池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~不二楼・蘭の間の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
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池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~不二楼・蘭の間の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
 
さて、今回は、鐘ヶ淵の隠宅を焼失後、不二楼で仮住まい生活を送る小兵衛の好奇心から、高利貸の御家人宅への強盗計画を聞きつけた「不二楼・蘭の間」を紹介します。

剣客商売~不二楼・蘭の間~あらすじネタバレ

あらすじ1)
妖怪小雨坊こと伊藤郁太郎による鐘ヶ淵の隠宅の焼失後、小兵衛は弥七の元へ身を寄せており、三冬をはじめ、馴染の者たちが火事見舞いに駆けつけます。
 
さいわい、貴重品は別の場所に移していたため大事には至りませんでしたが、新居が完成するまでの仮住まいをどこにしようか、おはるの実家にしばらく厄介になることにし、一度は関屋村へ身を寄せました。
 
一方、小兵衛宅の焼失は、浅草・橋場の料亭「不二楼」にも知れ渡り、火事見舞いに訪れた与兵衛は、不二楼の離れを夫妻の仮住まいに貸し出すことを提案します。小兵衛には店をひいきにしてもらっていることはもちろん、名の知れた料亭ゆえに乱暴を働く客が訪れることもあり、用心棒も兼ねていました。
 
そして、不二楼で仮住まいを始めた小兵衛でしたが、おはるは兄嫁の出産の手伝いなどで実家へ行っており、暇を持て余していました。そんな中、奥座敷の1つ「蘭の間」に描かれた襖絵を眺めていると、おもとの案内で男女の客人が案内されます。
 
とっさに奥座敷専用の雪隠に身を潜めた小兵衛は、蘭の間から身に覚えのある人の名を聞き、男女の客人は、どうやらその人物と養子を殺害して大金・千両を盗むことを計画していました。
 
狙われた男は、百五十石どりの御家人・横川鉄五郎といい、4年前、小兵衛は人づてに聞いて横川から三十両を借りたことがあり、その時、銘刀を数振ほど担保に入れさせられ、返済に苦労したそうな。
 
ひそかに高利貸をしている横川は、代官時代から職権を悪用して金をまきあげており、70歳を超えた現在も家督を養子・小金吾にゆずろうとしないなど、評判はあまり良くない。
 
蘭の間に入った男女が狙う人物は、横川鉄五郎が高利貸で得た大金であり、ただならぬ気配を察します。
 
女の方はいかにも男好きそうな体つきで、おもとによると、室町の線香問屋・大坂屋のお囲いとの噂があり、男の方は遊び人風の身なりから、かつては二本差しを彷彿させ、小兵衛の好奇心をそそります。
 
あらすじ2)
翌朝、といっても時はすでに四ツ(午前10時)を過ぎており、おもとが離れを掃除する間、小兵衛は朝風呂に浸かっていました。昨日の話は別に気にも留めるような話ではありませんでしたが、5年前に横川家の養子になった小金吾の方が気掛かりでした。
 
横川鉄五郎の噂は、本所界隈では知らぬ者はおらず、彼の守銭奴ぶりに耐えかね、奉公人が居付いたためしがないそうな。妻は20年前に病没、娘がいたものの、17,8歳の時に家出をし、消息不明となっていました。
 
一方、小兵衛が気に掛ける小金吾は、巣鴨・五軒町に屋敷を構える三百石の旗本・森川斧太郎の末弟、先代の三男であり、横川家の養子に入る際、多額の持参金が支払ったそうな。また、小金吾の養子の口も、横川家の悪いうわさが森川家の耳に届かなかったためとも推測されました。
 
昨日の蘭の間の男女は横川家を狙った強盗計画の打ち合わせとみられ、小兵衛にとっては横川がどうなってもいいものの、4年前に会った幼さが残る大人しい小金吾の方が気掛かりであり、四谷の弥七に手紙をしたためると、不二楼の若い者を使いに出し、料亭を出ていきます。
 
行き先は、本所・亀沢町の小川宗哲宅であり、久しぶりに碁を打ちながら、それとなく横川家について聞き出します。宗哲先生は患者の中に横川家と隣同士の者がおり、その者の話によると、養子に入った小金吾が横川家で苦労していることや、何度か家出をし、実家に戻ったことがあったものの、森川家でも弟を厄介払いする形で養子に出したため、あえて厳しい態度を取っていたそうな。
 
一方、小兵衛の手紙を受け取った弥七は、さっそく蘭の間の客人を調べ始め、翌日には不二楼へ駆けつけます。
 
女の正体は、大坂屋清右衛門のお囲いであったものの、大坂屋に愛想をつかされ、半年前に別れさせられたそうな。女は、今も不二楼近くの専念寺の裏手に住んでおり、そこには例の二本差しだったと見られる男が出入りしており、傘徳が見張りについていました。
 
弥七から報告を受けた直後、今度は傘徳が不二楼に駆けつけ、女の家に浪人がらみの男・2人が入っていったことを知らせます。横川家への襲撃が今夜だと見た小兵衛は、まず、弥七・傘徳に腹ごしらえをしてからくるように指示します。
 
横川家が狙われた理由について、おそらく大坂屋の元お囲いだった女と横川の関係があると見ていました。また、小兵衛がこの件に首を突っ込んだ理由は、養子の小金吾が哀れであり、鉄五郎があの世へ旅立つ前に、小金吾の方が参ってしまうのではと、そのことが気掛かりでした。
 
その夜、専念寺の裏手の家に異変はなく、無頼者も家にこもったままでした。
 
あらすじ3)
翌日、専念寺の和尚に聞き込みを行った弥七から、お寺の裏手は、元は寺の地所であったものを、壇家の大坂屋が借り受け、妾宅を新築したものでした。女はお照といったものの、1年前、お照の性分を見抜いた大坂屋は、相応の手切れ金と妾宅と引き換えに、お照と別れていったそうな。
 
その時の様子は和尚も知っており、別れ話が出た時にはかなりもめたものの、金離れがよい大坂屋を前にお照も歯が立たず、言われるままにするしかなかったこと、しかし、近頃は物騒な男たちが通うようになり、和尚も迷惑がっていました。
 
襲撃が今夜と見た小兵衛は、屋敷を見張る傘徳の報告が来るまで不二楼で待機し、霧のような雨が降る五ツ半(午後9時)ごろ傘徳と共に山之宿六軒町の「駕籠重」へ向かいます。
 
駕籠重で待機していた弥七によると男たちは、それぞれ別行動を取り始めるも、花川戸のしゃも鍋屋「三河屋」で落ちあったとのこと。
 
三河屋は夜明けまで店を開けており、押し込みの時刻までそこで待機すると察した小兵衛は、本所・横網町の鬼熊酒屋で待機することにし、九ツ(午前零時)近くに、傘徳が報告に現れます。
 
例の男3人が動き始めた頃、小兵衛も石原町の横川家付近にかけつけ、弥七たちと合流します。
 
先回りした弥七たちの方が人足早く到着し、その後、遅れてやってきた男たちは、塀をよじ登って中へ侵入し、弥七たちは用意していたはしごを使って塀を乗り越えます。
 
3人は横川鉄五郎の寝間とみられる雨戸の取り外しにかかるも、小兵衛の邪魔に遭い、浪人とおぼしき2人は小兵衛に斬られ、お照と不二楼に来ていた男は逃げようと試みるも、弥七のお縄にかかりました。
 
その時、内部から女の悲鳴が聞こえ、雨戸を外して中へ入ると、横川鉄五郎の変わり果てた姿と、その光景に驚く横川家の下男・下女の姿がありました。
 
横川はすでに死んでおり、これは先ほどの3人の仕業ではないと見えました。
 
あらすじ4)

その夜、外の騒ぎに目を覚ました下男は、主人を起こそうと寝間に入ると、鉄五郎はすでに死んでおり、その後駆けつけた下女が悲鳴を上げたとのこと。

 

森川家の中間は、どこかの博奕場に行っていたらしく、その時は不在であり、また、養子の小金吾も養父が殺害された後、消息を絶ちました。
 
このような大事が起きた以上、お上の手に委ねられることとなり、取調の結果、大坂屋の元お囲いのお照は、横川鉄五郎と下女との間に生まれた娘だったことが判明します。母子共に酷い仕打ちを受けた末に横川家を飛び出し、横川へ敵討ちを目論んでいました。
 
一方、蘭の間でお照と密通していた男は、本所・三ツ目の三十俵二人扶持の御家人・早田伊之助といい、3年前に殺人を犯して江戸を離れていたものの、お照ともその頃にただならぬ関係となり、3年ぶりの再会した後、横川鉄五郎の殺害を計画したとのこと。
 
金貸しの御家人・横川鉄五郎を殺害した犯人はどうやら養子の小金吾と思われ、犯行後、いくらかの金を奪って逃走しました。事件から半月が経過した今も、小金吾の行方は分からないものの、彼の今までの苦労を思えば、このままお上に捕まらずに済むことを願うばかりでした。
 
その頃、鐘ヶ淵の隠宅の立て直しが始まり、不二楼の亭主・与兵衛の紹介で、浅草・聖天町の大工の棟梁・富治郎に任せることにしました。
 
小兵衛の元には新宅の図面があり、家族が増えたことを受け、寝間を少し大きくするべく、手直しをしていました。
 
庭から鶯の鳴く声が聞こえる季節となり、おはるはその日も関屋村へ手伝いにいっており、暇を持て余す小兵衛は、不二楼の廊下を歩きまわっていました。
 
そして、偶然、蘭の間の前に差し掛かった途端、蘭の間へ客人が案内されていることを受け、とっさに蘭の間に隣接する雪隠へ身を隠しつつ、とんだ悪い癖がついてしまったと、呆れかえります。
 
-不二楼・蘭の間・終わり-
 

剣客商売・不二楼・蘭の間の登場人物

横川鉄五郎
本所・石原町に住む百五十石の御家人・高利貸、年齢は73,4歳ほど。彼の守銭奴ぶりは土地でも評判であり、あまりの口うるささに奉公人が居付いたためしがない。実の娘とその男から大金を狙われるも、酷い仕打ちをしてきた養子・小金吾に殺害された。
 
小金吾
横川家の養子で、巣鴨・五軒町の森川斧太郎の末弟、年齢は22歳ほど。家督を継いだ兄に厄介払いさせられる形で、多額の持参金と横川家に追いやられる。一向に家督をゆずろうとせず、奉公人と同じ扱いをする養父に耐えきれず、横川家に強盗が入ったその晩に養父を殺害し、消息を絶った。
 
お照
線香問屋・大坂屋清右衛門の元お囲いで、横川鉄五郎の実の娘。母は、横川家の下女をしていたものの、鉄五郎の仕打ちに耐えかねて母と共に横川家を出て行った。早田伊之助と恋仲になり、彼が江戸に戻ったことを知ると、横川家への強盗計画を持ちかける。
 
早川伊之助
本所・三ツ目に住む三十俵二人扶持の御家人。3年前に人を殺め、江戸を離れていた。後にお照と共に横川家の襲撃を計画するも、弥七のお縄にかかった。
 
富治郎
与兵衛の紹介で、小兵衛宅の立て直しを担うことになった大工。浅草・聖天町に住む。年齢は30歳ほどで、亡き父の跡を継いだばかりの若き棟梁。名前のモデルは、池波正太郎先生の父親?
 

剣客商売 不二楼・蘭の間の読みどころ

蘭の間は悪の密会場所?
1巻「芸者変転」と同様、今回も不二楼・蘭の間での盗み聞きにより、事件が明るみになりましたが、実はこの先も、蘭の間は敵側の密会場所として活用されており、「剣客商売」の重要な場所となっています。
 
ちなみに蘭の間は、絵師・井村某が、襖に蘭の絵を描いたことに由来し、藤の間と共に不二楼の格式高い奥座敷として使用されています。ただ、劇中では主に敵側の人間が客として入ることが多いため、普段はどのようなお客さんが利用されるのか、そのあたりも知りたいですね。
 
小金吾を助けたい一心で・・・
地元でも悪名高い守銭奴だった横川鉄五郎の殺害は、以外にも彼の養子だった小金吾の犯行と判明し、普段はおとなしい人柄だからこそ、胸の内にたまったものがあのような形で弾けたと見ていました。
 
小金吾を何とか助けたいと思う小兵衛は、お照たちに横川を殺害させて、そこを弥七たちが捕まさせることを思いつくも、それはさすがにお上に仕える弥七には出来ないことであり、このような結果となりました。
 
まあ、横川鉄五郎に関しては、身から出た錆とでも言いましょうか、彼の生前の行いを見れば、あのような最後を迎えるのも無理はないと思いつつも、やはり、実家から厄介払いされ、養子先でも苦労した小金吾には、この先も無事に生きていて欲しいですね。
 
生き神さま・小川宗哲先生の以外な過去
小兵衛の碁敵であり、頼もしい町医者である宗哲先生は、身分の上下やお金の有無に関わらず、困っている人がいたらつかさず手を差し伸べて治療を施す様から、地元でも評判の良い医者ですが、そんな宗哲先生にもお金にまつわる苦い過去がありました。
 
宗哲先生は、20年前まで上方で修行をしており、医者という稼業はやり方次第でいくらでも儲けを出すことができ、贅沢のためにお金を使おうと貯めていたものが、いつしかお金を貯めることに楽しさを見いだしてしまったとのこと。
 
小判を数える面白さから自分は死なないという気すら感じたものの、やはり医者という稼業から人の寿命というものを知り尽くし、毎晩、小判を数えるようなことをしていたら、あっという間に20・30年が過ぎてしまう。
 
そこから、今度はお金を使い果たすことに全力を注ぐと、今度は小判が恐ろしいと感じるようになり、江戸に来てからは努めて金を避けるような生活を送り、今に至ったとのこと。
 
「不二楼・蘭の間」がお金持ちの御家人にまつわる短編ゆえに、宗哲先生のお金にまつわる過去も登場しましたが、「お金は使うことより、貯める方が楽しい」、これは私も含めて誰もがそのような経験はあるでしょう。
 
最後に、今回の短編で登場した小川宗哲先生のお金にまつわる台詞でしめましょう。
 
「どうも近ごろは、万事が贅沢になり、金また金の世の中になってしもうたが、そのくせ、人の暮らしに余裕が無うなったようじゃ」
引用:剣客商売 2巻 286ページ参照
 

剣客商売~不二楼・蘭の間~まとめ

小兵衛の好奇心から、横川鉄五郎宅への強盗計画を未然に防いだものの、それは、養子先で苦労する小金吾を助けたいとの思いからであり、結果はあまり良くないものでしたが、小金吾には、このままどこまでも逃げ延びて欲しいと願う小兵衛でした。
 
 
さて、次回からの剣客商売は、第3巻「陽炎の男」の紹介に突入します。3巻では、三冬の大治郎への恋の芽生えを描いた表題作「陽炎の男」や、香具師の元締の娘に手を出した元弟子の窮地を小兵衛が救う「嘘の皮」、婚礼を控えた友人の命をまもるべく、大治郎の冴えわたる「婚礼の夜」等、計7編が収録されています。
 
そして、次回の投稿では、大治郎が修行時代にお世話になった恩師の窮地を救うべく、遠州・浜松へ向かう「東海道・見附宿」を紹介します。
 
本日も最後までよんでいただき、ありがとうございましたほっこり