池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~妖怪・小雨坊の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
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池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~妖怪・小雨坊の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
 
さて、今回紹介する「妖怪・小雨坊」は、絵に描いたような醜い容姿を持つ謎の剣客(妖怪・小雨坊)と、秋山小兵衛・大治郎親子の逃れられない剣客の宿命や、ある剣士との因縁の対決を描いた、怪談を匂わせる異色の短編です。
 

剣客商売~妖怪・小雨坊~あらすじネタバレ

あらすじ1)
山﨑屋卯兵衛の事件から約1ヶ月後。まだ、冬の寒さが身にこたえる1月17日の夕方、井戸で洗い物をしていたおはるは、ふと視線を外に向けると、自宅の敷地付近で奇妙な男を目撃します。
 
その男の容姿は、大きく張り出した凹凸のある顔と、貝の欠片のような小さい目、抜けて薄くなった髪を首までたらし、鼻の部分は、それらしい穴が、ポツリと開いていました。そして、雪よりも白い肌の男の身なりは、くたびれた着物に袴、大小の刀を腰に差し、恐怖のあまり声すら出せなくなったおはるに対して、不気味な笑みを浮かべます。
 
その男を目撃したおはるは、いつか小兵衛が見せてくれた「画図・百鬼夜行」に登場する妖怪・小雨坊を思い出し、その気味の悪さからめまいを起こし、倒れ込んでしまいます。
 
その後、目を覚ましたおはるは這うように自宅へ戻り、先ほど遭遇した奇妙な人間について小兵衛に訴えます。あまりの怖さにその人間の特徴を覚えていなかったおはるでしたが、百鬼夜行・三巻の「妖怪小雨坊」を見せられると、その通りの妖怪が出てきたと言い、「こわいよう…」と怯えていました。
 
その後、妖怪小雨坊が鐘ヶ淵に現れることがなかったものの、おはるが目撃してから6日後の朝に、今度は大治郎の近くに出現しました。その日、大治郎は田沼屋敷での稽古日であり、畑道を使って通りに出ようとした際に、妖怪小雨坊と遭遇しました。
 
幅三尺ほどの道にしゃがみこむ小雨坊は、まるで大治郎を待っていたかような雰囲気を醸しつつも、殺気は出していませんでした。大治郎も気味悪さをおぼえつつも、先を急いでいるため、一言を声をかけて小雨坊の脇をすり抜けていきました。
 
翌日、大治郎から妖怪小雨坊の話を聞いた小兵衛は、2人とも小雨坊との関わりはないと見えつつも、剣客として生きている以上、親子のいずれかに恨みを持つ者が、小雨坊と関わっていると推測します。
 
あらすじ2)
妖怪・小雨坊の出現から数日後、鐘ヶ淵の小兵衛宅に、伊藤彦大夫が訪ねてきます。伊藤は、「剣の誓約」にて大治郎に右腕を切断された伊藤三弥の実父であり、師匠・柿本源七郎の自刃後、三弥は行方知れずとなっていました。
 
柿本と三弥の件は、事件直後、2人の身内が使える溝口家へ届け出ており、その時は、柿本の兄・伊作が対応に当たりました。また、伊藤彦太夫も、伊作を通じて三弥のことを知り、師匠とのただならぬ関係を知っていたのか、三弥のことを諦めたような返事をしていました。
 
それから1年後、溝口家の家来・山口藤兵衛によって三弥が江戸に戻ってきたことを聞かされると、伊藤はすぐさま秋山父子を巡る血生臭い事件が頭をよぎります。三弥の一件は、このまま闇に葬ればよいものの、息子は勘当したわけでないため、そこは父親としての責任が問われる。
 
また、溝口家の用人を務める身ゆえ、三弥の一件が伊藤家やその親類に害が及んでしまうことを危惧していました。思い悩んだ末、伊藤は小兵衛に相談を持ち掛けることを決意するも、本当のことはどうもいえず仕舞いでした。
 
一方、小兵衛の方も伊藤が言いたいことを察しており、その後何かが起きると予感したのか、翌朝、おはるを関屋村の実家へしばらく預けることにしました。鐘ヶ淵から関屋村は近く、おはるも1人で行き交いしていたものの、その日に限って飯田粂太郎少年を付き添わせて送り出し、小兵衛が迎えに来るまで、実家で待機するように指示します。
 
小兵衛・大治郎は、橋場の料亭・不二楼の奥座敷に入り、伊藤彦太夫の一軒や、妖怪小雨坊が伊藤三弥とのつながりを語り、打ち合わせをします。その後、小兵衛は四谷・伝馬町の弥七宅へ向かい、大治郎は田沼屋敷に向かい、三冬を通じて生島次郎太夫へ手紙を渡し、大治郎・生島用人による打ち合わせ後、大治郎は三冬をともなって橋場の道場へ戻ります。
 
その頃、おはるはすでに関屋村に落ち着き、粂太郎少年も橋場の道場に戻った最中、空き家となった鐘ヶ淵の隠宅周辺に怪しい人影が見え始めます。
 
1人は例の妖怪小雨坊であり、石井戸の傍へ近づき、人がいないことを確認すると、竹藪に向かって手招きし、浪人姿となった伊藤三弥を呼びます。小雨坊を「兄上」と呼ぶ三弥の目的は、秋山父子への復讐であり、例え自分が戦いに敗れても、兄上が敵を取ってくれると信じていました。
 
あらすじ3)
小雨坊・三弥兄弟が出現してまもなく、鐘ヶ淵の隠宅から出火します。
 
隠宅の付近は人目につきにくく、近くに住む百姓や通行人が発見した時には、すでに手のうちようがなく、隠宅は焼け落ちてしまいました。火事の様子は対岸からも見え、粂太郎少年や大治郎も現場に駆けつけました。
 
一方の小兵衛は、火事を予想していたのか、弥七宅に駆け込んだ大治郎から報告を受けた際にも、特に驚くそぶりを見せませんでした。放火犯はおそらく三弥だろうと見ている小兵衛は、伊藤彦太夫が言いかねたことを探るべく、生島用人と四谷の弥七の力を借りて、妖怪小雨坊と三弥の関係を探っていました。
 
また、江戸に戻った三弥の居住地について、溝口家の家来の証言から旧柿本邸だとみて、弥七の探りにより小雨坊が寝起きしている事実が突き止められると、傘徳が周辺の見張りにつきます。生島用人からも、伊藤彦太夫に関する手紙が届けられ、意を決した小兵衛は弥七を連れてある場所へ向かいます。
 
その日は夕暮れから霧のような雨が降り、小兵衛と弥七は、夜の麻布一本松の長善寺門前の茶店・ふじ岡で落ちあい、奥座敷に入ります。
 
生島用人の手紙によると、伊藤彦太夫には、先妻との間に一男を設けており、その人物こそ妖怪小雨坊と呼ばれる人物でした。小雨坊こと本名・伊藤郁太郎は、生まれ時はそのような兆候はなかったものの、成長するごとに顔が醜くなってしまい、17歳の夏に溝口家の国許・越後の新発田領内で隠れ住まわされることになりました。
 
溝口家の元足軽だった田貝惣八の元へ身を寄せた郁太郎でしたが、20歳の時に羽黒山の山伏に連れられ、消息不明となりました。それから8年後、郁太郎は江戸の溝口家屋敷へ向かい、父・彦太夫から大金をせびるようになりました。
 
諸家にも存在を隠すほど、郁太郎を忌み嫌っていた伊藤でしたが、末息子・三弥だけは違い、共に同じ屋敷に住んでいた時から郁太郎に懐き、父の使いで郁太郎にお金を運ぶ役目も担っていたそうな。そして、妖怪小雨坊こと伊藤郁太郎が秋山父子の前に現れたのも、三弥から助勢を頼まれたと思われました。
 
それから間もなく、小兵衛一行は、山弥兄弟がいると見られる、旧柿本邸へ向かいます。
 
あらすじ4)
旧柿本邸の近くでは、傘徳と与助が見張に入っており、一行はまず小雨坊をおびき出すべく、幸蔵が荷車で引いてきた油とたいまつを引き出し、旧柿本邸に火を付けます。すると、放火に気が付いた小雨坊が屋敷の外へ逃げ出します。
 
弥七たちが消火をする間、小兵衛と郁太郎の一騎打ちが繰り広げられ、弥七たちが駆け寄った時にはすでに勝負はついていました。小兵衛の左肩から胸の切り裂かれた傷が、戦いの激しさを物語り、伊藤郁太郎の遺体はひとまず近くに埋葬することにしました。
 
それから夏になり、小兵衛の隠宅が再建された頃、どこからか戻ってきた伊藤三弥が、旧柿本邸にて自ら命を絶ち、秋山父子と伊藤三弥の因縁が断たれました。
 
-終-

剣客商売・妖怪小雨坊の登場人物

伊藤三弥
「剣の誓約」にて、師匠で男色関係にあった柿本源四郎を死に追いやられ、自らも大治郎の手で片腕を切り落とされる。長らく消息不明であったが、異母兄・郁太郎の協力を経て、秋山父子への復讐を目論む。
 
伊藤郁太郎(妖怪小雨坊)
伊藤彦太夫と先妻の子で、三弥の異母兄。醜い容姿ゆえに父親から忌み嫌われ、17歳の夏に越後へ追いやられた。その後、しばらく消息不明となるも、突然、父のいる溝口家江戸屋敷を訪ね、大金をせびるようになる。
 
その顔立ちは「妖怪小雨坊」に例えられ、おはるをも気絶させたものの、三弥からは非常に懐かれ、「兄上」と慕われている。
 
伊藤彦太夫
越後・新発田五万石・溝口主膳正の用人。三弥が江戸に戻ってきたことを聞き、小兵衛にそれとなく伝えた。私生活では、後妻との間に三男・一女がおり、三弥は三男。郁太郎は、先妻との間に生まれた長男であったが、容姿を理由に跡継ぎから外し、国許へ厄介ばらいした。
 
山口藤兵衛
溝口家の家来で、伊藤家の遠縁。三弥が江戸に戻ったことを、伊藤用人に直接伝えた。
 
幸蔵・与助
四谷の弥七の下っぴき。
 

剣客商売 妖怪・小雨坊の読みどころ

柿本源四郎を巡る因縁に終止符を打つ
1巻・剣の誓約から始まった、秋山父子と伊藤三弥の因縁は、妖怪小雨坊に例えられる凄腕の剣士との戦いや、鐘ヶ淵の放火など波乱が巻き起こりましたが、何とかその因縁を断ち切ることができました。
 
しかし、剣客というものは、いつ、どこで人の恨みを買うか分からない、もしかしたら、伊藤三弥との一件は、秋山父子が抱え続ける剣客としての恨みの中のわずかな一片にも満たないものかもしれません。
 
容姿が理由で・・・
秋山父子の最大の脅威となった妖怪小雨坊こと伊藤郁太郎は、生まれた時は普通の顔立ちでしたが、成長するにつれて醜さが表面に出てしまい、父親からもその顔では用人として表に出ることをはばかるとされていました。
 
そのため、郁太郎は父親から遠ざけられるように越後に送られましたが、そのいきさつを生島用人の手紙を通じて知った小兵衛は、容姿が原因で不幸な運命をたどってきた郁太郎に同情していました。
 
容姿を理由に江戸屋敷から遠ざけられた郁太郎の処遇は明らかな差別ですが、ここは江戸時代。身分が高いほどそれに見合った体面を保たなければならず、それは自分ではどうすることもできない容姿に関しても例外ではありませんでした。
 
時代ものを読んでいると、現代とその時代の感覚の相違に違和感を覚えることもありますが、現代との感覚の違いを比較してみることも、時代ものならではの読みどころでしょう。
 
隠宅が焼失しても・・・
明暦の大火のように、江戸での火事は時に大惨事を引き起こしかねない災害であり、それゆえに放火犯に対する処罰はもっとも重いものでした。
 
話は反れてしまいましたが、いつの時代も自分の家が火事になるほどショックなことはありませんが、隠宅が放火された報告を受けても平然とする小兵衛の肝には驚きましたね。
 
まあ、伊藤郁太郎が出てきたあたりから、こうなるとは予想していた小兵衛でしたが、実際に放火されても、「やっぱりな・・・」くらいにしか思わないとは・・・、私もそれくらい肝が据わった人間になりたいです。
 
伊藤三弥との因縁から、隠宅を失った小兵衛夫妻でしたが、火事を聞きつけた不二楼の亭主夫妻の好意で、不二楼の離れを借りることになりました。
 
さて、仮住まいを始めた小兵衛は、次は、どんな物語を見せてくれるのでしょうか。
 

剣客商売~妖怪・小雨坊~まとめ

「剣の誓約」からはじまり、「まゆずみの金ちゃん」から「妖怪・小雨坊」に渡って描かれた秋山親子・伊藤三弥の因縁は、剣客が背負う宿命の重さを実感させ、剣客商売シリーズの一つの区切りを示しています。
 
さて、次回の剣客商売をたしなむは、小兵衛夫妻が仮住まいをする不二楼を舞台に、料亭の格式高い一室・蘭の間に入った男女の悪事とその結末を描いた、「不二楼・蘭の間」を紹介します。
 
本日も最後までよんでいただき、ありがとうございましたほっこり