池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~三冬の縁談の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
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池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~三冬の縁談の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
 
さて、今回紹介する「三冬の縁談」は、佐々木三冬の縁談話を巡る秋山大治郎の複雑な心境と、三冬では勝てないと言わしめた縁談相手の正体、三冬の縁談を賭けた試合の行方を描いた短編です。
 

剣客商売・三冬の縁談あらすじネタバレ

あらすじ1)
まだ、梅雨が明けきらないある日のこと。
 
佐々木三冬は、橋場の大治郎道場の朝稽古に訪れ、父・田沼意次から縁談の話が持ち込まれたことを打ち明けます。
 
相手は、大和・郡山の松平美濃守の家来で、一刀流の使い手でもある大久保兵蔵
 
今回も立ち合いにより、三冬が負ければ潔く嫁に行くことが縁談の条件となっており、腕に自信のある三冬は、10日後に迫った試合も勝てると意気込みます。
 
一方の大治郎は、三冬が勝つことに同調するも、内心では複雑でした。それは、三冬が他の男へ嫁ぐことは勿論、相手・大久保兵蔵のことでした。大久保とは、大治郎が京の洛外・壬生村にある三浦源右衛門の道場に滞留していた頃に立ち会ったことがあり、彼の実力を身を持って知っていました。その時は、大治郎が勝ったものの、女である三冬が大久保を打ち負かすことは到底不可能にも思え、三冬も今回ばかりは、田沼老中の話に従わざるを得ないでしょう。
 
翌日は、田沼屋敷での稽古日であったものの、事情を知らない飯田粂太郎は、大治郎の様子を心配します。稽古後、鐘ヶ淵に立ち寄り、父・小兵衛に三冬の縁談の件を話すも、小兵衛は三冬の縁談話を喜びます。同時に、大治郎の心境に気が付いた小兵衛は、この事実に驚きつつも、父親としての理解を示し、大久保兵蔵について聞き出します。
 
一方、母上ことおはるも、大治郎の異変を察していたものの、その時は小兵衛の機転によって話を聞けずにいました。そして、翌日に、若先生(大治郎)のことを訪ねるも、小兵衛に上手くそらされ聞き出すことが出来ませんでした。
 
三冬の縁談について、自分ではどうすることも出来ないことを分かっていながら、居ても立っても居られなくなった小兵衛は、四谷伝馬町へ赴き、知恵を借りると称して弥七に大久保兵蔵の調査を依頼します。
 
あらすじ2)
大治郎が京に滞留していた頃、大久保兵蔵は、郡山藩の京都屋敷に務める傍ら、近くにある一刀流・鳥飼新兵衛の道場に通っていました。大久保の実力は、門人の誰一人も勝てず、道場主・新兵衛すら歯が立たないほどであり、いつしか大久保が稽古を仕切るようになります。しかし、大久保は、道場を乗っ取るような野心は持っておらず、彼が稽古を付けるようになってからは門人も増えました。そして、大久保の評判は洛外中に広まり、道場を立派に改築させたり、京都在住の諸範の藩士たちも集まるようになり、大盛況を見せていました。
 
その頃、大治郎は、亡き父が辻平右衛門と親交のあったという、三浦源右衛門の道場に身を寄せていました。大治郎は、過去に3度その道場に滞留しており、主・源右衛門は稽古を付けるのが上手いだけでなく、その温厚な人柄も地元では評判でした。大治郎曰く「学問の塾のような雰囲気」と称された三浦道場では、御年68歳の主に代わり、渡辺利之助・内田弥惣治・福知山藩士の青木彦五郎の3人の高弟によって稽古が付けられ、彼らも師の教えを受け継いだ良き指導者でもありました。
 
そんなある日、大久保兵蔵が鳥飼道場の門人・十余名を連れて三浦源右衛門との試合を希望します。しかし、三浦道場では他流との試合を禁じているため、その時は対応に当たった高弟たちによって丁重に断られたものの、その後も大久保は執拗に試合の申し込みをします。
 
当時、京では剣術道場が少なく、もっと手ごたえのある相手と戦いたいと考えた大久保は、京で名の知れた道場の主に挑みかかりました。
 
その後、源右衛門が折れたことで、大久保は高弟・3人との試合を許されました。
 
最初は、道場の2番手・内田弥惣治が相手をし、大久保が勝利します。しかし、礼儀正しく一礼した内田にめがけて大久保は、木刀を振り落します。
 
内田は、死こそ免れたものの、傷がもとで廃人同様になってしまい、道場内からは非難の声が相次ぎ、渡辺・青木が大久保に挑みかかります。
 
その時、大治郎が代役を買って出て、道場の窮地を救ったものの、負けた大久保は復讐を芽生えさせていました。一方、大久保のことを悟った大治郎は、道場に迷惑をかけてはいけないと、その夜に置き手紙を残して道場を去り、中国地方に旅立っていきました。
 
その後、大治郎の予想通り、大久保が真剣の試合を申し込むも、すでに大治郎が旅立ったことを門人から聞かされます。しかし、不審に思った大久保は、門人たちに道場の見張りをさせます。その事に腹を立てた源右衛門は、京都所司代と町奉行所へ届けを出します。
 
奉行所から尋問を受けた大久保は、ようやく道場から手を引いたものの、この事実は郡山藩にも注意がいき、昨年の秋に江戸屋敷詰めとなりました。
 
本来であれば、暇を出したいところですが、大久保兵蔵には、藩主・松平家との縁の深い家老・柳沢五郎右衛門の威勢があるため、藩内でも彼の扱いには慎重にならざるを得ませんでした。
 
大久保兵蔵は、柳沢家老が侍女に産ませた子供であり、当時の側用人・大久保孫四郎の養子に出されました。養父の死後、家督を継いだ大久保は、藩主の秘書である側用人となるも、元来、荒々しい性格の大久保に側用人が務まるわけが無く、これには殿さまの松平美濃守も困り果てていました。
 
そして、京の風を当てれば少しは人柄も変わるだろうということで、京都屋敷に送られましたが、三浦道場での出来事を受けて、今度は剣術道場がある江戸が良いということで、厄介払いされる形で江戸へ戻されました。
 
そのような性格ゆえに、大久保は松平家での評判が悪く、35歳になった現在も独身を貫いていました。彼には、実父・柳沢家老や美濃守から縁談の話がもたらされるも、その度に断わりを入れていました。また、京都屋敷詰め時代には、美少年を追いかけまわしていたなど、よからぬ噂もたっていました。
 
しかし、佐々木三冬との縁談を承諾した理由は、大久保が女武芸者・三冬に興味を持ったことや、相手の父親が今を時めく老中・田沼意次となれば、松平美濃守や柳沢家老にとって出世の糸口を掴める好機であり、願ってもいないことでした。
 
そして、田沼老中の方も、大久保兵蔵と実父・柳沢五郎右衛門と対面し、一目見て大久保のことを気に入っていました。しかし、田沼老中は、大久保のもう一つの顔を見抜けずにいました。
 
あらすじ3)
三冬の縁談をかけた試合が残り2日に迫った頃、幸橋御門外の二葉町にある料理屋・増田屋の二階では、小兵衛と弥七が大久保の動向を見張っていました。
 
特に何かをするわけではなかったものの、大久保兵蔵という男を一目見たいという一心で、彼の訪れを待ちわびていた最中、大久保の姿がみえはじめ、2人は尾行を始めます。
 
一方、大久保は、大和・郡山藩士・佐藤要が通い詰めている柳喜十郎道場に向かっていました。
 
柳道場は、麻布・森元町にある一刀流の剣術道場であり、道場主柳喜十郎は、御年45歳で、妻と10歳・7歳の娘がいました。
 
江戸では、あまり知られておらず、いつもみすぼらしい出で立ちから、近所の人からは剣術の先生らしからぬ人と思われており、門人たちも年配の方が多く見られます。
 
しかし、柳道場での稽古は、大道場のように激しく打ち込むものではなく、むしろ剣術を楽しむかのような雰囲気でした。また、柳道場の門人には、諸藩の藩士や浪人もおり、道場主の人柄や剣術の腕前を称賛するものも少なからずいました。
 
佐藤要も、藩邸にて柳道場のことを褒めたたえるも、無名の道場ゆえに、誰も佐藤の話を間に受ける者がいない中、大久保だけが、佐藤の話に興味を持ちました。
 
そして、いざ柳道場に行ってみると、とても腕のある剣術遣いとは思えないみすぼらしい道場主だけあって、大久保は相手を見くびっていました。しかし、柳喜十郎は、立ち合いの申し込みをすんなりと受け入れ、大久保は勿論、その時、道場内に残っていた門人たちも驚きを隠せませんでした。
 
その後、激しい打ち合い末、柳喜十郎が勝利します。その光景は、大久保を尾行していた小兵衛によって目撃され、これほどの剣術遣いが江戸に埋もれていたのかと、柳喜十郎の腕前を称賛しました。また、柳道場主も、大久保との立ち合った理由について、久しぶりに強い者を相手に戦ってみたかったと話しています。
 
一方、試合に負けた大久保は、相手を甘く見ていたがために、思わぬ仕打ちを受け、悔しさをにじませながら道場を去っていきます。
 
あらすじ4)
柳道場での敗北により、機嫌を損ねていた大久保は、道すがら荷車を引いた野菜売りの老爺ぶつかってしまいます。
 
そして、怒りにまかせて刀を引き抜き、老爺を斬りつけようとしたその時、どこからか雨傘が飛んできて、大久保の鼻筋に直撃します。振り向くと同時に、今度は右足首を何者かによって切り払われ、大久保はその場に倒れ込みます。
 
一方、大久保を成敗した小兵衛と弥七は、野菜売りに早く逃げるように促すと、その場を去っていきました。
 
それから半月後。
 
江戸の梅雨が明けた頃、小兵衛は、田沼老中の晩餐に招かれ、三冬の縁談について聞かされます。田沼老中の話によると、縁談相手は、試合直前に足を負傷し、立ち合いもままならないため縁談を辞退したとのこと。また、大久保の事件は、一応、調べられたものの、原因は、大久保が町人を手に掛けようとしたところを、何者の返り討ちに遭ったとのことで、大久保の不覚が原因と断定されました。
 
大久保の失態は、田沼老中によって、松平家に厳しく言いつけられ、剣術もままならない状態になった大久保は、国元の大和・郡山へ送られました。
 
また、今回の事件を通じて、大久保の知られざる一面を知った田沼老中は、娘の結婚を焦るあまり、とんでもない者に三冬を嫁がせてしまうところだったと語ります。そして、今回の失態を機に、三冬の結婚は本人の意思を尊重し、しかるべき時が来るまで待つことにしました。
 
この考えを聞いた小兵衛は、どこか安心感を覚え、他愛ない世間話を肴に酒を酌み交わしました。
 
-終-
 

剣客商売の読みどころ

三冬の2度目の縁談
三冬の縁談は、「剣客商売 1巻」の第1編・女武芸者の回でも登場しており、この時も自分より強い殿方という条件の元、縁談をかけた試合が決行されました。その時は、三冬が勝利すると同時に、相手の殿方も三冬のように恐ろしい女性を妻にしなくて済んだと、むしろ縁談が破談したことを喜んでいました。しかし、田沼老中や、相手の実家・主君側にとって、2人の勝敗は複雑なものでしたが…。
 
佐々木三冬の年齢は、「剣客商売 5巻」の時点で22歳と、江戸時代では、婚期を逃しかねない年齢でしたが、晩婚が珍しくなくなった現代の感覚で見れば、三冬の結婚は早いと思われるでしょう。しかし、父・田沼意次が、娘が嫁に行きそびれないようにと心配する姿は、昔も今も変わらない光景でしょう。
 
大治郎への呼び方
大治郎の三冬への想いが色濃く描写された「三冬の縁談」では、三冬の大治郎に対する呼び方にも変化が現れました。これまでは、小兵衛を秋山先生、大治郎は大治郎どのと呼んでいましたが、縁談について話を切り出した時に「大治郎さま」と呼んでいます。
 
普段は男装している故に、男言葉も自然に出ている三冬でしたが、大治郎への恋を自覚してからは、少しづつではあるものの、女性らしい言葉遣いも所々で見られます。
 
小兵衛が恋の指南
三冬の縁談は、息子ではあるものの、同じく子供を持つ小兵衛にとっても、めでたい出来事であり、知人の1人として三冬の縁談を喜んでいました。しかし、三冬に好意を寄せる大治郎は、素直に喜ぶことができず、小兵衛に不快な感情を与えてしまいます。
 
始めこそ、息子の様子を不審がった小兵衛でしたが、三冬に対する想いを理解すると、父親としてこのように助言します。
 
「好きなら好きといえ。惚れたのなら惚れたといえ。あの女武道が、お前は、それほど好きだったのか……ふうん……それほどとは、すこしも気づかなんだわえ。ふうん、そうか。そうだったのか……」
 
少々融通が利かないことが玉にキズだけど、生真面目でありながら優しく、剣術にもすぐれた大治郎の恋は、小兵衛にとっても想定外の出来事となりましたが、父親として若い剣士たちの行く末を温かく見守る姿勢は、人生の先輩としての余裕を醸しています。
 
また、気の置けない母上ことおはるにも、話が終わるまで台所に居るように指示するなど、大治郎に対する気遣いも忘れていません。
 
剣客商売を味わう
「剣客商売」に登場した料理から、家庭でも簡単に作れる料理のレシピを紹介するこのコーナー。今回は、橋場の朝ごはんに登場したなすとゴボウの味噌汁と、秋山親子の酒の肴として振る舞われた里芋のしょう油焼きを紹介します。
 
なすとゴボウの味噌汁のつくり方
材料:なす、ゴボウ、味噌、出汁の素(市販のもの)
 
作り方
①ゴボウはささがき切りにし、水に晒してアクを除き、ナスは、皮をむいて角切りにします。
 
②鍋に水を入れ、沸騰させたら、ナスと水気を切ったゴボウを入れて、火が通るまで煮込みます。
 
③具材がしんなりしてきたら、味噌と出しの素で味付けして完成です。
*お好みでゴマ油を少量加えると、風味が増してさらに美味しくなります。
 
里芋のしょう油焼きの作り方
材料:里芋、しょう油、竹串
 
作り方
①里芋はたわしで汚れを落とし、皮をむかない衣かつぎのまま茹でます。
 
②竹串がすっと入り、火が通ったことを確認したらざるにあげます。
 
③里芋を竹串にさしたら、しょう油で味付けをして、グリルまたは、フライパンでつけ焼きにします。しょう油は焦げやすいので、里芋を返しながらまんべんに焼くと焦げるのを防げます。
 

剣客商売~三冬の縁談~まとめ

三冬の縁談は、小兵衛によっても喜ばしいことであるが、大治郎の気持ちを考えると、何とかしてあげたい。しかし、相手が縁談を辞退するような理由はなく、どうすることも出来ない自分にもどかしさを感じる。娘の婚期を逃したくない田沼老中と、息子の恋を叶えてあげたい小兵衛の父親として子を想う気持ちだけは、いつの時代も変わることがないでしょう。
 
また、大治郎と三冬の恋の行方も、「剣客商売 6巻」で思わぬ展開を見せています。ここでは、詳細は割愛させていただきますが、生死をさまよう三冬を救出するべく、大治郎が自らの知恵と命を賭けて挑む波乱の短編となっており、剣客商売を語る上で欠かせないエピソードとなっています。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり