池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~暗殺の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
原作小説を題材にしたブログ記事を読めるのは、おそらくここだけです。
時代小説が読めるかっこいい大人を一緒に目指してみませんか。

池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~暗殺の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
 
さて今回紹介する「暗殺」は、曰く付きの若者を救助したことで、ある旗本から命を狙われることとなった秋山大治郎の命がけの戦いを描いた短編です。
 

剣客商売・暗殺あらすじネタバレ

あらすじ1)
季節が春から夏へ移りつつある頃、鐘ヶ淵から帰宅途中の秋山大治郎は、総泉寺の近くでただならぬ異変を察します。
 
時刻は五ツ半(午後9時)を回っており、雷鳴が近づきつつありました。そして、稲妻が光った一瞬、若侍が曲者・3,4人に襲われる様子が映し出され、その手には刀が握られていました。
 
大治郎の様子に気が付いた曲者たちは、若侍の襲撃を辞め、暗闇に紛れる大治郎めがけて刀を振るいます。しかし、大治郎は彼らを峰打ちにすると名乗りを上げ、一連の事件について聞き出します。
 
曲者たちは、問いに答えず、倒れた仲間を率いてどこかへ去っていきます。
 
大治郎が若侍を介抱すると、付近で気を失っていた駕籠かき2人を起こし、橋場の道場へ運び込ませます。この町駕籠は、浅草・山之宿町の「駕籠駒」の者であり、秋山小兵衛もよく利用していました。その後、小兵衛の息子から使いを頼まれた2人は、大治郎の弟子・粂太郎を乗せて、本所の小川宗哲先生の元へ向かいます。
 
一方、若侍の方は、顔の左半分と左腕・背中を斬られ、どの箇所も深手ではなかったものの、出血がおびただしく、若侍の意識はもうろうとしていました。
 
大治郎が応急の手当てをしている間、若侍は意識を戻したものの、「女が待っている」とのみ言い残し、宗哲先生が駆けつけた時には息絶えました。
 
若侍は、およそ24,5歳とみえ、細長のなかなかの美男であるが、生前は労咳(肺結核)を患っていたらしく、その身体は色白くやせ細っていました。
 
若侍の身元は、本人の口から語られることがありませんでしたが、身なりの良さから旗本屋敷に奉公している者と見られました。しかし、腰に帯していた刀は大小ともに粗末なつくりであり、腹に巻かれた柿色の布には金百両が入っていました。
 
また、駕籠駒によると、若侍の行き先は玉姫稲荷であり、顔色が悪かったがどこか嬉しそうな表情をしていたとのこと。
 
その頃、五千石の大身旗本・杉浦丹波守正峯邸では、杉浦と用人・鈴木市兵衛が密談を行なっており、浪人に若侍を襲わせたこと、口封じとして次は、大治郎の暗殺を目論んでいました。しかし、大治郎は、江戸屈指の剣客・秋山小兵衛の息子であり、老中・田沼意次邸で剣術を教えていることから、杉浦はこの計画が老中の耳に入ることを恐れ、より腕の立つ剣客に暗殺を依頼するよう求めます。
 
そして、杉浦が暗殺した若侍は、笹野小文吾といい、杉浦の祐筆を務める奉公人でした。
 
あらすじ2)
若侍こと笹野小文吾が殺害されて3日後の朝。鐘ヶ淵では、大治郎・小兵衛・四谷の弥七が事件について話し合っていました。名前は勿論、身元も分からない若侍の事件は、町奉行所が調べることとなりました。
 
その後、鐘ヶ淵を後にした大治郎と弥七が大川橋の中程に差し掛かった時、曲者・5人が襲撃を仕掛けます。しかし、2人は大治郎に腕を斬られ、勝ち目がないと判断した曲者たちはひとまず退散し、その後を弥七が追いかけ、尾行に入りました。
 
一方、大治郎は駕籠を出してもらおうと駕籠駒へ行くと、今度は若侍の駕籠かきを任された男・2人が一刻(2時間前)に殺害されたことを知らされます。2人は、夕暮れ近くに千住大橋まで客を乗せた帰りに斬殺され、新鳥越町の正法寺の僧に発見されました。
 
翌日の夜更け。
 
杉浦邸では、丹波守と鈴木用人による小文吾暗殺事件の隠ぺいが行われていました。その手法は、杉浦家に出入りする南町奉行所の同心・上田孫蔵を利用して、奉行所内で笹野小文吾の身元を伏せるようにことでした。また、杉浦家には、北町奉行所の与力・遠藤忠之助も出入りしており、北町の調査にも手を回すように指示を出します。
 
一方、主の横暴ぶりに鈴木用人は心配するものの、主君の性格を知り尽くしているが故に、従わざるを得ませんでした。
 
また、杉浦も今回の事件が大治郎を通じて、田沼老中の知る事になるのを何よりも恐れる一方、浪人たちによる始末を待つくらいなら自らの手で葬ってしまおうとある計画を立てます。
 
杉浦丹波守は、御年50歳でしたが、槍術・佐分利流の名手であり、毎朝の槍の鍛錬を日課としていました。一方で、杉浦は、ある方面にも盛んでありましたが、自身の表看板を保つべく必死に隠し通していました。
 
あらすじ3)
弥七の尾行により、大川橋で襲撃してきた曲者は、釜本九十郎道場の浪人と判明します。釜本道場の浪人たちは、「手裏剣お秀」の事件にも関与していたにもかかわらず、関係者で唯一、町奉行所からの取り調べを受けることがありませんでした。
 
その理由について弥七が言うには、自分の手下を利用して悪事を働くことで、奉行所のお縄を潜り抜けていると思われ、下手に釜本道場へ奉行所が押し入ることが難しいとのこと。
 
また、今回の事件に関係する釜本は、下谷の湯島横町・白藤蕎麦の2階で侍と密会しており、店を後にした侍は、編み笠で顔を隠しながら、不自然な遠回りを経て杉浦邸に入っていったことを見届けます。
 
大治郎は、人の命を助けた者が、暗殺の標的にされることを不審に思いながら、その日は、飯田粂太郎を連れて田沼屋敷の稽古に取り組みました。その間、弥七と傘徳がそれぞれ田沼邸を訪れて大治郎と話し合います。
 
そして、粂太郎にはしばらくの間、田沼邸に留まるように指示した大治郎は、本所・横網町の鬼熊酒屋に入り、傘徳からの報告を受け、半刻ほど仮眠を取った後、お店を後にします。しかし、事情を知らない文吉・おしん夫妻は、大治郎を心配します。
 
その後、橋場へ帰る大治郎は、道中、真崎稲荷神社から来た男(傘徳)とすれちがいさま、何かをささやかれた後、提灯の灯りを消して道場へ帰りました。
 
今日は粂太郎がいないため戸締りをして外出していましたが、大治郎が道場に着くと、その向かい側に2人が待ち構えていました。曲者たちは、大治郎に悟られるように、提灯に覆いをかぶせて灯りを隠していました。そして、雨戸が開くと同時に中から槍が突きだされ、それらをかわし切れなかった大治郎は、左肩を負傷しその場に仰向けに倒れます。
 
稲妻が光る中、槍の使い手は、縁先から突きを入れるも、大治郎の脇差で打ち払われてしまい、ひるんだ一瞬の隙に左足を切り裂かれてしまいます。
 
思わぬ反撃に逆上した槍の使い手は、前庭に飛び降り、従者たちが近づきます。彼らの正体は、杉浦丹波守その家来たちでした。大治郎の肩の負傷で油断していた杉浦の目の前には、備前兼光の大刀を構えた大治郎が迫り、後ろへ引き下がろうとした杉浦は、鈴木用人とぶつかり足をもつれさせます。
 
しかし、大治郎は、相手に大刀を引き抜く隙を与えることなく、一刀を打ち込みます。
 
主君を失った従者たちは、弥七たちに捕らえられ、そのうち、1人は丹波守の家来で、残り2人は釜本道場の無頼浪人でした。
 
その後、一連の事件は、田沼老中の厳しい裁決により、杉浦家は五千石の召し上げと断絶を言い渡され、用人・鈴木市兵衛は打ち首に処せられました。
 
あらすじ4)
鈴木用人の自白によると、暗殺された笹野小文吾は、主君・丹波守の信頼を得るにつれて増長し、杉浦家の家宝である南蛮模様の刀鍔とある物を盗み出します。
 
刀鍔は、九代前の当主・杉浦正鎮が、東照宮からは拝領した曰く付きの品であり、紛失や盗難に遭ったことが幕府に知られれば、切腹が言い渡されます。
 
是が非でも盗まれた品を返してほしい杉浦は、鈴木用人を使者に出し、金百両と引き換えに小文吾の二品を返却してもらいました。
 
しかし、安心したのも束の間、杉浦は新たな心配ごとに直面します。それは、二品のもう1品に関わるもので、それらは杉浦が密かに収集した逸品もの・春画でした。
 
春画は、その描写から危絵とも呼ばれ、謹厳・誠実・武辺の三拍子でとおっている杉浦丹波守にとって、好色な趣味は誰にも知られてはいけない秘密でした。
 
そして、大事な品は返ってきたものの、小文吾からよからぬ噂が広まることは、杉浦にとって耐えがたい屈辱であり、もっとも恐れていたことでした。
 
そして、小文吾に対する憎悪が、今回の事件に発展し、大治郎の刀に倒れる結果となりました。
 
一方、暗殺された笹野小文吾が語った「女」の正体は、最後まで分からず、今回も、釜本九十郎には、奉行所からの調査が入りませんでした。
 
大治郎は、肩の出血がひどく、しばらく床で養生し、小兵衛の見舞いを受けていました。しばらくは粂太郎が看護にあたっていましたが、今回は見舞いに訪れた佐々木三冬に看護をまかせ、小兵衛・粂太郎は鐘ヶ淵に戻っていきました。
 
その日の夜中。
 
本所・横川の北中之橋にある津軽越中守下屋敷・中間部屋で博奕を楽しんだ釜本九十郎は、その帰りに傘をささずしゃがみ込む老人に話しかけられます。
 
名前を言い当てられると同時に釜本は急所を斬られ、南側の堀川に落ちていきました。
 
現場には燃え尽きた提灯だけが残され、梅雨に入った江戸は霧のような雨に包まれていました。
 
-終-
 

剣客商売・暗殺の読みどころ

問われる武士の品格
笹野小文吾の死から始まった「暗殺」は、家宝と秘密の趣味に関するものを盗まれた殿様の過剰な心配性が事の発端となり、大治郎が事件に関わっていくこととなりました。
 
もし、小文吾によって杉浦丹波守の噂が広まったとしても、それは身から出た錆であり、大身旗本という立派な身分を持ちながら、卑怯な手や金にものを言わせて不利益な人物を次々と手を掛けていく様は、平和な時代を謳歌するにつれ、武士の品格が落ちてきたことを物語っているでしょう。
 
また、秋山小兵衛は、笹野小文吾・杉浦丹波守に対してこのように評しています。
 
「どれもこれも、おろかな奴らよ。それというのも、みな、我が身可愛さのあまり、血迷うのじゃ」
 
事件後の秋山家
剣客商売は、本題に当たる事件だけでなく、事件後の秋山家の日常も読者を楽しませています。例えば、見舞いのついでに看護を任された三冬と大治郎のその後のやり取りや、鐘ヶ淵に戻った小兵衛・粂太郎の稽古、おはるが振舞う料理を3人で囲む風景など、その後の展開を空想することも、剣客商売の楽しみ方の1つです。
 

剣客商売~暗殺~まとめ

笹野小文吾の襲撃を受けて、何やら重大な事件が関わっていると緊張感漂う展開を期待させた「暗殺」でしたが、1回目に読むと事件の原因にあ然とさせられ、2度目に読むと今度は杉浦丹波守の器の小ささに笑いがこみ上げるなど、「剣客商売」の面白さは、2度読み返さないと分からないでしょう。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり