貸本屋と漫画週刊誌 Vol.2 | をもひでたなおろし

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2024年に還暦を迎えた男のブログ

「週刊少年ジャンプ」は集英社から1968年に創刊され、漫画週刊誌としては

後発の漫画雑誌だった。当時の売れっ子作家を押さえることが出来ず、僕が知っていたのは

「ハレンチ学園」の永井豪先生と秋山ジョージ先生の「デロリンマン」くらいか。

やがてこの「少年ジャンプ」が日本一の漫画発行部数(600万部!)を達成する

ことになるとは、おそらく集英社も考えてはいなかっただろう。

 

 

幼稚園年長組の僕にはやや刺激が強すぎた「ハレンチ学園」女の子の裸が堂々と

描かれていて、親の前で読むのは恥ずかしい気がしたのを覚えている。6歳で性を

意識していた。とは思えないのだが、少し大人になってエロ本を盗み見している時の

気持ちとはまた違った恥ずかしさというものを抱いていた。怖いもの見たさに近い感情。

そう表現したらいいのだろうか。

 

「ハレンチ学園」での永井先生は相変わらずパンチの利いたギャグや、意味もなく

女の子を裸にしたり、当時大流行した丸善石油のスカートが風で捲れて

「OH!モーレツ!」という小川ローザのCMよろしく女の子のスカートを捲りまくる.

というようなたわいないストーリーが面白かった。

 

 

学園の教師達もヒゲゴジラや丸ゴジといったどう考えても熱血青春ドラマの教師たちとは

かけ離れた変態ぞろいで、最後はいつも主人公の山岸クンとヒロインの十兵衛(柳生みつ子)に

やられてしまう。というのがお約束だった。

 

教師の威厳など欠片もないハレンチ学園の教師達。これが宜しくなかったのだろう。

「ハレンチ学園」は当時のPTAからの猛抗議を受けることになる。いきすぎた性描写と

教師の威厳を傷つけたことが問題視され、編集部には多くの苦情が寄せられ永井先生は

テレビのお昼のワイドショーに呼びつけられPTAからの糾弾を浴びせられる。

という事もあったらしい。

 

後年永井先生は、当時の糾弾者たちはハレンチの描写ではなく、理想の教師像から

かけ離れたハレンチ学園の教師達の描き方を問題視したのではないか?と語っている。

教師という「権威」を徹底的にからかった事がPTAたちの怒りを買ったのだ。

その一方では批判ばかりでなく擁護の声も少なからずあったような記憶がある。

「少年ジャンプ」によく登場していた「カバゴン」こと教育評論家の阿部進先生が

その先頭にたっていた。常に子どもたち側の代弁者という存在で、後に特撮ドラマ

「スペクトルマン」で本当に「怪獣カバゴン」役にされてしまうのだが。

 

「表現者としての永井豪」が凄いのはここからである。

1970年当時連載されていた「ハレンチ学園」第一部後半では「ハレンチ大戦争」と題する

「ハレンチ学園」と「大日本教育センター」を名乗る日本の教育者の総元締のような組織が

登場し、大戦争を展開するというストーリーを開始したのだ。

批判派(権力側)VS漫画(若者・子ども)という構図は敵も味方もなく戦場で倒れていく。

当時の教育体制についての批判と、戦争とは人間の醜い欲望と偏った思想である。という

のちの「デビルマン」にもみられる描写であるが、リアルタイムで連載を読んでいた

僕にとっては子どもながらにかなり衝撃的であった。

 

「大日本教育センター」は戦争をやりやすくするために、「ハレンチ学園」の周辺を

絨毯爆撃で焼け野原にしてしまい、「ハレンチ学園」に兵士を送り空爆や機銃掃射で

生徒たちを惨たらしく殺していく。

「永井豪のマンガでは女の子は裸になるだけだから大丈夫だもん!」と言っていた

女の子が手榴弾で吹き飛ばされる。この漫画の主人公山岸クンの子分であるイキドマリも

「僕は準主役だから死ぬわけがないもん」と語るが、山岸クンから

「永井豪はそんな漫画家じゃない。殺すときは殺すぞ」と言われ、半狂乱になりながら

戦地に散っていく。

 

(作者に向かって)「バカヤロー!ふざけるな!」

「自分勝手に人間つくったり殺したり!」

「てめえは神様にでもなったつもりか!」

「戦争はいやだ!いやだ!」

「自分が 自分が死ぬなんて!」

「自分が死ぬ戦争なんて しらなかった おれしらなかったいやだ!」

 

そして僕のお気に入りだったキャラ、脱がされ役で

いつも十兵衛のそばにいたアユちゃんは爆風で吹き飛ばされた

おパンツを取りに行き、砲撃に巻き込まれる。

 

「たすけて…いや死ぬの いや…」

「まだやりたいことがいっぱいあるのに…死ぬの いや」

「なぜこんなことになったの」

「なぜ戦争になったの……」

「なんでもないことを大きくしたのは 大きな戦争にしたのは……」

「あたしは……あたしたちはなぜ殺されるの…ハレンチ学園はなぜつぶされるの……」

「自由に!自由に生きようとしただけなのに!!」

 

次の瞬間、アユちゃんは「グバッ」という書き文字と共に真っ二つに切り裂かれる。

 

 

6歳の幼稚園年長組の読む漫画ではない。

当時の「少年ジャンプ」の購読者がどのくらいの年齢層だったかは知らないが

6歳の僕にはかなりのトラウマになった。

ちなみに永井先生は、アユちゃんの壮絶な死を描いたあと

この作品がもう後戻り出来ないことを自覚したという。

 

今、世界各地で繰り広げられるテレビの中の「戦争」

イキドマリが最後に叫んだように

「自分が死ぬ戦争なんて しらなかった おれ しらなかったいやだ!」

アユちゃんが最後に叫んだ

「自由に!自由に生きようとしただけなのに!!」

 

6歳の頃の僕が今、還暦の僕に、問いかけているような気がする。

「自由に!自由に生きようとしただけなのに!!」と、はっきり言えますか?と。

 

 

こんな漫画を読んで、僕らの世代は大人になっていった。