平成25年5月2日(木) 18日目①高知市=窪川駅~37番~片坂~黒潮町市野瀬 | しこくあるく

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四国霊場歩き遍路の記録を中心に、寺社巡りや城郭探訪など旅の日記と徒然の感想を書き連ねています。

本日の行程
高知駅=窪川駅→市野瀬旧道→熊井トンネル→土佐佐賀→ホテル海坊主

朝5時起床。出発の準備を整えて、5時半過ぎにホテルをチェックアウトした。

朝のホテルタウン駅前
外に出ると南国高知でもなんとなく肌寒い。気温の低いゴールデンウィークである。だが天気は良い。

駅前に土佐の幕末三傑像が並んでいる。恒常的に設置してあるのか、限定的なものなのかわからない。銅像にしては張りぼてっぽい。

土佐の幕末三傑像
左から、武市瑞山・坂本龍馬・中岡慎太郎
高知駅へ向かう笠・杖を持った人が一人、また一人。どこへ行くのか、同じ方向だろうか?室戸方向か?

高知駅
駅を抜け、北側にあるコンビニに入り朝食の弁当を買った。
弁当を持ち、改札を抜け2番ホームへ。駅はいつからか高架になっている。ホームには先ほどの2人が同じホームで待っていた。そうか、同じ方向か。

発車時刻の10分前、アンパンマンマーチが流れホームに列車が入ってきた。先頭のエンブレムは”回送”。

特急入線
でも構内アナウンスは、あしずり51号だから間違いないだろう。
席に荷物を置いて先頭まで歩いてみるとエンブレムは”あしずり”に変わっていた。
あしずり51号
SNSをチェックしコメントを返信していると程なく特急は動き出した。朝食を摂り車窓を眺めながら列車は西へと走る。

乗車切符と特急券
連休中日の平日のせいか、乗客は四分の一程度である。


須崎で笠と杖を持った男性が1人降車。ここからの打ち始めのようだ。
土佐久礼を過ぎて白衣を身につけた。7時20分、窪川到着。もう一人のお遍路さんはまだ下りない。中村かそれとも平田か宿毛か。特急は窪川で16分停車する。駅で杖を杖袋から出し、笠を被って仕度を調えてもまだ列車はホームに停まっている。随分長い待ち時間である。


朝の窪川駅


7時30分、いよいよ今回の打ち始めである。まずは、出発のご挨拶と道中の安全祈願に岩本寺へ向かった。晴れ渡ってはいるが、窪川は標高210mで肌寒さを感じる。

10分ほどで岩本寺着。

岩本寺門前
前回ここを打ったのは2月。境内は前回枯れ枝だったモミジも新緑が鮮やかである。読経し8時過ぎ岩本寺をあとにした。岩本寺から金剛福寺までの歩き遍路道の距離86.7km。さあ、札所間距離最長区間の始まりである。


国道に出て上り道に差し掛かった場所にあるローソンでPET飲料を調達。店の人と少し会話。「結構肌寒いですね。」と自分。「そうですか、でも気温が上がるき、昨日から私は半袖ですよ。」と店の女性。

店を出ると緩い上り坂が続く。左手には霊峰の御在所の峯(標高658m)が見える。

霊峰 御在所の峯
この山は土佐修験道の山だったようで各所に祠があるそうだ。山麓は国道56号片坂バイパスの工事中。進行方向右手の空には有明の下弦の月が青空に浮かんでいる。

野アザミ咲く

ビニールハウス向こうの気になる丘
片坂を走っていて国道56号北側にいつも気になる木の生えていない丘がある。何なんだろう。

道は黒潮町に向かって下りになりトンネルを抜けたところで旧道への看板を見つけた。

旧道へ
車の切れ目を見つけて急ぎ渡った。するとトンネルの上から下りてくる遍路道があるではないか。

トンネルと旧道
片坂旧道の案内板を見逃していたようだ。残念である。

片坂旧道
旧道を下っていると女性のお遍路さんに追いついた。岩本寺の宿坊を出発したとのことで、片坂旧道を歩いたそうだ。結構な山道できつかったと彼女。「私、遅いんでお先にどうぞ。」と道を譲られた。彼女は本日は自分の宿より1kmほど手前の民宿たかはま泊だそうだ。その後、彼女とは抜きつ抜かれつ足摺岬の近くまで顔を合わせることとなる。坂を下りきって国道との合流近くで休憩中のT氏と挨拶を交わした。T氏は取っつきにくそうな雰囲気がしたので、この時は挨拶のみだった。

さすがに、10時近くにもなると気温が上がり汗ばんできた。国道脇の停留所に椅子があったので、長袖を脱ぎ半袖Tシャツの上に白衣を羽織った。休憩も兼ねて着替えていると女性とT氏が抜いて行った。遅いと言いながらも彼女、なかなかどうして結構速い。

白いタンポポ


アヤメ咲く
道端には白いタンポポ、アヤメが咲く。もう田植えも終わっている。

(つづく)