技師の中でも特にマイノリティな立場で、その枠を超える経験をさせていただいたからだと思っています。
こんなことを書いたところで・・・・・・公務員が急に変わるわけでもなければ、役所のパフォーマンスが高まるわけじゃないよねというのは、一つの真実だろうと思います。
しかし、組織(特に人事当局ですよ!)にあっては入った職種や配属された部署でのパフォーマンスなどから、その職員のポテンシャルを、
そして職員個人にあっては自らの職種や経験してきた業務への適正などから、自らのポテンシャルを、
それぞれ「自らの限りある想像力」で「想像」して判断しまうことが如何に罪か、それぞれの立場で考えることが必要なんじゃないでしょうか。
この読者が少ないブログであって、その少ない読者の中から同じように考えてくれる人が増えること、そして、今回書いたようなことを思ったことを私自身が忘れないように、ちょっと長くなってしまいましたがブログとして書かせていただきました。
これからもこの問題意識を持って立ち向かっていきたいと思います。
皆さんはいかがお考えですか?
ということで、今日は最終編。
化学技師だからこそ得られた気づきやインパクトについて書きたいと思いますが、中編で感じた「化学技師で良かった」という気持ちと何が違うのか、簡単に整理しておきます。
中編で書いた「化学技師でよかった」という話は、化学技師だから気にかけてくれた上司(つまりは得られたチャンス)があったということに対して「化学技師でよかった」という気持ちになった、ということでした。
これに対して、今日お伝えするのは、具体的に仕事も課外活動も精を出すようになってみて改めて「あ、この気づきは化学技師だからだな」とか「あ、私が化学技師だからこうやって思ってくれるのか」といったお話をしたいと思います。
その1 事実か認識か、どこに効くのか
これは主に仕事の話として。役所(市役所であれ内閣府であれ)では、事業を進めるときに「こうしたらいいのではないか」「この施策が効くのではないか」という議論や提案があり、「なぜなら・・・・・・」という話があろうかと思います。
私も、交通分野の環境対策の色々な事業を企画いたしましたが、幾度と無く化学屋としての経験が活きる場面がありました。
例えば
「外出○分前にメールで予定のリマインドをするアプリで併せて交通手段について、時間と料金と消費カロリーを伝えるような仕組みを作る」と考え、
「なぜなら、市民は外出の際に移動手段を自覚的に選んでおらず、無意識にクルマの鍵を手にしていることが多いから」
といった論理構成にするとします。
こういった論理で上手に企画書を作れば、そのアプリ制作については、具体的な検討を始めるよう部局としてはゴーサインを出してくれるかもしれません。
しかし、化学技師ならずとも実験データから論文を書く経験をしていたら、そう簡単に端折らずに、まず「無意識にクルマの鍵を手にしている」というのが「事実」なのかが気になるはずです。
その上で、企画書を書いている時点では、本当に市民が無意識にクルマの鍵を手にしているかどうか「事実」として観測できているならそのデータを盛り込むべきですし、そのように担当として「認識」しているだけなら、そのデータを採るアンケート調査を企画書で最初の手順として載せるべきです。
もちろん、企画書による意思決定を進めながら、データも取りつつ、協力してくれる企業などを相手にフィージビリティについて詰めていく、といった並行した作業工程はありえると思いますが、それも根拠に対して「事実」か「認識」か区別がついているという前提があってこそ、ですよね。
こういったことは、化学技師に限らず、社会人になって身につくのが一般的ですが、元実験屋としては、今思い返すと入職当初の新人時代から職場で気になって仕方が無かった。新人にもかかわらず、受託者のコンサルの担当者をずいぶんと“激詰め”して先輩を困らせたものです(汗)。
その2 化学技師だったんだ?
最近多いのがコレ。
「え、島田さん技師なんですか!?」というやつです。
これはこの場を借りて公言いたしますが、言われるとちょっと喜んでいます(笑)。
昨年の春に内閣府に来てから仕事をしていても「実は・・・」と伝えると意外な表情をしていただけることもありますし、やはり昨年以降増えてきましたが、他の役所の公務員の人たちと交流する際なども、初めてお伝えするときは驚かれます。
それは中編でも書いた「赤魔導師」ではなく「賢者」になる、という話にも近いのですが、「普通の化学技師が出てこないようなところにいるよね」という評価に繋がっているのであれば素直に嬉しい。
それはまだ外形的な、「化学技師が参加しないような場にいる」というだけだったり、そもそも化学技師自体が希少種なのだから、それが誰であろうと会えば驚くだろうということなのかもしれませんが、いつかはそこから一歩前に進んで「化学技師にこんなこと出来るわけないでしょ」と思われるようなことまで手が届けばと思っています。
その3 キャリアデザイン
そして、最も大きいのが、自分のキャリアを通じて、この公務員という業界のキャリアについて真剣に考える必要があると思えるようになったことです。
今活動している「公務員キャリアデザインスタジオ」は、おそらく私が化学技師じゃなかったら、私の手で設立することは無かったと思います。
※公務員キャリアデザインスタジオFBページ
https://www.facebook.com/kcareerdesign
前編・中編で書いたような経験を通じて感じたさまざまな思いが、「内閣府地方創生推進室」で全国から集まる若い自治体職員との交流や、各地で自主的な勉強会等の自主研活動を頑張っている自治体職員と語り合う中で、沈殿し発酵し、化学反応を起こした結果が「公務員キャリアデザインスタジオ」での「公務員を志す学生」や「若手~中堅公務員」に向けた活動なんです。
化学技師じゃなくても、結果的にモチベーションは維持しつつ、仕事も頑張っていられたかもしれません。
しかし、公務員が人事当局の采配ひとつで転職のような異動を繰り返す一方で、技師のように特定の事業分野や業務しか携わらずにキャリアを積んでいく職員がいるという実態を直視し、そこに問題を見出すことが出来たのは、自分が化学技師という技師の中でも特にマイノリティな立場で、その枠を超える経験をさせていただいたからだと思っています。
こんなことを書いたところで・・・・・・公務員が急に変わるわけでもなければ、役所のパフォーマンスが高まるわけじゃないよねというのは、一つの真実だろうと思います。
しかし、組織(特に人事当局ですよ!)にあっては入った職種や配属された部署でのパフォーマンスなどから、その職員のポテンシャルを、
そして職員個人にあっては自らの職種や経験してきた業務への適正などから、自らのポテンシャルを、
それぞれ「自らの限りある想像力」で「想像」して判断しまうことが如何に罪か、それぞれの立場で考えることが必要なんじゃないでしょうか。
この読者が少ないブログであって、その少ない読者の中から同じように考えてくれる人が増えること、そして、今回書いたようなことを思ったことを私自身が忘れないように、ちょっと長くなってしまいましたがブログとして書かせていただきました。
これからもこの問題意識を持って立ち向かっていきたいと思います。
皆さんはいかがお考えですか?
