池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~たのまれ男の巻~
皆さん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
さて、今回紹介する「たのまれ男」は、大坂・柳道場で出会ったさすらいの剣客・小針又三郎との再会と、小針が巻き込まれた事件の真相を追う大治郎の活躍を描いた短編です。
剣客商売・たのまれ男あらすじネタバレ
あらすじ1)
夏が終わりに近づいたある日のこと。鐘ヶ淵では、珍しくおはるが体調を崩しており、母上のお見舞いにと秋山大治郎が訪ねてきました。
隠居には、小川宗哲先生が往診に来ており、先生との囲碁にすっかり夢中の小兵衛は、帰りは大治郎に送らせると言い、宗哲先生を本所へ送り届けた時には、四ツ(午後10時)を回っていました。
その晩は、月あかりもなければ、風も吹かない蒸し暑い夜であり、大治郎は大川橋を渡る途中で何かにつまづき、提灯の灯りが消えてしまいます。灯りは、近くの旅籠で分けてもらえばよいものの、あまりにも不自然な火の消え方に、ただならぬ気配を察します。
その直後、橋の西詰から数人の男どもが大川橋を渡り、中央に来たところで足を止めると提灯を消します。そして、男6人が囲む町駕籠の中から、菰包みにされた人物が引き出され、大川へ投げ出されそうになります。
その時、密かに動向を見守っていた大治郎の登場により、男たちはどこかへ去っていき、菰包みにされた人物は大治郎によって救出されました。
その者は、菰を二重にして包み込まれ、猿ぐつわ・手足を縄で拘束され気絶していたものの、命に別状はありませんでした。
そして、気が付いた時に発した声で、大治郎は、ある人物との思わぬ再会を果たします。
あらすじ2)
大治郎に救出された男は、小針又三郎といい、大治郎が大坂・柳嘉衛門道場に滞留していた時の、門人の1人でした。2人は、年も近く、物事にこだわりのない性格から意気投合し、剣術の稽古を共に行っていました。
そして、6年ぶりに再会した小針は、酒に酔ったところを何者かに拘束されたことを大治郎に打ち明け、背中や腰などを打ち叩かれたのか、痛みも訴えています。また、夜中とはいえ、再び、曲者が小針を襲うことを危惧した大治郎は、大川橋から東へ戻ることで、曲者が尾行できないようにし、その後は、迂回しながら本所の小川宗哲宅へ運び込みます。小針は、打撲と診断され骨にひびが入った箇所もありましたが、剣術で鍛え抜かれたおかげで、大事には至りませんでした。
事の発端は、今年の春にさかのぼり、諸国の道場を巡る小針は、東海道・島田の宿にあるくりぬき屋で茶汲み女・おかねと出会い、金子を油紙に包んだものを幾重にもしばりつけた物を、江戸にいる弟の元へ届けるように頼まれます。
小針は、亡き母の法事のため、大坂に戻る途中でしたが、おかねが人目をはばかりながら、必死に頼み込む様子や、大金と引き換えに売られた女がまとまった大金を用意できることは、並みならぬ事情があると察し、おかねの依頼を引き受けます。
その後、油紙の中身には、金二十二両と、「えど あさくさ ふくとみちょう 小まものや しんすけ内 よしたろう」とたどたどしい文字で書かれた紙切れがしのばせてありました。
そして、大坂戻り、法事を済ませた小針は、おかねとの約束を果たすべく江戸に赴き、その道中に、茶屋・くりぬき屋へ立ち寄りました。しかし、おかねは自ら命を絶ったことが判明します。面倒ごとに巻き込まれたくない小針は、おかねについて詮索することを辞めて、江戸へ向かいます。
そして、江戸に着いた翌日に、おかねが住所を記した浅草・福富町の小間物屋新助を訪ねます。しかし、小間物屋の戸は閉められており、近所の話によると、一ヵ月前から店を閉めているとこのこと。
また、小間物屋新助に関する情報について、小間物屋新助の主は、55,6歳ほどの男で独身、福富町には15年ほど暮らしている、6,7年前に由太郎(よしたろう)と呼ばれる11,2歳の男の子が引き取られる、由太郎について新助は他人に話そうとしなかったが、かなり前に左隣の煙草屋吉五郎の女房・おげんへ、「由太郎とは縁者ではなく、旧友の忘れ形見」と打ち明けています。そして、その由太郎も、近頃は新助に代わり店番をしたり、小間物の荷を担いで外回りも担っていました。
しかし、そんな由太郎に、ある日、悪い友達つまり不良少年たちと接点ができ、徒党を組んでは悪い遊びに興じるようになってしまいました。これには、親代わりの新助もたまりかねて、由太郎に口出しすることもありました。一方、由太郎は口ごたえしたり、手荒い真似をしでかすことはありませんでしたが、昨年の春ごろから新助の家を出て行ってしまいました。
元々、血の繋がりがない親子故に、由太郎のことを諦めかけていた新助でしたが、1ヶ月前に外回りに出かけた後、自宅に帰ってきませんでした。
無口ながらも、近所の人と会えば必ず挨拶を交わし、外回りから帰ってきたら必ず声をかけてきた新助だけに、小間物屋の隣に店を構える煙草屋の女房・印判師の夫婦は、新助を心配しはじめます。3日たっても新助は帰ってくる様子もなく、いよいよ事態を重く見た近所の人々は、土地の御用聞きや、小間物屋新助の家主である明樽問屋・富田屋忠兵衛に知らせ、新助の行方を探すも一向に手掛かりがつかめずにいました。
その後、小間物屋は、富田屋の計らいで荷物などはそのままにされ、3日に一度、煙草屋の女房によって風が入れられていました。
そして、江戸に上がった小針は、煙草屋と富田屋に、由太郎の縁者と思われる女性から荷物を託されたことを話します。富田屋では、急いで田原町の御用聞き・彦蔵の元へ使いを出し、同時に小針も早々と富田屋を後にしました。
翌日は、大治郎の道場を訪ねるべく、昼過ぎに宿を出て、浅草寺の境内の奥山にある蕎麦屋・亀玉庵に入り、その先で妙な話を聞きました。
亀玉庵には、奥座敷が2席しつらえており、夏には襖が取り払われ、衝立で席を仕切っていました。酒と蕎麦で腹ごしらえをした由太郎は、その場で横になると、隣の席で由太郎に関する話が聞こえてきました。
彼らは、巴組に所属する不良少年たちであり、由太郎は、立花さまと呼ばれる大名の中間部屋の博奕場に入り浸っており、博奕で大金を儲けることにのめり込んでいることや、そのために由太郎が自分たちの徒党から離れるのではないかと心配していました。
一方の小針は、筑後・柳川十一万九千石の立花左近将監を思い出し、浅草田圃の近くにその下屋敷があることを突き止め、その夜に立花別邸の中間部屋を訪ねます。
その後、中間部屋の小頭を務める銀平が小針の相手に務め、酒を酌み交わしながら由太郎について語ります。一方、小針も、由太郎の姉のことは口に出さず、頼まれた金二十二両も宿の帳場に預けていました。
そして、酒を酌み交わす中、小針はだんだんと意識が遠のいてしまい、気が付いた時には大川橋で大治郎に助け出されていた後でした。どうやら酒にあやしげな薬が入っていたそうな。
あらすじ3)
話を一通り聞き終えた大治郎は、このままで放っておけないと思い、小針の手助けをすることに決めます。今回の面倒ごとを引き受けたことは、大治郎にも考えがあってのことで、小針には宗哲宅で養生しながら、先生の囲碁の相手をするように指示します。
一方の大治郎は、柳川藩・立花左近将監の家来・杉山米次郎の元へ向かい、小針と、立花下屋敷の中間部屋での出来事を打ち明けます。
杉山米次郎は、柳川藩の下目付役を任された中年の藩士で、藩内の勤怠邪正を調査し、上司の大目付に密告する役目を担っていましたが、その仕事内容から杉山ら藩士にとって嫌な役目とも言われています。
杉山は、井関道場に通っていた経緯から佐々木三冬とも親しく、道場閉鎖後は、三冬に伴って金子孫十郎の道場に通い始めていました。その傍ら、田沼邸での稽古にも足を運んでおり、そこで大治郎と知り合いました。
大治郎の話を聞いた杉山は、しばらく黙り込んだ後、立花下屋敷の中間部屋からあらぬ噂がたっていることを話し、大治郎からの要請を受けます。その後、2人は綿密な打ち合わせを重ねた後、ある日の夕暮れに計画を実行します。
その日は、大治郎は田沼屋敷での稽古に出向き、夕暮れ時に杉山と待ち合わせる予定となっていました。一方、杉山も立花下屋敷の中間・百助を名指しで立花上屋敷に呼び出し、これまで通りに仕事を与えます。
そして、百助が下屋敷に戻る頃、先回りした杉山は大治郎と合流し、百助に当て身を喰らわせた後、町駕籠に乗せて橋場の大治郎宅へ運び込みます。
道場に投げ出された衝撃で気が付いた百助は、最初こそ粋がっていたものの、ろうそくの灯りだけを頼りに、百助を縛り上げていた縄と、髷を斬りおとされたことで、恐怖を覚え始めます。
しかし、百助の恐怖はこれにとどまらず、大治郎の手で下目付・杉山米次郎と引き合わされます。藩邸では、鬼よりも怖いと称される杉山の旦那の登場に、百助は例えようのない恐怖を味わいます。そして、これだけにとどまらず、杉山は百助の側面にまわると、彼の鼻の先を少しばかり斬りつけます。
鬼の杉山を前に、言い逃れができないと悟った百助は、下屋敷・中間の小頭・銀平に関する全てを白状し、これにより、中間部屋に関する重大な事件が発覚します。
まず、立花下屋敷・中間部屋は、小頭の銀平と百助を含めた腹心の中間・10人ほどで博奕場が仕切られていました。大名下屋敷の中間部屋に博奕場があることは、例外を除けば珍しいことではありませんでしたが、博奕となれば、当然、負ける者もおり、それらにのめり込んでしまえば借金を背負わざるを得ません。
そこで、銀平たちは、借金の抵当として負けた者の女房や娘たちを屋敷に連れてこさせ、自分たちのなぐさみものにしていました。そして、下屋敷に勤務する藩士の中には、銀平たちのおこぼれをもらったものが3名ほどいたことが判明します。
一方、借金の抵当とされた女性たちは、中間部屋の二階に監禁された後、事が済んだら江戸から離れた場所の茶屋へ売り飛ばされていました。人身売買を知る者は、中間部屋を取り仕切る者だけと思われていましたが、偶然、その博奕場に通っていた由太郎に、部屋の秘密を知られてしまいます。
由太郎の姉・おかねは、銀平のような男にだまされた挙句、東海道のくりぬき屋へ売られた過去があり、早くに両親を失い、親代わりとして自分を育ててくれたおかねを救いたいと考える由太郎は、博奕場に入り浸ってはそこで得た大金で、姉を身請けしようと考えていました。
そして、ひょんなことから、立花下屋敷・中間部屋の秘密を知った由太郎は、この事実を種に銀平から百両を引きだそうと目論みます。この事実をお上に知られたら、自分たちの首が飛ぶことを避けられない銀平は、由太郎を巧みに誘導し、入谷田圃の燈満寺へ向かわせ、その先で由太郎は殺害されます。
犯行には、事件を自白した百助も加わっており、金槌などの凶器で殴り殺された後、遺体は田圃へと埋められ、口封じとして小間物屋新助も殺害されました。
また、巴組の話から、小間物屋新助は、おかね・由太郎姉弟の父親と同じ国の生まれであり、幼い頃から大伝馬町の小間物屋小田屋半右衛門へ共に奉公に出ていた間柄だったこと、父親の死を機に、おかねは弟を新助に預け、自分は木挽町の料亭・酔月楼の座敷女中として働き始めたこと、その先で悪い男騙され、駆け落ちをした末に、茶屋へ売り飛ばされたことが判明します。
その頃、立花下屋敷では、中間部屋の秘密に関わっていた奉公人が次々と暇を取り、どこかへ逃げ去る事態が起き、事態は一刻の猶予を争う事態に直面していました。
しかし、すでに意を決していた杉山は、大治郎の手助けを得て、銀平を捕らえるべく動き始めます。一方、百助は、道場の柱に頑丈に縛り上げられ、飯田粂太郎によって見張られていました。
そして、時刻は八ツを回り、浅草田圃の立花藩下屋敷に侵入します。ここで、表立って入ってはかえって銀平たちに怪しまれるため、塀を越えてひっそりと中間部屋に入り込み、銀平を探し回ります。
一方、旅支度を整えていた銀平は、手下数人を従えて逃亡を図ろうとするも、下目付・杉山を前に言い逃れができないと思い、最後の悪あがきにでます。しかし、稽古を積む杉山を前に銀平はなすすべもなく、手下たちも入り口付近で待ち構えていた大治郎によって倒されました。
中間部屋の騒ぎは、下屋敷付きの藩士の耳にも入り、それぞれが刀を携えて訪れるも、杉山は下目付の手入れと叫び、藩士たちの理解に務めました。
その後、宗哲宅で療養する小針を訪ねた大治郎は、事件の真相と結末を語り、小針にかわって敵を討ってしまったことをわび、想定外の展開に小針も驚きを隠せずにいました。
あらすじ4)
事件から半月後。長らく降り続いた雨もようやくあがり、小針又三郎も江戸を立つ日が訪れました。
小針の見送りには、大治郎の他に、秋山小兵衛も訪れており、3人は高輪の七軒茶屋で別れを告げました。
七軒茶屋は、江戸を発つ人、見送る人の待ち合わせの場所として知られ、ここで別れを惜しむのが、風流とも言われています。
そして、秋山親子へ別れを告げた小針は、無念の死を遂げたおかねを手厚く葬るべく、東海道・島田宿を目指して歩き始めます。
-終-
剣客商売・たのまれ男の読みどころ
さすらいの剣客・小針又三郎
大治郎が大坂滞留時代に出会った小針三郎ついて、本人からその出自が語られることはありませんでした。一方、柳道場の門人によると、小針は、大坂ではかなり知られた豪商・蝋問屋亀屋伊兵衛の縁者であり、お金に困らない身分とも言われていました。詳しいことは語られなかったものの、小針と今は亡き父親は心斎橋のこじんまりした家をあてがわられ、父親は好きな読書にふけりながら一生を終えたとのこと。
そして、小針も、亀屋の援助をもらい受けながら、諸国を自由きままに歩きながら、気に入った道場があれば、しばらく滞在する生活を送つなど、現代人でもうらやましい生き方でしょう。
また、小針は囲碁もたしなんでおり、宗哲先生によると、小兵衛より上とのこと。剣だけでなく、囲碁にも腕がある小針は、これまでに登場した剣客にはない魅力を持っているでしょう。
姉弟の非運
「たのまれ男」の冒頭に登場したおかねの不遇や、手紙を託した小間物屋の近所の話から、由太郎はいわゆる不良少年のような印象が強く、読者にもそのようなイメージを植え付けさせて、物語を進行させています。
しかし、百助や巴組の話から、由太郎が博奕にのめり込んだ理由が、親代わりでもある姉を、不遇な暮らしから救いたいという、心優しい少年だったことが判明します。
表面こそ、悪い大人の真似ごとのような振舞いを見せていた由太郎でしたが、その行動には、一刻も早く姉を身請けして自由の身にさせてあげたいという心優しい思いが詰まっていました。
また、小針に包みを託したおかねも、弟・由太郎を手助けしたい一心で、どこからか大金を盗み出したと考えられ、死を覚悟した上での行動だったでしょう。
お互いを想う気持ちが思わぬ不幸を招いてしまった、おかね・由太郎姉弟について、小兵衛は次のように語っています。
「・・・・・・姉は弟を、弟を姉を、それぞれの不幸を救おうとして、盗みをはたらき、強請りをかける。世の中のことは、みな、これよ。善悪の境は紙一重じゃもの」
剣客商売~たのまれ男~まとめ
序盤では、大治郎が小針又三郎の手助けをするはずでしたが、思った以上にことが運んでしまい、結果、大治郎の手で全てを終えてしまい、小針は、そのことを少し恨んでいました。しかし、底抜けに人の良い小針は、いつまでも根に持つことなく、次の目的地へと旅立っていきます。
また、今回は、大治郎が一人で事件を解決していくなど、父・小兵衛を思わせる頼もしい一面を見せています。
本日も最後までよんでいただき、ありがとうございました