ウルトラマンが帰ってきた! | をもひでたなおろし

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2024年に還暦を迎えた男のブログ

何とか(ほぼ)毎週買って貰えるようになった「タイガーマスク」をフューチャーした

「週刊ぼくらマガジン」は、先に書いたように「少年マガジン」や「少年ジャンプ」より

低学年が読む雑誌だった。やがて石ノ森章太郎先生の「仮面ライダー」が連載され

扱いが徐々に「タイガーマスク」より大きくなっていった。

すぐに仮面ライダーは実写となり「ぼくらマガジン」でカラー特集が組まれて

僕らは新しいヒーローに胸を躍らせた。どちらかというと「タイガー…」は雑誌連載より

TVアニメの方が熱を帯び、最終回に向かってよりシリアスな展開になっていった。

 

 

1971年。僕は7歳になる年で小学校に入学した。団塊の世代の頃ほどではないが

ひと学年4クラス40人学級で、まだまだ少子化なんてどこ吹く風だった。

 

ギリギリ「脱脂粉乳」を飲んだ世代で、熱いうちは何とか飲めるが、冷めると

かなり美味しくなかった。特に冷えると液面に幕が張り、あれが苦手だった。

たまに同じ脱脂粉乳でも味がコーヒー牛乳に近いものが出てくると嬉しかった。

2年生に進級する頃は三角パックの牛乳になってホッとした記憶がある。

 

我が校は「給食指定校」とかいう実験校だったらしく、毎日「栄養の三元素」を給食係が

読み上げたり「三角食べ」(パン・おかず・牛乳を順番に食べなければならない)など

今考えたら結構くだらないと思われることに事に力をいれていた学校だった。

そして今の時代では無茶な話だが、キライなものでもお残し厳禁だった。

お残しをする子がいた班はいつまでたっても昼休みに校庭へ遊びに行けないという

「連帯責任」を取らされた。ああいう酷い事を今でもやっているのだろうか。

 

話を戻そう。

 

僕が毎週楽しみにしていた「週刊ぼくらマガジン」は結局廃刊となり

「タイガーマスク」や「仮面ライダー」は「少年マガジン」へ移籍する事になった。

改めて調べてみると「ぼくらマガジン」は1969年11月から1971年6月まで。という

短い命だったようだ。「タイガーマスク」や「仮面ライダー」は「少年マガジン」に移籍した

もの「マガジン」での扱いは悪かったように思う。石ノ森先生の「仮面ライダー」なんて

読み応えがあった。去年上映された庵野秀明監督作品の「シン・仮面ライダー」あれは

石ノ森原作テイスト満載の映画だったので漫画を読んでないファンにはよくわからない

ところも多かったのではないか。僕はかなり興奮して鑑賞したのだが。

 

 

「タイガーマスク」は、といえば最終回は伊達直人(タイガーマスク)がダンプに跳ねられ

死んでしまい、ドリー・ファンクJrとのチャンピオンマッチを前にタイガーは消えてしまう。

と、いう呆気ないラストで、子供心ながら「それはないだろう」と思った。

今でいう「打ち切り」のような終わり方でガッカリした記憶しか残っていない。

こうして赤塚不二夫先生の「天才バカボン」を除けば……厳密にいえば「バカボン」は

1969年に「少年マガジン」から小学館の「週刊少年サンデー」へ移籍したのち

一旦終了しており講談社の「ぼくらマガジン」で再び連載を開始したものが

「少年マガジン」へ移籍した。というややこしい形でのマガジンへの復帰だった。

やがて「仮面ライダー」も「仮面の世界(マスカーワールド)編」をもって連載終了となり

「ぼくらマガジン」から移籍した作品は「バカボン」以外は少年マガジン」から

消えてしまうが、この年の11月に「少年マガジンコミックス」「少年マガジンのおとうと雑誌」

と銘打ち仮面ライダーなどテレビの人気者をフューチャーした月刊誌「テレビマガジン」が

刊行されることになる。

 

もうひとつ、1971年にはどうしても忘れられない出来事がある。

あの「ウルトラマン」がテレビに帰ってきたのだ。

小学館の「小学1年生」に「帰ってきたウルトラマン」の告知を見つけた僕は

放送開始の4月2日を楽しみにしていた。「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」の

再放送と「ウルトラファイト」だけじゃなく、完全新作の「ウルトラマン」が

テレビに帰ってくる。それは当時の子どもたちに感激と興奮を与えた。

 

ところが「帰ってきたウルトラマン」は前のウルトラマンとはやや違う。

まず体の模様が違う。なにしろウルトラマンが弱い。あの再放送で見ていた

ウルトラマンが「帰ってきた」わけではなく、このウルトラマンは別人なのだ。

と、理解するまで少し時間が掛かった。

 

かといって「帰ってきたウルトラマン」の人気がなかったわけではなく

前のウルトラマンと比べて「大人のドラマ」のムードが1年生になっていた

僕にとっては、観ていて少し大人になった気分がしたものだった。

特に庵野秀明総監督の「シン・ゴジラ」の元ネタであろうと推測される上原正三脚本の

第5話「二大怪獣 東京を襲撃」と第6話「決戦!怪獣対マット」のドラマ性は今までの

ウルトラマンとは違う。という雰囲気を僕らブラウン管の前の子どもたちに与えてくれた。

郷秀樹がウルトラマンに変身するときも自分の意志ではなく、人間郷秀樹が

力の限りを尽くしたとき、光が降りてきてウルトラマンに変身出来る。という部分も

僕は好きだった。その設定は中盤から後半にかけて無くなってしまったのは残念だったが。

 

 

最終回、故郷の星の侵略を知らされたウルトラマン=郷秀樹は地球を離れる事になる。

兄替わりとなり接してきた次郎くん(は、テレビの前の子どもたちの代表だ)に

「ウルトラ5つの誓い」を残して去っていく。

 

 

ウルトラ5つの誓い

 

ひとつ、はらぺこのまま学校へ行かぬこと

ひとつ、天気のいい日には布団を干すこと

ひとつ、道を歩く時には車に気を付けること

ひとつ、他人の力を頼りにしないこと

ひとつ、土の上を裸足で走り回って遊ぶこと

 

そう、「帰ってきたウルトラマン」は立派な教育番組だったのだ。