池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~雨避け小兵衛の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
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池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~雨避け小兵衛の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
 
さて、今回紹介する「雨避け小兵衛」は、梅雨の晴れ間に外出に出かけた小兵衛と、30年前に立ち合ったある剣客と再会を主軸に、剣客の過酷な世界を描いた短編です。
 

剣客商売・雨避け小兵衛のあらすじネタバレ

あらすじ1)
江戸は、まだ梅雨が続いていましたが、その日は午後から晴れ間が見え、秋山小兵衛は、おはるがすすめた傘を持たず、亀戸の天神様へ参拝に行きました。
 
町は人々であふれかえる中、小兵衛は参詣の合間に茶店に寄り、お茶とまんじゅうを堪能しながら、心地よい梅雨の晴れ間を楽しみます。
 
そして、七ツ時(午後4時)になり、鐘ヶ淵に帰宅途中で雨に降られた小兵衛は、近くにあったわら屋根に駆け込みます。小屋は、板敷のむしろに板戸を付けた押入れ、簡単は炊事が備わってあり、周辺は畑が広がっていたことから、この土地を所有する寺院に雇われた百姓の仮住まいだと思われ、小兵衛は雨がやむまでここで休むことにします。
 
しかし、雨は勢いを増していき、小兵衛も睡魔に誘われるように横になります。その時、外から女の悲鳴が聞こえ、戸の隙間から様子を伺うと、刀を引っ提げた浪人が近づいてきます。小兵衛は、あわてて押入れの中にもぐりこみ、身を潜めながら浪人の様子を探ります。
 
一方、小屋に侵入した浪人の懐には、10歳ほどの女の子が抱えられており、外では2人を追いかけてきた男たちが小屋を取り巻いていました。
 
男たちは、この近くにある料亭・大村屋の奉公人と思われ、棍棒や竹箒で浪人と対峙するも、刀を持つ浪人が相手ではなすすべがありませんでした。また、浪人たちを追いかけてきた者の中には、大店の内儀らしい女性と女中がついており、女の子の母親のようです。
 
誘拐された女の子は、大村屋の客人の娘と思われ、失神してぐったりしていましたが、身に付けている着物から裕福な商家の娘と見られます。
 
小屋の外では、大村屋のあるじ・万右衛門が説得に当たっており、至急、身代金・50両を準備するように言いつけます。
 
一方、押し入れ内で双方のやり取りを聞いていた小兵衛は、人質となった女の子の身の安全を考え、出るに出られない状況に陥っていました。
 
あらすじ2)
事の発端は、半刻(1時間)前にさかのぼります。
 
小兵衛も足を運んだことのある料亭・大村屋は、紹介人を通さなけば入店が許されない格式高い場所であり、そのことを知らない浪人は、大村屋の従業員と揉め事を起こしていました。
 
しかし、あるじ・万右衛門が出てきて、二分ほどを包んで丁重に断りを入れたことで、一旦、その場は収まりました。
 
そして、浪人が大村屋の門を出ようとした直前、誘拐された女の子とその母親、供の者が大村屋を訪れます。
 
この母子は、浅草・諏訪町の紙問屋・伊勢屋吉兵衛の妻・おふさと、9歳の三女・おみつでした。伊勢屋と言えば、地元では知らぬものはいない裕福な商家で、この日は亀戸天神の参詣の帰りに、ひいきにする大村屋で夕餉をいただくために立ち寄っていました。
 
この時、母子の身なりの良さに気付いた浪人は、伊勢屋なら高額の身代金を用意できると目論み、母親が目を離した隙におみつを連れ去ります。
 
このあたりには、辻番所や自身番がなく、各店ではそのような者に対処するための用心棒を雇っていましたが、客人の娘の命がかかっているため、大村屋でも下手に動くことが出来ずにいました。しかし、大村屋も被害に遭った伊勢屋も経済的には裕福なので、ひとまず身代金を浪人に渡すことで、おみつを無事に保護しようと目論みます。
 
しかし、手配に向かった従業員はいまだ戻ってこず、一行は焦りを募らせていました。
 
あらすじ3)
大村屋がおみつの身元を心配する中、押し入れに閉じこもる小兵衛は、その浪人の声である剣客を思い出します。
 
遡ること30年前。当時、辻平右衛門道場に通っていた小兵衛は、嶋岡礼蔵と共に「竜虎」「双璧」などともてはやされ、その評判を聞きつけた旗本から剣芸指南役の任官の話が持ち込まれることもありました。しかし、剣術が楽しくて仕方のない小兵衛や礼蔵は、剣客としての出世に興味が無く、話があるごとに断わっていました。
 
そんなある日、辻平右衛門先生に呼び出された小兵衛・礼蔵は、本郷・菊坂の高須助太郎道場の高弟・関山虎治郎との立ち合いを持ち込まれます。
 
高須道場の流派も、辻道場と同じく無外流であり、今回の立ち合いの話には、虎治郎の任官がかかっていました。
 
虎治郎は、上州舘林五万五千石・松平右近将監武から剣芸指南役としての任官の話が持ち込まれており、小兵衛・礼蔵のどちらかと試合で勝てば、召し抱えるとのことでした。
 
この任官の条件には、噂を聞きつけ小兵衛・礼蔵のどちらかを召し抱えようとしていた右近将の思惑があり、くじ引きの結果、小兵衛が立ち合うことに決まりました。
 
そして、立ち合い当日。
 
麻布狸穴にある右近将の下屋敷で秋山小兵衛と関山虎治郎の試合が行われ、激戦の末、小兵衛が勝利します。
 
しかし、負けた虎治郎は、任官の話を逃しただけでなく、高須師からは「面汚し!!」とさんざんに罵られ、挙句に道場を破門されてしまいます。
 
後年になって小兵衛は、虎治郎の腕前は、二百石の武芸指南役として申し分のない実力であったことや、あと5年、立ち合うのが遅ければ虎治郎のために負けてやっていたかも知れないと振り返っています。
 
また、虎治郎の出自は、美濃郡上三万八千石・金森家の江戸屋敷に務める身分の軽い次男だったとも言われ、あの時に負けていれば、虎治郎も肩身の狭い思いをせずにいられたと、小兵衛は人知れず後悔していました。
 
任官をかかった試合後、道場を破門された虎治郎は消息不明となったと聞いていた小兵衛でしたが、まさか、こんなところで再会するとは思いもしませんでした。
 
あらすじ4)
大金と引き換えに女の子が引き渡されるのを待ってみた小兵衛でしたが、待てど待てど、身代金・50両は一向に届く気配がなく、浪人・虎治郎の方も刀を握りしめ続けていました。
 
このまま小兵衛が襲いかかってもいいものの、人質にされたおみつに危険が及ぶため、どうすることもできませんでした。
 
そうして焦りをにじませながら浪人を様子を見守っていると、虎治郎は刀を板敷に突き立てます。そして、相手が油断した隙に、押し入れから飛び出した小兵衛は、小柄で虎治郎の右目をつき、態勢を崩します。
 
そして、すぐさまおみつを抱きかかえた小兵衛は、脇差しで虎治郎の右腕を切断、小屋の戸を蹴破り、おみつを大村屋のあるじに託します。その後、この事でお礼などに伺いに来ないようにと厳しく言いつけた小兵衛は、逃げるようにその場を去っていき、その道中で金50両を抱えた大村屋の者とすれ違います。
 
一方、虎治郎は刀を杖替わりに小屋から現れるも、大村屋の若者たちに叩きのめされます。
 
その後、ずぶぬれになって帰ってきた小兵衛は、再び虎治郎の運命を狂わせてしまったと、人知れず後悔の念に苛まれます。
 
-終-
 

剣客商売の作品解説

剣客商売とは?
武芸を生業とする者を作中では「剣客商売」と呼び、本シリーズの題名にもなっています。剣客商売は、かつての小兵衛や市ヶ谷の金子信任のような道場主や、秋山大治郎のように、大名屋敷へ稽古に出向き、毎月一定の給金を支払われるものなど、多岐にわたります。
 
そして、剣客商売の中でも、武芸指南役は、大名・旗本家の家来に稽古を付けるだけでなく、家来の1人として採用されるので、安定した収入が望める花形の職業です。
 
しかし、戦のない平和な世の中となった江戸中期は、いまさら武芸を身に付ける必要性がないという風潮や、経済的な理由から人を増やしたくない武家が多く、武芸指南役はおろか、家来として召し抱える任官の口すらほとんどありませんでした。
 
剣客商売は過酷な世界
このように、どんなに剣術が好きで、道場内でも実力があっても、良いポストにはいつも空きがなく、関山虎治郎のように家督を継げない次男以下にとって、任官の話は願ってもいない好機でした。
 
しかし、剣客商売は、いわば競争社会でもあり、勝ち続ける者だけが生き残れる過酷な世界です。それ故、虎治郎が任官を逃したのは、まぎれもなく彼の実力不足にありました。
 
一方、虎治郎に勝った小兵衛は、30年ぶりに再会した剣客の落ちぶれぶりを見て、自分が虎治郎の運命を狂わせてしまったと罪悪感を感じます。
 
いまや江戸でその名を知らぬ者はいないと言わしめた剣客・秋山小兵衛と、たった一度の試合で身を落としてしまった浪人・関山虎治郎は、剣客商売の光と影を表現しているでしょう。
 

剣客商売~雨避け小兵衛~まとめ

30年の時を経て再び、刃を向けることになった秋山小兵衛と関山虎治郎。帰りを待たずに降り出した雨のように、2人は、避けることができない数奇な運命で結ばれていたことでしょう。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり